第十三話 錬金王
セブンズジェムでの学園生活がスタートして数日が経過し、復活して暇を持て余していた俺の生活は一変した。
「今日の講義は午前の座学だけで終わる。午後にはケインたちと南部遠征に持っていく野営道具などを購入しに行く予定だ」
「畏まりました。時間を見てお迎えの魔動車を向かわせます」
私室で朝食をとりつつ、リーデと今日の日程を確認し、いくつかの報告を聞いていく。
「六人乗りの方を用意してくれ。それと、三人の到着予定は今日だったか?」
「はい。エイル、カルラ、ゲンドールの三人はゴルドのレイ商会を処分し、この一六年で蓄えた資産と共に昼過ぎには到着する予定です」
「教育中のメイドたちは?」
「そちらもメイド長のネリーと共に、昼までには館に移住してきます」
俺とリーデ、そしてハイネルが住む館は地上二階・地下一階で、俺やリーデの私室は二階にあり、一階には食堂や応接室などがある。地下には洗濯室や執事であるハイネルの個室など、使用人たちの部屋が配置されている。
メイド長として雇ったネリーや奴隷だった三人の少女も、メイドとしてこの地下階で過ごすことになるだろう。
ゴルドから来る三人も一緒に住むことになるだろうが、部屋数に余裕はなく、敷地自体は広いのだが、館自体はそれほど大きくはない。
ハイネルに指示して馬車用の厩を魔動車の整備所に改築した後、館の後方にはエイルたち三人用の小屋を増築することも指示してあり、寝るだけならすでに使用できる程度には建築が進んでいる。
その日の午後――セブンズジェムでの講義を終えて六人で昼食をとった後、校舎前で待たせていた六人乗りの魔動車に乗り込み、王都南部の歓楽街と隣り合うように広がる、繁華街へと向かうことになった。
前部運転席でハイネルが運転する魔動車の後部座席は、L字型の革張りシートに六人が座ってもゆったりとしたくつろぎ空間が確保されている。
「ラグナがうちの最新型魔動車、S6を持っているとはな」
「あらケイン、ラグナが魔核を持っていることを考えれば、S6を所有していても全く不思議ではありませんの」
「だがなキーラ、こいつは学園に通い始めの生徒が持つには、ちょっとばかり高級すぎるぞ?」
前部運転席を背に俺とケインが座り、角度が変わったロングシートにゼクスと女性陣がフレイヤ、キーラ、アオイの順に座っている。
魔動車の開発・販売では、ケインの実家であるマグナート工房がブレイヴ王国で最王手だ。その工房の新製品がこのS6と名付けられた六人乗り最高級魔動車だった。
外装は黒塗りで光沢のある鋼質ボディーに、防音性に優れた硬質ガラス。内装は高級邸宅のラウンジを思わせる装いで、収納スペースには果実酒やグラスが並び、定員六人で座っても十分な室内空間を作り出していた。
しかし、人族の技術に感心したのは内外装のデザインや設えだけ。最新のS6といえど、その駆動系を司る〈魔法紋〉の出来栄えはまだまだ稚拙。このS6がマグナート工房製なのは内外装だけで、その内部の殆どに手を加え、〈魔法紋〉を入れ換え、俺好みの挙動が起こせるように改良してある。
「それでは旦那様、まずはどこから向かわれますか?」
前部運転席と繋がる伝声管からハイネルの声が響く。
「どこから行きましょう?」
フレイヤの問いに、ゼクスが無精ひげを撫でながら答える。
「南部遠征への道具を買い揃えるなら、ブルック商会の魔獣狩り専門店がいい。野営用の道具や保存のきく食料を買い揃えるならここだ」
「今必要なのは野営道具だけ」
「そうだな、アオイ。今食料を買っても意味がない。野営用のテントに調理道具、それに野営地の周囲に探知用結界を張るための結界石等々、買っておくべきものは多いぞ」
座席の横に設置された後部座席用の伝声管の蓋を開け――。
「ハイネル、ブルック商会の魔獣狩り専門店からだ。場所は判るか?」
「もちろんです、旦那様。それでは出発いたします」
伝声管から響くハイネルの声に続いて、S6の動力源である獣核が魔力の生成を始め、それが刻み込まれた〈魔法紋〉に伝わって駆動系を動かし始める。
車内全体に極々僅かな微振動が起こり、魔動車が動き出したことがシートを伝って臀部に感じる。
