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日常サポートいたします! "Daily-Operations-Support Software"

作者: 華風純

「……ようっ! おはようっ! おきろぉー!」


 俺が使っている携帯用の端末から声が轟いた、言ってることはただの挨拶だが凄まじい音量だ。

 たまらず上半身が飛び起きたが眠気はまだまだ残っており、まぶたは酷く重く感じる。


 もうちょっとだけ……そう思って心地よい眠気に身を任せようとすると、またも同じ声に現実に戻される。


「おきないと遅刻しちゃうよ!」

―わかった、わかったから


 心のなかで返事をして渋々とベッドから降りる。


「早く顔を洗って! 御飯を食べて!」


 声は次々と俺に要求してくる、口やかましくは感じるが10年も付き合いがあれば腹は立たない。

 あーもちろん、端末(こいつ)がうちに来てからしばらくはかなりイライラとはしたけど。


「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」


 家を出たことに反応して端末は俺に行ってらっしゃいをする、持ち歩くんだからいってらっしゃいも何もないんだけどな。


―瑞希、今日の昼飯は何だ?

―うーんと……俵のおにぎりにエビフライとかの揚げ物、それに甘く似たお豆にかまぼこ……あとお兄ちゃんの大好きな卵焼きだよ


 俺が瑞希と呼んだこの端末……というよりも擬似人格ソフトは"Daily-Operations-Support Software" DOSと呼ばれているもので、

 日々の煩わしい雑務を代わりにやってくれる。

 さっきの会話にあった昼食は勿論のこと、家の事だって脱ぎ散らかした服も外部装置を使って全て滞りなく行ってくれる。

 会話自体も声に出すこと無く念じる事で伝え伝えてもらうことだってできる優れものだ。 おかげでちょっと長い休みがあると声の出し方すら忘れるほどだ。


 あ、もちろん学校で一人ぼっちという事じゃないんだ。 友達はちゃんと居るしDOSの話も結構する。

 でも彼らはDOSに対しての愛着は薄いらしく名付けない人もいるし、新型が出る度に取っ替え引っ替えなんて人もいる。 俺はまあ、今のところは不便なく使えてるから変えてないだけだ。

 そもそも俺が使っているものは"DOS-Suite" と呼ばれている基本セットで機能は一通り揃っているだけの物で、コンパニオン……つまり瑞希は12年前に作られたそのままの姿だ。



