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第十五話 魔戦騎




「リーデ、三人は到着しているか?」

「はい、ラグナ様がお戻りになる少し前に到着致しました。今は荷物を別館に置きに行っております」

「私室に呼んでくれ——ハイネル」

「はい、旦那様」

「買ってきた道具類を頼む。それと、しばらく私室に人を近づけないように、必要があればこちらから呼ぶ」

「かしこまりました」


 買い物から館へと戻り、出迎えたリーデたちに声をかけて私室へと向かった。


 


「ラグナ様、王都でのお買い物はいかがでしたか?」

「ヘイム大陸にはあんなに多くの店が建ち並ぶことはないから新鮮だったよ。今度は二人で行こう」

「はい――畏まりました」


 僅かに声色が変わったリーデと共に私室へ戻り、ゴルドから王都へと拠点を移すためにやってきた三人――エイル、カルラ、ゲンドールが部屋に来るのを、紅茶を飲みながら待っていた。

 だが、それは大した時間でもない。紅茶を飲み始めてすぐに慌ただしく廊下を走る足音が聞こえてきた。


「レドウィン様はここ?!」


 勢いよく私室のドアが開けられ、ミルズ大陸では伏せている俺の名を叫んだのは、金髪の巻き毛を肩ほどで切り揃えた小柄な少女――カルラ。


「カルラ、ノックもなしに部屋に入っては不敬よ」


 続いて入ってきたのは美しい蒼髪を腰にまで伸ばした長身の女性――エイル。


「カ、カ、カルラ不味いよぉー、エイルに怒られるよぉー」


 最後に入ってきたのは折れそうなほどに細い体格の青年――ゲンドール。


 この三人は俺が魔王の職に飽き、秘かに復活するための足場作りとミルズ大陸の情報収集を命じた魔族たちだ。


 だが、俺――元魔王レドウィン直属の部下、というわけではない。三人はリーデを筆頭とした戦闘集団“魔戦騎ヴァルキリー”の一員だ。


「三人ともよく来てくれた」

「レドウィン様、お久しぶりです! この時を一六年待ち望んでいました! さぁ、この腐りきったブレイヴ王国を滅ぼし、新生レドウィン帝国を建国しましょう!」

「カルラ、レドウィン様がそんな事をするはずがありません。そんな考えを勝手に持つのは不敬虔ふけいけんよ」

「そ、そうだよカルラぁー、リーデからレドウィン様の望みは聞かされ続けたじゃないかぁー」


 この三人は生まれた時期こそ違うが、同じ集落で過ごし、魔族としては珍しく二〇〇年ほど三人で行動を共にしている。


「三人とも静かに、特にカルラ……ラグナ様の腰に抱きつくのはやめなさい」


 そう――最初に部屋へ飛び込んできたカルラは、そのまま止まることなく俺の腰に飛びついて胸に顔を埋めていた。

 だが、リーデに窘められて顔の向きを変えると、片頬を胸に当ててさらに強く抱きついて来た。


「リーデうるさい。一六年もレドウィン様と二人っきりで過ごしてきたくせに、知ってるんだからね……毎晩、レドウィン様の全身を――」


 カルラが声を出せたのはそこまでだった。


「カ~ル~ラ~」


 リーデの手がカルラの横顔を鷲掴みにし、カルラの気になる言葉がうめき声へと変わる。そのまま俺の腰から引きはがし、魔族特有の膂力で後ろへ放り投げると――待っていましたとばかりにエイルが抱きしめるように受け止め、その手は腰と口に回されて動きと発言を完全に封じ込めた。


 口を塞がれてもカルラはモゴモゴと何かを捲し立てているが、言葉として聴き取ることが全くできない。押さえつけているエイルはニコニコと俺が続きを話すのを待っているし、ゲンドールはカルラとこちらを交互に見ながらオロオロしていた。


