第十話 入学式とクレスト
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ハイネルを執事として雇い入れて数日たった今日、俺はセブンズジェムの入学式に参加していた。
第七セブンズジェム学園――通称第七学園の入学式は、七つの学科それぞれの入学式が日を分けて行われている。
俺が来ているのは、総合管理棟と大講堂が建つ学園の中心部だ。ここを中心に七つの学科それぞれの専用施設が周辺に散らばるように建設されている。
第七学園は王国に建つセブンズジェムの中で最も新しい学園であり、同じ王都内に建つ第一学園に続き、王都で二つ目の学園となっている。
そのため、王都に住む上流階級の子供は歴史ある第一に集まる傾向があり、新校である第七には王都近郊やいわゆる新参者が集まる傾向があった。
大講堂で行われている召喚科の入学式では、第七学園を統括する学園長の話に始まり、王都の役人や王族の遠縁などの来賓挨拶と、俺には理解できない人族の文化の一端に触れた。
「ふわぁ~~あの王族、話長すぎない? なぁ、お前もそう思うだろ?」
不意に、俺の横に座る少年が隠す気もない欠伸をしながら話しかけてきた。
「そうだな、一つ前の役人と話している内容がほとんど同じだし、何度も聞かされるのは少々退屈だ」
「だよな! オレはケイン、ケイン・マグナートだ、よろしくな」
「ラグナ・レイだ」
ケイン・マグナートは周囲の人族と比べると、頭一つ以上は容姿が整っている金髪の美少年だった。身長も俺より高く、長い脚を前に組んでフラフラと退屈そうに弄んでいた。
「レイ……そうか、お前が飛空艇の〈真影〉持ち、ラグナ・レイか! 親父からお前とは必ず友達になっておけって、しつこく言われていたんだよ。これから三年間、よろしく頼むぜ」
セブンズジェムでの就学期間は最長三年だ。一年ごとに行われる進級試験に合格できない、もしくは学費を支払うことができなければ、そこで最終的な評価が下される。
しかし――同じ学生だけではなく、その親にまで知られるとはな。だが、まさかそんな新入学生が魔族の、しかも元魔王だとは誰も思うまい。
「あぁ、よろしく頼む」
ケインは俺の返答に満足げに頷き返しながらも、反対側に座る少女にも身を乗り出して「君もよろしくね、かわい子ちゃん」と声をかけていた。
急に声をかけられた少女は顔を赤くし、俯いてしまった――この少年、どうやらフレンドリーな性格は女性に向けても同じ、もしくは男性以上のようだ。
『うぉっほん!』
私語だけではなく、座席から身を乗り出している姿を演台に立つ王族に見られたようだ。拡声器越しに大きな咳払いが一つ鳴り響き、退屈な挨拶はまだまだ続いていった。
*****
大講堂での入学式を終えた後は、総合管理棟にある会議室へと移動した。
「ラグナ、お前は何組に配属された?」
「俺は上級組だ。ケインは?」
「ラッキー、俺も上級組だ」
ケインという少年は若さからくる無防備な笑顔で、容易にこちらの懐へと入ってくる。入学式のあとは自然と行動を共にし、会議室で召喚科の教材や制服、徽章を受け取り、自分が配属されたクラスを確認することとなった。
今年の召喚科への新入生は八〇名あまり、これを上級と下級の二つの組に分け、さらに六人一組でパーティを組むことになる。
パーティの編成は学園側が作成し、今後行われる実技教練や遠征教練などで、出来るだけバランスがいい構成になるように入学試験時のデータを基に編成される。
教練や講義の成績によって編成が変更されることもあるが、希少な〈召喚〉を持つ生徒には不慮の事故などでその才能が失われないようにするため、パーティの中に指導教官が組み込まれることも多々ある。
俺が編成されるパーティにも、この指導教官が組み込まれることだろう。魔核もちであり、〈真影〉はブレイヴ王国で四人目の飛空艇。
その才能を今後に生かすためには、遠征教練などで死なれては困るはずだ。
「それじゃ俺は帰るわ。これから入学式で出会った子とデートの約束があるんでね」
「ケインは通いと寮のどちらだ?」