 瑞希が手配してくれた昼食を食べ午後の授業も終わった後、サトシが話しかけてきた。


「おい、トモ。 お前のDOSそろそろ変えたら? 流石にデフォルトコンパニオンはないだろ」


 トモっていうのは俺のことだ、川上朋之……特に何もない平凡な名前だ。 そして俺を呼んだサトシは天方聡、高校までずっと一緒の腐れ縁だ。


「うっせーな、俺は瑞希が気に入ってるんだよ、ほっとけって」

「まあまあ、俺のLちゃんをちょっと見てくれよ」


 最新型の端末は超小型の立体映写機がついていて、平面に置かれると映像が映し出される。 愛らしい顔や衣装は当然のこと自然な表情や受け答えのしぐさまで再現されていた。

 サトシの趣味なのかピンクプラチナに輝くふわりとしたロングヘアーにはち切れんばかりの胸がエプロンに無理やり収められている。

 下着が見えそうなほどに短いスカートにソックスを釣るガーターベルト、足の甲をベルトでとめただけの低めのヒール。

 背中に回るとばっくりと開いた背中にコルセットが食い込み、その体をより美しく変えようとしている。 ……いや、これはそう見せているだけのまがい物だ。

 それがわかっていても生唾が湧いてくるような、飛びつきたくなるような……そんな欲望を抱かせる姿をしていた。


「すっげーな……っつかミニスカメイドかよ、キてんな」


 素晴らしいものを見せてもらったが、そうは言えず悪態をついてしまった。


「うっせー、メイド服っていったら男の夢だろ? しかもな」


 奴はいやらしく笑いながら夢を語る、俺が照れ隠しにいった言葉に気づいているのかもしれない。

 サトシは周りをキョロキョロと見回すと、立体映像に囁いた。


「"あれ"に着替えてくれよ」

「かしこまりました」


 サトシの言葉に返事をするとメイド服をするすると脱ぎ始める、いや正確にいうとシューズから上に向かって順番に体から離していく。

 その一つ一つが優雅で見とれてしまう、この存在がサトシの為だけなんて……と嫉妬を覚えてしまうほどの完成度だ。

 見とれているといつの間にか"あれ"に着替えていた。


「おま……"あれ"って」

「そうそう、キグルミBって名前のこれ。 俺これが好きでたまらんのだ」

「お褒め頂きありがとうございます」


 キグルミの中の彼女がどんな表情かは見えないが、やや上ずったように聞こえる声を聞く限り喜びの感情を持っている事は間違いないだろう。


「お、俺はキグルミよりはメイドのがよかったな」

「なんだー? みたいのか? でもメイドだったらDOS-L買えばついてくるぞ? むしろこのキグルミ当てるのに金つかっちまった」

「ふぅん……」

「興味でたのか?」

「ま、まあな……」

「まあお前の瑞希もそろそろ古いし換え時かもよ? DOSとは言えそろそろ対応していない機能も増えてきただろ?」

「考えてみる」


 基本的にこの会話って瑞希にも聞こえてるんだよなぁ、ちょっと話しかけづらいわ。


―瑞希


 瑞希に話しかけたが返事がない。


―瑞希、おい

―なあに? じゃなかった……どういたしましたか?ご主人様

―なんだよその呼び方、いつもどおりでいいよ

―でも、あたしこのままじゃすてられちゃうんだよね?

―あーいやまあ、瑞希だと出来ないことも段々増えてきたし、そういう事を考えてないわけじゃないけど

―そうだよね、でももう少しだけでも。 次の子が決まるまでは大事にしてね

―ああわかった、それより夕飯の事なんだけど……


 DOSはただの疑似人格だ、捨てられたくないなんていう感情は持つはずがない。

 そもそも感情自体がつくられたものだし、してほしいなんていう願いはそういう性格を持つような拡張機能を入れない限りはしないはずだ。


「おいサトシ、ちょっとききたいんだけどさ」

「なんだ?Lの最安値情報か?」

「いや……瑞希が捨てないでって俺にお願いしてきたんだけど。 こういう事ってあるのか?」

「やー、ないんじゃない?」


―瑞希、今の聞いたな

―うん……あ! はい!

―返事はうんでいいよ、それよりも

―うん

―捨てないでほしいっていうのは、俺と居たいって事なんだよな?

―もちろんそうだよ!

―じゃあ今のシステムが使える新しいハードを探してみるか。

―うん、うん!


 瑞希と二人で色々なサイトを調べた。 現在のコンパニオンを新しい端末に移動させるなんて事は元々考えられておらず、事実上不可能だという結論に至った。

 いや、出来る端末もある……瑞希がその端末ではなかっただけだ。


―瑞希ごめんな

―ううん、お兄ちゃんが悪いわけじゃないから……

―何かほしいものとかないか? ほら 衣装とか?ボイスセットとか?

―ともだち

ともだちがほしい

―友達かぁ……サトシのとこのDOSでいいか?

―わかんないけど、話してみたい……です


「おいサトシ、うちの瑞希とお前のとこのDOS……名前なんつったっけ」

「つけてないな、"おい"とかで呼んじゃうわ」

「まあいいか、会話させてやってくれないか?」

「会話ぁ? いや確かに話をするように自然な受け答えのプログラムはあるけど、DOS同士で会話なんて成立するのか?」

「わからんけど、瑞希が友達欲しいっていってたからさ」

「はぁ……お前ほんとにDOSに入れ込んでんのな」

「まあそういうなって、あと瑞希が呼ぶのに呼びにくいから名前つけてやれよ、メイドちゃんにさ」

「そうだな、プリンって名前にするわ。 プリンちゃん」

「げぇ……引くわ」

「うっせ、じゃあ会話プログラムオープンにするぞ」


―こんにちは、えっと……プリンさん。 私は瑞希です

―こんにちは 瑞希さん、私はプリン

―プリンさんのおに……マスターは普段どんな食べ物を食べるんですか?

