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第九話 腕試し

9/12 誤字修正




「来なさい――召喚魔装エボルヴ!」


 全く手入れのされていない荒れ果てた前庭で、ハイネルは己の精神の化身ともいえる〈真影シャドウ〉を召喚した。


 左手首に着ける腕輪に嵌められた赤い宝石が光り輝き――照らされたハイネル影が不気味に伸びて、まるで生きているかのように起き上がった。

 縦に横にと膨張していく影は、厚みを帯びながらハイネルを包み込み――実体化した。


 その姿は紫紺の重装騎士。全体的に丸みを帯びた装甲だが、重なり合う装甲と鋭く伸びた角は騎士よりも獰猛な戦士を思わせた。


 そして手に持つのは、柄が二本並ぶ無骨で大きな片刄斧。明らかに対魔獣戦を意識した得物に――ハイネルの持つ心の闇が窺える。


「見事だ、ハイネル」


 これは本心からの褒め言葉だ。技能を見ずとも判る――外装の細部にまでも精巧な装飾が施され、大きな片刄斧に宿る狂気の輝きは、大型魔獣の首すら容易に断ち割るだろう。


 しかし、だからこそ試したい、俺が作り上げた擬装〈真影シャドウ〉との力の差を確認したい。


「だが、念のためリーデの〈真影シャドウ〉と打ち合ってもらう」

「もちろんです、レイ様」


 ハイネルに向かい合うようにリーデが立ち、右手に着けた“魔核のプルト”の嵌まる手甲に魔力を籠める。


 この魔核の種プルトには、アーモロートで作成した擬装召喚用の〈魔法紋マギア〉を刻み込んである。見た目の大きさから判断すれば、ハイネルはそれを魔核マテリアルではなく獣核ビストだと判断しているだろう。


 館のような室内警備を兼ねた護衛には、魔核マテリアルよりも獣核ビストの方が召喚するのに適している。ハイネルの〈真影シャドウ〉も獣核ビストによるものだ。


召喚魔装エボルヴ


 ハイネルに続いてリーデが宣言し、魔核の種プルトに魔力を流す――ハイネルと同じように、輝きに照らされた影が背後に伸びていき、その中に闇属性魔法陣が淡い光を帯びながら浮き上がる。

 しかし、それを見ることができる者はいないだろう。〈魔法紋マギア〉によって具現化された魔法により、伸びた影は縦に裁断されながらリーデを中心とした円形に広がっていく。


 そして、足元の影がゆっくりとリーデの体に沿って昇っていくと同時に、その全身に青白いドレス鎧が装着されていく。リーデの周囲を回転する縦割れした影も立ち上がり、その姿を漆黒のレイピアへと固定させた。


 その数一三本。リーデはその内の一本を握ると、残りの一二本は浮遊する魔剣フローティングソードとなって周囲をゆっくり回転している。


「こ、これは……リーデ様もまた、見事な〈召喚〉でございますな。投影型マインド……それも武装召喚とは……」

「ラグナ様にお仕えする者なら、この程度のことに驚いてはなりません」


 ハイネルの驚きに、リーデが満足げに頷きながら漆黒のレイピアを一振りした。


 俺が作り上げた擬装〈真影シャドウ〉は、自動制御型の浮遊魔法剣だ。リーデは元々魔族の中では平凡な魔力しか持ち合わせていなかった。その心臓たる魔核マテリアルも、俺の皇魔核ルーン・マテリアルとは違い、普通の魔核マテリアルでしかない。


 そんなリーデが俺の横に立つために鍛え上げたのが、魔法剣技マジックソードだ。


 魔族がその魔力で造り出す魔法剣は一般的な長剣や大剣に近いのだが、俺の魔法剣は〈魔法紋マギア〉と魔核の種プルトに注ぎ込んだ大魔力の複合剣だ。

 濃厚な魔力によって形作られた魔法剣は、切れ味を強化するというより込められた理そのものを具現化させることを目的としている。

 その理が鋭い切れ味を求めるものであれば、そんなものは鍛治に夢中になっている魔族に一本打たせた方が良いものができる。

 俺が求めたのは魔法効果を近接武器に込め、斬りつける度に発動させることで斬る以上の効果を生み出す魔法剣技マジックソードだ。


 そしてリーデの全身に装着された漆黒のドレス鎧は、魔力の塊を〈魔法紋マギア〉によって硬質化させ、魔核の種プルトに自らの魔力を注ぐことで装着・解除を自由に行えるように構成した特別製だ。


