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九話


 しばらく日常が続きます。


 大きな屋敷に次々と荷物が運ばれていく。運んでいる者達は雇われた者達であろう。私語は全く話さずに、黙々と自分達の仕事をこなしている。


 門から潜り庭先を通り、ようやく玄関に辿り着く。その距離はかなりのもので、運ぶ人間も一苦労と言うほどの長さである。

 

 道の真ん中には大きな木が生えており、少しばかり休憩が取れるスペースが出来ている。庭先は道の左手には様々な花が咲き誇っており、春を彩っている。右手には綺麗に整備された芝生が広がり、運動するには充分すぎるほどの広さだ。


 玄関に辿り着くと必要以上に大きな門がその姿を主張しており、思わず見上げてしまうほどである。綺麗な白い石造りで出来たこの建物の持ち主はジーナ・ドローニンその人である。

 正確には彼女の父親のものであるが、現在のこの屋敷の最高権力者と言う意味合いにおいては彼女であろう。


 彼女の父親は自分の領地の経営に忙しく、滅多な事ではこの屋敷に来る事はない。 

 王宮に呼ばれたときなどにごくたまに利用するだけの建物である。

 

 この春に彼の娘であるジーナが士官学校へと通う事になった際にようやく活用できたと言うわけである。

 聞く人が聞けば何という無駄な金のかけ方だとぼやくであろう。


「何つー無駄な金のかけ方をしているんだよ」

 

 灰褐色の髪の色をした少年が思ったことをそのまま口にする。

 現在彼らは引越しをしている最中と言うわけだ。

 といっても先に述べたように荷物の運びなど雇い入れた人達がやっているので、彼らの出番はあまりない。ただ見ているだけである。


「どう? この屋敷は? 貴方達あまりこういうのに縁がないでしょう? この屋敷に住める事を有難く思いなさい」

 ふふんと鼻を鳴らして得意満面な表情をしているのはこの屋敷の最高権力者であるジーナだ。

 胸を張ってマルクにどうだといわんばかりに屋敷を自慢している。


「いやあ、まあなんつーかでかいよな……」

 それを聞いてジーナはさらに笑みを深めていく。

 ようやく私の凄さを認めたかと嬉しくなったのだ。


 マルクはいろんな意味で呆れ半分、感心半分と言うところなのでその辺は微妙である。さらに言えば別にジーナの凄さを認めているわけではなく、屋敷についての感想を述べただけであるのだが、ジーナはそれには気付かないのか気付いていない振りをしているのか、とにかく満足そうである。


「そうよ、大きいでしょ? この大きさは普通の貴族には持てないんだから」

「まあ、屋敷は大きいんだがな……うんうん、そういう態度を取っていると、やはり悲しくなる自慢をしているようで思わず同情してしまうのだが?」


「は? なにを言っているのよ」


「そんなに胸を張って大きい大きいって自慢しなくても良いんじゃないかなと思ってな……言うほどでかくもないし他人に聞かれたら勘違いされるぞ」

「誰が胸の話をしているのよ!」

 思わず拳を繰り出してしまうジーナだが、ひょいとかわされてしまう。

 胸のことに関しては少々ナーバスになっているようだ。


「かわすな! 当たれ!」

「無茶言うな。痛いのは嫌いだ。大体公爵家のお嬢様がそんなはしたない真似をしても良いのか?」

「あんたは特別よ! 良いから当たれ!」


 心なしか言葉遣いも悪くなっている。

 この場合の特別は果たして喜ぶべき事なのか、悲しむべき事なのか心の中で苦笑しながら少女の繰り出す攻撃をかわしていく、マルク。

 傍からみていると、とてもほほえましくなる光景でもあるが、ジーナは本気で拳を繰り出してはかわされて余計にイライラしているようだ。


「しかしほんとに大きな屋敷ですね。リーリヤ様達が来るまでほとんど活用されていなかったのでしょう?」

 

