第十二話 クラスメート②
教室の座席がほぼ埋まってきたが、俺の横に指定されている座席は空いたままだった。やがて始業の鐘が鳴り響き、生徒たちの雑談が止まる――。
教室全体がほのかな緊張感に包まれて静寂の時を迎えた頃、教室のドアが開かれて三人の男女が入ってきた。
「はいは~い、皆さんちゃんと席に着いていますかぁ~?」
まず声を上げたのは、先頭を歩く黒髪を後ろに縛る若い女性、着ている服は俺たちが着る制服に似ているが、少しデザインが違う。入学式でも見かけたが、あれが第七学園の講師が着る制服なのだろう。その後ろには、俺たちと同年代と思われる栗毛の少女が追随している。
「フレイヤ様の席はそこですよ~。それと、バクスター教官はそちら~」
最後尾を歩いているのは長身で茶系の短髪男性。歳はだいぶ食っているが、鍛え上げられた肉体や鋭い目つきから察するに――元軍人か。
フレイヤ様と呼ばれた栗毛の少女は最前列の最前席へと着席し、横に座る俺へ視線を向けるとにこやかに表情を緩めて軽く頭を下げた。同時に、フレイヤを挟むようにして座席表の空白席へとバクスター教官が座る。
「これで皆さん着席しましたね~。わたしは上級組の担任となりました、シス・トーレスです~」
シスは黒板前に一つ置かれた教壇に両手をつき、席に着く生徒たちを見渡しながらこの後の流れを説明し始めた。
今後一年間は長机二つに座る六人でパーティを組む。学園の講義は午前が基礎教養で、午後は召喚と〈魔法紋〉に関する座学と実技教練が主となる。
二ヶ月後には王国南部へと遠征し、未開領域と人族が呼んでいる魔獣が支配する領域にて実践演習が始まる。
なお、この遠征で大きな怪我や死ぬことになっても、学園及び王国は一切責任を負わないそうだ。
それだけ聞くと非常に不条理な話に聞こえたが、召喚科の生徒が卒業後に就く就職先の多くが王国の軍部であり、魔獣狩りを生業とするハンターと呼ばれる職業であった。
もちろん、〈魔法紋〉に関する研究職や〈真影〉の能力を生かして特殊な職業に就く者も大勢いるが、その殆どが死と隣り合わせの危険な職業ばかり。
学園では早いうちからその危うい将来性を叩き込み、場合によって転科を進めるのが慣習となっていた。
その最初の機会が、二ヶ月後の南部遠征というわけだ。
シスによる説明が終わった後は、さっそくパーティの結束を深めるべく、自己紹介を兼ねた懇談の時間が設けられた。
改めてケインやアオイ、キーラが自己紹介を行い、俺の横に座るフレイヤの番が回ってきた。
「フレイヤ・ミル・ブレイブです。名前から判るように王族の出ですが、その地位は末席もいいところ。皆さんお気になさらずに、フレイヤとお呼びください」
栗毛の少女フレイヤはこのブレイヴ王国の王女――の、一人であった。ブレイヴ王には専用の後宮を立てるほど多くの妃がおり、その子供の数もまた国民が把握できないほどに多く生まれていた。
フレイヤもその一人で、王と血縁である以外に特別な立場にいるわけではなかった。将来的に王位を継承できる立場でもなく、他国や上流階級の家系へと降嫁する程度の価値しか持ち合わせていない。
それでも王族の一員であることには間違いなく、さらには魔核持ちということもあって、学園では入学早々に特別扱いをされているわけだ。
その場の流れからフレイヤの後にすることになったが、俺も改めて五人へ自己紹介をしていく。
「俺はラグナ・レイ。東のゴルドからやってきた商家の出だ。王都に新しくレイ商会の支店を開くことになり、こちらの学園に通いつつ、そこの責任者も任されている」
「それじゃ、最後はおれだな――ゼクス・バクスターだ。このパーティーに指導教官として参加することになった。最初に言っておくが……ケイン、キーラ、アオイ、お前たちには悪いが、遠征先や演習中に何かあった場合、おれはフレイヤとラグナの身の安全を第一に行動させてもらう。それが一番の仕事だからな」
「当然だな」
「ですわね」
「問題ない」
ゼクスの指導教官にあるまじき宣言を、ケインたちは何一つ不満を言うことなく受け入れた。
王族のフレイヤが優先されるのはある意味当然だが、俺もまた希少な飛空艇の〈真影〉持ち。ブレイヴ王国ならびに第七学園としては、決して失うわけにはいかない才能の持ち主なのだ。
当初の目論見通り、これで俺の身の安全は学園とゼクスが勝手に守ってくれる。先日のように、奴隷商人が魔核欲しさに賊を寄こすようなことは減るだろう。
学生寮には入らずに、館からの通学を選択している俺はまだ襲撃するチャンスがあるように見えるかもしれないが、それはそれ。
