表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/38

第二十話 出発




 壮行会の二日後、南部遠征へ出発する朝を迎えた。だがその前に――。


「エイル、壮行会に参加した生徒以外のリストは出来上がっているか?」

「はい、エインズワースが連れていた軍関係者、学園統括委員会エッター関係者、教職員にフレイヤ・ミル・ブレイブの護衛官、すべて把握済みです」

「カルラ。俺が遠征から戻るまでに身辺調査を全て終わらせ、必要ならヘリアルの監視をつけろ」

「バッチリ調査しておくよ! なんなら暗殺もしちゃうよ!」

「そう事を早めるな、調査と監視で十分だ。ゲンドール、ナグルファルとレイ商会の倉庫へ“宝物庫”を設置する件はどこまで進んでいる」

「は、はいッ! 壮行会の合間にナグルファルの倉庫に設置を終えました。レ、レイ商会の方は倉庫の奥に隠し部屋を作り終えたところです。数日中には“宝物庫”の設置が終わりますッ」


 私室に呼んだ魔戦騎ヴァルキリーの三人に、遠征中の指示を与えておく。三人にはこれらの他にレイ商会での通常業務もあるのだが、まだ営業を開始したばかりの王都アヴァリティア支店はそれほど忙しくはない。


「ラグナ様、そろそろ出発しないと集合時間に遅れます」

「もうそんな時間か……リーデ、留守の間は頼んだぞ」

「畏まりました」


 ハンターという魔獣狩りや魔族狩りを生業とする職業に就く者は、実際に狩りを行うパーティメンバーの他に後方で援護するサポートスタッフを連れていることが多い。

 執事のハイネルはこのサポートスタッフとして主人あるじの魔獣狩りに同行することが多かったらしいのだが、召喚科の南部遠征では如何なるサポートスタッフの同行も認められていない。


 もちろん教職員がサポートスタッフとしての役目を担うのだが、それは王都の南に聳えるサマロ大山脈を越えた先での話。未開領域との境に作られている開拓村までは、パーティメンバー六人で向かわなくてはならない。




 フレイヤたち五人とは王都の外郭にある大型魔動車――クレイスターの停留所で待ち合わせをしている。

 大型魔動車クレイスターは三〇人ほどが乗れる大型の魔動車クレストで、王都からブレイヴ王国中に張り巡らされた路線を巡回するように走っている。


 人族の遠距離移動手段は主に、徒歩、馬車、魔動車クレスト大型魔動車クレイスターとあるが、さらに高速で長距離移動ができる魔動列車クレスレインという乗り物もある。

 そのどれもがマグナ―ト工房を始め、いくつかの工房が作り出した移動手段なのだが、その設計思想や原理などは異世界より召喚された勇者の知識や助言が大きく反映されている。


 当然ながら、魔族の住むヘイム大陸にはこれらの移動手段は存在しない。正確には必要がない。短時間ならば魔法で飛ぶことも出来るし、個人もしくは少人数で移動するために大人数で同一の乗り物に乗るという習慣もなく、自分の足で移動することを基本としている。


 ブレイヴ王国を活動拠点としているハンターたちは、この大型魔動車クレイスターで未開領域と王国の支配圏をパーティ単位で往復する。南部遠征へ出発する俺たちもそれに倣い、大型魔動車クレイスターで小都市や休憩所を経由しながら開拓村を目指すことになった。


「おーい、ラグナ! こっちだこっちー!」


 停留所は広めの休憩所を兼ねており、何脚か置かれているテーブル席にはすでに五人が揃って俺の到着を待っていた。


「俺が最後か、待たせたか?」

「わたしたちもついさっき来たところですよ。どうぞ、ラグナさん」


 隣が空席だったフレイヤが勧めてくれた席に座り、六人掛けのテーブルを埋めるように俺、フレイヤ、ゼクスと並び、向かい合うようにケイン、キーラ、アオイが座った。


「ラグナ、オマエの分のチケットはすでに買っておいてやったぞ、後で金払えよ」


 正面に座るケインが大型魔動車クレイスターの搭乗チケットを差し出してきたが、すぐにキーラから横やりが入った。


「ケイン、なにをおっしゃいますの? 皆のチケットを買っておいたのはアオイですのよ」

「そ、それは今言おうとしたことだって!」


 チケットを受け取りながらアオイに視線を向けるが――アオイはいつもと変わらず両手を前に組んで瞑想にふけっていた。


「停留所に最初に来ていたのはアオイさんなのですよ。わたしはチケットの買い方を知らなかったので助かりました」

「そうなのか――アオイ、ありがとう」

「――じ、自分の分を買うついでに買っただけだ」


 ほんのりとアオイの頬が赤く染まるのを見ながら、手に取ったチケットを確認する。


 大型魔動車クレイスターのチケットは金属製の薄いプレートで、すでに出発都市である王都の刻印が押されている。後は降車時に大型魔動車クレイスターの押し印機で判を押し、停留所で搭乗料とは別の運賃を支払うシステムだ。