 レオニードが隣にいる黒髪の少女に問いかける。


「まあ、確かにな……以前はそれほど活用されてはいなかったがジーナと私が士官学校に通う事になり色々と手が入ってな庭先も綺麗に整備されたのだよ」


「ずいぶんと昔からジーナ様に仕えているようですね」

 ふと疑問に思った事を口にするレオニードだが、少々踏み込みすぎたか? 少しばかり後悔する。

 とはいえ一度口にした事をなかった事に出来るわけでもなく、精々「聞かなかった事にしてくれ」と言うくらいしか出来ないのだが、リーリヤは特に気にしている様子はない。


「まあな、物心がつくかつかないくらいから一緒にいたのでな、それに仕えているという感覚は余りないかな。幼馴染というよりは姉妹といったほうが近いかもしれない」

「姉妹ですか……」


「当主様から聞いた話によると、私の両親は不慮の事故で亡くなったそうだ。子爵はその時についだ称号だ。といっても今はただの名ばかりの称号ではあるがな。私の両親と公爵様は友人同士だったらしくてな。それでこの家で引き取る事になったみたいだ。当主様は私の事をジーナと同等にかわいがってくれてな。もう一人の大事な娘とまで言ってくれたよ。感謝してもしきれんな」

 

 それでレオニードはようやく合点が行った。

 なぜ、恐らくは侍女と言うかそのような立場の者が親しいとはいえ、ジーナに対して敬語すら使わずあのような態度で接してきていたのか。

 身分差はあるとはいえ、彼女達は本当に仲良くやってきており、ドローニン公爵もそれを受け入れてきたのだろう。


 人柄としては良く出来た人物である事がしっかりと見て取れる。

 他人の子を自分の子と同等に扱う。これだけでも中々出来ることではないのに、それをしてのける。

 ましてや公爵家と子爵家だ。普通はやはり召使いなり何なりと利用してもおかしくはない。


 それを学校にまで通わせるほどの溺愛振りである。

 よほど大切にされてきたのだろう。


 しかし、不用意に相手の過去を聞いてしまったという事はレオニードにとっては恥ずべき事である。

 ましてや相手は立派な女性だ。


「余計な事を聞いてしまいましたね。申し訳ありません」

 素直に謝罪する。

 そんなレオニードの態度にクスクスと手を当てて笑うリーリヤ。


「いずれ聞かれることになるだろうし、それほど大した事でもないと思うのだがな……それに君達は雇われの護衛とはいえ年上だろ? 以前にも言ったと思うがあまりかしこまられるとこっちが恐縮してしまう。レオンはもう少しあの二人を見習うべきだな」


 そう言って視線を向けると、いつの間にか良いポジションを見つけてすやすやと寝転んでいるアラムと、ジーナと戯れているマルクが目に入った。

 そんな二人を見て、黒髪の少女と金髪の少年は苦笑を漏らす。



 あらかたの荷物の運び入れが終わり、次は部屋割りである。

 4階建てのこの家には部屋が有り余っているほどである。

 と言っても、この屋敷で働いている侍女や執事、さらには元々この屋敷にいる護衛などが住み込みで働いているので、そこまで余っているかと問われると必ずしもそうではないが、それでも新たに住む三人の部屋の用意をする事など簡単なことである。



「そうねえ、貴方達の部屋は一階よ。この屋敷に住めるだけでも有難いんだからそれ以上贅沢は言わないでね」

 この屋敷においての一階とは侍女や執事などが住むための部屋などが用意されているための階であり、ジーナは暗に貴方達は召使同然なんだからと示しているのだ。


「ジーナいくらなんでもそれは、ひどすぎだろ? すでに我々の命を救ってくれた恩人に対してそのような礼を逸した態度を取るなど。当主様が聞いたら何と言われるか」

 その不文律を把握しているリーリヤがジーナをたしなめるが、ジーナが何かを言う前にアラムが欠伸をしながら移動を開始する。


「別にかまわないっすよ。寝床があって屋根がありゃ万々歳っす」

 そういってスタスタと屋敷へと向かう。


「まあ、確かに嬢ちゃんの言う通りだな。衣住食ただになるなら文句はねえよ」

 マルクも特に気にしている様子はないようだ。


「贅沢はいえませんからね」

 全く不満がなさそうなレオニード。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 貴方達! いいの? 召使と一緒のレベルの部屋で満足するの? わ、私だって鬼じゃないのよ。その……どうしても別の部屋にして欲しいって頼めば、そりゃあねリーリヤの言うとおり助けてもらったんだから考えないでもないのよ?」

