極バッドエンド一歩手前だったらしいけど……あいつでいいの?
おまけその2
僕はユイ。ユイ・フウマ。
東の小国から大陸に移住し、ニンジュツと呼ばれる戦技を駆使してとある国で手柄を立て、貴族にのし上がった『シノビ』一族の末裔だ。
そんな一族の総領娘だった僕が、その国の王都最高学府であるリュミネリア学園の魔法学科に入学したのは……少しは女の子らしくしなさい、とか言い出した父上の命令だった。
―学園には良家の子女達が大勢入学してくるから、淑女の教養授業も当然ある。しっかり学んで上流階級のお嬢様方と生活すれば、お前のそのヤンチャ坊主のような態度も治るだろう。――卒業と当時に結婚するのだ。トウガに恥をかかせるな―
なぁんて言ってね。
あ、トウガっていうのは僕元許婚で……今の旦那様。――うっうるさいなっ。照れてないよっ。
……と、とにかくさ。男児に恵まれなかったからって、僕をフウマ一族次期総領として鍛えたのは父上だったんだよ? でも結局後継者としてトウガを婿に取る事になった途端、これだったんだもん。大人なんて本当に勝手だ。
それでどうせなら格闘学科か剣術学科に入りたい、って一応言ってみたけどあっさり却下された僕は、結局父上の言う通り、そこそこ素養はあった魔法学科の入学試験を受けて合格し、花嫁修業のために学園に入学する事になったんだ。
きらびやかで贅沢すぎる学校に、隙だらけなお坊ちゃまお嬢様、フウマの修行とはまるで違う、生徒の安全に配慮されすぎの生ぬるい授業説明。
――全部、つまんなかった。だからなーんの期待もできなかった。
ただ適当に周囲に合わせて、オジョーサマらしく学園生活を楽しんでるふりをして、退屈な時間を我慢していればいい。そんな風に考えて、僕は少しふて腐れていた。
……でもそんな時に、彼女に出会ったんだ。
―こんにちはっ。僕……じゃなくて、ワタシはユイ・フウマ。あなたは?―
―私はアンジェラ・ノーティリスです。はじめまして、フウマさん―
アンジェラ・ノーティリス。
僕の後ろに座っていたクラスメートで、外国から来たノーティリス伯爵家の養女。
その正体は、この学園に遣わされた天界の戦天使。
初めて見た時、女の子らしくてなんて可愛いんだろうと驚いた彼女との出会いは、僕の学園生活をとんでもなく刺激的なものに変えた。
色々と刺激という名の事件がありすぎて、命の危険すら実感した学園生活だったけど、僕にとってそれは、とても大事な時間になった。
彼女と会えてよかった。……彼女と友達になれてよかった。
今思い返してみても、本当にそう思うよ。
……でもさ、そう思うからこそ……今でも僕は、あの子に聞きたくてたまらないんだよね。
……ねぇアンジェラ……本当にあいつで……セーレでよかったの? ……って。
だってさ――あいつって、ものっすごく性格悪いじゃないか!!
アンジェラと知り合ってすぐ、僕は彼女の『お役目』に協力して、色々な事件に関わる事にした。
―お役目? ……よく判らないけど、アンジェラみたいな女の子一人で危ない事しちゃ駄目だよ。――よっし、ワタシ――じゃなくて、この僕が、協力してあげるっ―
なんて偉そうな事を言ったけど、要は暇つぶし。つまらない授業で鈍っちゃう身体とニンジュツを錆び付かせないための鍛錬に、っていうのが僕の本音だった。
一族の戦技は、身を守るためなら使っても良いって許可はもらってたからさ。自分から危ない事に関われば、戦っても問題ないよね~って、そんな軽い気持ちで僕は、アンジェラに協力を申し出たんだ。
―……本当? ……あ、ありがとう……ありがとう!! ……本当は、一人で不安だったの。……人の子に助けてもらえるなんて、思わなかった。……ありがとう、ユイちゃん―
……だけどアンジェラはさ、そんな不真面目な僕に向かって、本当に嬉しそうに笑ったんだ。
―そ、そんな大げさだよ~アンジェラ。友達の助け合いくらい、当たり前だろ?―
―……そうなの? ……そうだとしたら、友達って……とても素敵な関係なのね。……ユイちゃん、私と友達になってくれて、ありがとう―
―あ、あははっ。だから大げさだってば~っ―
僕の言葉の裏側に下世話な好奇心や打算があるなんて考えもしない、素直なアンジェラを見ていたら……そんな彼女を馬鹿みたいって思った反面、なんとも言えない保護欲がかき立てられた。
人の友情や愛情を利用して食い物にするようなヤツが、世間に多い事は判ってたから。……だからこんな単純で善良な子じゃ、いつそういう下衆共の餌食にされたっておかしくないって、思わず心配しちゃったんだ。
アンジェラって、利用しがいのあるハイスペックな美少女だったし。
―とにかくアンジェラ、困った時は、このユイちゃんにどーんとお任せだよっ―
―……うん。じゃあユイちゃんが困った時は、私にお任せだね―
―うんうん。――さっそくだけどアンジェラっ、明日の数学の宿題みせてっ?―
―それは駄目。ちゃんと自分でやらなきゃ、先生への欺きになってしまうわ―
―ちぇーっ、アンジェラはお堅いなぁ~っ―
仕方が無いから、ちょっと助けてあげようかな。
そんな気持ちが暇つぶしに混じった僕とアンジェラの関係は、こうして始まったんだ。
……色々と助けてもらったのは、僕の方だったけどね。あはは。
それからしばらくして、アンジェラの『お役目』は、あっというまに協力者が増えた。
―なるほどな……闇界が我国への影響を強めているとなれば、それを討ち果たすのは次期国王たる俺の役目だ!!―
―……そういう貴方をフォローするのが、私の役目でしょうね……やれやれ―
アンジェラが解決した事件に闇界の影響を感じ取ったオレサマ王子様と、その幼なじみでフォロー役のハラグロ宰相御子息様。
―女子供相手に多勢ってのは気に入らねぇな。助太刀するぜ―
僕とアンジェラ二人が大勢の敵に囲まれた時、通りがかって助けてくれた騎士団長のボサガミチャラ御子息。
―かっ、勘違いしないでよねっ。君を助けるんじゃないからねアンジェラっ―
―君に協力していれば、新魔法の実験ができるってだけだからねアンジェラっ―
そして逆に、闇界の魔物に狙われ捕らえられかけた所を助けたら、アンジェラに懐いた天才魔法使いのツンデレ双子が、次々アンジェラの仲間となった。
―本当ですか? ……ありがとうございます。とても助かります―
そしてその全員に対して、アンジェラは素直な感謝と好意を込めてお礼を言い、彼らの協力をありがたく受け入れた。
そして彼らとの関わりを、とても大切にした。
