第十九話 展望デッキにて
エインズワース軍務大臣とベケット委員との話し合いを終え、俺は展望デッキに向かって歩き出した。大臣は連れて来た部下たちと個室で協議を、ベケット委員はナグルファルの内部をもっと見たいというので、ハイネルを呼んで案内をさせている。
好き勝手に歩かせては、見る必要のないものまで見てしまうかもしれないからな。
展望デッキではすでに昼食会が始まっていた。
召喚科は上級クラスと下級クラスに分けられ、〈真影〉の能力がより秀でている者、希少性が高く、戦闘能力が高い者は上級クラスへ。
逆に戦闘能力に乏しく、単純作業や汎用性に適した能力を持つ者は下級クラスへと振り分けられる。
上級・下級と言い分けられているが、上級クラスの生徒に対して下級クラスの生徒を下に見ることは禁止されている。だが、禁止されていることほど破りたくなるのは人族の性なのか、上級クラスの中には下級クラスを蔑む生徒は少なくない。
それは下級クラスの生徒たちも実感として知るところであり、昼食会の会場となった展望テラスは自然と大きく二つのグループに分かれて賑わっていた。
だが、その二つのグループからも離れている人影が見えた。
「こういう場は苦手のようだな、アオイ」
「――少し」
綺麗に梳かれた青髪のロングが、ナグルファルの僅かな揺れに合わせて揺れる。そして手に持つグラスには、誰に渡されたのか酒精の香り漂う液体が1/3ほど残っていた。
セブンズジェム入学から今日まで、南部遠征に向けて一緒に訓練を重ねてきたが、このアオイ・トウジョウという娘はパーティメンバーと打ち解けることなく、自分の世界に閉じこもり続けていた。
言葉少なく表情も硬い。聞けば答えるが、そこで会話は終わる。しかし……リーデというアオイの遥か上を行く寡黙娘と五〇〇年以上付き合ってきたのだ。この手の少女が何を考えているのかは、声や表情に出さずとも手に取るようにわかる。
「酔ったか」
「……少しぃ」
少しどころではないと思うが、かなり顔が赤くなっているぞ。
「展望デッキの一部を開放しろ」
展望デッキを囲むガラス張りの壁面から、コクピットブロックのある頭部へ視線を向け、指示を呟く。
小さな呟きではあったが、その指示を聞き洩らすことなくナグルファルは呼応し、船内に重く低い唸り声が響き渡る。
その竜声を聞き、生徒たちもナグルファルの頭部へと注目し――ガラス張りの一部が開かれると歓声が上がり、我先にと外部デッキへと移動し始めた。
「アオイも少し風に当たるといい」
「――ずまないぃ」
「それと……吐くなら空に撒いてくれ」
「……ばがった」
どうやら、アオイは相当酒に弱いようだ。一歩ずつゆっくりと、左右に揺れながら外部デッキへ歩いていく姿は、とても“死神”と呼ばれ恐れられる家系の娘とは思えん。
「おっ、ラグナ戻ってたのか。この飛空艇はホント凄いな――それに料理は美味いし、給仕の女の子は皆かわいい、受付をしていた背の小さな金髪巻き毛の子もかなりレベル高くて驚いたぜ」
後ろから声を掛けてきたのは、こちらも顔が赤くなり始めているケインだ。だが、受付――? あぁ、カルラのことか。人族の美的感覚から見れば、魔族という種族は相当な美形に見えるらしい。もちろん、魔族から見てもカルラは十分可愛い部類にはいるのだが――。
「カルラに“かわいい”は禁句だから注意しろよ」
「カルラちゃんって言うのか~探してこよッ」
俺の忠告がちゃんと耳に入ったのか判らないが、ケインは給仕から新しいグラスを受け取り、気持ちの悪いステップを踏みながら生徒たちの群れへと消えていった。
その後姿を見つつ、会場全体を見渡す。
上級クラスと下級クラスで人の集まりが分かれてはいるが、キーラが連れて来た楽団を中心に交流が生まれているようだ。
そして、交流は生徒同士だけではなく、生徒と教師の間でも行われていた。その中心に立つのは、ブレイヴ王国に数居る姫のうちの一人、フレイヤ・ミル・ブレイブ。
そのフレイヤと視線が重なる。俺が見ていることに気付いたのか、囲む教師たちに軽く頭を下げ、二人の黒服を従えてこちらへ近づいて来た。
「ラグナさん、戻っていたのですね。学園統括委員会やエインズワース様とのお話は終わったのですか?」
「あぁ、色々と注文付けられたがな」