 

 リーリヤはこの発言に苦笑してしまい顔に出る。

 ジーナのやりたかった事を一瞬にして把握したからだ。


 ジーナはこの三人と縁を持つようになってから、ずっとペースを狂わされてきたのだ。

 なんとかして見返してやりたい。あるいは主導権を持ちたいとずっと思ってきた所に、屋敷への引越しである。

 この屋敷の最高権力者として、今度こそやりこめる。

 最初に厳しい事をいって、相手が泣きついてくると言う未来を想像し、頃合を見計らって「そんなに頼むなら仕方ないから良い部屋を用意してあげるわ」などと言ってやり込めたかったと言うわけだったのだが、生憎とこの三人はそういうものに特に執着していなかったようで、当てが外れたと言うところなのだろう。


 引越しが決まってから、ジーナが屋敷の地図を見ながら何かを考えていた姿をリーリヤはふと思い出していたのだ。

 

 何をしているのだ? と軽く声をかけた時は思わず慌てたような何かをごまかすような感じではあったがリーリヤは特に追求しなかった。

 おそらく今日のために色々と準備を彼女なりに整えていたのだろう。


 ああ、そういえばプライドは高くて扱いにくいがこういう子だったな。

 そう思い助け舟を出す事にした。


「ヴァフルコフ公の関係者に対してそのような扱いをしてると知られると我々の立場がなくなるのだがな? それにお前達とてそのような噂を立てられて痛くもない腹を突かれるのはごめんだろ? ここは一つ考えてもらいたいのだがな?」

 自分の意図を一番正確にわかってもらえそうなレオンに片目を瞑って合図のようなものを送る。

 心の中ではうまく言って欲しいと願うリーリヤ。と同時にやはり甘いなと苦笑する。


「……そう言われればそうですね……エフィム様の顔に泥を塗るわけにも行かないですからね。ジーナ様そのような部屋ですと対外的に我々としても色々とまずいので、それなりの部屋を用意してもらいたいのですが? もし今までの無礼を詫びろと言うならこの場で謝罪させていただきますので、ここは一つご考慮していただけれと思います」


 そういって教科書に載っても良いと思えるほど綺麗に一礼をして、部屋の割り振りに対しての要求を願い出る。

 さすがにここまで完璧にされてしまうとジーナとしても言葉を無くすのだが、彼女の本命はアラムとマルクが頭を下げてくるというのが狙いであったので、やはり不満顔である。


「さすがレオニードね。礼儀を良くわきまえていてとても気持ちが良いわ。いいの? 貴方達のお友達がこう言っているわよ? あ、貴方達も彼を見習うべきじゃない?」

 

 少しばかりどもりながらも、それでも当初の目的を果たそうとするジーナ。

 性格ゆえか、それともただ単に引っ込みがつかなくなってしまっただけなのか、リーリヤは呆れ顔である。


 友人の行動を見ていた二人はお互い顔を見合わせて肩をすくめるが、レオニードだけにこういうことをさせるわけには行かず、仕方なく彼に習う。


「そうっすね。さすがにそういった扱いをされると困るっす。お姫様の優しさにすがるっすよ」

「まあ、確かに色々と無礼な振る舞いをしたといえば心当たりはいくつもあるしな。今後出来る限り気をつけるよ」

 二人もようやくレオニードとリーリヤの意図を察知したのか取りあえずは言葉だけでもと謝罪するが、はっきり言えば棒読みに近い。

 

 それでも、ようやく自分の思い通りに事が進み始めたことに笑みを見せる……というよりはどこかホッとしているジーナ。

 さらに意外なほど素直に謝罪をした二人に思わず驚く。もう少しだけ一悶着があると心のどこかで思っていたのだ。


「そ、そう。そうよ普段からそうやって素直になっていれば私だって鬼じゃないし、その……色々考えていたんだから……」

 最後はゴニョゴニョと聞き取りづらく、三人の耳には入らなかった。

 