ある時は優しく。
またある時は明るく。
時々は厳しく。
自分達の容姿や肩書きでなく、内面に在る苛立ちや劣等感を包みこむように接するアンジェラに、男達がそれぞれ色んな様子で赤面するのを僕は見たよ。
――うん、やばいなって思った。
だって仲間になった五人が五人、全員学園でとんでもない人気を誇るイケメンなんだもん。
顔よし血筋よし身分よし、おまけに将来性も十分な未来の勝ち組五人に、学園の女の子達は熱烈に憧れ、親しくなろうとする女を牽制する、親衛隊もどきまで出来上がっていたんだから。――当然そんな連中が、アンジェラを放っておくはずがない。
―なによあの子、アンジェラだったかしら?―
―あの方達に馴れ馴れしいわ―
―大した美人でもないくせに、図々しい―
―あんな子、媚びへつらうのが上手いだけよ―
―許せないわ……絶対に―
男達がアンジェラに懐くほど、学園の女達はアンジェラを敵視し殺気立った。
……そんな女達の嫌がらせに寂しそうな顔をしながらも、アンジェラは男達との良好な関係を保ち続けた。
―……嬉しいの。……ユイちゃんとみんなから……仲間だって言ってもらえて……―
……そう言って微笑むアンジェラは、男達が思わず狼狽えるほど綺麗で……でもなんだか……とても不安そうで。
―……やっぱり駄目なのかしら……私は。……彼女達に嫌われてしまう私は……やっぱり欠陥品なのかしら……―
ある日そんな事を呟いていた彼女に、僕は思わず肩を掴んで叫んじゃった。
―そんな酷い事を、僕の友達に言った大馬鹿野郎はどこの誰だいアンジェラ?!―
……ってね。
彼女は少し驚いたように僕を見つめ、それからやっぱり寂しそうな顔で首を振っただけだったけれど。
――え? 僕? ……僕が女達の嫉妬を受けたかって?
あんまりなかったかな。……だってあの野郎共、僕の事アンジェラと違って、まず年頃のレディーだと思ってなかったんだよねっ。
―おいチビ!! 体力少ないくせに前衛に出るな!! 危ないぞ!!―
―おちびさんは後衛で回復魔法をお願いします。子供が無理しなくていいですから―
―え……ミニ坊主って女だったのか? 悪い悪いっ、私服姿じゃ気付かなかったっ―
―仕方ないよ。チビちゃんって色気ないもん―
―仕方ないね。チビちゃんって胸もないもん―
――チビチビ五月蠅い!!! ……確かに平均身長のアンジェラと比べてさえ、頭一つは小さいけどっ。
顔合わせるたび、腹立たしい事に男共がこんな感じでさ。アンジェラがそれを咎めると、悪意じゃない友情表現だって開き直りやがるし。(アンジェラは友情とか仲間って言葉に弱いんだぞっ)
でもそのおかげだろうね。流石の女達にもそんな扱いの僕にまで嫉妬するほど、見境無いヤツは殆どいなかったよ。
もっともアンジェラの友達だって理由で仕掛けてきた馬鹿女共はいたから、物理的制裁と社会的制裁で倍返ししてやったけど。フウマのシノビをなめてんじゃないよ。
それはとにかく、あの頃アンジェラに対する風当たりはとても強くなってた。
陰険なイジメみたいなのを画策するヤツもいたから、僕はなるべくアンジェラから離れないようにしてた。
……してたんだけど、選択授業で別れた隙を狙って、アンジェラは女達に襲われちゃったんだ。
全く――その事件が、あのセーレと出会うきっかけになると僕が知っていたら、何がなんでも止めていたのにっ。
―……ユイちゃん、バートリイ先輩よ。……これから、協力していただけるって―
―お前は危なっかしいからな、アンジェラ。手を貸してやる―
―え……そ、そんな事は……ないです。……ええと、先輩には怪我した時に助けてもらって……それで―
アンジェラが暴力女達に襲われて少し後。新しい事件捜査のために集まった僕達に彼女が紹介したのが、セーレだ。
外国からの留学生というセーレは、サラサラの黒髪に深紅の瞳。細身ながら鍛え上げられている長身と、恐ろしい程端正な顔貌を持つ、美形の多いこの学園でも一際鮮やかなイケメンだった。
僕も剣術学科にすごい留学生がいる、とは聞いていたから、名前だけは知っていたよ。
……でも実物を見たら……な~んか気に入らないヤツだった。
―セーレ・バートリイか。……何事にも無関心なお前が、アンジェラに協力するとはな―
―それは違うな殿下。関心を向けるほどの何かに、今まで出会わなかっただけだ―
―っ……それは、アンジェラに興味を抱いたという事ですか?―
―悪いのか宰相子息? まさか自分のものでもない彼女の独占権など主張はしまい?―
―……おいおい、角突き合わせるのはやめておこうぜ? ……この国を闇界から守るっていう、戦う目的は一応同じだろう?―
―守る? 生憎だが騎士団長子息、俺は闇界との戦いに興じてもいいが、この国と人間がどうなろうと知った事じゃ無いんだ。価値観の押しつけはやめろ―
―ちょっと、喧嘩売ってんのお前!!―
―ちょっと、生意気過ぎだよお前!!―
―だからなんだ双子? 俺が気に入らないなら力尽くで排除してみればどうだ? ……できるならな?―
上から目線の皮肉な口調で男達を一蹴したセーレは、アンジェラを見つめ、そして言う。
―俺はお前に興味がある。……お前がこの国を狙う闇界勢力に一矢報いるのか、それとも無様に堕天し敗北するのか、その行く末を側で楽しみたい……アンジェラ―
その表情は、あれこれ取り繕い牽制しあう男達とは違い、アンジェラ自身に対する興味や好意、そして欲望を隠してもなかった。
―……貴方の目的は、それだけですか先輩?―
―ふん。俺がお前に、何か助けて欲しがるとでも? ……あいにくだが、年下の小娘に縋り付かないと自身を保てないほど、俺は脆弱ではない―
―……―
―アンジェラ、お前俺を頼っていいぞ。……飽きるまでなら助けてやる。俺の気まぐれを、最大限利用するといい―
でもそんな、傲慢そのもののような男を見つめていたアンジェラは、やがてくすりと笑って頷いた。
―判りました。それじゃあ、飽きたら言って下さいね。頼ったらご迷惑になりますから―
―……怒らないのか?―
―どうしてですか? 飽きるまででも助けて下さるなら大助かりです。……先輩のおっしゃる通り、しっかり利用させていただきますねっ―
―……そうか―
―あ、でもみんなと仲良くは推奨ですっ。先輩、攻撃スキルは凄いですけど回復系無いじゃないですかっ。例えばいざっていう時回復魔法使いのユイちゃんにでも見捨てられたら、死んじゃいますよっ―
―ふん、心配するな。そのための回復薬だ―
