第二十四話 出発
翌朝を迎え、本日より俺たちの実戦演習がスタートする。セブンズジェムが用意した宿での夜は、身体中を擦り傷だらけにし、頬に大きく腫らしたケインのうめき声と共に過ごした。
あの後――露天風呂から殴り落とされたケインは、落下防止用の網に素っ裸で落下し、俺とゼクスが救助するまで夜空に宙づりにされていた。
「あいててて……歩くと股がいてぇ……」
「自業自得ですの、むしろ感謝してほしいくらいですのよ」
「殴られて感謝しろって、横暴だろ……」
出発準備を終えてシグル砦前に集合した俺たちは、必要最低限の道具と武器だけを持ってゼクスの合流を待っていた。
「――キーラが落とさなければ、他の女性ハンターが……いや、私が斬り殺していた」
日が明けてもキーラに説教をされているケインたちの横を、アオイが腰に佩く刀剣の鍔を鳴らしながら追い越していく。
「その通りです。ケインさんはもっと反省してください」
その後ろに続くフレイヤも、冗談交じりに怒る真似をしながらこちらにやって来る。
「くぅ〜、オレが悪かった……」
今後の関係を考慮したのか、ケインは膝から崩れ落ちて頭を下げ、再び謝罪の言葉を口にする――だが、それが必要なのはケインだけではなかったようだ。
「ラグナ、自分は関係なさそうにしていますけれど、貴方も同罪ですの」
「俺もか?」
「当然ですの、ケインの愚行を止められなかった罪は重いですのよ?」
「あぁ……」
「責任を取って、遠征の帰りは飛空挺を使うことを義務付けますの」
「いや待て、それはキーラが飛空挺に乗りたいだけではないのか?」
「そ、そんなことはありませんの! ワタシの裸に加え、アオイとフレイヤのも見られましたの。本来ならばその眼球をくり抜き、眼底から剣を突き刺して記憶ごと命を消滅させるところを、帰路に飛空挺を使うだけで許すことにしましたの」
キーラの視線が明後日の方に泳ぐ――裸を見られたと言われ、アオイとフレイヤは顔を真っ赤に染め上げて硬直している――。
「ラ、ラグナ……俺からも頼む!」
膝たちで擦り寄ってくるケインが俺の足元で手を合わせて頭を下げる——その姿に軽く一息吐き。
「しょうがない。南部遠征の行き帰りは陸路で行く約束だったが、俺とケインが同罪ならばゼクスも同罪のはず、帰りに飛空挺を使うことに文句は言うまい」
そのゼクスは一体いつ来るんだ――と、ケインとキーラたちから視線を外して事務所の方へ振り向くと。
パァーン!
と、手か何かを打ち鳴らす音が背後から聞こえた。
「ん?」
再び振り返ってケインとキーラを見るが、ケインは膝をついて頭を下げたままだし、キーラは腕を組んで仁王立ちしている――何も、変わっていない。
だが、そのさらに後方に嘘のつけない娘たちがいた――アオイとフレイヤだ。
フレイヤはケインとキーラが何かをしたことに驚き、アオイに至っては目を見開いて頬を紅潮させている。と言うより、頬を震わせて笑いを堪えているのは明らかだ。
「お前たち、いま何か――」
「おぉ〜い、待たせたな」
「ゼクス! 待ちくたびれたぜ!」
「その通りですの、出遅れては未開領域の浅部から魔獣が消えてしまいますの」
「よし、ならすぐに出発だな! さぁいくぞ!」
ケインとキーラは何かを急ぐように動き出し、俺の追求は学園事務所から戻ってきたゼクスに遮られたまま、すぐさま出発となった。
何か嵌められた気がしなくもないが、それよりも未開領域目指して出発する方が重要だ。
魔獣の討伐と獣核の確保――現状を考えれば簡単ではない課題だが、久しぶりの狩りだ。楽しませてもらうとしよう。
未開領域――そこはどこまで続いているのかも判らないほどに、広大な大自然が続いている。
シグル砦との境界付近は大森林地帯が広がっているが、そこを抜ければ丘陵地帯や渓谷地帯が広がり、地底湖や険しい山脈が存在する未知の領域だ。
未開領域を支配する魔獣は、人族の支配圏で生きる動物の延長線上に位置する獣ではない。一つの種として確立された生態系を持ち、繁殖活動と言う名の同種喰いによって内包魔力を蓄え、蒼魔卵と呼ばれる透き通るほど蒼い卵を産み落とし、種の数を増やしている。
その生態は非常に獰猛にして好戦的、魔獣や魔族に比べれば極僅かな内包魔力しか持たない人族も、蒼魔卵を産み落とすための餌として襲われる。
その人族よりも、魔獣よりも強大な内包魔力を宿す魔族となれば、魔獣から見れば最高級の食材だろう。