 そうしてようやく屋敷の中へと移動する。

 玄関を潜ると目に入るのは広々とした大ホールである。この辺の作りは大貴族の屋敷であれば何処も一緒なのでそれほど驚く事はない。

 彼らとて何度もエフィムの屋敷へと足を運んでいるのだ。


 そして、その先にはもう一つ大きな扉があり、その左右には階段が設置されて二回へと続いている。


「あの奥はもしかしたら貴方達が住むことになったかも知れない部屋へと続いているわ。感謝しなさいよね」

 得意げに屋敷の内部を自慢しつつ案内するジーナ。

 つまりあの奥の扉は召使などが住む部屋が多くあると言っているのだ。


「いやーほんと助かったっすよ。お姫様が優しくてとても嬉しいっす」

 眠たげな声と眠たげな目。驚きのかけらもない態度と分かるが、演技でも良いので、もう少し驚いて今日だけはジーナを満足させて欲しいとリーリヤは密かに願う。


 ジーナがこうやって客人を呼ぶのはいつ以来だろう。

 この気難しい彼女は貴族の催し物が開かれたとしても、いつも隅っこで自分にくっついて他の貴族の子息と話そうともしなかった。

 ごくたまに同年代の息子や、少し年上の娘などが話しかけては来たが、それこそ教科書どおりの礼儀を守った挨拶程度しかせずにそれ以上仲良くしようとはしなかったのだ。


 貴族の教育など受けているので、あからさまに失礼な態度を取り相手の機嫌を損ねるような真似だけはしなかったが、この年代で自分しか友達がいないという事に少しばかり危惧を覚えていたのだ。


 成り行きとはいえ自分達と同年代の少年達と一緒に住む事となるというのは、ジーナにとって決して悪い事ではない。

 またジーナ自身気付いてはいないだろうが、この三人に対して心を開きかけてきているふしも見受けられる。

 なんとかうまくやっていきたいとリーリヤは思った。


 それぞれの部屋に自ら案内するジーナ。

 本来であればこういう役目は侍女、または執事の役目である。

 それをこの屋敷の最高権力者が自ら案内すると言うのはジーナの心情を表しているといっても良い。

 彼女自身はまだ認めていない、あるいは気付いていないのかも知れないが、レオニードはもとより残り二人の少年に対しても実はそれほど嫌な感情は抱いてはいない。

 生来の性格ゆえか、中々素直になることが出来ずきつく当たってはいるが、やはり以前と比べるとよほど心を開いているのだ。


 それが先日、命を助けられたことに起因しているかどうか定かではないがきっかけの一つになっているのかも知れない。


 最後に案内したのはマルクの部屋だ。

 それぞれの部屋は四階にあり、アラムとマルクは上り下りがめんどいなあと、実は心の中でぼやいていたが、さすがに口にはしなかった。

 今、自分達を案内しているお嬢様がとても上機嫌なので、さすがに水を差す真似はしなかったのだ。

 そうして案内された部屋にようやく辿り着くマルク。


 扉を開けると、綺麗に日の光が注いでおり、値段の高そうな絨毯が部屋一杯に広がっている。

 壁に飾られている絵画はそれ以上の値段でもしたんじゃねえか? と思わず思ってしまいそうな高級な額縁に入って飾られており、ベッドは人一人寝るのには広すぎるくらいの大きさだ。


 ソファーも座ってみるとそのまま吸い込まれそうな柔らかな感触である。


 アラムやレオニードの部屋とほとんど同じなので、驚きとしては最初ほどないものの、これだけの部屋に住むと言うのは、エフィムの屋敷である程度の期間世話になった時くらいだ。

 いやあの時よりも若干贅を凝らしているかも知れない。

 思わず懐かしかった時を思い出すマルク。

 


「ど、どう? 凄いでしょ? 絨毯なんてわざわざサザーランド諸島から取り寄せた一品物なのよ。そそれにソファーに使われている素材は、レッドフォックスの毛皮とフェザービーストの羽で出来ているんだから」

