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第二十九話 蝕まれた心




「あの青騎士ブルーナイトは一体何者なんだ?!」


 ケインの問いに、フレイヤはずっとうな垂れていた顔を上げて話し始めた――。


「ユング・ミル・ブレイブ——私の双子の兄であり、今年度の第一学園新入生筆頭。生まれた時より人並外れた内包魔力を持ち――私と違い、幼少よりあらゆる面で秀でた才能を見せてきました。そして、その才能がブレイヴ王の耳にも入り、王家が保有する魔核マテリアルの中でも、最高品質のものが成人祝いとして贈られました」

「それで召喚したのが、あの青騎士ブルーナイトか」


 ゼクスは第七学園に雇われているだけで、第一学園の情報は持っていないようだ。無精髭を撫でながら、フレイヤの話に相槌を打っている。


「はい……ユングはその……本当に才能ある人なのですが……」

「――小さい時からおだてられ、歪んだ」

「その通りです、アオイさん。ユングは自分が一番だと、最高の騎士になれると言われ続け、それを自身でも疑うことなく受け入れ、そのままこの歳まで来ています」

「いや待て、待てよフレイヤ……その双子の兄がどれだけ優秀だろうが知ったことじゃねぇ。問題は、なんでキーラがこんなことになっているのかってことだ!」


 ケインからしてみれば、ユングがどれほど優秀だろうが関係ない。魔獣を狩るために来た未開領域で、なぜ同じセブンズジェムの生徒に傷つけられなければならないのか。

 

 だが、その怒りの答えをフレイヤが持っているはずがない――。


「ケ、ケイン……それは……ワタシが弱かったからですの」

 

 そして、それに答えたのは、やっと目を覚ましたキーラだった。


「キーラ!」

「キーラさん、大丈夫ですか?!」

「――良かった」

「やっと目を覚ましたか」


 キーラは怪我をした頭部を抑えながら体を起こすと、軽く頭を振りながら立ち上がった。


「どうやら……回復薬ポーションを消費させてしまったようですの」

「気にするな、早く回復してもらわなければ、演習を再開できないからな」


 少しよろけるキーラに手を貸し、頭部の傷がしっかりと治療できているかを確認する――問題はないようだ。


「キーラ、もう大丈夫か?」


 ケインも改めて顔色を確認するように、キーラの顔を真剣な眼差しで覗き込んだ。


「だ、大丈夫ですの! これぐらいで大切な回復薬ポーションを消費するなんて、マグナート工房の跡取りならばもう少し資産管理に気を配って欲しいものですのよッ」


 回復薬ポーションによる効果で身体の新陳代謝が活性化した影響か、キーラは顔を赤らめてケインから視線を逸らすと、召喚科の制服についた土を払い落として身だしなみを整え始めた。


「思わぬ邪魔が入りましたの。けれど、ワタシたちも先に進みますのよ」


 そして気持ちの入れ替えが完了したのか、キーラは毅然と前を向いて前進することを宣言した。


「――賛成」

「あぁ、その通りだ。あんな野郎の言う通りに、引き下がる必要なんてないぜ」

「で、ですが、また……」


 アオイとケインはすぐに賛成したが、フレイヤはどうもユングに苦手意識、もしくはその言いつけに逆らえないほどの劣等感を感じているように見える。

 これまでの学園生活で見せて来た。いつも笑顔で、周囲に優しく、我を控えた雰囲気は消え去り――不安げな表情を浮かべ、周囲に立つものが痛いほど感じる怯えを見せ、拒絶感を前面に押し出して来ていた。


 ゼクスに視線を向けるが、奴は腕を組んで静観の構え――前に進むも、後ろへ後退するも、パーティとしての考えがまとまれば、それに従うと言うことか。


「心配するなフレイヤ、もしもまたユングに何か言われたら、次は俺も〈真影シャドウ〉を召喚して対抗する」

「ラ、ラグナさんそれは――ッ」

「この南部遠征では俺の〈真影シャドウ〉は使わないということだったが、それはあくまでもハンターの基本的な行動をお前たちに体験させるためのものだ。ハンター同士の争いも経験と言えばそれまでだが、かと言って命をかけるほどのものではないだろ?」


 そう言いながらゼクスの表情を確認すると、ゼクスは一つ息を吐いて頷いた。


「ラグナの言う通りだ。ハンター同士で獲物の取り合い、もしくは帰還中のハンターを別のハンターが襲うなんて話はよくあることだ。その対策を南部遠征で学ぶには早すぎると思っていたが、こうなってしまっては仕方ないな」

「――露天風呂」

「そう、アオイの言う通りですの、ラグナは露天風呂の一件ですでに王都への帰還に飛空挺を喚ぶことを了承していますのよ。今さら躊躇ためらう理由がどこにありまして?」

「そ、それもあったな……」


 アオイの一言に、パーティ全体の雰囲気が緩んだが、フレイヤだけはまだ浮かない表情のままだった。


「……フレイヤ、ユングの青騎士ブルーナイトが強力な〈真影シャドウ〉なのは見ればわかる。だが、俺の〈真影シャドウ〉がアレに劣っていると思うか? キーラやアオイ、ケインとのチームワークが、あんな自分で作った溝にけるような〈真影シャドウ〉に負けると思うのか?」

「そ、それは……」


 フレイヤの視線は俺たちの間を彷徨い惑い、腰の前で祈るように握る両手の力が入っては抜け、また震えを押さえつけるように力強く握りしめられる。

 フレイヤのユングに対する恐怖、不安、劣等感――あらゆる負の感情が心中で渦巻いているのだろう。


 これほど心が病むには、相当長い年月をかけて心を蝕なければならないはず。フレイヤの状態を見れば、ユングの歪んだ精神も透けて見えてくる。

 これは今ここでどう話をつけても解決はない。心の問題はキッカケ一つで好転することもあるが、殆ど多くの場合が時間をかける必要がある。


 魔族である俺には人族がどれほど時間を必要とするのかは判らないが、身近な例で言えば……言葉一つ発するのに三〇〇年かけた魔族もいる。


 ここはフレイヤ個人の感情は横へ置き、俺たちがここへ来た本来の目的を果たすことを優先すべきだ。


「フレイヤ、ここはパーティリーダーとして方針を決めさせてもらう。前衛三人は〈真影シャドウ〉を召喚、再び丘陵地帯に進んで大型魔獣を探す。ゼクスは飛んで周囲を索敵、他生徒のパーティがどこにいるか含め、大型魔獣を探せ、そのぐらいは協力してもらうぞ」

「おぅ!」

「もちろんですの」

「――承知」

「わかった、索敵に関しては全面的に協力しよう」


 ケインたち四人から同意の声が上がり、あとはフレイヤだけ――。


「フレイヤ、大型魔獣を発見したら〈真影シャドウ〉を召喚、先陣を切って貰うぞ」


 顔を伏せて目を閉じていたフレイヤは薄桃色の唇をわずかに噛み締めていたが、真っ直ぐにこちらへ顔を向けて目を見開くと、震えながらも何か一つ決意した表情で力強く頷いた。


 


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