 視線をリーデに向けると、僅かに頬を赤くしながらも無表情に俺の横に控えている。カルラが口にしようとしたことについては、何ら弁明するつもりがないようだ。


 一つ息を吐き、気を取り直して話の続きをすることにした。


「ゴルドでの諜報活動ご苦労だった。リーデから聞いていると思うが、今後は王都でレイ商会の運営を引き続き頼む。それと、俺のことはレドウィンではなく、ラグナの名で呼んでくれ」


 長く話をする必要もないだろう。今後はこの館を中心としてともに暮らしていく、話す機会はいくらでもあるのだ。


 三人のまとめ役であるエイルが、カルラを押さえ込んだまま代表して一歩前へ出てくる。


「ラグナ様のご復活、心から待ち望んでおりました。我ら魔戦騎ヴァルキリー、リーデと共に変わらぬ忠誠を持ってお仕え致します」


 魔戦騎ヴァルキリーの総勢はもっと多いのだが、俺が秘かに復活してミルズ大陸に潜伏すことを知っているのは、上位のほんの僅かしかいない。


 元々、魔戦騎ヴァルキリーは人族の侵攻によって様々な傷を負った者たちが集まり、リーデを筆頭としてあらがう集団として動いていた者たちだ。その中の一部の者たちが、魔王であった俺と行動を共にする選択し、魔族の中では珍しい集団行動を取るようになった。

 

 今もヘイム大陸では魔戦騎ヴァルキリーの本隊が活動しているそうだが、リーデも俺と同じように筆頭の座を後進に譲り、ミルズ大陸へと渡ってきている。


 魔族の生態とは少し変わった者たちだが、お互いの個を尊重しつつも協力し合う姿は、魔族の新世代とも言える集団だ。


「ぷはッ! エイルばっかりズルい! ラグナ――様、あたしもバッチリお仕えするよ!」


 エイルの拘束から逃れたカルラが再び俺の前に駆け寄り、小柄な体全体で強気にアピールしてきた。


「頼むぞ、カルラ」


 そんなカルラの頭に手を当て、軽く撫でてやる――カルラは満足そうに目を細め、鼻歌交じりにもっと撫でろと言わんばかりに頭部を押し付けてくる。正面に立つエイルはカルラの様子を苦笑交じりに微笑んでいた。


「ゲンドール、お前の研究は進んでいるか? たしか……異空間を生み出し固定化させる研究だったか」

「は、はいッ! で、ですが……まだまだ小型化に成功していないのと、時空間移動をするせいか、生物を入れて閉じてしまうと死んでしまう問題が解決できなくて……」

「それでも、ゲンドールの“宝物庫”は非常に有用です。現在はレイ商会で運用している魔動車クレストCaの荷台に設置していますが、積載限界の数倍を収容できるので、これまでこの一台のみを運用してきました」


 エイルが”宝物庫”の話を補足してくれたが、このゲンドールという細身の魔族は、魔戦騎ヴァルキリーとして活動を続けながらも、俺の弟子として〈魔法紋マギア〉の研究を続けてきた。

 特に異空間の生成に興味を持ち、空間の拡張、収縮、固定化、再結合など、その可能性は無限大だ。そして、俺も“宝物庫”には興味がある。ナグルファルの貨物室に設置すれば、運用の幅がさらに広がることだろう。


 その日の晩は私室に夕食を運ばせ、“宝物庫”や〈魔法紋マギア〉について、そして一六年にも及ぶ諜報活動の報告を夜通し聞くこととなった。




*****




 南部遠征を二日後に控えた週末。館にパーティメンバーを招待して行うはずだったパーティーは、俺の擬装〈真影シャドウ〉である飛竜戦艦ナグルファルで開かれることとなった。