魔族は人族とだけではなく、魔獣との間にも激しい生存競争に晒されてきた。魔獣は魔族を一人喰らえば蒼魔卵を数個産み落とせるほどの魔力を手に入れ、さらには自身の能力も飛躍的に向上させる。
ヘイム大陸に生息する魔獣は、ミルズ大陸のそれを遥かに凌駕する暴虐の王たちだった。
それらを何百年もの間狩り続けていた俺から見れば、ミルズ大陸に生息する魔獣など孵化したばかりの雛に等しい。
まぁ、その力を振るうことはなく、俺は観察者として人族の狩りを見学させてもらうわけだが——俺たち六人は陣形を組み、先頭をキーラとゼクス、フレイヤを挟むように俺とケインが横並びになり、最後尾にアオイがついた。
「いいか、課題目標は魔獣一匹の討伐だが、得られた獣核が〈召喚〉に使えない未成熟なものだった場合、それは一匹としてカウントされない。シグル砦周辺だと、魔獣を見かけてもほとんどが幼生体だ」
ゼクスから魔獣についての説明を聞きながら、腰に佩いた長剣の柄を撫でながら周囲の魔力反応を探って行く。
さすがに開拓村のすぐそばには大型魔獣はいないようだな……小型の反応が点々としているだけか。
「あのぅ、ケインさんが肩に背負っているのは何ですか?」
横を歩くフレイヤが言う通り、ケインは左肩に一mちょっとほどの長さがある布袋を二つ掛けていた。
「よくぞ聞いてくれた! こいつはマグナート工房の最新試作携帯型兵装“召喚銃”だ」
召喚銃――?
ケインがスルスルと布袋から取り出したのは鋼鉄で覆われた四角い筒、一方が細く伸び、もう一方は持ち手になるのか太く加工されている。
「ラグナ、お前に一丁貸すから、こいつの感想や改良点があれば教えてくれ。魔動車をあんな静音高機動に改造しちまうお前なら、こいつの問題点もすぐに判るはずだ」
「ふむ、面白そうだ」
ケインが差し出す召喚銃を受け取り、その手触りや外観から中の構造を予想する。
「召喚銃の基本構造は火薬を使った火薬銃とそう変わらない。ただ大きく違うのは、鉛玉を火薬で飛ばすんじゃなく――」
「獣核の魔力を放出するのか」
誇らしげに語るケインの言葉を遮るように、召喚銃から感じる魔力の波動を呟いた。
「ほんとすごいなお前……ちょっと触っただけで判るのか」
「ケイン、これは火薬銃と何が違くて?」
「いや……一番の特徴は今ラグナが言った通りで、〈召喚〉に使えないクズ獣核の魔力を弾丸として撃ち出すんだ。火薬銃と違って弾丸や火薬の持ち運びはないし、発射間隔や威力は火薬銃よりも上なんだが……」
「――耐久性に難がありそうだな。それに……獣核が本来持っている属性を考慮した設計になっていないし、〈魔法紋〉の刻み込みも甘い」
「――ッ!」
「ハハッ! マグナート工房の最新兵装も、ラグナの前ではまるで型遅れだな」
ゼクスが凹むケインを慰めるように肩を叩いて笑い話に持っていくが、実際にこの召喚銃の設計は骨董品にも等しいほどの児戯で作られていた。
だが、その設計思想だけは飛び抜けて革新的とも言えた。
幼生体から採取できるクズ獣核の利用方法は、主に魔道具や魔動車などの〈魔法紋〉によって起動する道具たちの燃料だ。
その利用方法から考えれば、今までにも獣核の魔力で砲弾や鉛玉を飛ばす兵器と言うものは存在した。
しかし、この召喚銃はそのワンアクションを削除し、魔力そのものを射出するように作られている。
これはつまり、人族が魔法的攻撃手段を〈召喚〉以外でも手に入れたことを意味していた。
「ラグナ、獣核の属性とは?」
手に握る召喚銃を今すぐにでも分解し、その内部構造や〈魔法紋〉を確認したかったが、アオイの質問で我に返った。
「ん? あ、あぁ、一般にはあまり知られていないことだが、獣核や魔核には六大属性――つまり、火・水・土・風・光・闇のどれかを宿している」
「――六大属性?」
「そのようなお話、初耳です。獣核や魔核を見て、属性が何なのか判るのですか?」
「いや、見た目で判別するのは俺にも無理だ。だが、その方法は知っている――今は判別する獣核もないし、魔獣を狩ったらやって見せよう」
「よし、そうと決まれば先に進むぞ」
いつまでも森の入り口で足を止めているわけにもいかない。ゼクスの号令で再び前へと歩き出し、俺はケインから召喚銃の詳細な使用方法を聞きながら、この兵装をどうしてくれようかと考えていた。