「今のうちに確認しておくが――」


 大型魔動車クレイスターの発車時間まで後もう少しという所で、改めてゼクスが南部遠征について話し始めた。


「――南部遠征はすでに始まっている。期間は約八週間で往復に四週間、未開領域での活動期間も実質四週間だ」


 南部遠征の舞台である未開領域は王都から大型魔動車クレイスターで片道二週間、二日に一回ほどの距離で小都市に停車し、降車すればそこで刻印を押して運賃を支払う。


 開拓村までは七都市に停車するわけだが、召喚科の学生は必ず降車して宿をとることを義務付けられている。降車せずに大型魔動車クレイスター内で夜通し過ごすのは熟年のハンターでも危険な行為であり、ハンターの皮を被った盗人に襲われて身ぐるみ剥がされる事件がたびたび発生している。


「未開領域での活動目標は中型以上の魔獣一頭を討伐することだが、パーティに負傷者が出た場合は即時撤退する。四週間以内に討伐できなくても撤退する。討伐できた場合は回収屋コレクターを呼び、開拓村で獣核ビストを回収して残りは売却、そして王都の第七学園まで戻ってくる」


 つまり、魔獣を一頭狩ればそれで終わりなわけだ。だが、この時期は第七学園の他に王国各地のセブンズジェムから召喚科や騎士科の新入生パーティが遠征にやってくる。

 自ずと未開領域の浅い場所からは魔獣がいなくなり、時間が掛かれば掛るほど奥へと踏み込む必要がある。


 パーティの危険性は増すが、その危険を感じ取れなければハンターとして生き残ることは出来ない。危険と判断して未開領域から撤退することは、負けでも逃亡でもないのだ。


「ラグナとフレイヤは極力〈真影シャドウ〉を召喚しないように、獣核ビストしか持たない三人のためにならないからな」

「わかりました」

「了解だ」






 出発予定時刻となり、停留所に大型魔動車クレイスターが入ってきた。乗客数三〇名+運転手と補佐が一名の計三二名が順々に乗り込んでいく。

 大型魔動車クレイスターは耐久性を重視した大型の車輪にスペースを取られるため、乗客スペースはそれほど広くはない。客員スペースの中央が通路、その左右に二席ずつ並び、ケインの強い主張によって男女で並んで座り、縦三列を俺たちのパーティで確保した。

 他の席も同じように召喚科の別パーティが座り、制服の違う――騎士科のパーティーの姿も見える。本職のハンターも一パーティだけ乗り込んでおり、初々しくも緊張感に張り詰めた新入生たちの顔をにこやかに見渡していた。


 王都外郭の停留所から発進した大型魔動車クレイスターは、お世辞にも長旅の友として愛せるものではなかった。


「随分と揺れるな……」

「まったくですの――ラグナの魔動車クレストS6はとっても静かでしたのに、マグナート工房の技師はラグナに弟子入りするべきですわ」

「この大型魔動車クレイスターは結構古い型だからな、最新型の大型魔動車クレイスターなら全然――いや、もうちょっと揺れないし、もう少しだけ静かかな……」


 二つ後ろの席に座るケインのぼやきが聞こえる。


「結局、ラグナの技術が上回っていますのね。飛空艇が使えないのでしたら、せめてラグナが整備した大型魔動車クレイスターで長旅をしたいものですの」

「諦めるんだな、この大きさを整備するのは面倒だし、するつもりもない」

「なぁに、三日も乗っていればこの揺れや音にも耐性が付く。逆にこれがないと、旅の醍醐味がないとまで感じるようになるから安心しろ」

「まぁ、そうなのですか?」


 後ろの席に座るゼクスがやけに達観したアドバイスをしてくるが、何かが違う気がする。そして、その隣に座るフレイヤが感心した声をあげているが……たぶん、騙されているぞ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