第十六話 魔竜
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合流地点となっている演習場には、すでに壮行会の参加者が多数集まっていた。
「おっ、やっと今日の主役がお出ましだ」
「ワタシ、待ちくたびれましたの。さぁラグナ、貴方の〈真影〉を早く見せるのです!」
演習場の中央へ歩いていくと、集まっている参加者の中からケインとキーラがこちらへやってきた。二人とも第七学園の制服姿だが、キーラはうっすらと化粧を施し、ケインは髪を丁寧に梳かしているのが見て取れる。
「いや、それよりもだ。ラグナの後ろにいるお美しい方との関係を聞くのが先だ」
ケインが俺の前を通り過ぎ、リーデに自己紹介をして頻りに話しかけているが……完全に無視され、うな垂れながら俺の横へと戻ってきた。
「ラグナ……あの美人さんガード硬過ぎないか? オレのテクニックが全く通じないなんて……」
「リーデは俺の家族のような存在だが、家族以外には素っ気なくてな、気を悪くするな」
「ワタシはキーラ・プル・エカルラート、貴女は?」
「リーデ」
「リーデ……どこかで聞いたような――」
「リーデ? なんて凛々しい名前なんだ。まるで君の立ち振る舞いをそのまま名前にしたような響きだ」
それはそうだ。その名をつけたのは俺であり、リーデの性格や振る舞いを見て名付けたのだから。リーデの名前を聞き、再びアタックを仕掛けるケインであったが、当のリーデは視線すら合わせることなく、無視し続けていた。
「ラグナ様、そろそろ荷物の積み込みを始めないと出航予定時刻に間に合いません」
「そうか――ケイン、キーラ、〈召喚〉を行うから下がっていてくれ、俺の〈真影〉は大きいからな、ここにいては着陸時に踏みつぶしかねない」
「わかりましたの。いきますわよ、ケイン」
「えっ? あ、あぁ……リーデさん、また後でゆっくりとお話ししましょう~!」
キーラに腕を取られ、ケインが引きずられるようにして離れていく。
周囲を見渡し、魔法の行使を気取られる位置に誰もいないことを確認する。演習場の入り口で俺たちを出迎えた担任のシスや学園長は、すでに教職員たちの集まりに合流し、傍にはいない。俺の横にはリーデが、そして少し離れた位置にハイネルが控えている。
左腕の袖を捲り、紅い宝石――魔核を模した“魔核の種”が嵌る手甲を露わにする。
続いて左手を天に掲げ――そっと呟く。
『――我は命ずる』
リーデにしか聞こえない呟きに、天が応える――演習場の青空に出現したのは巨大な魔法陣。演習場に集まった生徒や教職員たちの視線が上空へと向けられる。
しかし、それは注意を引くための撒き餌――本物は俺の手の先に浮かぶ、極小の闇属性輪環魔法陣。
『一指の理をもって顕現せよ、唯一なるは門――』
闇色の指輪を嵌めるかのように、極小の輪環魔法陣に魔力を籠めた指を通す。
『繋ぐは我が理想郷――開け、黄金の門』
上空に浮かぶ偽物の巨大魔法陣の中央に、今度は巨大な黄金の門が現れる。その光景に、周囲から驚愕と歓声が上がった。
黄金の門がゆっくりと開き、雲ひとつない青々とした演習場の上空に雷鳴が轟く。見通すことのできない門の向こうから姿を現したのは、白銀のサンダードラゴンを素体として建造した、飛龍戦艦ナグルファルの頭部に当たるコクピットブロック。
全長一三〇mにも及ぶ船体と折りたたまれた両翼が演習場を覆いつくし、その巨大な船体すべてが黄金の門を通過した。
そのあまりの大きさに絶句する者も少なくない。飛空艇に乗るという期待感と同時に、ドラゴンという最高位の魔獣に対する恐怖感が広がっていくのを感じる。
ナグルファルはゆっくりと下降を開始し、船底に格納されるように折りたたまれた四つ足が展開すると、両手足から伸びる鋭い龍爪が演習場をしっかりと掴んで着陸した。
着陸の影響で軽い地響きにも似た揺れと砂煙が舞い上がり、同時に周囲からどよめきとも言える感嘆の声が響き渡る。