―お財布が空になりますよっ―
セーレなんて、上から目線の嫌なヤツなのに……何故かそんなセーレと話すアンジェラは、他のどんな人と話すより楽しそうで、活き活きしていた。……多分、僕と話している時よりも……ずっと。
―仕方が無いな……ユイだったか。アンジェラのためだ、これから仲良くしよう―
―はぁ?! 手の平返すの早いなセンパイ!!―
―ふん、順応性が早いと言ってもらおうかチビ助―
―チビ助言うなー!! フウマの秘奥義コンボ喰らってみるかてめぇー!!―
―まぁまぁ落ち着け。ミニあんぱんをやろう―
―なんで持ってるの?! ――ってこれまさか手作り?! すっごく美味しそう!!―
―母から習った―
―あんたの母上って何者?!―
―ユイちゃん落ち着いて。……あ、本当に美味しそう―
―喰うかアンジェラ?―
―いいんですかっ?―
―ふっ、気が向いたら今度は、俺の得意料理も作ってやろう―
――結局アンジェラの説得(?)が功を奏したのかセーレの態度は軟化し、そんなセーレと男達も、そこそこ普通に付き合えるようになった。(剣術関係で話が合ったらしい騎士団長子息とは、友人といえるくらいに仲良くなってた)
……なったけど、僕にはやっぱり、あいつが好きになれなかった。
―……ユイちゃん。セーレ先輩って……変な人よ―
―彼は……私が負の感情を抱いても、怒っても泣いても、面白いって言うの―
―……善良なだけの私なんか、面白くないって―
―……何かを、欲しがってみろって―
―……ふふ。……そんな事言われたの……初めてだわ―
―……私……私が欲しいのは……何なのかしら……―
セーレはまるで、アンジェラの奥深くから引き出すように、アンジェラの感情を自分に向けていったから。
……あいつのやり方は、とても傲慢で貪欲で……そして怖くなるくらい一途で。
……僕の友達を……大きく変えてしまうんじゃないかって……不安だったんだ。
――まぁそれ以前に、僕がセーレを嫌ったのは、あいつの性格が悪かったから、って理由が大きいんだけどさ。
あの野郎がやった事を思い出すと――うぉおおお!! 今さらながらにムカついてくる!! それでいて恩義を感じなきゃいけないのが、余計に腹立たしい!!
……なんの事か、って?
勿論リュミネリア学園の学園祭。――学園祭で僕と許婚のトウガが巻き込まれた、魔物襲撃事件の事だよ!!
―ユイちゃん、学園祭にはご家族を招待するの?―
―父上に招待状を送ったけど……トウガが代理で来るってさ―
―トウガさん……ユイちゃんの、許婚さん?―
―……まぁね~。……もっともあいつの方は、七歳も年下のガキなんかに付き合うのは、面倒だって思ってるだろうけど―
―そんな……―
―いいのいいの。どーせ僕とトウガの婚約は家の事情。あいつは一族の総領となるため、僕はフウマの直系子孫を残すため、結婚しなきゃいけないってだけさ―
……うん。当時の僕は……トウガの事が好きじゃなかった。
……ううん、好きじゃなかったって言うのは、ちょっと違うな。……僕は父上に認められたトウガにものすごい劣等感を持ってて、トウガが妬ましくて仕方がなかったんだ。
―……トウガだってどうせ、僕みたいな大した事のない娘、身分以外必要じゃないよ―
男として生まれなかった僕は、それでも跡継ぎとして父上に育てられていた。
女でも男以上のシノビとなりえるなら、総領として務まるはずだって、そう言われて。
……でも、結局僕は父上のお眼鏡に適わず、父上は優秀な分家の子であるトウガを自分の後継者――つまり僕の婿とする事を決定した。……そしてその時点で、跡継ぎとしての僕は、父上に全否定された。
……悔しかったんだ。そしてその悔しさと理不尽な怒りを当時の僕は、父上と一族に認められた『優秀な』トウガに向けていた。
……昔は、大好きなお兄ちゃんって慕っていたくせにね。
―そんな事ないよっ。ユイちゃんは回復に攻撃に頼りになる、すごい子だよっ―
そんな僕の内心を知ってか知らずか、アンジェラはものすごい勢いで首を振って、むくれた僕に返した。
―それに優しいし、戦ってる時はかっこいいし、制服の時は可愛いしっ。私がトウガさんだったら、ユイちゃんと結婚できるなんて大喜びだよっ―
―ふっ、トウガとかいう男が同性幼児性愛者でなければ、ありえんだろうな―
それを全否定しやがったのは、側にいたセーレだったけどねっ。
―……セーレせんぱぁい、女子トークに口挟むのやめてくれませんか~?―
―ああ、お前は女だったなチビ助、忘れていた―
―なんだと!!―
―ほら、その態度。――男の俺から見て、お前は男にしかみえんただのガキだ―
―……っ!―
―そのトウガとかいう男に女として見られたいなら、それなりの努力をすべきだろうな―
―ぼっ……僕は別にトウガなんて!!―
―どうでもいいか? ……ふん、跡継ぎが出来た途端夫に愛人作られて放置される、憐れなお前の姿が目に浮かぶな―
むがぁ!! って怒った僕を、慌ててアンジェラが止めた。
止められた僕は――否定できないセーレの言葉に歯ぎしりした。
……判ってたんだよ。自分の女の子らしくない外見と態度の事は。……こんな僕じゃ、トウガが好きになってくれるはずないって……ずっと思ってた。
―それじゃあ……ユイちゃん!! 学園祭は可愛い恰好しましょう!!―
そんな僕に、何かを思いついたアンジェラが勢いよく言う。
―私達のクラスの出し物はメイド喫茶だし、あのエプロンとカチューシャに合わせて髪も可愛くして、お化粧もしちゃいましょう!! トウガさんもきっとドキドキだよっ―
―えぇ?! い、いやだよそんなのっ。僕じゃ似合わないよっ―
―そんな事無いっ。ユイちゃんは可愛いっ。すっごく可愛いっ。私、ユイちゃんの可愛い恰好みたいっ。お願いっ―
ぎゅうう、っと抱きしめられてお願いするアンジェラに、それをニヤニヤしながら見つめるセーレ。……あいつは絶対楽しんでたねっ。
―……い、一回……だけなら―
―わかったわっ、またしたくなるくらい、可愛くするねっ―
結局いつになく楽しそうなアンジェラには勝てず。ニヤニヤセーレにはいつか後ろから蹴りを入れてやろうと思いながら、僕は学園祭でメイドになる事になってしまった。
――そして当日。
―ゆ――ユイちゃん……かわいいっ―
―……そ、そう……かなぁ……?―
その日のためにあれこれ用意していたらしいアンジェラに、半ば遊ばれるようにしながら、僕のメイド姿は完成した。
