電氣ブランとヴァニラ・アイス
私が電氣ブランを知ったのは、森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』であった。作中に出る此の酒は如何とも云い難い魅惑の琥珀色であった。
私はビールと日本酒とウィスキーを嗜んで居たが、忽ち電氣ブランを飲みたくて堪らなく為って終った。
『夜は短し歩けよ乙女』に関わらず、森見登美彦の著作を読まれた方は分かろうが、赤玉ポートワイン、現在は名を改めて赤玉スイートワイン、此れも飲みたく為った。私は付近の酒屋を探して回り、赤玉ポートワインは易く見付かった。独特の甘さが旨く、思わず一瓶を空けて終う程であった。
赤玉ポートワインの白と云う物も見付け、堪らず買った。私は此れを白玉ポートワインと呼ぶ。
然し乍ら電氣ブランは見付からぬ。長く思い焦がれる内に数ヶ月が経ち、私が誕生日を迎えると、恋人が一瓶の電氣ブランを贈って呉れた。私が求めて語った其れを買って呉れたのであった。
私はウィスキーを飲む時、水も氷も入れずに飲んだ。追いも挟まずに飲んだ。水の臭さが堪らなく嫌いであり、背筋が震える感覚を覚える為である。然う為て、私は電氣ブランを割らず、追わずに少しずつ楽しんだ。
一方で恋人は私の飲み方を、体を痛めると為て酷く嫌った。良い氷を買った。渋り乍らであったが、私は其の氷を浮かべて電氣ブランを揺らしたのである。
電氣ブランは未だ嘗て味わった事の無い香りを漂わせた。一口から感じた彼の匂いが、高貴であると私は直感為る。香り許りで陶然と為そうな風格を纏い、其れ乍ら鼻腔を強かに刺激為る。其れを少し含めば濃い酒精が口腔を支配為、正に賜物、痺れるような其れであった。
電氣ブランが三割も減った頃、図らず冷凍庫を漁って居ると、一個の眠れるヴァニラ・アイスが見付かった。私は閃いた、此れに電氣ブランを掛ければ必ず旨いと。
ヴァニラ・アイスの表面を電氣ブランが薄く覆い尽くす程に注ぎ込む。綺麗な琥珀色が、軈て混ざり合って乳白色を含み始める。其れを食べれば確かに旨かった。酒精と冷気が相互を揮わせる刺激の心地好さ、ヴァニラの香りと電氣ブランの香りが、渾然たる調和とでも云おうか、宛ら止揚であった。
匙で掬い取ったヴァニラ・アイスの窪みへ乳白色の電氣ブランが流れ込む様子は美しかった。然う為て、電氣ブランを少しずつ注ぎ足して行くのである。最後に残された電氣ブランとヴァニラ・アイスの混合液を飲み下す時、思わず深い嘆息が込み上げる。
然り乍ら、私はより甘味を抑えたヴァニラ・アイスが好ましい。尤も、甘味が全く無いと云う物では好けない。彼の溶ける甘さがなければ好けない。
……然う為て、私は此のアフォガートに見舞えたのであった。アフォガートと云う言葉を知ったのは、此れから随分と後の事であった。
私が初めて飲み、恋人が贈って呉れた電氣ブランは直ぐに飲み干した。其の空いた一瓶が今も飾られて在る事、此れは言う迄も無いであろう。
新しい電氣ブランを買う勇気は未だ、無い。