―マスターは肉料理を好みます、しかし過度には食べさせません。 野菜を食べた分だけ肉料理がでるシステムになっています。

―ふふ、なるほどなるほど。 それはいいですね、私もそういうのにしちゃおっかな。 って思ったけどお兄ちゃんはなんでも食べるからそういうのはいっか

―……

―プリンさんは可愛い服沢山持っているんですよね、どんな服を持っているんですか?

―メイド服・学校の制服・バニーガールが基本セットとなっており、マスターに追加購入していただいたキグルミや和装セット等もあります。 着替えましょうか?

―ああっ!いいですいいです! 二人だけの秘密にしてください。 それにしてもこんな所で着替えようなんて大胆ですね

―私はマスターのためにある存在、大胆かどうかは問題ではありません



「なあトモ……お前ん所の瑞希、やけに人間っぽくないか?」

「やっぱり? お前のところのぷ・・ぷり・・ブフッ プリンちゃん事務的すぎじゃないか?」

「個人的にはそんな風には思ってなかったけど、こうやってみるとたしかにそうだな。 お前が瑞希に入れ込むのも分かる気がするよ」



学習プログラムのせいか、次第にプリンの会話にも表情が現れてきた。


―瑞希さんのマスターはネットでどんなサイトを見るんですか?

―うーん、そうですねえ。 最近はわたしと一緒に、わたしが次に乗るDOSの端末を探してくれてました。 一緒に居たいって言ったら、一所懸命になってくれました……でも

―でも?

―みつからなかったんです、私が古すぎるから、私はもう壊れたり、お兄ちゃんの生活の手伝いができなくなったら終わりです。 捨てられるんです

―幸せですね

―幸せ? 今は幸せ。 でも未来はないんです

―私のマスターは、何度もDOSを変えてきました。 前に居た子のことを私は知りませんが、マスターの記憶とつながっている私にはわかるんです。

―…

―…


「雲行きが怪しくなってきたな」

「今日はこのくらいにするか、校門もしまっちまうしな」


 お互い別に悪いことはしていないのになんとも言えない空気になってしまい、その日は別れることにした。


―お兄ちゃん、プリンさんに会えてすごく すっごくよかった。

―よかったな、

―うん!  ん? あれ、お兄ちゃん電話がきてるよ。 サトシさんから

―おっけい、回してくれ


「もしもし、トモだけど」

「おい、うちのプリンちゃんが……」

「どうしたんだ?」

「なんだかわからんけど表情豊かになってるんだ、瑞希ちゃんと話したおかげかな? 次の端末注文しちゃったんだけどもし良ければお前にやるよ。 最新型」

「まあくれるなら……貰おうかな」

「おう、未開封のままくれてやるぜ」


―お兄ちゃん……もしかして

―新しいDOS、貰うことになった


――――


―おいふざけんな!

―ちっ! マスターの下手くそ!

―お兄ちゃんは私が回復してあげるからね!


 新しくきたDOSには咲と名付けた、瑞希と違って生意気なやつだ。

 でも最新なだけあってこのゲーム、DOSともPTを組めることが売りの新しいゲーム、"TRINITY"も上手い。

 なんだかんだで新しい子も瑞希も両立して俺のことを助けてもらえるようにネットワークを構築した。

 外部ネットワークは咲がすべて受け持つ、家の中はすべて瑞希が受け持つ、そういう分担に収まった。

―お兄ちゃん……もしかして

―新しいDOS、貰うことになった


―実は考えてたんだ、家の中のネットワ―クをスタンドアロンにして瑞希に任せるっていうの

―それってもしかして

―捨てるんじゃない、そうだな……専業主婦みたいな感じかな

―主婦……お兄ちゃんの?

―ああ、俺のだ

―お嫁さん、じゅるり

―今なんか


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