第十八話 話し合い
擬装〈真影〉ナグルファルの小会議室で。学園統括委員会のベケット委員とエインズワース軍務大臣の二名と円卓で向かい合い、何やら秘密の話し合いが始まった。
「まずはレイ君、この〈真影〉の創造性は素晴らしいの一言だ。ブレイヴ王国にとって、この飛空艇の召喚者をセブンズジェムの新入生として迎え入れられたことは幸運だった。今日はこの飛空艇を色々と見させて貰うつもりだが、それは構わないかね?」
「学園の行事として執り行われる壮行会に場所を貸しただけ、学園統括委員会が関与することに何も不満はありませんよ。ただ――」
「わたしのことだな……」
「えぇ、軍務大臣が乗船するとは聞いていなかったので」
「では、まずわたしの要件を済まさせてもらおう。いいかな、ベケット委員?」
「もちろんです、大臣。わたくしどもの件は少し時間がかかるでしょうから」
時間が掛かる? それに、軍務大臣は何か別件でナグルファルに乗り込んだわけか。
「ラグナ・レイ、君に聞きたいことはただ一つ……その魔核の入手先についてだ」
そう言ってエインズワース軍務大臣が指さすのは――俺の左手に装着された手甲と、その中央で紅々と輝く魔核――に擬装した“魔核の種”だった。
「この魔核はゴルドのレイ商会で、古い友人のハンターから買い取ったもの。入学試験を受ける時に入手先について記入しておいたはずだが……」
「そのハンターというのは? 名は? 背格好などは? 今どこにいる? それに、それは魔核にしては少し大きな結晶だが、本当にただの魔核か?」
「ハンターから買い取ったのはもう何年も前の話——隠遁生活をするための準備として手放したが、今どこにいるのかは俺も知らない。必要ならばゴルドの本店に話を聞いておく。それに、これを手甲に加工したのは俺だが、間違いなく普通の魔核。それとも、大臣は何か……普通ではない魔核を探しているのかな?」
「……っ!」
普通ではない魔核――それはつまり、上位の魔族から採取できる皇魔核に他ならない。
どうやらこの軍務大臣、俺が暗殺した勇者コウタを〈召喚〉した触媒である、皇魔核を探してここへやってきたのか。
暗殺犯の特定に相当苦労しているようだな、新入生の魔核情報を手に入れ、確認せずにはいられなかったか——ブレイヴ王国の国王、マイモン・ミル・ブレイヴは貪欲が人の形をしたような人族だ。
奴が王座について四〇年あまりか、王位継承直後から幾度となく大規模なヘイム大陸遠征を行い、〈勇者召喚〉を実行すること三回。
そのうち二人の勇者を返り討ちにし、俺を倒すまで続いた〈勇者召喚〉は三人目のコウタによってマイモンの請願を成就させた。
だが、その勇者コウタも俺が殺し、皇魔核はナグルファルの機関部に収まり、勇者コウタが死んだことはまだ公になっていない。
王家や軍上層部が隠蔽していることは間違いない——その理由は一つしか考えられない。新たな勇者を召喚する儀式、〈勇者召喚〉を執り行うために必要な皇魔核が、もうないのだ。
それを裏付ける状況証拠もある。リーデからの情報では俺が滅ぼされてからの一六年間、ブレイヴ王国は大規模なヘイム大陸遠征を行っていない。
理由はいくつかあるのだろうが、最も大きな要因の一つが勇者の不在。
勇者コウタは俺を滅ぼしたあと、その後の殲滅戦には殆ど参加しなかったそうだ。勇者コウタは、傀儡とはいえ俺の知識と総魔力の九割をつぎ込んだ、錬金術の最高傑作と激突した。
その時に植え付けた戦うことへの恐怖、死を目の前にした絶望、自身の両肩に重くのしかかる人族の期待と希望、そして願望の裏に隠れる欲望という名の情念の渦。
様々な感情に当てられ、勇者は壊れた――いや、壊したと言っていいだろう。
勇者コウタは己の殻に閉じこもり、自らの欲望で小さな世界を満たすことを選んだ。そして最終的に残ったのが、あの孤島の館だ。
〈勇者召喚〉は何度も行使できる奇跡ではない。触媒である皇魔核の数は少なく、一つで一人しか召喚することが出来ない。ブレイヴ王国は勇者コウタの体から皇魔核を取り出さない限り、新たな勇者を召喚することが不可能であり、勇者なしにヘイム大陸に遠征することもまた不可能な状況下にあった。
