お祭りです。
ゲスい神父様と保身に走る毒舌少女の不思議な日常。
ゲスい神父と盲信少女(仮)
どうも皆さん。今日も爽やかな朝がやってきました。こんな爽やかで気持ちの良い朝にはアップルパイを焼いて、教会で祈りをささげてみるのをオススメしますよ。
この小さな村では王都からもそれ程遠くはなく、村と呼ぶよりは街と呼んだ方がいいのかもしれないくらいの規模でした。けれども休日の朝は何故かとても賑やかです。そんな賑やかな道を少し外れ、坂道を登った所に厳かに佇む教会のドアを開けてみます。
「こんにちは神父様」
「おや、こんにちは」
こんにちは、と小さく会釈した彼がここの教会の神父様。不思議な名前?確かにそう。彼は異国の地からやって来たそうで、私が小さい頃にこの街にやってきて教会の神父になった方なのです。異国からやって来たにも関わらずこれ程まで街のみんなに信頼されているのは、彼の丁寧な物腰と真摯な態度が影響しているんでしょう。まあ一番はそのルックスだと思いますが。
この地では珍しい漆黒な髪に、不思議に煌めくアメジストの瞳。どうみても世間一般では整っている部類に入ります。そんなこんなで奥様方は神父様にご熱心なわけです。
私が一人で教会を訪れるようになってから、彼は私の名前を覚えてくれる様になりました。それがなおうれしくて、教会に行く理由が彼に会う為、になっているのを神様に知られたらきっと天罰が下るはずですね。まああまり信仰してませんけど。
「今日はずいぶんと人が少ないのですね」
「ええ、なんせあとひと月で祭りがありますからね」
「…まつり?」
「おや、伝えていませんでしたか。教育上良くないとの事で長年自粛していたのですが、歴史が風化するのは良くないとの事で」
「教育上問題があるというのはまた中々…。大きなものなんです?」
「それはもう。教会をメインに使うので、私も忙しい身なのです」
「それはたいへ…」
「おいおい神父さん!!!」
私の言葉を打ち消して正面のドアが大きく開きました。中々大きい扉なのにすごい力です。
「?向かいのヘンリーさん、どうなさいました?」
ヘンリーさんというのは教会の向かい側に住んでおられる木こりのご主人です。最近は仕事が減ったというのを教会に愚痴りに来ていたようですが、今回はどうやら違いそうですね。
「どうしたじゃないよ!昨日頼んでおいた処刑台!まだ前にないじゃないか!」
しょ、処刑台?
「ええ、ですからそれは祭りの前日に設置しようと運営委員で決定してありまして」
「そんなん俺は聞いてねえぞ!俺はそれを頼まれてたんだ!今更運営委員がなんだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。処刑台って物騒な」
「ええ、貴女には祭りの趣旨を説明してませんでしたか。まあとりあえず、ソレについては私が管理しますからヘンリーさんはごゆっくりして下さい」
「ケッ!!!なんだよ!嫁はアンタの事を随分と信頼してるみてぇだが俺は全然してねえんだよ!!その張り付いた笑顔もよ!!ふん、こんな祭、興味ねーやクソッタレ!」
そう彼は吐き捨てると音を立てて教会を出て行きました。気難しい方ですが其処まで神父様を怨んでいたのは驚きでした。この街の神父様の支持率はかなり高い方ですから、驚きが止まりません。私はそっと話を戻します。
「で、祭りの概要って?」
「ええ、昔この地には人狼が住み着いていた、という伝承が残っているのです。」
「人狼、ですか」
「ええ。その悪鬼は村を壊滅しようと何人もの村人を襲ったのですが、それを此処の教会の神父が処刑せしめたのです。人狼は人間に擬態しますから、その神父は人狼を見つけ出して殺しました」
「へぇ、凄いですね」
「まあ、言い伝えなので幾らでも捏造は可能です」
核心に触れるのはあまり教職者らしからぬ、とは言えません。
「ですから、その歴史を忘れないようにこうやって毎年行うんですよ。人狼役を処刑してね」
「すみません後半の一文が丸々理解できません」
「ふふ、何も本当に殺すのではありません。殺される役、ですよ」
なるほど、ちょっとホッとしました。
「で、その役も現在募集、しているんですよねぇ」
「可愛い町娘の役なら大歓迎です」
「では女人狼と言うことでよろしくお願いしますね。」
その後表立って反論は出来ませんでした。あくまで私は信者なので、神父様の仰ることは絶対です。不可抗力です。見えざる神の力です。クソッタレ…とでも吐き捨てられたらとても楽なんでしょうね。
結局首を縦に振らざる追えず、そっと台本を渡されます。そんなに厚くなくて助かりましたが、教育上問題があるのは読み甲斐がありそうです。別に厨二病的な意味ではありませんよ。あ、忘れそうでした。
「神父様、これどうぞ。お忙しいみたいなので私は失礼しますわ」
「?おや、アップルパイですか。好きなんですよ私。ありがとう」
「味の保証は出来ませんが、中々美味しくできたと思います」
そっと、今朝焼いたアップルパイをバケットごと手渡します。こんなに興奮して頂けたのはありがたいですね。餌付け効果バッチリ。
そのあと私も教会を出ました。教会が主催なだけあって本当に忙しそうだったので、印象アップの為には引くことも考慮しなければいけません。今まさにこれです。
暇も暇なので、少し街に寄ることにしました。賑やかだったのはその祭りのせいだったんですね。私が悪役を務めるとなったら皆どんな反応をするんでしょうか。まああまり考えたくはありません。