「これだけの飛空艇を召喚したのですから、色々な方々がお近づきになろうとするのは当然の流れですね」
「そうだな。直接声を掛けてくる者もいれば、秘かに乗り込んで色々と調べている者もいるようだが――」
フレイヤの背後で控える二人の男女。今日の壮行会に不参加のゼクスに変わり、フレイヤに付き添っている護衛たちだ。
だが、その正体はブレイヴ王国の諜報機関に属する工作員――。
ミルズ大陸に数多ある国家には、どこの国にも同じような諜報機関が存在する。その活動はどこも似たようなものだが、他国に対する諜報活動や国内のハンターたちの動向調査、獣核・魔核の流通調査の他に、ヘイム大陸に侵入して魔族の集落を探索するなど、幅広い活動を行っている。
黒服の二人へ視線を流すが、俺に見られても意に介する様子はなく。体格のいい単髪細目の男は、開いているのか閉じているのか判らない目で知らぬ振りをしており、反対側に立つ蒼髪のオカッパ女はニコニコと固い作り笑いを浮かべたまま佇んでいた。
どちらも無視を決め込むか。まぁいい、俺の“魔核の種”を調べに来たのか、それともナグルファルを調べに来たのかはまだ判らないが、今は泳がせておこう。
だが、もしも知りすぎた場合、その対価は――。
「ラグナさんの飛空艇はすで注目の的ですから、今日の召喚で王都の民もこの圧倒的な大きさと美しい船体を目にしたと思います。明日以降、もっと色々な人たちがラグナさんと関りを持とうとするでしょうね」
フレイヤは満面の笑みでそう言うが、そこに悪気は感じられない。ただただ、「ご愁傷様です」と付け加えて素直に面白がりながら同情しているようだ。
「……そうだな。来客がうるさい時には、こいつで空にでも逃げるさ」
「あっ、いいですねそれ! その時はわたしもご一緒させて欲しいです」
「フレイヤも逃げ出したいと思う時があるのか?」
「そうですね、そういう気持ちになる時はあります。周囲の期待や与えられた役目、私の使命に宿命、一国の姫としての価値に使い道、常に比較される重圧は……」
普段から笑みを絶やさないフレイヤだが、自分の零した言葉に思わず気落ちしたようだ。しかし、それは自分らしくないとでも気づいたのだろうか――そこで口を閉じ、いつもと少しだけ違う、どこか悲しげな微笑み浮かべた。
「それはご愁傷様なことだ。機会があれば飛空挺で絶景を見に行こう。赤く染まる大雲海に沈む夕日、どこまでも青く輝く大海原、切り立つ山頂から広がる大雪原、飛空艇からでしか見ることの出来ない景色をみせてやろう」
「わぁ、それは楽しみです」
「あら、ラグナが何を見せてくれますの?」
フレイヤの笑みがいつもと同じに戻ったと感じるのと同時に、横合いから会話に入ってきたのはキーラだ。
着ている制服はいつもの召喚科の制服だが、桃色の髪からはいつもと違う香りが漂い、化粧のせいか随分と大人びた雰囲気をまとっていた。
「キーラさんっ、今度ラグナさんが飛空艇で絶景を見に行こうって!」
「絶景……?」
「そうよ、雲に沈む夕日や、海を見に行くの!」
「へぇ――それはとても興味深いお誘いですわ」
いや、誘ったのはフレイヤだけだ。それに、予定を決めて必ず行く誘いでもないのだが……。
フレイヤの話を興味深そうに聞くキーラの視線がこちらに流れる。口元が僅かに上がり、何か面白いことを思いついたかのように笑う。
「今日の壮行会は思いのほか大きな催しになってしまいましたが、ワタシたちのパーティメンバーだけで出陣式を行うのも悪くありませんわ」
「壮行会だけで十分だろ」
思わず牽制の一言が出る。
「なら……南部遠征から帰還したらまた、この船上で皆の無事を祝いましょ、それならよくて?」
「それは良い案ですね、キーラさん! ラグナさん、その時にまた乗せてもらうのはご迷惑でしょうか?」
キーラの提案を聞いて目を輝かせるフレイヤが真っすぐに俺を見つめる。
人族というのは……本当に式典や祝い事が好きな種族だ。
「はぁ――皆が無事に戻れたら、な」
しょうがないと思いつつも、悪い気はしない。人族の生態や考え方を知るには、ある程度親密になる必要がある。そうして人族のことを知らなければ、〈召喚〉という奇跡を完全に解明することは不可能なわけだし、ここはナグルファルに乗せるという対価を払うことで、人族についてもっとよく観察させてもらうとしよう。