襲撃にはきっちりと対応し、その行為に対する対価をしっかりと払ってもらう。
懇談の時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。殆どケインが少女たち――と言っても、アオイとフレイヤに対して質問を飛ばしまくり、それを無視されたり丁寧に返されたりを繰り返していただけだが。
午前の講義時間の終了を告げる鐘が鳴り、午後から本格的に始まる講義に備えて一時の休憩時間となる。
召喚科の校舎には食堂も併設されており、朝から晩まで生徒やその関係者なら自由に利用することができる。
だが、食堂の利用料金は決して安いものではない。金銭的に不自由している生徒は弁当を持参したりもするが、適切な価格に学生向けの量を謳うメニューの数々、学生寮に住む生徒たちの食生活を支える場でもあり、飽きのこない品揃えを誇っている。
そして、自然と昼休憩の行動はパーティー単位で動くことになり、俺たちは揃って食堂での昼食をとることにした。
「じゃぁ、確認するぞ。キーラ、アオイがアタッカー、フレイヤとラグナはサポート、ゼクス教官は索敵、そしてオレがディフェンダーってわけだな」
食堂で昼食をとったあと、食後のお茶を飲みながら六人それぞれの役割を確認していた。
「ケインの〈真影〉がディフェンダー向きとはな、少し意外だ」
「オレはいつでも少女たちを守る盾でありたいんだよ」
「二ヶ月後の遠征でもそうだが、基本的に指導教官であるおれは戦闘に参加しない。その分パーティーの攻撃力が低下するが、この編成はそれを考慮して決定されている。午後の実技教習からはケインを盾にして、いかにフレイヤとラグナを守りながら戦えるかを繰り返しやっていくぞ」
ゼクスの立場は俺たちとは少し違う。俺やフレイヤのように、ブレイヴ王国にとって貴重な人材を間違いなく育て上げることが第一。南部遠征で失うことがないよう、生き残るための知識や技術を惜しみなく提供する。
「ラグナ、おれはお前たちの指導教官であると同時に、講義や遠征の際にはフレイヤの護衛も務める。シスから通いだと聞いているが、学生寮には入らないのか?」
「王都に館を構えているし、学園に通うほかにレイ商会での仕事もある。両方こなすには通いの方が都合いい」
「そうか――なら、しっかりと警備の者は雇っておくといい。毎年、入学試験後に有望な新入生や魔核持ちが襲われる事件が続いている――気を付けておけよ」
「覚えておく」
その件は既に処理済みだが、わざわざ首謀者が元奴隷商であり、すでに生きてはいないことを伝える必要はないだろう。
「ラグナの館はどこにありますの?」
ゼクスの話が終わったところで、キーラが話に入ってきた。
「貴族街の外れだが、それが何か?」
「ワタシ思いますの。これからこのメンバーで一年間一緒にやっていくには、お互いのことをもっと知る必要があるって――ですから」
「パーティーをしよう!」
キーラに続いて話に入って来たのはケインだ。パーティーをしようって、すでに俺たちは六人一組のパーティのはずだが?
「ちょっと、ケイン。ワタシの話に割り込まないで――。このメンバーで通いはラグナだけ――ワタシもフレイヤも、家の方針で学生寮に入りますわ。遠方から王都に来ているアオイは言わずもがな、それで――」
「だから、パーティーをしよう!」
「ちょっとケイン!」
「キーラはまどろっこしいんだよ! ラグナ、オレたちの親睦を深めるためにも、お前の家でパーティーをしよう!」
つまり――食事会、もしくは晩餐会をしようってことか。
魔族はヘイム大陸を流浪する一族だ。小さな集落が大陸各地に点在し、誰でも使える空き家に数日滞在し、また次の集落へと移り住んでいく。
どこかに定住するのは子を産み育てる時か、各々が“コレ”だと決めた生き甲斐に年月を掛ける時だ。
だが、子育ての場や生き甲斐を掛ける場で宴会はやらない。
魔族も宴会は開くが、それはそれに適した場所で行う。たとえば集落に一つある食堂だったり、野外の広場だったりだ。
しかし、ここは人族の住むミルズ大陸――宴会好きの人族の習慣に、こちらが合わせるべきか……。
迫るケインとキーラの後方には、まんざらでもなさそうな表情をするゼクスとフレイヤが見える。我関せずと腕組をしながら瞑想をしているアオイすら、チラチラと瞼が動いて俺の返答を気に掛けていた。
しょうがない――。
「わかった――だが、まだ執事を雇い入れたばかりでな、客を招くには準備が出来ていない。南部遠征までには機会を設けよう」
「さっすが! ラグナは話が判る男だぜ!」
バシッ! と、ケインが俺の背を叩く音が響き、お昼の休憩はお開きとなった。