その祭りはあっという間に日を迎えました。人狼祭だなんていう安直な名前に似合わず、いつも見る街の風景は全く違うものに見えます。夕方からのお祭りでしたので、広場にはたくさんのランタンが吊るされ、まるでハロウィンの様な雰囲気を醸し出しています。そして一番一際目線を集めているのは私でした。
「がおー食べてしまうぞー」
「ひぃ!女人狼だ!ひい!食べられる〜!」
「そこまでです人狼。貴女の悪事もそこまで、観念なさい」
「こんな人数には勝てないーぐおー」
淡々と、覚えたセリフを読み上げます。そう、処刑台から見る景色はまたちがった世界でした。舞台の下に仰山人が集まり、最前列に目をキラキラさせた男の子達がいます。教育上問題があるから自粛していたという理由に、改めて頷きます。その反面女の子たちはみんなお母さんに寄り添って怖がっています。当たり前ですよね。そして抱き抱えているご婦人は神父様に夢中です。なるほど、こういう事ですか。
台本通り、私は処刑台に首を通し、人狼は息の根を止めました。これにてめでたしめでたし。
「死ぬかと思いました」
「実際死んだ役ですからね」
舞台袖、観客の皆さんがぞろぞろと広場を離れていくのを眺めます。私はアホらしい手作り感を否めない狼の被り物をして居るのに対して、神父様は何百年前の美しい装飾を施してある法衣を纏い、お世辞なしに素敵です。舞台でなんとも黄色い声が上がっていたのにも頷けます。格差社会…。ゲフンゲフン。
そのあと神父様が運営委員の方達とお話されていたので、私はそっとその場所を離れました。おや、彼処にいるのはヘンリーご婦人。
「こんばんは」
「あら!アンタが人狼やってたのね!!んも〜やるなら言ってよちゃんとした着ぐるみ作ったのに!」
「それはそれで困るんですが…、そういえば、ご主人は?」
ヘンリーさんは先日に教会に愚痴を叩きにきた方です。だいぶ更年期の老害と見て良かったと思いますが…。
「あ〜あの人、暫く前から帰ってきやしないんだよ!」
帰ってこない?どうも神父様の笑顔が脳裏に浮かびます。
「オマケに旅に出ますだなんて置き手紙書いて!そんで祭りで忙しいのに逃げちまったんだよ!困ったほんとに」
「そ、そうですか」
「それより神父様、まだ用事終わらないのかしらね」
「何か御用でも?今委員会の方達と話していたみたいでして」
「あらそうなのかい…、なあに。暇ならレモンパイでも渡そうと思ってたんだよ」
「それならお渡ししておきましょうか?」
そう言うと婦人はそうだね、と小さく笑ってバケットを私に手渡します。いい匂い。
「じゃ、頼んだよ」
「はい」
そう、流れ的に頼まれてしまいましたが、これはこれで困りました。神父様がいつ出てくるか分からないのにバケットを持ちながら外に立つのは少し億劫です。
そう思って数分、ようやく彼は姿を現しました。もちろんあの法衣は身につけていませんが。
「おや、祭りは探索されないんですか?」
「ええ、これ。ヘンリーご婦人が神父様にって」
バケットを手渡すと、神父様は困ったように笑いました。
「これじゃあ量が多すぎますね。どうですか、ご一緒に。」
それを断る理由はありません。今更女人狼が祭りを探索してもからかわれるだけなので、近くのベンチに腰をかけます。この辺は丘になっているのでランタンが飾られた夜景がとても綺麗に見渡せます。隣に座る神父様は私にレモンパイを手渡すと、空を見上げました。
「これで少しは落ち着きますね」
「しばらく行事はないですからね」
「でもまあ、そのうち葬儀はしなければいけません」
その言葉はあくまでも淡白に発せられます。それがどういう意味なのかは、ヘンリーご婦人がされた相談を聞けば一目瞭然でした。
そう、気付かれた方いらっしゃいます?神父様、こういう人なんです。邪魔だったらどかせばいい、どんな手を使っても。な人なんです。それが聖職者でも関係ありません、私はそっとそれを知りました。自分の父と母がそうだったように。別に復讐だなんて考えた事はありません、試みるだけ無駄だと思っていましたし、そこまで父と母を好きだった訳でも無かったですし。そう、一言で言えば、長いものには巻かれろってことなんですよね。弱肉強食の世界ではそれが基本です、不可抗力に楯突こうだなんて考えてはいけません。私はそれにあやかって生きています。それでほら、こんなに健全に育ちましたし、ね?
「そろそろですね」
「?」
相変わらず神父様は空を見上げています。その時でした、ヒュウと不思議な音が鳴ったかと思えば今度は地響きがするほどの轟音。それと同時に空に様々な紋様が色鮮やかに広がりました。しかし一瞬にしてそれは消え、もとの暗闇に戻ります。惜しいと思うと、また一発闇に花が広がりました。
「私の国ではよくこれを打ち上げてましてね。予算を叩いて輸入してみました」
神父様の話によると、これは花火というものらしいです。もっともな言葉でした、夜空に浮かぶ火の花。花火。
「綺麗」
そう呟くと、また大きく一発。
パイは噛み締めると不思議と口の中で甘みを増しました。
「また作ってください、アップルパイ。」
神父様は花火を見上げながらそう呟きました。
私も花火を見上げながら、勿論と呟きます。
相変わらず花火は夜空をキラキラと照らしていました。
なにもいべんとがおもいつきません