第二十二話 頂上にて
「こいつはすげぇぜ。なぁ、ラグナ、お前も見ろよ!」
セブンズジェムが借り切った宿に荷物を置き、俺たちはシグル砦の頂上に来ている。
「確かに、この景色は壮観だな」
頂上から見渡す絶景は、ここまでの旅路で見た景色とはまた色彩が違った。それは見渡す限りに広がる緑の青、ヘイム大陸にはこれほどの高木が立ち並ぶ大森林は既にほとんど残っていない。
幾度も繰り返された人族の侵攻作戦、魔族同士の些細な決闘、ミルズ大陸よりも遥かに凶暴な魔獣による暴走、終わることのない破壊の日々に豊かな大自然は耐え切れず、再生するには長い年月が必要となっていた。
視線を回して頂上を見渡すと一軒の大きな東屋が見えた——正面中央部分には一際大きな文字で“シグル温泉 露天風呂”と書かれた看板が掲げられている。
東屋から延びる配管から察するに、あの中で俺がかつて製造した清水を生み出す魔道具――魔王水こと、召喚水が管理されているのだろう。
巨岩石の頂上には東屋の他に小さな菜園や広場が作られ、未開領域を目の前にした安全地帯に、命を懸けるハンターたちがひと時の休息をとる場となっていた。
「おい、ラグナ! どこ見てんだよ、こっちだこっち!」
ミルズ大陸の大自然に心打たれていたが、ケインの心を鷲掴みにしたのは別方向の自然な姿だったようだ。
「見ろよあれ、女ハンターっていうのは開放的なんだな!」
ケインが顎で指す方向に視線を向けると、三人の女性ハンターの姿が見えた。日焼けした素肌を大胆にはだけさせ、サイズが全く合っていない湯あみ着のまま、東屋へと歩いて行く。
「くぅ~是非ともお姉さま方とお近づきになりたいぜ!」
「交友関係を広げるのは結構だがケイン、向こうでキーラが物凄い形相でお前を睨んでいるぞ」
「なにっ――?! やばいぞラグナ、キーラはこういう事には無茶苦茶うるさいんだ!」
「やばいのはお前だけだ」
「なにっ――! ここにも裏切り者がっ……先に行ってるぞ!」
下の階から階段を上がってきたキーラとアオイ、そしてフレイヤの姿を見るや否や、ケインは俺を置いて東屋の入り口に掲げられた“男”と書かれた暖簾をかき分け、東屋の中へと駆け込んでいった。
「ラグナ――まさかとは思いますけど、貴方もケイン同様、女性ハンターの湯あみ着を見て不埒な妄想に耽っていましたの?」
ケインの後姿を目で追っていると、背後からいつもより声のトーンが一段低いキーラの声が聞こえてきた――。
「フッ――俺の美的感覚はケインや人のソレとは少し違う、そもそも――」
「つまりラグナの好みは熟年女ハンターではなく、ピッチピチの少女ハンターが好みってわけか」
「なっ?!」
「――ッ?!」
「え?」
——人族の娘に興味などない、そう言おうとした矢先、最後尾で階段を登ってきたゼクスがそれを遮った。
「男は命を懸ける前に女を抱きたがるが、命のやり取りから帰ってきた後の女は凄いぞ? 種を残すことに全力だからな」
「ゼクスさん、それは何に全力になるのですか?」
「フ、フレイヤ? 貴女は一体何を言っていますの?!」
「――ッ!!」
ゼクスによる人族の習性について突然の講釈が始まったが、同じ人族のフレイヤは全く知らない話のように聞き返し、キーラとアオイは驚愕の表情を見せていた。
特にアオイ――顔が真っ赤だぞ、浴場に入る前にのぼせたか?