くせっ毛の短い髪のサイドを小さなリボンで飾って、薄くお化粧された僕。……似合っているのかどうかは判らないけど、確かに女の子っぽいと鏡を見て思う。
―あっ、フウマさん可愛いじゃん―
―うんうん。誰かと思ったよ―
―髪とかアレンジすると、雰囲気変わるよね。似合ってる―
イケメン人気にあまり興味が無く、アンジェラや僕と普通に付き合ってるクラスメイトからもそう言われ、多少自信がついた僕は、その姿で後でくるトウガに会う事にした。
―ち――チビ?!! なんだその女装は?!!―
―おちびさんは女性ですよ殿下。……確かに女装した美少年の雰囲気はありますが……―
……何故かクラスのメイド喫茶に来やがった、オレサマ王子とハラグロ宰相子息の一言は気に入らなかったけどね。誰が女装だよ。
―ユイちゃん、ちょっと一緒に回ろう―
―うん―
そして交代時間。トウガとの待ち合わせまで少しあったから、僕とアンジェラは連れだって学園祭を見て回った。
―……アンジェラも、後でセーレ先輩と待ち合わせ?―
―……う、うん。……一緒に食べ歩きかな……えへへ―
男共に隙を与えずちゃっかり約束を取り付けているセーレには、思わず感心した。
―あ、あれ双子だよアンジェラ。アイス屋さんやってるのか―
―本当ね。どっち当てクイズで当たったら、トッピング一種類オマケですって―
―……最近開き直ってない? 昔は二人一緒だと見分けてくれないとか腐ってたくせに―
―そうだったかしら? ……私は似てようが似てなかろうが、仲の良い兄弟が側にいてくれるなんて、すごく羨ましいけど―
―双子にそう言ったの?―
―そうね?―
―ああ……それでか納得―
僕達は時々学園祭活動中のイケメン達とすれ違いつつ、とある露店まで辿り着いた。
――そこでは。
―この一撃に――賭ける!!―
高速の鉄ヘラ捌きで、セーレが焼きそばを作っていた。
しかも究極戦技発動時の台詞付きで。
―きゃあああセーレ様ぁあああ!!―
―バートリイ先輩素敵ぃいいい!!―
―素敵すぎるわ焼きそば王子ぃいい!!―
その前には、先生から生徒、来客まで様々な層の女性客が詰めかけて、長蛇の列を作っている。
……いるけど……あれって、本当にかっこよかったのか? ものすごく達人風に決めてたけど、せっせとやってるのはただの焼きそば作りだったんだよ?
―あっ、あるだけ買うわ!!―
―ふっ、悪いがお客さん、この店はお一人様五パックまでだ。クラスで決めたこの規則を、誰も侵す事はできない―
そう言って食券を受け取り素早く焼きそばパックを渡すセーレに、ちょっと太った中年女性はうっとりだった。
―セーレ先輩……すごい、本物の焼きそば屋さんみたい―
……アンジェラもうっとりだった。
……やっぱりあれ……かっこよかった……のかな? そう思えない僕が変?
―という訳で交代時間だ。……待たせたなアンジェラ。チビ助も、焼きそばをおごってやろう―
そんな事を少し悩んだけど、交代時間で裏側に回ったセーレがくれた焼きそばがとても美味しかったから、細かい事はいいかと思った。
―セーレ先輩御馳走様っ。それじゃあアンジェラ、お邪魔虫はこれで退散する事にするよ。そろそろ時間だし―
―あっ、ユイちゃん口元ちゃんと直さないとだめっ。ちょっと待ってっ―
休憩所になっている空きクラスで、三人並んで焼きそばを食べていたら、あっという間に待ち合わせの時間になった。
洗面所でお化粧を直してもらった僕は、学園祭で混雑する道を歩きながら、なんだか緊張して自分を見回した。
―慌てた所で、それ以上良くはならんぞチビ助―
―う、五月蠅いなぁっ―
―だが悪くは無い―
―……もしかして、センパイ褒めてるの? ってかなんでついて来てるの?―
―ご、誤解だよユイちゃん。私達は今から正門前で店を出してる焼きリンゴを食べにね―
―……別に、見たいっていうならいいけど……―
―わぁい♪―
友達の許婚が気になったらしいアンジェラは、笑顔で追い付いて来た。セーレは少々残念な顔で僕を睨んだ。
―ねぇねぇユイちゃん、トウガさんって剣術学科の成績優秀者に名前が載ってた、卒業生の人だよねっ―
―……まぁね―
アンジェラの問いに、僕は曖昧に頷く。……そう、トウガもこの学園の卒業生だった。
―どんな人なの?―
―……優秀な男だよ。文武両道で、父上のお眼鏡に適うくらい高い能力を持ったシノビ。……あと―
―あと?―
―……優しい、かな―
なんとなく答えた僕は、久しぶりにまだ嫉妬に凝り固まった目で見ていなかった頃の、年上の親戚の少年を思い出した。
総領娘様、と静かな声で僕を呼び、手を引いて遊んでくれたトウガの事を――僕はとても好きだった。――トウガみたいな、かっこいい男になりたいっていつも思っていた。
―そっか。……優しい人っていいね。……よかった―
―……今は、判らないよ。……もう立場も変わってしまったし―
―そうなの?―
―そうだよ―
胸が苦しくなって、胸元を掴んだ。逢いたい。でも逢いたくない。矛盾した二つの本音が内心で巡り不安になる。
――アンジェラみたいに可愛かったら。……ふと、そんな事を思った。
アンジェラみたいに可愛くて優しくて、男が守ってあげたくなるような女の子だったら……僕は自信を持って、トウガに逢いにいけたのかもしれない……って。
―トウガ先輩、トウガ先輩ですよねっ!!―
――そんな僕の耳に、耳障りな高音が飛び込んで来る。
―あの、私二年後輩の――、です!!―
―……ああ―
―きゃあっ、やっぱり先輩だっ。……先輩お変わりありませんね。お元気でしたかっ―
正門の所には、落ち着いた暗色の上下を身につけた長身の東方人――トウガと、それを囲む数名の女達だった。――多分大学部。トウガの後輩として学園に残っていても、おかしくない大人の女達だ。
―学園祭に来たんですかっ? よかったら一緒に回りませんかっ?―
―先輩が卒業してから、学園も随分変わったんですよ。案内しますっ―
―……すまないが、許婚を待っているんだ―
穏やかな声は、ただ淡々と女達の申し出を断った。……鋭利で涼やかな東方風の顔にも、明確な不快は浮かんでない。
―ああ――フウマ家の。入学してましたよね。――あの男みたいな―
―お気の毒な先輩。いくら本家の跡継ぎになれるからって、あんな色気も女らしさもないがさつなチビガキを押しつけられるなんて、悲劇としか言いようがありませんわ―
とっさに顔を背けたのは、そう聞いたトウガがどんな顔をしていたのか見たくなかったからだ。
怒ってくれていたのならいい。――でももし、その通りだと返したがっていたら?
