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第二十一話 開拓村




 大型魔動車クレイスターでの旅路は順調そのものだった。少し窮屈な座席で暇を持て余してはいたが、流れていくミルズ大陸の景色はヘイム大陸のそれとは全く違い、新鮮な感動を味わいながら楽しむことが出来た。

 七つの停留都市での宿泊では、王族の一員であるフレイヤのお陰で比較的質のいい宿に泊まることが出来た。南部遠征の時期は普段よりも多くのパーティが同時に移動するため、宿を確保することに非常に苦労するのだが、そこはゼクスがしっかりと事前に宿の予約を入れておいてくれた。


 遠征を終えての帰路では時期不明のため予約することは出来ないだろうが、学生パーティの移動が集中する往路と比べれば、宿の混み具合は緩和されているだろう。


「これが開拓村っていうか……山?」


 最終目的地である開拓村正面に停車した大型魔動車クレイスターから続々と乗客たちが降りていくが、新入生パーティの誰しもがその場で足を止め、開拓村らしき巨大な岩山を見上げていた。


「――ブレイヴ王国の南部開拓村、シグル砦。巨岩石をくり貫いて作られた天然の要害砦」


 その余りに巨大な岩石の威容に言葉を失っていたケインとキーラそしてフレイヤたちに、それほど驚いた様子を見せていないアオイがポツリと呟いた。


「アオイはここへ来たことがあるのか?」

「――爺様と修行の一環で立ち寄ったことがある」

「ケイン、荷物を降ろすのを手伝え! ラグナはアオイとセブンズジェムの事務所に到着報告と入村許可証を貰いに行ってくれ。フレイヤとキーラは荷物番だ」


 大型魔動車クレイスターから最後に降りて来たゼクスが声を上げた。


 人族の支配する領域と魔獣が支配する未開領域との境に造られたシグル砦の高さは、全高三〇mメラールにも達し、全長は二〇〇mメラールを越える大地に横たわる巨大な大岩だ。

 巨大な岩石の至る所から魔獣除けの香を焚いた煙が昇るのが見え、鼻腔をくすぐる爽快感のある匂いが鼻を突く。


 魔獣除けの香の匂いは人や魔族にとっては爽快感と鼻筋にスーッとする匂いがするのだが、魔獣の多くがこの香りを嫌がり、近づかなくなる。

 絶対的な信頼を寄せられるものではないが、山村などでは香の元になっている草花を周囲に植え込み、結界に近いものを構築している場所も多い。

 香として焚けばその効力も数倍に跳ね上がり、シグル砦の規模をも覆うほどの効果を見せて——いや、匂わせている。


 未開領域は巨大な魔獣が闊歩する領域。その眼前で人族が居住環境を構築するには、これほどの特異な自然物を利用した砦と、大規模な魔獣除けを用意しなければ不可能なことだった。


 大型魔動車クレイスターの停留所……とは名ばかりの、樹々を切り倒して開いただけの広場には数台の大型魔動車クレイスターのほか、巨大な荷車が多数停車しているのが見える。

 だが、それを引く馬の姿はない――厩舎が別にあるのか? とも思えたが、周囲にそれらしき小屋はない。相当な重量と物量を積める大きな荷台、それを支える鋼鉄の大車輪が四つ――そして、その荷台を囲むように大勢の人だかりがいくつも出来ていた。


 ゼクスの指示に従い、シグル砦の正面ゲート脇に建つセブンズジェムの事務所へと向かいながら人だかりを眺めていると、俺の視線の先が気になったのか、アオイもその先を追って人だかりを見ていた。


「――あれが回収屋コレクター。あの大きな荷車を〈真影シャドウ〉で引いて、大森林を移動する」

「なるほどな――そうなると、囲んでいるのはハンターたちか?」

「――たぶん違う。回収屋コレクターは素材の即売も仕切っている、囲んでいるのは商人」


 確かに、人だかりの隙間から中心部が少しだけ見えた。回収屋コレクターらしき男が、魔獣から剥ぎ取った素材の購入価格を囲む商人たちに競わせているようだ。競り落とした者が決まるごとに、歓声と落胆の声が聞こえてくる。

 

 狩られた魔獣の競りを横目に、俺とアオイはセブンジェムの事務所へと入っていった。




「到着お疲れ様、こちらに代表者の氏名と徽章番号、それとメンバーの氏名をお願いします」


 事務所の中は思った以上に狭かった――入り口の目の前にはカウンターが設置されており、そこに職員と思われる女性が一人座っていた。

 その後方には乱雑に積み上げられたファイルやら書類の束が目に入る。所狭しと置かれた木箱や収納籠を見るに、この事務所は遠征の期間中だけ使用される仮設の事務所なのだろう。


 事務員の女性が一枚の用紙をカウンターに差し出し、アオイがそれに視線を下したが――スッっと俺の正面に滑らせる。


 あまりにも自然にこちらへ流したので、思わずアオイの横顔を凝視してしまったが、アオイの視線は真っ直ぐに事務所内を見つめて俺と合わせようとしない。


 しょうがない――差し出された用紙にペンを走らせ、書き終わったところで用紙を反転させて職員へ差し返す。


「ありがとうございます――リーダーはラグナ・レイ、以下五名ですね。これで到着報告を受け付けましたが、未開領域へ出発するとき、帰還したときには必ずここへ報告をお願いします」

「判った」

「シグル砦への入村許可証は、南部遠征の期間中のみ使用できる期間限定の許可証です。遠征終了後は事務所へ返却をお願いします」

「期間限定?」

「そうです。通常はシグル砦の維持費として入村料を徴収していますが、南部遠征はセブンズジェムでの課程として行うものです。したがって、その費用は学園側で負担しています」

