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プロローグ

よろしくお願いします




「ま――。まお――。魔王様――。お目覚めください、魔王様」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。目覚めを促す呼び声は優しく慈愛に満ちた声色とは程遠い、固く無感情な冷たい声色。


 だが、その冷淡な声こそが耳朶に心地よく、ゆっくりと瞼を開ける――。


「お目覚めになられましたか? 魔王様」


 目の前に佇むのは銀髪碧眼の女――その顔を一目見れば思い出す、俺の最も信頼のおける右腕にして身の回りの世話係。

 俗にいうメイド服に身を包み、無表情で俺を見下みおろす碧眼には、気が遠くなるほどの年月を共に過ごした俺にしか判らない、歓喜の光が宿っていた。


 その眼光をいつまでも見つめていたいと思いつつも、状況を把握するために視線をそれ以外の場所へ向ける――周囲は暗い、唯一の明かりは銀髪碧眼の女が持つランプのみ。


 どうやら俺は、窓一つない部屋に置かれたベッドの上で寝ているようだ。


 気怠さが残る体をゆっくりと起こす――そして感じる違和感。


「リーデ、あれから何年経った?」

「一六年です」

「一六年? 予定より早いな、三〇年は寝かせろと言っておいたはずだが?」


 ランプの明かりを頼りに手や胸を触って自分の体を確認していく――若すぎる、この子供としか思えない小さな体はあまりにも幼い。一六年程度の成長では、ちょうど成人を迎えたばかりの年齢だろうか?


「申し訳ございません。想定外の事が起ころうとしております。魔王様が目的を果たせられることを優先し、お声がけさせていただきました」

「想定外? なんだ、言ってみろ」


 その言葉に体を触るのを止め、銀髪碧眼のメイド――リーデへと視線を向け、続きを促す。


「はい……勇者が――暗殺されようとしています」

「……人族というものは、何年たっても愚かな者どもだな」




 あるところにミルズ大陸と呼ばれる人族の支配する大陸があった。数多の国々によって大陸の覇を競い合う人族であったが、彼らには共通の敵が存在していた。


 それがミルズ大陸と海を隔てて北に位置する、ヘイム大陸に住む魔族だ。


 魔族は長命である反面、生殖能力が低く、種族全体の人口は人族と比べるとほんの僅かしかいない。

 人族は短命である反面、生殖能力が高く、産めよ増やせよと大陸から溢れんばかりの人口を誇っていた。


 そして、人族は新たな大地、資源、そして力を求め、多勢をもってヘイム大陸へと侵攻した。


 しかし、魔族には数の差を平然と跳ね返すだけの力を持っていた――それが〈魔法〉。強大な魔力によって自然の摂理を曲げ、力を具現化する法だ。


 〈魔法〉をもって長きにわたり人族の侵攻を跳ね返し続けた魔族だったが、決してミルズ大陸に反攻を仕掛けることはなかった。

 魔族は個を尊重する種族。一時的に手を組み、人族の侵攻に対抗することはあっても、軍を組織して戒律を定め、厳格な上下関係によって行動することはない——ただ一つの例外を除いて。


 魔族の上に立つのはただ一人――魔王のみ。そのめいにだけは従い、従わぬならば己の矜持を示して個を尊重させる。


 それが魔族であり、五〇〇年もの長きに渡りヘイム大陸に君臨し続けたこの男の立場だった。


 だがしかし――。


「リーデ、俺の事を魔王様と呼ぶのはやめろ。その座はすでに失脚した身だ。それとも、俺の後継がいないわけではないだろう?」

「はい、第一四代魔王にはスルトン・ムスル・レイギャルン様が就かれました」

「あの力自慢だけの馬鹿か……まさか、既にヘイム大陸が人族に征服されてはいないだろうな?」

「それはまだ……魔王――ラグナ・レイ・レドウィン様が崩御されたあと、勇者を筆頭とした人族はヘイム大陸南部を蹂躙し、三年後にはミルズ大陸へと引き上げていきました。それ以降、ヘイム大陸に大きな侵攻をしておりません」

「ふっ……三年もの間、俺の魔核マテリアルを探していたのか」

「はい、そのようでございます」


 魔核マテリアル――それは魔族の心臓ともいうべき体内組織で、血よりも紅い深紅の宝石のことだ。これが強大な魔力を生成し、魔法の力を顕現させる力の源となっていた。

 そして、魔法の使えない人族は魔核マテリアルを加工する技術を生み出し、自らの幻想を魔核マテリアルの力をもって顕現させる術を手に入れた。


 今から一六年前、第一三代魔王であった俺は人族の大群を率いる勇者に敗れ、その存在を消滅させられた。しかしそれは、俺の力の九割をも注ぎ込んで作った傀儡の人形。


 五〇〇年もの長き間、意見が対立すればことあるごとに決闘だと喚く魔族達を纏め上げ、愚かな欲にまみれた人族の侵攻を先頭立って跳ね返し、常にヘイム大陸の安定とミルズ大陸の欲望を監視してきた。


 それが魔王の座に就く者の使命だ——だが、それは魔族に対する隷属にも等しい、ヘイム大陸に捧げられた贄にも等しい座だった。


 命ある限り退位はない。一度魔王になれば、死ぬその時まで魔王なのだ。


 だから俺は一つの準備を続けてきた。三〇〇年程は魔王としての使命に従っていた。だが、四〇〇年程経った頃、終わることのない王の座に疑問を持つようになった。


 と、いうよりだ。魔王飽きた――辞めたい。


 その一心で、俺を倒せるほどの人族が現れるのを待った。そして一〇〇年後、あの小僧が現れた――。




「お前がリリル姫を泣かせる、大魔王レドウィンだな!」


 ヘイム大陸南部に上陸した人族を迎え撃つため、少数の魔族と多数のゴーレム兵をもって出陣した俺の目の前に立ったのは、まだ成人まもない黒目黒髪の小僧だった。


「小僧――貴様が新たな勇者か?」

「そうだ! コウリンチュウガクニネン、スズキ・コウタだ!」

「こう――なんだって? まぁいい、来い」


 勇者を一目見た印象は、細い・小さい・幼いの三つだ。金色のボタンが並ぶ、体格に合わないぶかぶかの黒い服を着た少年。


 しかし、その実力は間違いなく本物だった。


 人族は魔法を使えない、力を具現化するほどの魔力を持たないからだ。だが、勇者は違う。人族から勇者と呼ばれる者達だけは、魔族に引けを取らないほどの魔法を扱い、見たこともない武具を用いて侵略してきた。


「行くぞ、魔王レドウィン! 来い! 僕のヒーロー! ギャラクティカブラスターマグナム!!」


 勇者は掛け声とともに右手を天に掲げ、それに応えるように天空に巨大な魔法陣が出現し、溢れ出る光が勇者を包み込む――そして降り注ぐ光の中に、巨大な人影が見えた。


 そして、俺は滅ぼされた。


 願っていた魔王としての死――擬死によって隷属の座から解放され、新たなる生を手に入れるための儀式。


 しかし俺は、俺を滅ぼした者を許すつもりは全くない。仮初の死から復活した暁には、必ずや俺のかたきを――復讐を果たすと誓い、眠りについたのだった。




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