―っ……総領娘様!―
―……―
トウガからの声がかかったのは、その時だ。
顔が上げられなかった僕は、顔を背けたまま吐き捨てる。
―よかったじゃないかトウガ。義務の子作りさえ果たせば、お前のその後は楽しそうだ―
―っ……何を―
―別にいいさ、お前なんかに妬くほど僕も暇じゃない。……お前からもらった種で生まれた子供を、跡継ぎとして立派に育てなきゃならないんだ―
―何を馬鹿な―――
―僕に触るな!!―
あっという間に間合いを詰め、僕の肩に触れようとしたトウガの手を、僕は思いきり払って駆け出した。
―ユイちゃん!!―
優しい、僕を心配するアンジェラの声。――そんな声が出せる彼女が酷く妬ましくて、そしてそんな自分が情けなくて、僕は走った。
綺麗なアンジェラ。可愛いアンジェラ。大勢の男達から愛される、素敵な女の子アンジェラ。
――自分がそんな風になれない事は、よく判っていたのに。
走って走って、人気のない方向に逃げて……それで辿り着いたのは、一時保管されている資材が置かれた、学園の空き地だった。学園祭のイベントは何も無く、そこに人影はなかった。
―……やはりお前、人間の女として見ると中々の身体能力だな―
―……なんで、あんたが追ってきてるの……セーレ先輩?―
荒く息を吐く僕の後ろには、涼しい顔のセーレが立っていた。
―アンジェラの代理だ。……今アンジェラとお前が顔を合わせたら、アンジェラもお前も傷付きそうだからな―
―……判ってるじゃないか。……はは、今の僕は……アンジェラが妬ましい―
―最初から判っていたさ。……他の男共は気付きもしなかったが、お前は周囲が思うよりずっと捻くれてて、そして嫉妬深く醜い女だ―
挑発的なセーレの言葉に顔を上げると、セーレはニヤニヤとやはり笑っていた。
人形みたいな綺麗な顔を嫌な笑いで歪める男は、どこか悪魔的で僕の苛立ちを煽った。
セーレは続ける。
―――だがその何が悪い?―
―っ……どういう、意味さ?―
―人間が捻くれて醜い事など、当たり前だと言ってるんだ。……あの男の気持ちが知りたいのだろうチビ助――いや、ユイ。……ならば試してやればいい。――アンジェラと仲良くしてくれている、お前への褒美だ―
ニヤニヤと笑うセーレの赤い瞳が、ドロリと光った気がした。
完璧なほど美しいその姿が何故か恐ろしく、僕は思わず一歩下がった。
―――?!!―
――その僕の足を、『地面から跳び出して来た』巨大な蔦が絡み捕らえた。
―きゃああああああああああああ?!!―
蔦は僕の全身に巻き付き、ボコボコと地面を割ってその全身を現した。
蔦――巨大な木の根が不気味に固まり、一つの生命体にでもなったようなその冒涜的な姿は――間違い無く、魔物だった。
―……さて、あの男は死にそうになっているお前を見て、どう行動するかな?―
―な――何言ってんだよセーレ!! くっ――こんな蔦引き千切って――あっ?!―
首筋に針が突き刺さったような痛みと共に覚える、全身が痺れる感覚。毒だ、と気付くがもう遅く、僕は完全に蔦の中へと絡め取られてしまう。
―総領娘様!! ――これは!!―
―おお、ユイの許婚だったか。いや大変なんだ、突然魔物がユイを捕らえてしまった。早く助け無くては、殺されてしまう。――アンジェラも来たか。手を貸せ―
驚愕しているらしいトウガと、棒読みにしか聞こえないセーレの声。
―貴様ぁああああああああああああああああああ!!!―
そして初めて聞いた――トウガの絶叫に、感じる微かな衝撃。
セーレとアンジェラ、そしてトウガの三人と、蔦の魔物との戦いを音と震動で感じながら――僕はゆっくりと意識を手放したんだ――。
―総領娘様!! 総領娘様!! ――目を開けろユイ!!―
――気が付いたら、医務室でトウガに抱きしめられていた。
―貴女がいなくなったら――俺は!! ――貴女だ!! 総領の期待に応えようと必死だった貴女だから、妻にしたいと望んだ!! 貴女を支えたいと思った!! ――愛おしいと思った!! ――俺を置いていくな――頼む――ユイ――ユイ!!―
……照れくさくなるような告白に、起きるに起きられず硬直してしまった。
だがこっちの羞恥を判っているような、セーレの声がそれに続いて聞こえてくる。
―大丈夫だ。もう毒は抜けているから、後は目覚めるのを待つだけだ―
―ユイちゃん……よかった……よかった!!―
―うんうん。本当によかった―
―セーレ先輩……先輩がユイちゃんを見つけてくれてなかったら、私達間に合わなかったかもしれません……あ……ありがとうございました……っ―
―ふっ、何を言ってるんだアンジェラ。仲間を助けるのは当然の事じゃないか―
―……先輩……っ―
―セーレだ。……そろそろいいだろうアンジェラ?―
―……セーレっ―
……薄目を開けて見ると、セーレは医務室のドア際でアンジェラの肩を抱き――そりゃあもう嬉しそう笑っていた。俯いて泣いていたアンジェラには見えなかったけど。
――何故あそこに魔物が出たのか、その時の僕は知らなかったが確信したね。
あれはセーレが何らかの方法で出現させ――この状況を獲得するために利用したんだと!!
――なーにが褒美だこのクソセーレ!! てめー絶対アンジェラの好感度アップ狙っただけだろう!! そのために僕のアレコレをダシにしたんだろう!!