実にスムーズな発進だ。ハイネルの運転技術も見事だが、硬い車輪から伝わる振動がきれいに吸収され、後部座席が不快に揺れることがない。
車体重量に加え、運転手を含めた七名が乗った総重量はかなりのものだと思うが、俺が刻んだ〈魔法紋〉によって生成された魔力が、全く損なわれることなく動力へと変換されていく。
一緒に後部座席に乗る四人はS6の乗り心地に満足そうにしていたが、俺の横に座るケインだけは足元を――その下にあるはずの駆動系の動きを絶句するように見つめていた。
マグナート工房の一人息子としては、S6の性能や挙動を十二分に把握していたのだろう。それを遥かに超える俺の魔動車の挙動に、驚きの表情を見せても不思議はない。
「なぁ、ラグナ。お前の館には専属の整備士でもいるのか? このS6の動き、オレの知っているS6じゃないんだが……」
「ゴルドのレイ商会には専属の整備士がいるが、これを整備したのは俺だ」
「すごいな……学園に通うまでもなく、今すぐウチの工房で働けるぜ」
「午前の講義を見ても、ラグナさんは〈魔法紋〉について随分と深い知識をお持ちのようですね。いつも先生の講義を書き取らず、聞くだけで全ての問いに答えていますし」
ケインだけではなく、フレイヤも会話に参加してきた。他の三人は買っておくべき道具類について話し合っている。
「一体どこでそんな知識を……」
「錬金王という名を知っているか? ヘイム大陸で五〇〇年以上前に存在した〈魔法紋〉の権威だ。その魔族が書いたとされる古い文献を手に入れてな、幼少のころより研究を続けてきた」
「錬金王……聞いたことがあります。〈魔法紋〉を作り出した錬金術師であり、数々の魔道具と基礎理論を生み出した魔族の天才。王家の大書庫にも何冊か魔導書や錬金王の書が保管されています」
俺の〈魔法紋〉研究は自己満足のためだけに続けていたわけではない。
“魔核の種”や獣核に魔文を刻み込み、極僅かな魔力だけで〈魔法〉が発動するようにする。
この〈魔法紋〉の目的は、輪環魔法陣と共に魔文を唱え、魔核を活性化させて魔法を発現させる発動プロセスを、少しでも短縮させることにあった。
だが、その研究過程で道具としての価値や利便性に目が向き、最小単位でしか生活を送らない魔族の環境を改善していくことに面白みを感じるようになった。
当然ながら、その研究成果は同じ魔族で共有しなくては意味がない。そのため――俺は〈魔法紋〉として確立させた学問をヘイム大陸中に広めるため、長い年月の間に何冊もの書物を書き記してきた。
錬金王とは、俺が第一三代魔王となる前に呼ばれていた異名であり、ラグナ・レイ・レドウィンの名よりも広く知れ渡っていた。
しかし、その名が広まったのはヘイム大陸だけではない。俺が書き記した書物は人族のヘイム大陸侵攻によって持ち帰られ、〈魔法紋〉は錬金王の名と共に人族にも伝わることとなった。
「錬金王の書かぁ。ウチにも転写したものが何冊かあるが、その内容は殆ど解読できていないぜ。魔族の使う文字と、魔法を使うときの魔文が全く違うせいもあるんだが、ラグナはよく読めたな」
「俺に魔核を譲ってくれたハンターが何度もヘイム大陸に渡っていた男でな、〈魔法紋〉関連以外の書物もいくつか持ち帰っているんだ。それを参考に照らし合わせ、解読を続けているよ」
と、いうのは全くの作り話なわけだが、人族が俺の書いた様々な書物を持ち帰っていることは本当だ。
だが、〈魔法紋〉が極僅かな魔力で発動することを目指したため、人族の内包魔力でも起動できたことは想定外だった。
魔文の意味が判らない以上、強力な〈大魔法〉を行使することは出来なかったが、いつの日か全容が解明され、人族は魔法をも自由に扱うようになるかもしれない。
「一般書物まで目を通すなんて、ラグナは勤勉なのですね。〈魔法紋〉はとても便利な技術ですけど、それを悪魔学と呼ぶ危険な集団もいますから、ラグナも気を付けてくださいね」
「神聖騎士団の奴らだな。ウチの工房も何度が襲われてるぜ。全く、時代錯誤もいい迷惑な奴らだよ」
そんな集団もいるのか——ブレイヴ王国内の情報を、もっと多く集める必要がありそうだ。
そんな会話をしつつ、六人を乗せた魔動車は王都の街並みを滑るように走り抜けていった。




