第二話 暇すぎて……
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「暇だ……」
「お暇なら、ブレイヴ王国を滅ぼしてはいかがでしょうか?」
「え? 嫌だよ面倒くさい」
ミルズ大陸との長きにわたる戦の中で、俺は大陸各地の大都市や主要な産業・農業地域に隠れ家を配置し、何体ものヘリアルと呼ばれる無機生命体を送り込んでいた。
今現在暮らしている隠れ家もその一つ、ブレイヴ王国の王都アヴァリティアに作った隠れ家――という名の大邸宅に住んでいる。
「あぁーーーひーーーまーーーだーーー」
私室のソファーに体を埋め、俺は日々の日常を持て余していた。
「ブレイヴを滅ぼさないのでしたら、学園に通われてはいかがでしょうか?」
ソファーの後ろに立つリーデが、体を横にして天井を見つめる俺の視界に入って来る。煌く長い銀糸の髪が垂れ下がり、思わず目の前で揺らぐ髪を手で弄びながら続きを促す。
「ラグナ様はもうすぐ一六歳になられます。この国では一六歳になると学園へ通い、将来の職を見据えて勉学に励むことが義務とされております」
「……そんな制度、あったか?」
「あの白豚が一〇年ほど前に作った制度です。現在では大陸各国で採用され、多くの若者が戦闘訓練や技術訓練を受けております」
「義務ということは、学園に通わなかった場合、何か罰則があるのか?」
「はい。学園に行かなかった者や一定の基準に満たない者は劣等――奴隷の烙印を押され、劣悪な環境下での肉体労働を強制されます」
「それは面倒だな……リーデ、至急学園へ通う手配をしろ。人族が何を教え、何を学ぶのかにも興味があるしな」
「畏まりました。では、学科はどうなさいますか?」
「学科?」
リーデによれば、学園――セブンズジェム学園には七つの学科があり、騎士科・生活科・生産科・芸術科・研究科・生命科・召喚科に分れている。
騎士科は貴族や士官候補生が学び、政治・軍事に関する事や国や領地の統治に関して学ぶ。
生活科は日常生活における知識や商売に関する知識、調理・栄養学などを学ぶ。
生産科は農業・鍛冶など、あらゆる分野の生産加工技術に関して学ぶ。
芸術科は文芸・美術・音楽・舞台芸術などを学ぶ。
研究科は歴史に数学や文学、物理学のみならず、経済学なども学ぶ。
生命科は医療・教育・薬学などを学ぶ。
そして、召喚科は人族の行使する奇跡――〈召喚〉と、人族にとって未知なる学問である〈魔法紋〉について学ぶ。
「研究……いや、芸術科も捨てがたい。だが、何よりもまず知らなくてはならない事は召喚だな」
「畏まりました、召喚科への入学手続きを手配いたします。つきましては、入学試験を受ける準備をお願いします」
「いいだろう――」
リーデの銀髪を弄るのをやめて、ゆっくりと起き上がり――胸元から一際大きな深紅の魔核――皇魔核を取り出し、その輝きを見つめる。
「元魔王に相応しい、最高の物を用意しよう」
******
勇者に復讐を果たしたラグナが暇を持て余していた頃、王都アヴァリティアにある王城では、国王を始め国の重鎮が密室に集まり、国家の一大事について話し合っていた。
「ではもう一度聞くぞ、ガイ・エインズワース。そちは軍務大臣という立場にありながら、余に許可を取らずに暗部を動かし、勇者コウタの暗殺を画策した――相違ないな?」
「間違い……ございません、国王陛下」
室内に響くのは二人の男性の声。一人は齢六〇を過ぎた老人の声、白髪ばかりの長髪を後ろへ流し、丸々と膨れた腹をふてぶてしく投げ出しながら椅子に座り、真っ赤なワインが注がれたグラスを揺らす――マイモン・ブレイヴ国王。
その前に跪くのは、鍛え上げられた体躯を小さく縮こませ、俯き頭を垂れるガイ・エインズワース軍務大臣。
エインズワース軍務大臣の後方には、その他の大臣や重鎮たちが静かに事の成り行きを見守っていた。そして、この密室に集まった全員が、軍務大臣の動機を理解していた。
一六歳になったばかりの娘を勇者の遊戯相手に指名された――それは、たとえ大臣であっても拒否する事は許されない事だった。ましてや、勇者コウタが使う媚薬草は人を廃人に変える危険薬物に指定されたもの。
相手が勇者でなかったら、一体誰が自分の愛娘を送り出すだろうか。
だが、見守るその目には軍務大臣を憐れむ気持ちはおろか、同情する気持ちすら一片も浮かんではいない。
それもそのはず、魔族の住むヘイム大陸への大きな遠征は、ここ一〇年以上行われていない――勇者が戦場に出ないからだ。
魔族の魔法は強力だ。召喚で対抗したとしても、根本的な自力では劣っている。
特に強大な魔力を持つ魔族を撃ち滅ぼすには、勇者という贄を先頭に立たせ、その力をそぎ落とし、弱った所を数の暴力で飲み込む。
人族が確実な勝利を手にするにはこれしかなかった。しかし、今代の勇者は戦場を去った。魔族を狩らなくては魔核を手に入れることは出来ない。
より強力な召喚を行い、自らの地位をさらに高みへと昇らせるには、魔獣から獲れる獣核では不十分なのだ。
だが、勇者は死んだ。
皇魔核さえあれば、再び〈勇者召喚〉の儀式を執り行って新しい贄を呼び出す事が出来る。そうなれば、次はヘイム大陸遠征だ。
大きな戦が起これば国中の経済が動き、新しい魔核が手に入り、地位と名誉と大金が舞い込んでくる。
まずは新しい軍務大臣の椅子だ。出兵する際の布陣を管理掌握し、戦に関する全ての金と人を差配するポスト。
エインズワースは失脚し、その空席には自分の子飼いを……などと、多くの者達が皮算用をしながら動向を見守っていたが、事態は彼らに味方する事はなかった。
「それで、皇魔核は回収できておるのか?」
「それが……勇者コウタの亡骸を調べ上げましたがどこにも見つからず、暗殺の実行犯がその……持ち去ったものかと……」
「こッ……この馬鹿者めがぁ! 即刻国中を捜索しろ! 勇者を暗殺するほどの手練れ、そう数はいないはずだ!」
軍務大臣の頭部にワイングラスが投げつけられ、その中身がぶちまけられたが、軍務大臣は避けもせずに俯いたまま――握りしめた拳を震わせ、唇を噛み締め、何もかもを失おうとしている現状に、ただただ怒り震えていた。
「皇魔核を余の前に持ってこい。その者に、ヘイム遠征のすべて任せる」
ブレイヴ国王は後方で静観していた者達へそう告げると、窮屈そうに席に埋まっていた大腹を持ち上げ、密室の奥へと消えていった。