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第二話 暇すぎて……

9/8 誤字修正




「暇だ……」

「お暇なら、ブレイヴ王国を滅ぼしてはいかがでしょうか?」

「え? 嫌だよ面倒くさい」


 ミルズ大陸との長きにわたる戦の中で、俺は大陸各地の大都市や主要な産業・農業地域に隠れ家を配置し、何体ものヘリアルと呼ばれる無機生命体ゴーレムを送り込んでいた。


 今現在暮らしている隠れ家もその一つ、ブレイヴ王国の王都アヴァリティアに作った隠れ家――という名の大邸宅に住んでいる。


「あぁーーーひーーーまーーーだーーー」


 私室のソファーに体を埋め、俺は日々の日常を持て余していた。


「ブレイヴを滅ぼさないのでしたら、学園に通われてはいかがでしょうか?」


 ソファーの後ろに立つリーデが、体を横にして天井を見つめる俺の視界に入って来る。煌く長い銀糸の髪が垂れ下がり、思わず目の前で揺らぐ髪を手でもてあそびながら続きを促す。


「ラグナ様はもうすぐ一六歳になられます。この国では一六歳になると学園へ通い、将来の職を見据えて勉学に励むことが義務とされております」

「……そんな制度、あったか?」

「あの白豚が一〇年ほど前に作った制度です。現在では大陸各国で採用され、多くの若者が戦闘訓練や技術訓練を受けております」

「義務ということは、学園に通わなかった場合、何か罰則があるのか?」

「はい。学園に行かなかった者や一定の基準に満たない者は劣等――奴隷の烙印を押され、劣悪な環境下での肉体労働を強制されます」

「それは面倒だな……リーデ、至急学園へ通う手配をしろ。人族が何を教え、何を学ぶのかにも興味があるしな」

「畏まりました。では、学科はどうなさいますか?」

「学科?」


 リーデによれば、学園――セブンズジェム学園には七つの学科があり、騎士科・生活科・生産科・芸術科・研究科・生命科・召喚科に分れている。


 騎士科は貴族や士官候補生が学び、政治・軍事に関する事や国や領地の統治に関して学ぶ。


 生活科は日常生活における知識や商売に関する知識、調理・栄養学などを学ぶ。


 生産科は農業・鍛冶など、あらゆる分野の生産加工技術に関して学ぶ。


 芸術科は文芸・美術・音楽・舞台芸術などを学ぶ。


 研究科は歴史に数学や文学、物理学のみならず、経済学なども学ぶ。


 生命科は医療・教育・薬学などを学ぶ。


 そして、召喚科は人族の行使する奇跡――〈召喚〉と、人族にとって未知なる学問である〈魔法紋〉について学ぶ。


「研究……いや、芸術科も捨てがたい。だが、何よりもまず知らなくてはならない事は召喚だな」

「畏まりました、召喚科への入学手続きを手配いたします。つきましては、入学試験を受ける準備をお願いします」

「いいだろう――」


 リーデの銀髪を弄るのをやめて、ゆっくりと起き上がり――胸元から一際大きな深紅の魔核マテリアル――皇魔核ルーン・マテリアルを取り出し、その輝きを見つめる。


「元魔王に相応しい、最高の物を用意しよう」




 ******




 勇者に復讐を果たしたラグナが暇を持て余していた頃、王都アヴァリティアにある王城では、国王を始め国の重鎮が密室に集まり、国家の一大事について話し合っていた。


「ではもう一度聞くぞ、ガイ・エインズワース。そちは軍務大臣という立場にありながら、余に許可を取らずに暗部を動かし、勇者コウタの暗殺を画策した――相違ないな?」

「間違い……ございません、国王陛下」


 室内に響くのは二人の男性の声。一人は齢六〇を過ぎた老人の声、白髪ばかりの長髪を後ろへ流し、丸々と膨れた腹をふてぶてしく投げ出しながら椅子に座り、真っ赤なワインが注がれたグラスを揺らす――マイモン・ブレイヴ国王。


 その前に跪くのは、鍛え上げられた体躯を小さく縮こませ、俯きこうべを垂れるガイ・エインズワース軍務大臣。


 エインズワース軍務大臣の後方には、その他の大臣や重鎮たちが静かに事の成り行きを見守っていた。そして、この密室に集まった全員が、軍務大臣の動機を理解していた。

 一六歳になったばかりの娘を勇者の遊戯相手に指名された――それは、たとえ大臣であっても拒否する事は許されない事だった。ましてや、勇者コウタが使う媚薬草ラヴポーションは人を廃人に変える危険薬物に指定されたもの。

 相手が勇者でなかったら、一体誰が自分の愛娘を送り出すだろうか。


 だが、見守るその目には軍務大臣を憐れむ気持ちはおろか、同情する気持ちすら一片も浮かんではいない。


 それもそのはず、魔族の住むヘイム大陸への大きな遠征は、ここ一〇年以上行われていない――勇者が戦場に出ないからだ。


 魔族の魔法は強力だ。召喚で対抗したとしても、根本的な自力では劣っている。


 特に強大な魔力を持つ魔族を撃ち滅ぼすには、勇者というニエを先頭に立たせ、その力をそぎ落とし、弱った所を数の暴力で飲み込む。


 人族が確実な勝利を手にするにはこれしかなかった。しかし、今代の勇者は戦場を去った。魔族を狩らなくては魔核マテリアルを手に入れることは出来ない。

 より強力な召喚を行い、自らの地位をさらに高みへと昇らせるには、魔獣から獲れる獣核ビストでは不十分なのだ。


 だが、勇者は死んだ。


 皇魔核ルーン・マテリアルさえあれば、再び〈勇者召喚〉の儀式を執り行って新しい贄を呼び出す事が出来る。そうなれば、次はヘイム大陸遠征だ。

 大きな戦が起これば国中の経済が動き、新しい魔核マテリアルが手に入り、地位と名誉と大金が舞い込んでくる。


 まずは新しい軍務大臣の椅子だ。出兵する際の布陣を管理掌握し、戦に関する全ての金と人を差配するポスト。


 エインズワースは失脚し、その空席には自分の子飼いを……などと、多くの者達が皮算用をしながら動向を見守っていたが、事態は彼らに味方する事はなかった。


「それで、皇魔核ルーン・マテリアルは回収できておるのか?」

「それが……勇者コウタの亡骸を調べ上げましたがどこにも見つからず、暗殺の実行犯がその……持ち去ったものかと……」

「こッ……この馬鹿者めがぁ! 即刻国中を捜索しろ! 勇者を暗殺するほどの手練れ、そう数はいないはずだ!」


 軍務大臣の頭部にワイングラスが投げつけられ、その中身がぶちまけられたが、軍務大臣は避けもせずに俯いたまま――握りしめた拳を震わせ、唇を噛み締め、何もかもを失おうとしている現状に、ただただ怒り震えていた。


皇魔核ルーン・マテリアルを余の前に持ってこい。その者に、ヘイム遠征のすべて任せる」


 ブレイヴ国王は後方で静観していた者達へそう告げると、窮屈そうに席に埋まっていた大腹を持ち上げ、密室の奥へと消えていった。





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