「なるほどな――」


 職員がカウンターの上に並べた六枚の許可証を受け取り、内三枚――職員が名前を書いた女性陣の許可証をアオイに渡し、残り三枚を俺が受け取り事務所を後にした。






 シグル砦の正面ゲート前で俺たちを待っていた四人に許可証を渡し、僅かに開かれた太く大きな鉄扉前に立つ門番に見せて中へと入っていく。


「ゼクス、俺たちの宿はどこだ?」

「南部遠征の期間中は宿を一つ貸し切っている。無用ないさかいを避けるために、学園のパーティは全員そこに宿泊するのが決まりだ」


 正面ゲートを潜った先は巨岩石を貫通する薄暗い螺旋階段が続く――湿った岩とコケの青臭い匂いに鼻を擦り、最低限の明かりを保つためだけに設置された燭台の明かりを頼りに、足を滑らせないように気をつけながら登って行く。

 当然ながらシグル砦の外へと繋がる階段はここだけ、上から降りてくるハンターたちと度々すれ違うが、お互いの肘が今にもぶつかりそうな程に階段幅は狭い。


「気をつけろよ、中にはわざと当てて突っかかってくる奴もいる。もう少し進めば広い場所に出るはずだ」


 先頭を歩くゼクスが後ろを確認しながら小声で呟いた。ゼクスの言う通り、通路の先からは明るい光と喧噪が聞こえてきた。


「着いたぞ。ここが南部開拓村、ブレイヴ王国の発展と希望の前線基地、シグル砦だ」


 階段を登りきった先は、巨岩石を一直線にくり貫いた大通路となっていた。反対側の終点が見えないほどに長い大通りの左右には様々な商店が入り、ハンターや回収屋コレクターだけではなく、それを客として金銭を稼ごうという職人や商人、ここを拠点として活動している多くの労働者たちが巨岩石の中を歩いていた。


「へぇ~、こりゃぁすごいな」

「まるでお祭りでもやっているみたいですの」

「――これがここの日常」

「こんなに大勢の方々が働いていらっしゃるのですね」


 階段を登りきった先で立ち止まり、大通りを行き交う人族の波に唖然とするケインたちだったが、俺も驚いていないわけではない。この溢れ出る人族の波よりも、俺の目にはもっと興味を寄せる物が多数映っていた。


 まずはこのシグル砦内を照らす照明設備だ。〈魔法紋マギア〉によって発光現象を起こしているのだろうが、魔力の流れに淀みがない。松明のように燭台の上で輝いているのは純度の低い獣核ビストの破片だろう。外と比べれば随分と弱い光量だが、これだけの大空間を照らすには逆に丁度良いとも思える明るさに調節されていた。


 上を見上げると高い天井部分には等間隔で穴が開いており、その奥で回転し続ける羽らしき装置が見えた。あれで巨岩石内に空気の流れを産み、外部と繋げて排煙や空気の入れ替えをしているとすぐに判る。

 この巨岩石の内部を一つの居住空間として設計した人物は、相当な知識と技能を持った人物に違いない。


「宿は二階だ、行くぞ」


 前へ進むゼクスの掛け声で、足を止めていた俺たちも動き出す。少し歩いた先に、さらに上へ登る階段があるのが見える。そこへ行くのだろうが、興味が湧くのは商店の中も同じだ。通り過ぎながら覗いた料理店の中では、当たり前のように水が流れ出ている。


 砦内に水管を回しているのか? しかし、浄水や排水はどうやって――そもそもどこから水を引いているのか……?


「ゼクス、ここの水は飲めるのか?」

「もちろん飲めるぞ。砦内で飲む分には料金が掛からないが、水筒などに取る時には必要だから注意しろ」

「その水はどこから……雨水を貯めているのか? それとも地下水脈から汲み上げているのか?」

「両方とも外れだ、ラグナ」


 ゼクスは俺の方へと振り返ると、ここまでの旅路で一度も剃ることがなかった無精ひげを撫でまわし、教えてやるかやらないか、実に楽しそうに思案顔でニヤつき――。


「――召喚水サモン・ウォーターだ」


 アオイの一言でいたずらを邪魔された子供のような表情を浮かべた。


「おいおいアオイ、簡単に言ってしまうなんて勿体ないじゃないか」

「――どうせすぐに判る」


 ゼクスの嘆きを軽く切り捨て、アオイは先に階段を登って行ってしまった。しかし、召喚水サモン・ウォーターとは一体……。


「なんでも知ってそうなラグナが知らないとはな、シグル砦の召喚水サモン・ウォーターなら俺でも知ってるぜ!」

「まったくですの、南部遠征に関する資料にもしっかりと記載されていましたのよ」


 ケインとキーラが俺の背を叩きながら追い越し、アオイの後を追って登って行く。


「ラグナさん、召喚水サモン・ウォーターというのは一五〇年ほど前にヘイム大陸より持ち帰られた魔族の魔道具のことですよ。空気中の水分を凝縮して、清水を生み出すのです」

「その通りだ。それがこのシグル砦の頂上に設置してあってな、常に清水を生み出して砦内を流れている。これがなければ、シグル砦は存続できていなかったと言っても過言ではない。宿へ行ったらまず頂上へ上がるぞ。そこには浴場もあるからな、未開領域を見下ろす大露天風呂だ――」


 ゼクスが自慢げにフレイヤの説明を補足していくが、話の後半は殆ど聞こえていなかった。ヘイム大陸から持ち帰られた魔道具だと? 

 まさか召喚水サモン・ウォーターというのは――俺が魔王時代に製造し、ヘイム大陸各地の集落や休息所に設置……いや、放置に近い状態でばら撒いた魔道具のことか……?


 当時は魔王水などと呼ばれていたが、いつの間にか人族までもが利用するようになっていたか……。




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