 リーデの動きを抑制しないように装甲部分を少なめにデザインしたが、見た目の軽装さや美麗さとは裏腹に、全身を特殊な魔法力場が覆い防御力を高めている。


「ハイネル、準備ができたらいつでも始めろ」

「かしこまりました。それでは、遠慮なくいかせてもらいます――!」


 ハイネルはリーデに一礼し、同時に重装鎧を着込んでいるとは思えない身軽さで駆け出した。


「行け、リーデ。お前の剣技が鈍っていないか見せてみろ」

「はい――」


 勢いよく飛び出したハイネルとは対照的に、リーデはゆっくりと一歩を踏み出していく。


 その姿から感じられるのは大きな自信――そして、俺が製作した魔道具である偽装〈真影シャドウ〉への信頼だ。


 軽やかに走りながらも、見た目通りの重量を持つハイネルは一歩進むごとに前庭を踏み沈めていく――。


 ――見た目通りの重量級か、リーデに与えた偽装〈真影シャドウ〉の防御力を確認するには丁度いい。


 ハイネルは主兵装である二本柄の片刄斧を軽々と操り、旋風の如き連続攻撃で攻め続けているが、リーデはその猛攻を自身の周囲に浮遊する魔力剣で弾き返し、手に握る漆黒のレイピアで受け流していく。


 ハイネルは思った以上に力を持っていた。ヘイム大陸に何度も侵攻して来た人族の精鋭たちと見比べても、そのパワー、スピード、スタミナ、テクニック、どれをとっても遜色がない。

 まだ二本柄の片刄斧で打ち合うだけで、〈真影シャドウ〉の本領であるその能力を見せていないが、それはリーデも同じ。


 だが、力を見るだけの模擬戦ではお互いに全力を出す必要がない。レイ家の執事として、十分な力を提示すればいいのだ。


 しかし、リーデはそれほど甘い考えで模擬戦を終わらせるつもりはないようだ。


 リーデは人族に俺を守らせるつもりはないし、俺もハイネルに――人族に守らせるつもりはない。


 リーデは初めて着装した〈真影シャドウ〉にも関わらず、一二本の浮遊する魔剣フローティングソードを自在に操り、ハイネルの好きにさせないように攻防をコントロールしていた。


 それでもまだ、リーデは魔法剣技マジックソードの本領である込められた理を発揮していない――それも無理はないか、実際に操っているリーデは俺が何を込めたのかをすぐに感じ取っているはず。


 だからこそ、ここまでそれを見せていない。


「ハイネル、次で最後だ。リーデの攻撃に耐えきってみせろ」

「では――“グラビティーフィールド”展開!」


 リーデは俺の指示する意味をすぐに理解したようだが、最終確認をするかのようにこちらに視線を向ける――それに無言で頷いて返す。


 同時に、ハイネルは片刄斧の二本柄を一本取り外すと、それを荒れた前庭に突き刺した。そして、前庭に突き立てられた柄の周囲が波打つように揺らぎ、柄を中心に広がる波動はリーデとの間に結界を引くようにほとばしる。


 だが、驚くべき能力の正体はその後だ。柄を中心に半径五mメラールほどの円形結界は、まるで他者の侵入を拒むように薄紫に輝いている。

 見た目にはそれ以外の変化が起きたように見えないが、円の内側に秘密があるのは明らかだ。


 薄紫の円形結界を警戒するのはリーデも同じ、目と鼻の先に引かれた縁を無表情に見下ろし、足元に転がる枯れ枝を円の内側へと蹴り込む――。


 枯れ枝が円の中に入った瞬間、まるで地面に引き寄せられるように急落下し、上から何かで押しつぶされるように潰れ、粉々に粉砕された。


「ほぅ、その結界の範囲はもっと広がるのか?」

「もちろんでございます。フィールド内に侵入したものへの重力負荷をコントロールいたします」

「面白い能力だ」


 〈真影シャドウ〉には召喚者の欲望を具現化した奇跡――能力がいくつか存在する。魔核マテリアル獣核ビストの違いがその奇跡の神秘性の違いとして現れるのだが、ハイネルのそれは獣核ビストが生み出す奇跡としては超一級の能力だと思われる。


 だが、ハイネルの説明を聞いてもリーデに焦る様子はない。むしろ、周囲を回転する浮遊する魔剣フローティングソードがその切っ先をハイネルに向けて高速回転し始め、手に握る漆黒のレイピアからは闇色の靄が漂い始めていた。


「重さの存在しないものに対しては、どう対処するのですか?」


 その質問と同時にリーデは結界内に侵入し、一二本の魔剣が中心に立つハイネルに向けて射出された。


 浮遊する魔剣フローティングソードは魔力の塊だ。つまり、剣自体には負荷を増大させる質量がほとんど存在しない。


 射出された魔剣たちは高速で結界内を飛翔し、瞬く間にハイネルの眼前へと迫った――が、直撃の瞬間にハイネルの姿が揺らぐと、一筋の紫影となって結界内を疾走し、次に姿がはっきりと現れた時には、リーデの前で片刄斧を振りかぶっていた。


