第十四話 買い物
俺が改良した最高級魔動車S6に乗って、パーティメンバー五人と南部遠征に必要となる道具類の買い出しへと向かった。
南部遠征は王都の南に聳える大自然の要害、サマロ大山脈を越えた先に広がる大森林地帯で行われる。
未開領域と呼ばれるその大森林は、人族のどの国家も領土として宣言しておらず、手つかずの大自然と豊富な資源が眠る宝の山ともいえる領域だ。
だが、当然ながら手つかずになっている理由がそこには存在する。未開領域を支配するのは人族ではなく――魔獣だ。
自然に生きる動植物の何倍もの巨躯を持ち、獰猛で好戦的。単独で動くものから、小型の眷属を多数従えるものもいて、その生態はまさに千差万別。
唯一共通していることと言えば――魔族と同じく魔力を生成する臓器、獣核を持つこと。この魔獣たちを掃討し、さらに奥地へと押し込めない限り、人族の支配地域が広がることはない。
南部遠征は人族の支配地域拡大と、新米ハンターたちに遠征のイロハを教えるのが目的だ。だが、この遠征は安心・安全な遠足とは程遠く、命を失う危険性も当然孕んでいる。
入学間もない時期に南部遠征が組まれているのは、本当に召喚科で最長三年の修士課程をこなせるのか、もしくはその意思を貫けるのかを早期に判断させるためだ。事実、毎年南部遠征後には召喚科からの転科を希望する生徒が多数出るそうだ。
「いいかー、必要な野営道具は分担して買い揃えろよー。自分一人で使う道具は遠征後に判断して購入するんだ。今日は何が必要かを話し合って、誰が何を持つかまで決めるんだ」
「ねぇ、ゼクス。ワタシたちのパーティにはラグナの飛空挺がありますの、それを使えば道具類の持ち運びや量を減らせるのではなくて?」
「それだがなキーラ、それとラグナ。今回の遠征では飛空挺の使用は禁止だ。実際にものを見てみないと判らないが、飛空艇という移動手段は本来ラグナだけのものだ。今回の遠征でそれを使用するのはお前たちのためにならん」
それはそうだろうな。ナグルファルの内装は館と同じ装飾で設え、その居住空間は高級宿にも劣らないものとなっている。
そんなものを使って南部遠征へ向かっても、当人たちには何の経験にもならないだろう。
「判った。俺も地上を歩くことを前提に道具を揃えよう」
「マジかよー! ラグナの飛空艇があれば楽できると思ったのに!」
「残念でしたね、ケイン。わたしもラグナの飛空艇に乗ってみたかったのですが……」
「フレイヤ様が望むなら、いつでも〈召喚〉してご招待致します」
「本当ですか?! 楽しみにしておきます!」
「その時はオレも呼んでくれよな!」
冗談交じりにフレイヤを飛空艇に乗せる約束を交わしたところで、ケインも乗りたいと言い出してきた。俺たちとは少し離れたところで野営道具を物色していたアオイも、飛空艇に興味があるのか横目でチラチラとこちらを見ている――いや、よほど興味があったのか、その手は道具を掴まずに宙を泳いでいた。
「ワタシ思いますの、南部遠征前に行うラグナ邸でのパーティーは、飛空艇での船上パーティーにしたらどうですの?」
「そりゃぁいい。南部遠征ではラグナの飛空艇を使わないとはいえ、そこで何が起こるかは判らない。フレイヤの〈真影〉もそうだが、事前に実物を見ておくのは悪くない」
ナグルファルで宴会? 悪くはないが、人族からの侵略を跳ね返すために建造したナグルファルで人族と宴会などと……リーデの機嫌がまた悪くなりそうだな。
「館から飛空艇に変更か、執事と――」
そこで言葉に詰まった――リーデをメイドと宣言するのはどこか違う。リーデと共に過ごして五〇〇年以上経つが、元々は錬金術の研究に没頭する俺の身の回りの世話をさせるためにそばに置いた。
だが、それは一つの見方に過ぎない。
見方を変えれば俺とリーデは師弟であり、父娘であり、友人であり、恋人でもあった。
「――家族に伝えておこう」
ゴルドからくるエイルたち三人も含めて考えれば、これで間違いない。
いくつかのハンター専門店を回り、日が落ち始めたころ。最後に訪れた武器専門店でそれは起こった。
「よう、ゼクスじゃねぇーか!」
フレイヤとキーラのために帯剣を選んでいたゼクスに声をかける男がいた。
「ネイサル……王都に戻っていたのか」
呼び声に振り返ったゼクスは鼻筋に皺を寄せ、不愉快そうに口元を歪ませた。
「お知合いですの?」
「昔の知り合いだ」
「“昔の知り合いだ”――なんて他人行儀はやめろよゼクス。一緒に魔族を殺し回った仲じゃねぇか」
店内に響き渡るほどの大声に、周囲の客たちの視線がネイサルと呼ばれた男とゼクスに向いた。
「お前、今は学園の教官をやっているらしいな」
「あぁ、そうだ」
「ってことはだ。この前途有望な少年少女たちはお前が面倒みている生徒というわけか」
「そういうことだ、ネイサル。だから邪魔をするな」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか」
ネイサルと呼ばれた男はゼクスと同じくらいの年齢、三〇代半ばだろうか。中太りの体型に見えるが、それは不健康な生活の結果ではない。鍛え上げられた筋肉と、厳しい環境下でも生き続けられるエネルギーを蓄えた体だ。
あの体格には見覚えがある。ネイサル本人に見覚えがあるのではなく、もっと大勢の特徴――魔族狩りの体だ。
