男女スピードの問題
男女スピードの問題
「うーん。だよなぁ。タイミングが大事なよなぁ。うん、わかる。うん、わかった、またな。」
僕は携帯を切った。
「何の話?」
「うわっ!びっくりした。いつからいたんだよ、ねぇちゃん!」
僕はあまりの驚きで、自分の部屋の椅子から転げ落ちるところだった。振り返ると、そこに姉が仁王立ちで立っている。
「さっき。大学の講義が突然の休み。なんの話?」
僕の驚きには全く関心が無いように、姉は話を続けた。
「なんでもいいだろ。」
姉は、そっと僕の後ろに近づくと、急に首を締めあげた。
「う!うううううーーーー!!!」
俺はその腕をベシベシたたいた。僕の大騒ぎを気にも留めないように、姉はゆっくり顔を近づける。
「な・ん・の・話?」
「ゅーう!」
そういうと、姉は手を離した。
「ちょ!首とかやめてよ!」
僕はぜぇぜぇ言いながら、いう。
「話、まだ?」
拳をバキバキ鳴らしている姉を見て苦情をいうのはやめた。たった二つしか離れていないし、身長も僕の方が高いのだが、趣味が格闘技の姉にひ弱な僕が勝てるはずもない。おそらく本気でも勝てないくらいにこの姉は強い。
「だからー、友達の東が合コンした相手のことを気に入ったからデートに誘いたいんだけど、早すぎるかなぁって、言うから……。」
「タイミングが大事ってこと?」
「そう。」
姉はあきれたように僕を見た。
「あんたバカ?」
「はー?なんで!」
「なに、のんきなこと言ってるのよ!東君にさっさと彼女に声をかけなさいって言いなさい!」
「だって、まだ合コンで一回しか話したことないのに。」
「馬鹿ね。デートって意味じゃないわよ。この間の合コン楽しかったですね、また会いませんか?っていう。そして会うのは昼!時間は1時間以内。食事はあってもなくてもいいのよ。次回の予約も同じ条件でそこで取り付ける。さっさと動けって伝えなさい。」
「な、なにもそんなに急がなくても、遊んでいる奴みたいじゃないか。」
言い返そうとする、僕に姉は被せるように持論を展開した。
「いーえ!自分がいいなと思う子はほかの人だっていいなぁって思う確率が高いの!遊んでる?相手にどう思われようと最初はどうでもいいのよ。さっさと動いて、好意があることをさりげなくても伝えていかなくてどうするのよ?」
「早すぎじゃない?断られたら……。」
「あっさり引き下がるにきまってるじゃない。なに、一回で勝負を決めるつもり?」
「え?え?」
「早くていいのよ。彼女のほうも早いなぁと思っていても、彼女が東君に好意を持っているようなら、後で声をかけてくるし、持ってないなら声はかからない。ま、もう一回くらい、チャレンジする精神があったほうが効果的ね。」
「そ、そう?」
「そうよ。何回も断ると悪いかもって思う確率が上がるじゃない。まぁ、ほかにキープしたくなるような魅力が東君にあるなら話は別だけど。」
「魅力?」
「そう、金持ちとかー、超頭がいいとかー。」
「いや、そんなことはないと思う。」
「じゃ、キープされることは考えずに、さっさと声をかければ?だめだったら、東君は他に合コンすればいいでしょ。」
「駆け引きかぁ。」
「駆け引き?違うわね、時間の合理化よ!」
姉は鼻で笑った。
「いいなぁと思っていたって、1週間でカップルになる子もいれば、1年たっても進展しない仲もあるのよ。期間があればいいってもんじゃないの!いくら時間があってもダメなものはダメなのよ!お互いに時間は限られているんだから、さくさく行動しないとだめなのよ。他に持っていかれちゃうのが嫌ならね。ま、持っていかれてもいいなら時間をかけてもいいけど、かけた時間に文句は一切許さないわ。」
「でも、好きな相手に振られたらへこむし。」
「あー、そーねぇ。ま、タチの悪い女なんかに引っかかると「アイツ、私の子と口説いてきてー、ありえねぇ」くらいのことは言われるんでしょうね。」
「ほら!」
「なにが、ほらよ、そんな女を好きになった男が馬鹿なのよ。男の見る目がなかっただけでしょ。一回そんなこと言われたら、次は目が良くなって、そんなことを言わないような相手を見つければいいだけの話よ。」
「そ、それはなかなか。」
「別に無理に他の子を好きになれって言ってるんじゃないわよ。へこんでいる間にも、他に好きになった人ができた時のために、いっぱい心を着飾っておきなさいよってことよ。」
「着飾る、ああ、内面磨き。」
「あたりまえじゃない。イケメンでも不潔はいやよ。ハンカチくらい持っていてくれなきゃ。イケメンでも脂ぎって太っていたら、台無しよ。彼女が太っている人好きでもない限り。」
「う。」
僕に反論する余裕を与えずに姉はしゃべり続ける。
「身長とか顔のパーツは変わらないんだから、内面しかないでしょ!美味しい店を知ってるとか、運転がうまいとか、マメだとか、技術で勝負しなくて、なにで勝負するのよ!他に勝負できそうなものが、その東君にあるわけ?」
「お、おもしろい奴だし。」
「ばーか!東君が面白い人かどうかはあんたの個人的な判断。彼女が面白いと思ってくれているかは別でしょ。
彼女が面白い人が好きかどうかもわからないんだから、こまめに会って話を聞いて情報収集して、時間をかけて狩る!ダメならあきらめる!これよ!」
「狩るって……ねぇ。ねぇちゃん、彼氏となんかあった?」
僕はおそるおそる聞いた。
「喧嘩中よ。」
姉は吐き捨てるように言った。
「ああ、そう。」
「でも!あたしはぐずぐずしない!いつまでも待たないわ。そんな暇もないし。よし!行くぞ!その前に化粧だ。」
「どこかに行くの?」
「就職前にとっておく資格の本を買いに行く。知ってる?出会いなんてものは、石くらいに転がっているものなの。それこそ、本屋でもね。でも、自分の好きな石に出会えるかは別。その好きな石にうまく足を引っ掛けて、軽く転ぶのが女なのよ。あんたも、タイミングを逃すと、自分の彼女、ほかの大学生にとられるかもね。じゃ、そういうことで。」
姉はそういうと、颯爽と部屋から出ていった。僕は、姉の彼氏になんとなく同情するとともに、さっきの姉の言葉を東にメールして送ってみた。
「声、かけてみる。」そう返事が来た。
それとは別になんだか急に不安になり、自分の彼女に電話を入れた。
「ミキ?僕だけど、あのさ……明日の昼とか会える?」