「あぁ、フレイヤ嬢には少し早いか、いずれ誰か……ラグナ辺りが教えてくれるかもな」
ゼクスの視線が俺を捉え、何やら不敵な笑みを浮かべながら無精髭を摩り、その言葉に耳まで真っ赤に染め上げるアオイと、意味がわからずも胸の前で手をギュッと握りしめてこちらを見るフレイヤ――そして、キーラがフレイヤを後ろから抱きしめて「焦ってはダメですの」とか「初めての相手は慎重に――」などと、俺を見定めるように睨みながら耳打ちをしている。
まったく……あの小娘どもはいつの間にあれほど仲良くなっていたのか。
南部遠征がスタートしてからというもの、女性陣三人の仲は急速に近づいていた――というより、誰にでも同じように接するキーラと、人を疑うことを知らない無知……いや、無垢なフレイヤはすぐに打ち解けた。
そして、いつも目を閉じて瞑想に耽っているアオイが、実は口下手で周囲の様子を常に窺うタイプだとパーティの皆が感じとる頃には、逆にその奥手な性格を好ましいと思えるようになっていた。
だが、皆が一つのパーティとして良好な関係を構築しつつある中で、俺はどこか冷めた目でそれらを見つめていた。
東屋を前にしてのおふざけはそれで終え、俺たち五人は男女に分かれて大浴場へと入って行った。
“男”と“女”と書き分けられた暖簾を潜ると、中は広い脱衣所になっていた。
「ラグナ、まずはそこで入浴料を支払うんだ」
横に立つゼクスが脱衣所前に設置された台の上に座る従業員らしき男を指差す。
自然と台の上に座る小僧と目が合い、ニカッと白い歯を見せて入浴料と簡単な入浴手順を案内し始めた。
とはいえ――浴場の使い方程度で人族と魔族にそれほど違いがあるわけがない。
「あ〜、お客さん。その一段上がっている先からは靴を脱いでお願いします」
「靴を脱ぐ……?」
「服は脱衣箱の中へ、鍵を掛けたら貴重品と獣核と一緒に中の革袋に入れて浴場へ持って行ってください。紛失や盗難があっても責任は負いませんので」
「なるほど……」
ゼクスの仕草を横目に、靴を脱いで脱衣場に持ち込む。
棚に並べられた脱衣箱は、蓋が開いているものと閉じているものがある――中を覗けば、小僧の言う通りに木鍵と革袋が入っていた。
「ラグナ、お前が魔核持ちだってことを周囲に知られると面倒臭いことになりかねん。手甲から外すときには気をつけろよ」
召喚科の制服を脱ぎ始めたところで、すでに上半身裸で腰に長布を巻いたゼクスが周囲の目を窺いながら俺の肩に手を回し、腰を寄せてくる。
確かに――獣核しか持たないハンターにとって、まだ子供でしかないセブンズジェムの生徒が魔核を持っているのを見かければ、良からぬことを企てるのは想像に難くない。
体を俺に押し付けて箱の中を覗くゼクスに見られながら、左手に着けている手甲に右手を当て、僅かに魔力を通して魔核の種のロックを解除する。
魔核の種を固定している多重装甲が一つずつ解放され、紅い宝石――偽装魔核が浮き上がる。
「あれだけ大きな〈真影〉を、本当にただの魔核で召喚していたんだな……」
それは何気ないゼクスの一言だった――だが、その真意は俺の偽召喚に感心した程度の話ではない。
魔核の種を手甲から外し、すぐに革袋の中へと放り込む。
「皇魔核だと思ったか?」
わずかに視線を向けてそう問いかけるが、ゼクスは何も答えずに肩に回した手を解き「許可証と財布も入れ忘れるなよ〜」と言いながら浴場の方へと歩いて行った。
どうやら、ゼクスが俺たちのパーティに指導教官として配属された理由は、フレイヤと俺の安全を確保するためだけでなく、飛空挺を召喚して見せた魔核の詳細を確認することもあったようだ。
それが先のエインズワース軍務大臣の命令なのか、もしくは学園統括委員会なのか、それとも第七セブンズジェム学園そのものなのかはわからないが、この南部遠征中は仲間の助けは望めない。
俺自身の力で警戒をせねば――いや、俺一人の力で十分ではあるのだがな。