「お嬢ちゃんたち、ここには武器を見に来たのか? 開胸具は買ったのか? ノコギリも買っておけよ、魔族の骨は頑丈だぞ」
「ネイサル、やめろ」
「あそこは宝の大地だぞ? 魔核を一つでも取れれば数年は遊んで暮らせる。それに、魔族の男と女はいつまでたっても若いままだ。こっちの大陸には連れてこれないが、向こうでは相当楽しめるぜぇ」
ネイサルの視線は過去の快楽を思い出すかのように、フレイヤとキーラの肢体を上から下へ、そしてまた上に戻って胸元で止まる。俺とも視線が重なるが、興味なさそうにすぐに外れた。
「やめろと言ってるだろネイサル!」
ゼクスの制止を無視し、ネイサルは薄汚い欲望を隠そうともせずに、顔をイヤラしく歪めながらフレイヤとキーラに話し掛け続けていた。
それを聞かされる二人の顔には明らかな嫌悪感が浮かび上がっていたが、ネイサルの話が止まることはない。むしろ、その表情が潤滑油にでもなるかのように口が回り、さらに不快な言葉を並べ立てていく。
「なに言ってんだゼクス、お前だって昔ヤッてたことだろうが。魔族は捕まえ、犯し、殺し、奪う。魔獣だって変わりはしねぇ、一緒だろ?」
「お前と一緒にするなっ!」
そろそろ止めに入った方が良さそうだ、と言い争う二人に向かって歩き出した瞬間――。
「おいおい、いまさら自分だけは違うなんて言うつもりか!」
ネイサルがゼクスに掴みかかり、その勢いで商品棚に飾られた帯剣や戦鎚が大きな音を立てて散らばっていく――その内の一本、抜き身で飾られていた長剣が床に跳ね返り、近くにいたフレイヤへと襲いかかった。
「きゃー!」
歩き出した一歩に力を込め、飛び出す一歩へと変えてフレイヤへと跳ねる長剣の間に割り込む――。
「はぁッ!」
フレイヤを右手で抱き寄せるように回転し、同時に左手の内側に小さな氷の結晶を生み出す。裏拳を放つように振った左手は不規則に跳ねた長剣の腹を捉え、店内の壁へと弾き飛ばした。
「フレイヤ、大丈夫か?」
「は、はい……」
倒れかかるフレイヤを右手で抱えると、間近で見つめる彼女の白く透き通るような頰がほんのりと朱に染まった。そして真っすぐに俺を見つめる金色の瞳は、どんな宝石にも負けない輝きを放っていた。
弾き飛ばした長剣が店内の商品棚へと突き刺さり、ガシャガシャとさらに大きな音を立てながら周囲の耳目を引いていたが、フレイヤは目は俺の黒目を見つめて動かない。
「立てるか?」
「え? あっ、はい、ありがとうございます……」
フレイヤの腰に手を回し、その体重全てを右手だけ支える体勢でいつまでもいるわけにはいかない。自分の体勢がどうなっているのかを自覚したフレイヤがさらに頰を真っ赤に染め上げていくが、そこには触れずに立たせてゼクスたちへと振り返る。
「ゼクス、昔の知り合いとじゃれるのはもう終わりにしてくれ。店に迷惑だ」
「あ、あぁ、すまないラグナ、助かった」
首元を掴むネイサルの手をほどき、バツが悪そうに視線を逸らして頭を搔くゼクスとは対照的に、ネイサルはニヤニヤと嗤いながら汚らしい無精髭をさすっていた。
「へぇ〜、思ったよりいい動きをするんだな。魔族狩りに行きたくなったら声掛けな、情報屋に聞けば俺の居場所はすぐに判るはずだ」
そしてネイサルはフレイヤのことをジッと見つめたあと、ゼクスに「続きはまた今度だ」と言い捨て、この場を離れていった。
「フレイヤ、大丈夫ですの?」
「怪我はないか?」
駆け寄るキーラとアオイにフレイヤを任せ、ゼクスに「気にするな」とだけ声をかけて散乱した武器を拾い始めた。それに追随するようにゼクスも拾い始め、ケインは顔を真っ赤にして仁王立ちしている店主に頭を下げていた。
「旦那様、館に到着しました」
買い物を終えてパーティメンバーと別れた後、ハイネルの運転で館へと帰ってきた。敷地の正門を魔動車S6でゆっくりと通過し、まだ手入れが済んでいない荒れた前庭を進むと、館の前にはリーデと熟年の女性、そして真新しいメイド服に身を包んだ三人の少女たちが立ち並んでいた。
先に運転席を降りたハイネルが後部座席のドアを開け、ゆっくりと魔動車S6から降りる。
「お帰りなさいませ」
リーデが最初にあいさつをし、新顔のメイドたちが声を合わせてそれに続く。
「リーデ様の横に立つのがメイド長のメリーです。三人のメイドは左からルイ、イーリヤ、エマリーです」
ハイネルの紹介を聞きながら視線だけ回してメイドたちを確認する。
「メリー、短い時間でしっかりと仕込んだようだな」
「まだまだ未熟でございますが、なんとか形になってきたところでございます」
「まだ正確な日時が決まっていないが、南部遠征前に学園のパーティメンバーを招いて宴会をする予定だ。メンバーには王族もいる、それまでには頼むぞ」
「かしこまりました。どなたが来られても旦那様に恥をかかせないよう、厳しく教育しておきます」
一つずつゆっくりと、だが確実に新しい生活基盤が整っていく。相変わらず人族はヘイム大陸へと人を送り、魔族狩りと称して欲望の赴くままに動いているようだが、俺の後継として魔王の座に就いたはずのスルトンはいったい何をやっているのか……。
ミルズ大陸での足場作りも大事だが、ヘイム大陸の情報も集める必要がありそうだ。