と怒鳴りたかったけど――僕もとてもそんな状況じゃなくて。
―さぁ、あの二人を邪魔しないよう、もう行こうアンジェラ―
―ええ、セーレ。……ユイちゃん、お大事にね―
そう言って立ち去るセーレのニヤケ顔に、思いっきり手裏剣でも投げつけてやりたいと思いつつ、僕は僕を抱きしめて話さないトウガに、これからどうすればいいのかと大混乱に陥る他なかったんだ。
……え? その後? ……恥ずかしいから聞くな馬鹿っ。
――その後、大きな事件を解決した時にセーレの身分――闇界の魔王子だって事が判って。――そんなセーレには下等な魔物を召喚できる力があるって判って――あの時の事件の真相はなんとなく理解できた。
―関係ない!! だって――セーレはセーレだもの!! 私はセーレを信じる!!―
―アンジェラ……―
理解はできたけど……セーレに好意を向けるアンジェラと、なんだかんだでその好意に誠実に応えるセーレを見ていたら、その程度、言っても言わなくても同じだろうと思った。
今でも、思い出すよ。
本当に幸せそうな顔でセーレを見上げるアンジェラと、そんなアンジェラを少々皮肉げにだけど優しく見返すセーレ。あの頃のアンジェラは本当にセーレが好きで、セーレもアンジェラが好きで、二人の想いは一つだった。
――勿論僕はね、正直大反対だったよあの時だって!!
セーレなんて傲慢だし上から目線だし意地悪だし色々危ないし焼きそばだし魔王子だし!!
アンジェラならもっともっと素敵な男性との出会いがあったのに!! 王子だって宰相子息だって騎士団長子息だって双子だってよりどりみどりだったのに!!
なのになんで、よりにもよってあいつなわけ?! あんな問題ありすぎな男なわけ?! 僕だったら絶対あんなのヤダ!! あの外道野郎が許婚だったら暗殺してるレベル!!
――とか思ったのに、アンジェラってば。
―……セーレと一緒にいるだけで……とても幸せなの。……どうしてかしらね―
なんて言って、笑うんだもんっ。
花が咲いたように、なんて表現ぴったりのその顔!! 可愛すぎるんだよっ!! そんな顔見せられたらこっちだって真っ正面から反対し難いんだよっ。
―……でもさアンジェラ……本当にあいつでいいの?―
結局僕は、アンジェラの理性に問いかけるようにして、こう聞くくらいしかできなかった。
そんな僕に、アンジェラはもう一度本当に幸せそうに微笑み、そして頷いた。
僕は、諦めるしかなかった。
――だから、信じられなかった。
―どうしたの、ユイちゃん?―
―……アン……ジェラ?―
アンジェラが他の男達を『堕とし』、まるでコレクションするように自分の取り巻きにしていったなんて。
―なんで……なんでなんだよアンジェラ!! なんでこんな――こんなの君らしくない!!―
―……ふふ―
まるで何かに魅入られた男達は、アンジェラの下僕にでもなったかのようにアンジェラを取り囲んだ。
そんな男達をアンジェラは、まるでペットでも扱うようにそれぞれ可愛がった。
―……ふふふふ……―
ようやく二人っきりになって問い詰めた僕を見て、アンジェラは笑った。
――あの時とは違う、まるで何かが抜け落ちてしまったような、堕落退廃したアンジェラの笑顔に、そのぞっとするような色香に、僕は戦いた。
―……だってユイちゃん……判ったの……私判ったのよ……―
―わ……判った……って……?―
―……沢山沢山愛があれば、無くなっても平気なの。……大切な人を失って哀しくて寂しくて壊れてしまう前に、私は沢山沢山愛を集めるの。……私を……私だけを愛してくれる人達を……沢山沢山集めるの……―
……普通じゃなかった。
何があったのか、どうしてこうなったのか判らず、僕はただ混乱し、アンジェラを責めた。
―何言ってんだよ!! おかしいよアンジェラ!! ――だって君が好きなのは――セーレだろう!!―
―……セーレ……彼がいなくなっても大丈夫なの。……彼がいなくなっても……ほら、私はこうして笑えるでしょう?―
―そんなの―――
―……ねぇ、ユイちゃん―
貴女も私を愛してくれる?
そう囁き僕の頬を撫でるアンジェラに、背筋が凍るような恐怖を覚える。
―……私を……私だけを見てくれる? ……大好きよ……私の……大切なお友達……―
手を振り払ったのは、反射的にだった。
アンジェラは僕に叩かれた手をじっと見つめ、やがて力無く微笑みそっと返す。
―……駄目よね。……だってユイちゃんには……トウガさんがいるものね……―
―……アンジェラ―
―……ユイちゃんは……私の唯一にはなってくれないね……さよなら……―
傷付いた顔だった。――慰めてあげたくても、言葉は出なかった。
どうして?
どうしてこんな事に?