貪欲なマイモンはエインズワース軍務大臣に命じたのだろう——何としてでも奪われた皇魔核を奪還するようにと——。
マイモンも焦るはずだ。勇者の存在はヘイム大陸遠征に必須な戦力というだけではなく、国防面においても絶対的な防壁の役割を担っている。
勇者という最大戦力を失ったと他国に知れれば、ブレイヴ王国は外部からの侵略を受ける可能性すらあるのだ。
それを考えれば、皇魔核を取り戻すまでは勇者の死を公にすることはないだろう。
「そうですか……魔核であって魔核ではないもの、探しているのは皇魔核ですか? ヘイム大陸にはもう何年も遠征に出ていないはずですが、小規模のハンターグループが上位魔族を狩ることに成功でも? それとも、国内の保有者が盗難にでも逢いましたか?」
わざとらしく可能性を列挙するが、勇者については触れない。それが俺からエインズワースへ出せる唯一のサインだ。
「皇魔核は莫大な富を生むものです。商家の長男としては、それが遊んでいるのならば是非手に入れたい」
「レイ、大きすぎる欲望は身も家も押しつぶすことになるぞ。余計な詮索はしないことだ」
「――これは失礼を。ですが、こちらも手に入れた魔核にケチをつけられるのは面白くない。この話はこれで終わりにしてもらいたい」
「……そうしよう。我々も国内で流通、所持されている魔核や獣核について、”正確”に把握しておきたいだけだ。それと……今日質問したことは他言しないように」
「もちろんですとも、どんな些細な噂話が巨万の富を生むとも限りません。聞く耳は持てど漏らす口はございません」
話の流れを誘導し、エインズワース軍務大臣の疑念を逸らす。大臣の表情はどこか疲れているようにも見える。それもそのはずか、勇者を再召喚できなければヘイム大陸へ軍を派遣することは不可能だ。
〈真影〉をどれだけ揃えても、戦闘と魔法に長けた上位魔族を狩るのは難しい。狩ることに成功したとしても、人族側に甚大な被害が出ることは明白――いや、それは歴史が証明してきた厳然たる事実だ。
国内にあるはずの皇魔核を探し、夜をも眠れぬ日々を過ごしているか——。
「ベケット委員、わたしはこれで失礼させてもらう。レイ、一室借りられるか? 同行している部下たちと協議がしたい」
「広めの客室がある。そこで良ければ――リーデ」
不意に小会議室の扉が開き、部屋の外で待機していたリーデが入室してくる。そこにいるように命じてはいないが、いないはずがない。
呼べば当たり前のようにそこにいて、リーデはエインズワース軍務大臣を上級客室へと案内し、残るのは俺とベケット委員の二人だけとなった。
さて、時間が掛かると言うベケット委員は俺に何を頼むつもりなのか。まぁ、それがなんであれ、対価を示さない以上は聞く耳を持たないが。
「それではラグナ・レイ君、学園統括委員会からいくつかの要望を君に提示したい」
ベケット委員は俺のナグルファルを実際に見た上で、いくつかの提案を俺に提示する決定権を持って乗船してきたそうだ。そして、ベケット委員が提示した内容は多岐に渡っていた。
一つ、飛空挺の〈真影〉をブレイヴ王国に七つある全学園で運用すること。
運用とは南部遠征などの遠隔地で演習が行われる際に、教職員たちを現地へ運ぶこと。また、通常は回収屋と呼ばれる業者が討伐された魔獣を解体し、素材や獣核の結晶を開拓キャンプへと運ぶのだが、その輸送を飛空挺で行うことだ。
二つ、年に一度開かれる全学園対校トーナメントに大会運営補佐として参加し、観覧に訪れるブレイヴ王家の観覧席として飛空挺を飛行させること。
全学園対校トーナメントは、〈真影〉による一対一の模擬戦トーナメントのことだ。〈真影〉の特徴は戦闘能力だけに偏っているわけではないが、最も求められるものが戦闘能力であることは否定しようがない。
そしてこのトーナメントにはマイモンを始め、数多くの王族が観覧に訪れるのだが、毎年その警備体制をどう敷くのかで揉めに揉めるらしい。
だが、俺の飛空挺があればその問題が大きく解消される。会場の上空に王族の観覧席と待機場所を設ければ、不測の事態が発生することを大いに防ぐことができるほか、模擬戦を安全に見下ろしながら観覧できることは、観戦環境としても望ましい。