「なるほど」


 その動きの意味を瞬時に理解し、ハイネルの能力に再び賛辞を送りたくなった。あの結界内では、侵入者に対しては多大な負荷を与え、発動者である自身の負荷を極限にまで軽減し、神速で動けるようにコントロールしているのだ。

 攻防一体——神速の攻撃と絶対なる防壁、ハイネルの〈真影シャドウ〉が映し出す重戦士の防御力と、手に握る無骨な片刄斧がみせる破壊衝動。


 その両方を兼ね備えた能力と言えた。


 しかし――リーデの技量と漆黒のレイピアに込めた理はその上をいく。


 片刄斧を振り下ろす瞬間——ハイネルは自身への負荷を一時的に増大させ、その一撃の威力を何倍にも増幅させ、加速させた。

 だが、リーデは踊るようにその場で回転スピンしてその一撃を回避すると、ハイネル自身ではなく、片刄斧の柄を狙ってレイピアを振り、上から被せるように込められた理を叩き込んだ。


 同時にドレス鎧を靡かせて跳躍――結界内に侵入したリーデの体は、上から押しつぶす重力負荷によって前庭に押しつぶされるはずだが、その直下にあるのは前庭ではなく、ハイネルの重装鎧だ。


「ぬぉぉぉ——!」


 両肩に降り立ったリーデの超重量がハイネル自身にのし掛かり、振り払おうと片刄斧を振るが――手に握る柄の先は腐食したかのようにグズグズに溶け、あるはずの片刄が前庭へと落ちていた。


 これが魔剣に込めた理――何物をも腐らせ、溶かす、腐蝕の断。


 ハイネルは思わぬ極大過重に膝から崩れ折れ、両手両膝をついてしまう――そうなれば勝負は決まったようなもの、リーデは重力負荷を物ともせずにバランスをとり、倒れこむハイネルの背後に回って漆黒のレイピアを首筋に当てた。


「そこまで――合格だ、ハイネル。お前をこの館の――レイ家の執事として雇い入れよう」

「あっ、ありがとうございます、レイ様……いえ、これからはラグナ様とお呼びしても?」

「もちろん、かまわ――」

「ダメです」


 ハイネルの“グラビティーフィールド”が消失し、紫色の全身鎧が自らの影に沈み込むように解けていく。だが、首筋に当てられた漆黒のレイピアとリーデの青白いドレス鎧はまだ解かれていない。


 リーデのハイネルを見下ろす眼光は、いつも以上に冷淡にして冷酷、漆黒のレイピアはハイネルの首筋を何度もノックし、刀身から立ち昇る黒い靄がハイネルの頬を撫で上げていく。


「おい、リ――」

「ラグナ様をラグナ様とお呼びできるのは私だけです。ハイネル、あなたを含め、館で働くことになるメイドたちには”旦那様”とお呼びすることを徹底させなさい」

「かっ、かしこまりました……奥様」

「おっ、奥様?!」


 頬に一筋の汗を流しながら、ハイネルがリーデの指示を承知して奥様と呼ぶと、リーデの銀髪から僅かに見えている白い耳が真っ赤に変わるのが見えた。

 そして、ハイネルの背中から狼狽えたように降りると、こちらに背を向けて何やらモジモジクネクネと体を揺らし始めた。


「わ、わわわたしが奥様? お、おおおお奥様? そそそそのよう肩書きで私を呼ぶとは……わっ、私はラグナ様に生涯御仕えすると誓った身、その命燃え尽きるまで――いえ、たとえ滅びようとも次の生でも御使えし、身の回りのお世話をすると――」

「リーデ、落ち着け」


 珍しく焦って動揺を見せるリーデの側にまで近づき、腰に手を回して寄せ揺らし落ち着かせる。


「ハイネル、館の執事として管理はお前に一任するが、俺の身の回りや食事の世話は今後もリーデにやってもらう。それと――俺がレイ家の主人だが、次席はリーデと心得よ。リーデもそれでいいな?」

「――は、はい、ラグナ様。取り乱して申し訳ございません」

「なに、どこか懐かしいものを見た気がした。一瓶の秘薬に喜ぶ、少女の姿を思い出したぞ」

「ラグナ様……それはもう、お忘れください」


 俺の一言に、リーデは落ち着きを取り戻したようだ。まだ僅かに頬を朱く染めていたが、それもすぐに治まり視線をハイネルに向ける。


「ハイネル、王都にレイ商会の商館を構えます。じきにレイ家に仕える三名の従者も館にやってくるでしょう。それと、奴隷上がりのメイドを三名つけます。予算をつけますので、必要なものはあなたの判断で用意なさい」

「かしこまりました、リーデ様、旦那様」


 今一度、ハイネルは全てを承知して深く頭を下げた。




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