それを問える相手は、セーレ以外いなかった。
―……判らん。……だが、俺はあいつを離しはしない―
突然の変貌に、セーレも傷付いていたんだろう。……でもセーレの言葉に揺らぎはなかった。
―……あの状態を許すの?―
―まさか。……仲間だろうと友人だろうと、あいつにこれ以上触れようとする男を俺は許しはしない。……アンジェラから離れないというなら、滅びてもらうさ―
物騒な事をいいながらも、その目がどこか優しい。
―と言っても……今のあいつらが普通じゃないのは俺も判っている。……まだ早まった事はしない―
即刃傷沙汰になってないのは、セーレなりに仲間達を案じているのだと僕も判った。
―……だがユイ……お前はもう、アンジェラには関わるな。……多分……今の自分をお前に見られるのは……アンジェラはとても辛いはずだ―
―……かもね。……拒否したら……とても傷付いた顔された。……なんでだよ……泣きたいのはこっちの方だってば……っ―
自然と湧き上がってくる涙がこぼれて止まらなかった。
アンジェラが好きだった。だから自分を傷つけるように男達を求めるアンジェラは、見ていて辛かった。
―……諦めないよ……僕―
―……ユイ?―
……だから決心するまでもなく、答えはすぐに僕の中で出た。
―……アンジェラが何に傷付いたのか知らない。……でも、原因と……犯人がいるなら、僕は絶対にそれを許さない。……シノビの流儀でそれを見つけ出してやる―
―……そうか。……ありがとう―
そんな僕の頭をポンと叩き、セーレは弱々しく笑った。
―婚約までしていた公爵令嬢を今日王子が振ってしまったらしい。……このままでは、取り返しの付かない事になるかもしれない……―
―まさか……あの王子様が?―
―俺は俺のやり方であいつを守る。……お前もそうしてくれると言うなら……頼む―
―やめてよセーレ。……愁傷な態度なんてあんたには似合わない。そうだろ?―
そうかもな、と返したセーレは、もう一度僕の頭を軽く叩き背を向けた。
―……髪の毛、ちゃんとするようになったんだな。女らしいぞ―
ぽつりと漏らされた言葉に、僕は明るく返してやった。
―『親友』が、色々と教えてくれたからね―
――それから――どうなったのか、正直僕にはよく判らない。
だって僕が本格調査を始めようとしたその日に、アンジェラと男達の逆ハーレムは、突如逆噴射でも起こしたみたいに、謎の崩壊を起こしたんだから。
……いや、今は知ってるけどさ。でもあの当時は、何が何だか判らなくて本当に混乱したよ。
アンジェラがいきなり男言葉で学園中を走り回るわ、そのアンジェラが男達を振った彼女達と復縁させるために奔走するとか。もうなにがなんだか。
どうしようかな、と少し考えたけど……結局僕は僕のやる事を優先し、アンジェラ(?)とは遠ざかったままだった。
……正直、ちょっと気まずくてさ。……事件の真相が判ったら、それを仲直りのきっかけにできるかなって思ったんだ。
……まさかアンジェラ(?)が、学園を狙ってた闇界勢力の黒幕――魔王の第一魔王子を倒したその場で、天界に連れ戻されるなんて思わなかったんだもん。
事件が終わり、男達が正気に戻り――学園が平穏になったと気付いた時には、セーレは学園からいなくなっていた。
諦めないと言っていたから、アンジェラを追ったんだろうなと思いながら、僕は僕のできること――調査を続けた。トウガにも手伝ってもらって――そして真相を見つけた。
―……総領娘様―
―トウガ、これって本当なの?―
―間違いありません。……数少ないですが証言の裏も取れました。……どうやら犯人は、周囲に見られないよう慎重に、アンジェラ様をいたぶっていたらしいですね―
―……あいつっ―
――アンジェラを影で苛み、心が壊れる程の悪意を向けていたのは、セーレの護衛騎士の女だった。
いつも無言でセーレの側に控え、時々セーレに熱っぽい視線を、アンジェラにドス黒い殺気を向けていた女騎士。……一緒に戦ってくれた事もあり、アンジェラも信頼していたのに。
―そんなにセーレが好きだったの? ――だからって影でコソコソと! 卑怯者め!!―
―……いかがなさいますか総領娘様?―
―いかがする? ――決まってるじゃないか―
腹奥から込み上げてくる憎悪に従い、僕は女騎士への復讐を決めた。
こんな大事になってしまった自分の裏切りを、あの女はセーレにだけは知られたくないだろう。――だから僕は、この情報を必ずセーレへと送ると決心した。
―従者を罰するのは、主人の役目だしね。……トウガ、アオカゼを貸して―
―伝書鷹にセーレ様を捜させるのですね―
―うん。……セーレ、これを聞いた君がどうするのかは、任せるよ―
フウマの秘術によって、魔力で作った鷹に書簡を託し空に飛ばす。
術者がはっきり定めた届け先なら、魔鷹はあらゆる場所を飛び相手を見つけてくれる。
―……総領娘様は、あの二人に復縁して欲しいのですか?―
―え?―
飛ばした魔鷹を見送っていた僕に、隣のトウガが言った。
―……貴女はあの二人を、応援してはいなかったようですので―
―応援――したいわけないじゃないか!! 今だってアンジェラに問いたいよ!! 本当にあいつでいいのかって!! 考え直さないかって!!―
―……―
―……でもきっと、アンジェラはあいつがいいって言うんだ。……だから……仕方ない―
微かにトウガが笑ったような気配がして、それが妙に気恥ずかしくて、僕はそっぽを向いた。
そんな僕を見たんだろう。トウガはもっとはっきり笑い、そして僕を抱き寄せた。
「――って事があってからしばらくして、アンジェラからセーレと仲直りしたって手紙を受け取ったんだよね~。……でもまさか、アンジェラ大暴走の影には、君が言うみたいな事情があったとは思わなかったよ」
【俺だって、自分で体験してなきゃ信じねぇよ】
「……うん。僕もこの目でみないととても信じられない。……ううん、こうやって見ても、やっぱり……とっても不思議」
【……】
元つるぺたロリッ子忍者、今は和服が似合う若妻ユイは、そう言うとまじまじと『手の平の上の』俺を見下ろし、そして言う。
「……アンジェラの前世って……目玉に身体が生えた妖怪だったの?」
【違う!! ――今の俺は目玉っぽい父親だけどそれは違う!!】
アンジェラの前世――元日本の男子高校生だった俺は現在、目玉に身体がついた手乗りサイズの妖怪(?)となって、アンジェラから分裂していた。
――あれだ、息子の片目に取り憑いて分裂した、某妖怪漫画のマスコットキャラ的父親。ただしアンジェラの片目イメージなので、俺の顔になっている目玉は青い。洋風だ。……だからなんだって感じだが。
こうなってしまったのは、勿論理由がある。
乙女ゲーム、『貴方の天使でいさせて ~幸せになってください~』世界の極バッドエンドに当たる逆ハーレムEND直前。アンジェラの中で目覚めた俺は、極バッドエンドを回避するため奮闘し、無事天界に帰る事に成功した。(一話)
そしてその後、天界で目覚めたアンジェラの人格としばらく身体を共有していたが、色々あってアンジェラとセーレはヨリを戻した。(二話)
そしてその後、恋人を取り戻したセーレに、妻の中に男がいるのは困ると言われ、分裂させられたというわけだ。(今ココ)
―お前の一番可愛い声と姿は……誰にも見せたくないぞアンジェラ―
―セーレ……―
はいはい。夜の事情ですねはいはいはい。
だがその点に関しては、俺も同意だ。――アンジェラと俺は現在魂を共有する兄妹みたいなもんで、親近感を感じる反面生々しい事情を知るのはとても気まずい。彼とキスしてる前世の姉を見てしまった時を思い出す。なんで家の玄関前でやってんだ馬鹿姉。
――とにかくそういう事情で、俺は魔王子セーレによる魂の分裂と新しい肉体生成の儀式に付き合う事になった。
新しい肉体? よっしゃ勿論イケメンで!! 長身で!! この世界のねーちゃん達にきゃーきゃーいわれそうな勝ち組スペックでよろしく!!