「オレは寮さ、親父が家を出て交友を広めておけって、これまたうるさくてね。そういうラグナは?」
「俺は通いだ」
「へぇ、それは惜しい選択をしたな。この第七学園の男子寮と女子寮はそう離れていないんだ。仲良くなった女子を送るのも誘うのも、寮生活はとっても都合がいい場所なんだがな」
ケインの父親が言った交友を深めるとは、そういう意味ではないと思うのだが……。
「ふっ、交友を深めようと思えばいつでも出来る。では俺も失礼する、迎えが来ていると思うんでな」
「おう、また明日な!」
会議室でケインと別れ、リーデが待っているであろう管理棟の外へと向かうが、俺は学園に友達を作りに通うわけではない。
錬金術師として〈召喚〉の神秘に興味はあるが、研究対象に数人選べばまずは十分だろう。
その数人も、明日からのパーティメンバーが自ずと対象となる。未熟な新入生だけではなく、要人警護も任される教官の〈召喚〉は、いい観察対象となるはずだ。
それに、今年の新入生の中には俺のほかにもう一人、魔核と稀有な〈真影〉を持つ新入生がいる。その者が召喚する〈真影〉にも非常に興味がある。
そんなことを考えながら総合管理棟から大通りに出ると、リーデが魔動車と共に俺の戻りを待っていた。
クレストは馬を使わず〈魔法紋〉のみで車輪を回転させ、獣核と極僅かな魔力だけで車両を自走させる乗り物だ。
これも他国の召喚された勇者によって設計され、人族の間では馬で引く馬車と同等にポピュラーな移動手段となっている。
しかし、動力に獣核を使用するため外出時は常に車両を監視する者、非使用時は安全に格納できる場所を持っていないと盗難の被害に遭いやすい、上流階級向けの移動手段となっていた。
「お帰りなさいませ、ラグナ様」
「ただいま、リーデ」
クレストの後部座席のドアをリーデが開くと、ふわっと革の香りが漂う。内部はL型の高級革張りシートになっており、すべすべの座席に乗り込んで背を沈め、足を伸ばす。当然、リーデも乗り込んで俺の横へと座った。
クレストは前後で区画が分かれており、後部座席での会話は基本的に前部運転席には聞こえない。そこに座るハイネルが、会話用の小窓を開けて「出発します」と一声かけ、クレストは動き出した。
「入学式はいかがでしたか?」
「一言でいえば、退屈だった。だが、人族の友人もできたし、学園生活とやらは楽しめそうだ」
「――友人?」
「そう殺気立つな、リーデ」
リーデの一言はとても冷え切っていた。彼女は人族に対して友好的な態度をとることはないし――それが出来るような体験をしてきていない。
俺が雇い入れると決めた人族や、俺のために働く人族にまで冷酷な態度をとることはないだろうが、俺が人族と友好的な関係を築くことは面白くないのだろう。
リーデの輝く銀髪を軽く撫でながら、無表情に感情を昂らせるリーデを落ち着かせていく。
リーデは目を瞑り黙って撫でられ続けていたが、やがて殺気が静まっていくのを感じたところで会話を再開した。
「このクレストは王都で購入したのか?」
「はい、マグナート工房が製作・販売を行っている最新型だそうです」
「この挙動で最新型か……それに、マグナートの名前はどこかで……」
その名が先ほどまで話をしていたケインの家名だとすぐに思い出したが、それよりもこちらだ。
クレストの歴史は長い。内外装のデザインは洗練の一途だが、肝心の動力源――〈魔法紋〉の研究開発は牛歩の如く遅い。
それも当然だろう。〈魔法紋〉を生み出し、研究を始めたのは俺――魔族だ。獣核や“魔核の核”に刻み込む文字は魔法文字、〈魔法〉の使えない人族には理解し難い文字だ。
度重なる人族の侵攻の際に、ヘイム大陸各地で使われていた魔道具を回収し、そこから人族も〈魔法紋〉という動力源を知った。それから数百年、独自に研究開発を続けてきたのだろうが、読めない文字の組み合わせで魔法を発動させようなどと、無謀にも程がある。
「館に整備所を作ろう――このクレストは乗っていて不快だ。魔力の流れが淀み、気持ちが悪い」
「畏まりました。手配しておきます」
人族の劣悪な乗り物よりも、自分で作った方がいい——そう考え、館までの道のりで改造案をまとめ上げた。