 さらには、パーティメンバーの五人だけを招くはずが、開宴までの準備期間の間に噂が広がり、俺も私もと参加者が増えていった。


 結果――身内だけで行うはずの交流会は、召喚科の新入生と担当教師たちを招いた壮行会へと姿を変えていた。


「ラグナ様、食材の積み込みが完了しました。メイドたちとハイネルの準備もできております」


 館の整備所に格納した魔動車クレストCaの荷台前でリーデから準備完了の報告を聞き、運転席に乗り込むエイルとゲンドールを見送る。

 魔動車クレストCaの機関部分は魔動車クレストS6と同じように改良し、外から見ても判るほどにスムーズな動き出しを見せ、王都の外縁部に向けて走り出した。


「斡旋所から臨時に雇い入れた給仕と料理人たちはどうなっている?」

「合流地点でカルラと共に落ち合う予定です。他にもキーラ嬢が手配した楽隊と、フレイヤ嬢の護衛が数名乗船致します」

「判った、行くぞ」

「畏まりました」


 俺とリーデも魔動車クレストS6に乗り込み、ハイネルの運転で合流地点へと出発する。




 壮行会の参加者や臨時の給仕たちは、すでに合流地点としていた召喚科の演習場に集まっていた。


 仮設の待合テントで多数の生徒たちがそわそわとしている横合いを、魔動車クレストS6で通過していく。今日の参加人数は給仕たちを合わせて二〇〇名近くにも及んだが、受付や誘導は学園側の職員が手を貸してくれている。

 先行させたカルラには、参加者名簿や実際の来場客の中にブレイヴ王国内での要注意人物がいないかどうかを確認させている。


 王国内では四隻目となる飛空艇の情報は、国家の上層部や上流階級の人間ほど知りたい情報だろう。すでにフレイヤの護衛という名目で、諜報機関に所属する工作員が参加することは判っている。


「到着致しました」


 前部運転席と繋がる伝声管からハイネルの声が聞こえてきた。リーデに促されるように魔動車クレストS6から降りると、ドアの前では召喚科の担当教員とセブンズジェムの理事長が待ち構えていた。


「レイ君やっほ~! みんな大好きシス先生ですよ~。こちらは第七学園を統括するグスタフ・ゲーニッツ学園長で~す!」


 担任のシスは黒髪のおさげを激しく揺らし、何がそんなに誇らしいのか判らないが、こちらにピースサインを決めて満面の笑みを浮かべている。

 その横に立つのは入学式で挨拶をしていた老齢の男性、少し禿げた白髪の頭部に中肉中背――エイルたち魔戦騎の集めた情報によれば、魔核マテリアルと〈真影シャドウ〉を保有したまま軍を引退し、第七学園設立時から学園長として赴任している人物だ。


「ラグナ・レイです」

「第七学園の学園長を務めておるゲーニッツだ。このような大勢で押しかけることになったのは申し訳ないが、飛空艇の〈真影シャドウ〉と聞けば誰しもがそれを見たい、乗りたいと思う。これは人のもつ純粋な欲望だ。今日はよろしく頼む」

「実に愚か……いや、王都外縁を周遊するだけだが、楽しんでいってくれ」


 相手は人族とはいえ、学園長と担任の教師。一定の礼は示そうかと思ったが、人族の欲深さを平然と口にされてはその気も失せる。

 

「レイ君、レイく~ん! 後ろの美人さんは誰ですか~? どこかで見た覚えがあるけど、どこかで会いました~?」


 ゲーニッツと共に演習場へと歩いていくと、後ろについてくるリーデにシスが頻りに話しかけていた。だが、リーデは表情一つ変えずに無視している。

 しかし、俺が復活するまでの一六年の間、リーデがどこで何をしていたのかは聞いていないが、シスとはどこかで会ったことがあるのだろうか?


 僅かに後ろを振り返りリーデの表情を見るが、相変わらずの無表情――いや、違うな、僅かに動く耳に――引き結ばれた唇――瞬きの回数に速度――あれは相当に恥ずかしいことを隠している時の表情だ。


 これは後でしっかりと聞き出さなくては――。


 俺の口元が僅かに緩んだのが見えたのか、リーデの頬が僅かに膨らみ、唇が少しだけ突き出された。




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