「食材や資材、給仕たちは船尾格納庫から、生徒と教職員は胸部搭乗口から搭乗させてくれ」
「畏まりました」
「ハイネル、搭乗者の人数と身分確認は抜けがないように注意してくれ。あとでリストを確認したい」
「かしこまりました。今夜中にまとめて、明日の朝にはお持ちいたします」
ナグルファルを見上げながら、リーデとハイネルが離れていくのを感じる。搭乗開始が案内され、船体の前後から次々に乗り込んでいく列が生まれていく。だが、その列から離れてこちらにやってくる三人の姿が見えた。
「本当にすごい〈真影〉ですね、ラグナさん」
「フレイヤの〈真影〉も早く見せて貰いたいものだ」
「ふふっ、魔核の〈召喚〉は緊急時以外は許可を得ないといけませんから、見せるだけの理由では難しいと思います」
列から離れてきたのはフレイヤ・ミル・ブレイブと、その護衛役と思われる男女二名。護衛役の男女はフレイヤの後ろに控え、静かに俺たちの会話を聞きつつも、周囲やナグルファルを見渡して警護に務めている。
「昼間から宴会をしたいという理由で許可が下りるんだ、意外と下りるかもしれないぞ?」
「試してみたい気もしますが、わたしの〈真影〉は南部遠征までお待ちください」
俺のファフニールは全長一三〇m、両翼を広げれば、その全幅は三〇〇mを超える。しかし、この大きさはそう特別なものではない。根本的に魔核による〈真影〉召喚は、獣核によるそれを遥かに超える。形態として最も多く見られる騎士型でも、全高五m以下は見た記憶がない。
さらに勇者が召喚した〈真影〉はさらに巨大なものが多く、ナグルファルに匹敵する大きさの〈真影〉はこれまで何度も見てきた。
俺を一度は滅ぼした勇者コウタの〈真影〉も、確か全高三〇mを超える騎士型だった。
それだけ巨大なものが都市近郊で召喚されれば、一つ間違えれば大惨事になることは間違いない。俺のナグルファルも、レイ商会での運用を含めて王都内の直上を飛行することは許可されていない。
「それにしてもこの〈真影〉……モチーフは魔竜ナグルファルですか?」
フレイヤが口にした名前に思わずドキッっとさせられたが、王族ともなれば知っていても不思議はない。
「ナグルファルを知っているのか?」
「え? “国堕としの魔竜”の絵本は王都でも買えますよ、ラグナは読んでもらったことないのですか?」
フレイヤの首がコテンと転び、片頬に指をあてて絵本とか言い出した。
「え、絵本……? そ、そうだな……幼少期に読み聞かせられた魔竜の印象が心に強く残っていたのかもしれない」
召喚される〈真影〉の形態や能力は、召喚者の記憶や精神、欲望に強く影響される。その者が最も強く望む事象を実現すべく、〈召喚〉された分身はその能力を保有して顕現する。
「国堕としの魔竜……二〇〇年ほど昔に、ルクリア帝国の帝都を一夜にして消滅させた雷竜。突然現れたその魔竜は、ヘイム大陸を支配していた魔王レドウィンによって送り込まれたと言われ、帝都を失ったルクリア帝国は暴力とお金が支配する荒れ果てた国へと変わり、それは今も続いています」
当時のことはよく覚えている。
ルクリア帝国はミルズ大陸北西部に位置する大帝国であったが、度重なるヘイム大陸への侵攻に歯止めを掛けるため、建造間もないナグルファルの実戦投入と大陸間飛行試験を兼ねて――そして、五〇〇年前にリーデと交わした約束を果たすために攻撃を仕掛けた。
人族の居住地域に直接攻撃を仕掛けたのはこれが唯一だったが、ルクリア攻めを含めて三度か四度ほどミルズ大陸に飛来した。その全てが、絵本となって今も語り継がれているそうだ。
「ドラゴンは最強の魔獣だ。その飛行速度は鳥類を遥かに凌駕し、吐き出すブレスは鋼鉄をも溶かす」
「そうですね。人族だけではなく、遠くヘイム大陸で生きる魔族にとっても強大すぎる魔獣……それを従えていた魔王レドウィンとは、どのような魔族だったのでしょうね」
「さぁな……」
再び飛空挺の船体を見上げ、それにつられるようにフレイヤも空を覆う巨竜を見上げた。




