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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

今宵、辻斬りは

作者: kuga
掲載日:2015/02/03

「辻斬りの醍醐味。それを教えてやろう」

 遠くの方で犬が鳴き、それに呼応した別の犬がこれまた鳴く。

 月明かりに照らされた柳の木に、赤きしぶき舞い散る。

 髭を随分と長い間放置していたせいか、辻斬りの顔は不潔そのものだった。

 布が擦り切れるような音。

 辻斬りは不自然なほど自然な足運びで、後ろに一度、退いた。

「かはッ……!」

 男の握っていた刀が落ちる。

 夏にはあれほどうるさい蝉ですら、季節が過ぎれば静まり返る。

 どんなに生きようと努力しても、転がるようにして蝉は砂利道に落ちる。

 それと同じく、武士の命である刀が落ちれば、それすなわち、死を意味するのだ。

 辻斬りは髭を撫でながら、笑いながら、刀を握りながら、「正義を切らない。だが、悪も切らない。辻斬りはな――」、草花を思い切り踏みつけて言う。

「そこにあるものを、切るのだよ」

 胸元にできた一筋の刀傷。

 止まることを知らない血液を、恨めしく見つめながら、男は地面に倒れこむ。

 鼻の穴を雑草がくすぐり、男はもはや、生きることを諦め笑ってやった。

「私は……もの……なんかじゃない……」

 いつ終わるかも分からぬ命。

 それなのに、どうして下らない反論などをしているのか。男は不思議で仕方がなかった。

「ほう……」と呟いて、辻斬りは少し窮屈な足袋を一瞥する。

 優雅に歩みを進めていき、辻斬りは刀の先を男の目玉へと向ける。

「命乞いは、しないのか」

 不規則な呼吸音に顔を顰める。

 男ではなく、辻斬りが、だ。

 視線を下から上へと動かし、辻斬りは男の姿をしかと捉える。 

 直垂を着ていることから察するに、こいつは武士なのだろう。そう思いながらも、ふとした違和感に気が付いた。

 交えた時には分からなかったが、こいつの刀は、錆びている。

 そして見覚えがあった。

 この錆び方は――間違いない。

「辻斬りだからこそ分かる、この錆び、この匂い、この妖しさ。さてはお前、刀汚しをしたな。切る価値のない人間を、切ったのだな?」

 風が二人の時間を停止させ、そしてまた、元に戻した。

「因果応報だ……辻斬りに魅せられた私は……辻斬りによって殺される……」

 産まれたての赤子のように、男はみっともなくも、わめいた。

 それは混乱しているようにも思え、気が狂ってしまったようにも思える。酒に酔うのではなく、酒に酔わされるように、この男もまた辻斬りに魅せられてしまったのだ。

 情けをかけようとは思わない。

 しかし辻斬りは、言いようのない不快感を胸に抱いた。

 人を殺すことになど、もはや微塵も躊躇いはしない。

 そうだと言うのに、どうして刀を握る力は、弱まるばかりなのか。

「さあ殺せ……殺せ……殺せ……殺してくれ……!」

 まるで地獄から這い上がって来た使者のように、辻斬りの足を、辻斬りの腰を、辻斬りの手を、男は掴んだ。

 女子のようにか弱い力で、男は掴んだのだ。

 その刹那――月が雲に隠れる。

 唯一の頼みであった月が消え去り、たちまちあたりは暗転する。

「離せ!」と、男の腕を振り払い、辻斬りはただちに刀を鞘におさめる。

 悲鳴をあげる植物を踏み分けて、辻斬りは耳を塞いだ。男の声など聞こえはしない。そう自分に言い聞かせ、辻斬りは無我夢中で走る。

 木々にぶつかり、石に躓き、辻斬りが立ち止まった時にはもう、あたりは明るくなっていた。月の光が辻斬りを照らし、どうにも心地が良い気分であった。

「まだ夜は明けない……まだ、明けてはくれないのだろう」

 ため池に波紋が広がる――いつの間にため池が。

 必死に走ったものだから、気付かなかったのだろうか。

 ではどうして、波が出来ているのか。

 誰かが小石でも投げ入れたのか。

「あれは……」

 驚きとため息が混ざり合った、辻斬りの独り言。

 頬を伝った一粒の水は、いつの日か花を咲かせてくれるだろうと信じ、目を瞑る。

 ずっと昔に見たことのある家紋。

 単なる波紋に過ぎなかったのに、辻斬りの目には懐かしくも儚い家紋に、見えてしまったのだろう。

「ようやく私を迎えに来たくれたのか、お前たち――」

 血塗られた刀を腰から外し、辻斬りはそれを一気に引き抜く。

 闇夜に輝く刀身は今一度、終わることのない戦場へと舞い戻るのであった。

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