それに加え、俺のナグルファルは館の内装を参考に設えた豪華な造りにしてある。宿泊施設に大きな調理場、広い宴会場に格納庫、王族がひと時を過ごすのになんら不自由ない環境だ。
そして三つめ、飛空挺の召喚を実現させた経緯について詳しく聴取、研究することに協力すること。
学園統括委員会は召喚された〈真影〉の形態や特徴の再現性について長年研究を続けている。
〈真影〉は召喚者の精神や感情、知識や記憶によってその姿形、能力が決まり、それら全ては初めての召喚時に決定づけられる。
学園統括委員会はセブンズジェムをより良い方向へ運営していくと同時に、より国家にとって有益な召喚を生み出し、成長させることを目標に掲げている。
戦闘面での成長はもとより、根本的に有能な召喚を実現させるためには、初召喚までにどれだけ人族自身を教育できるかが鍵となっている。
その一つの成功例が、アオイ・トウジョウの家系だ。トウジョウ家は秘匿された訓練法によって一族の召喚をほぼ同じ形態、方向性、能力に集約させることが出来ている。それを学園統括委員会はもとより、ブレイヴ王国が求めているのだ。
ならトウジョウ家に聞けばいいのでは? と思うかもしれないが、トウジョウ家が知っているのはあくまでも唯一の結果の出し方だけ。その訓練法は参考になるかもしれないが、学園統括委員会が求める結果を出すには程遠い。
さて、ベケットの要請を歯牙にもかけず断るのは簡単だが、それでは面白くない。
「要望は理解した。だが、それに応えることで俺は何を対価として得るのかな?」
ベケットは提示内容を説明しながら、学園統括委員会から直接要請されることがどれほど光栄なのかを並べ立て、ブレイヴ王国のために奉仕することこそが国民の努めだとも言い放った。
だから余計にだろうか――俺が対価は何かと口にした途端、そんな要求をされるとは思いもしなかったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「えっ――? た、対価? 我々の要望に応えることは、学園での課外活動の範疇と捉えて貰いたいのだが……」
課外活動の範疇? 学園統括委員会という所は随分と傲岸な組織のようだ。
「課外活動の範疇というには、聊か束縛される時間が長すぎるようだが」
「……それでは、回収屋や警備費用に回すはずの予算から一部を運用費として支払いましょう。それでどうです?」
「一部……か」
本来付けられていた残りの予算とやらはどこへ行くのやら。
「ベケット委員。学園統括委員会からの要望全てを受け入れることは断る」
「対価――とやらが不満かね?」
「要望全てと釣り合うとはとても思えないが、釣り合わせられる要望は二つだ。飛空艇を俺が通う第七学園でのみ、運用面で協力しよう。ただし、移送や回収作業で飛行するたびに、対価の支払いを求める」
「もう一つは……?」
「全学園対校トーナメントが開催される際に、ブレイヴ王家を搭乗させて飛行することには協力しよう。ただし、これは俺が在学する三年間のみ。それと、王家の人間以外の搭乗者に関してはこちらで制限を掛けさせてもらう」
「三つ目の要望に関しては?」
「それに関しては一切協力するつもりはない。聴取や研究に対する拘束時間が明確ではないし、期間を定めることも難しい案件だ。最悪の場合、一定の研究成果が出るまで俺の自由が奪われる可能性すらある」
俺の指摘にベケット委員の口元が僅かに歪み、不都合なことを指摘されたと感じたのか、ヒクヒクと痙攣を起こし始めた。
「……残念だ。実に残念だよ、レイ君……。学園統括委員会には引き受けてくれた要望については連絡しておこう。だが、今回見送ることになった案件については……いずれ、必ずや受けてくれるものと信じているよ」
ベケット委員は目を細め、その瞳に宿る冷えた感情を隠そうとしているが、言葉の端端に滲み出る欲望の声色は全く隠せていない。俺を学園統括委員会の意のままに動かす、何かがあるのかもしれない。
そんな裏読みは微塵も表には出さず、気づかないふりをしてこの話し合いは終わった。




