エピローグ 歌
八月一日が終わろうとしている。
海は波を滑る風を通じて、幾重にも重なった命と流れの歌を唄い出す。それは繰り返しの物語であり、明けぬ夜のないこと、沈まぬ太陽のないことを語るのだ。
風は街じゅうへ流れ込む。だが、この物語を聞くことのできるものは本当にわずかしかいない。蓄音機が発明されて以来、その数は減る一方だ。ほとんどの物語は誰にも聞かれることなく、街を吹き抜けて、空のなかに混ざってしまう。星空は余りにも眩いので物語は分解してしまうのだ。
しかし、海はいつだって完璧な物語を風に乗せて街へと吹きつけるので、人は常に物語に満たされている。それに気づかないだけなのだ。もし、気がつけば、それは永遠のルビーの光となって、その人の胸に残る。
そうした光は戦争や圧政、あらゆる暴力の嵐に打ちのめされても、存在し続ける。人が人である理由が海の物語を秘めたルビーの光のなかにあることを知れば、人は何も恐れることはなくなる。それは夢の放つ光に似ている。どちらも美しく、そして美しすぎるゆえに畏怖の念を抱いてしまうが、近づいてみれば、それはとても懐かしい匂いがする。そして、これまでずっと自分とともにあったものだと気づくのだ。
そのときこそ、夢と海、歌と物語に秘められた無限の愛と優しさを知ることができるのだろう。
そして、無限の愛と優しさこそが人間が世界が終わるそのときまで持ち続けることのできるただ二つの財産なのだと悟る。
八月二日がもうじきやってくる。
新しい夢、新しい風、新しい海、新しい物語……
ほんの少しでいい。
ほんの少しの時間でいいのだ。
〈了〉