――なんて期待した時もありました。
―完璧な人型の肉体生成なんて、損傷が少なく病痕も無い――つまり綺麗に殺された人間の新鮮な死体と魂が、百体は必要だぞ。一応お前は恩人だし、是非にと言うなら死体を用意してやってもいいが……―
――無理無理。いくら俺でも、百人の生贄と引き替えにイケメンになりたいとは思わないので、謹んで遠慮させてもらった。
―そうか。それなら儀式の最中、手の平サイズくらいの姿をイメージしてろ。……それが触媒と俺の魔力に呼応し、お前の新しい肉体を作り上げる―
そんな事を言われて、よーしそれなら、この世界のおねーちゃん達に可愛いー可愛いー騒がれそうな姿になってやるぜっと、イメージし始めた俺。
衰退のフェアリーは可愛いな、いやいや小動物イメージならハムスターな太郎、ピカチュ○、そうでなければいっそディズ○ー映画に出て来そうな二足歩行小動物になってやるのも……なんて想像していた時、その悲劇は起こった。
―そういえばこの状況って、息子の目玉に取り憑いて生き延びたあの父親っぽくね?―
――おい馬鹿やめろ、と俺の理性は拒否するが、一度目覚めてしまった俺の妄想力は止まらない。
―アンジェラの片目に取り憑いたら、碧眼目玉な父親? 洋風? ぶははは意味ねぇ!! 金髪碧眼のイケメンはモテモテでも、碧眼に手足ついたってモテねぇんだよ!! ――ああやめろ!! 鮮明にイメージするな!! 前後左右3D並みに克明にデザインするな!! 違う!! それじゃない!! それじゃ――いぎゃああああああああああああああああああああ!!!!―
――こうして俺は、目玉の男児(碧眼)になった。
ちょっとキラキラしているのは、勿論アンジェラの眼球がモデルだからだ。
―……顔が眼球? ……もう少し普通の姿はなかったのか?―
―どうしてこうなった!! 色々あったのになんでこうなった!! キャラデザのやり直しを要求する!!―
生み出したセーレの微妙な顔は忘れられない。
― 一度定着させてしまった以上、その身体はもうお前のものだ―
―そんなぁああ……―
―泣くな。というか泣けるんだな……とにかくそう落ち込むな。身体に魔力が満ちれば、ある程度の変異は聞く。……もしそうなれば―――
―人間の姿になれるのか?!!―
―二倍くらいは大きくなれる―
―意味ねぇ!!―
―角やシッポも生やせるだろう―
―不気味になるだけじゃねぇかぁああああ!!―
こうして俺は、人間→天使→目玉という謎の転身を遂げたのだった。
ちなみに、しばらくは落ち込んでいたが、今は割と慣れた。この世界は人外生物で満ち溢れていて、俺みたいな存在も珍しくはなかったからだ。小さい頃ちょっとやってみたかった、茶碗風呂とかできたし。
「――でもとにかく君のおかげで、アンジェラは大きな間違いを犯さずに済んだわけだよね」
そんな俺を、ユイはふわりと笑って人差し指で撫でる。
「ありがとうね、目玉ちゃん」
……よせよ、照れるじゃねえか。くそう、このゲームのキャラデザはやっぱり秀逸だったぜ。
ユイ・フウマは勿論、『貴方の天使でいさせて ~幸せになってください~』――通称『あなてん』における主人公アンジェラの親友ポジションだった少女だ。
異世界忍者がコンセプトの、アンジェラとは全く違う快活そうなボーイッシュデザインで、その少年のような姿に『これはまさか百合ルートあるのか?!』と発売前は騒がれていたが、ゲーム内では年上の許婚との関係に悩む、割と女の子らしいキャラだった。
先程ユイが語った『学園祭魔物襲撃事件』は、ゲーム内の『親友』イベントとして存在している。
アンジェラは学園祭を一緒に回った攻略キャラと、ユイの許婚トウガの三人で魔物を撃破してユイを救い出す。その結果ユイは許婚と仲直りし、アンジェラも学園祭を一緒に回った攻略キャラと大きく好感度を上げるという、言わばwinwinイベントだった。
なお、その時のみのスポット参戦であるユイの許婚トウガは、能力的にはユイの上位互換の強キャラであり、更にキャラデザインも攻略キャラとは雰囲気の違う和風美形だったため、『一度と言わず最終戦まで協力して欲しい』『むしろユイの変わりに欲しい』『攻略したい』――とアンケートでユーザーから大好評を得ていたそうだ。
その期待に応えてか、ファンディスクではトウガとユイの新婚甘々ショートストーリーが収録されている。親友の許婚略奪ルートは勿論存在しない。『トウガはユイ一筋ですから』、とはプロデューサーのインタビュー発言だ。
……あの年齢差で、いつから愛していたんだろうな? 場合によっては犯罪だぜイケメン忍者トウガさんよ。
「ただいま、ユイ」
「あっ、お帰りなさいトウガっ」
そんな甘々夫婦のお宅――つまりフウマ一族の総領屋敷に俺は今お邪魔している。
日本家屋懐かしい。緑茶うめぇまんじゅううめぇ。
「おや、目玉さんだけですか? セーレ様とアンジェラ様はどちらに?」
「セーレとアンジェラはね、庭から山道を散歩中」
勿論アンジェラとセーレのおまけだ。……仲直りの報告に訪ねてきた二人を、ユイは大喜びで迎え入れ、親友との再会に涙を流して喜んだ。
「……あっ、ほら帰って来たっ」
「ああ、本当だ」
ユイが視線を向けた先をセーレとアンジェラが連れ立って歩いていた。
時折木々に視線をやりながら微笑み合う二人は、誰が見たって仲睦まじくて幸せそうだ。
「……嫌か?」
それを見つめているユイに、ちょっと意地悪して俺は聞いてみる。
ユイはアンジェラが好きだったからこそ、色々アレなセーレが苦手だった子だ。
アンジェラが今幸せなのは見ていて判っていても、複雑な気持ちは少しは残っているだろう。
「……嫌だよ。……なんで僕の親友が、あんな男と」
俺の問いに少々ふくれてそう応えたユイは、だがやがて小さな笑い声を漏らして言葉を続ける。
「……だからセーレの野郎がアンジェラを泣かせたら……またアンジェラに、大真面目に聞いてあげるんだ。――あいつでいいの? って」
……なるほどな。流石は親友。
「おーいっ、アンジェラっ、セーレっ、僕の旦那様が帰ってきたのっ。お茶にしようよ~っ」
そして明るく声を上げ手を振るユイに気付いたアンジェラとセーレは、それに応えてやはり明るい表情で、手を振り返したのだった。
めでたしめでたし。
……かな? ……でも俺、いつまでこの姿なんだろう?
目玉の男児の苦労は続く