 絨毯に関してはわからないが、ソファーに使われている原材料の元となった魔獣はどちらも強力な魔獣で倒すのには一苦労させられる魔獣であり、金を出せば簡単に手に入ると言う代物ではない。


 ちなみに三回目の説明である。

 レオニードは感謝の微笑を彼女に向け「ありがとうございます」と言って、その微笑につい少しばかり赤面してしまった。


 アラムは「ほんと凄いっす。さすがっす。疲れたから寝るっす」といってベッドに倒れこみそのまま横になった。当然、ジーナとしては「もう少し驚けっ」と言いたかったに違いないが、諦めた。


 そしてマルクはと言うと……。


「いやいや本当驚いたわ。エフィム様のとこでも中々見れる代物じゃねえな」

 と素直に賞賛して、ジーナの心を満足させる。


「凄いでしょ? 当然よ。私が直接手配……なんでもないわよ」

 途中で言葉が小さくなる。


「壁の作りも凝ってるなあ……屋敷はでかいし、壁も堅そうだし」

「そうよ。大きくて堅いのよ」

「ここに来るまでに見かけた柱は太かったしな」

「ええ、大きいし太いし堅いのよ」

「大きくて太くて堅いのが好きなわけだ」

「そうね、大きくて堅くて太いのが好きなのよ……何言わせんのよーーーー!」

 

 ジーナの叫び声が屋敷を駆け巡る。

 性的な知識はさすがにある程度持ち合わせていたようだ。


 リーリヤは呆れ半分、苦笑半分といったところで二人のやり取りを微笑ましく見ていた。



               

               ───────────────


 

 とある屋敷で食卓を囲む二人の人物が会話をしている。

 一人は年配、もう一人は少年と言う組み合わせだ。

 大きな長方形のテーブルを縦にして置いた状態でそれぞれが端に座ってナイフやらフォークやらを動かし口元へと食事を運んでいる。


 少年のほうは青い髪をして、少しばかり幼さを残していると言って言い顔立ちの可愛らしい少年でもある。


「お前とこうして食事を取るのは久しぶりだな」

 年配の人物が少年に話しかける。


「父上はお忙しいお人ですから、仕方ありません。それに僕ももう子供ではありませんよ。親がいなくて寂しいなどと言ったりはしませんから」

「そうか、時に学校の様子はどうだ? ヤルミル」

 

 ピクリと食事をしていた手を止めるヤルミル。

 少しばかり思考して動きを思わず止めてしまったのだ。


「問題ありません。将来的には僕の取り巻きとなるような人物をしっかりと味方につけましたし順調です」

「そうだな学生時代の人間関係が将来的にものを言うこともある。お前もそういう事をおぼえる歳になったか」

 うんうんと息子の成長具合を嬉しく思い喜ぶヤルミルの父。


「時にお前のと同じ学年にドローニン公のご令嬢が通っていると聞く。そちらのほうはうまく近づけたのか?」

 ヤルミルは黙々と食事に手をつけているが、無意識の行動である。

 食事の内容よりも、相手の言葉の内容に思考を奪われていた。


「ドローニン公はそれほど目立つ人物ではないが、皇帝陛下からの信頼は厚く、領地に関しても無難に面倒を見ている。かの公爵家とのつながりを持つのは我が伯爵家にとって決して悪い話ではない。かの令嬢に縁談の話が持ち上がっては厄介な事になる。その前にしっかりとお前の物にしておけよ?」

 

 この言い方から分かるように、彼は公爵家と繋がりを持つ事を重要としているのであって、息子の感情は二の次でもある。

 またジーナの事を物扱いしている時点で他人がこの言葉を聞けば人間性を疑う人も出てくるかも知れない。


「その辺も心配知りませんよ。彼女はすでに僕に惚れていますからね」

 カチャカチャとナイフとフォークを動かし音を鳴らしながら食事を勧めるヤルミル。


「お前も平民相手にずいぶんと無茶なことやらかしてきたが、さすがに公爵家相手では正攻法を選んだと言うわけか」

 ニヤニヤといやらしい笑みを隠そうともせずに息子に向ける。


「妊娠さえさせてしまえば後は何とでも言いくるめてやる。ドローニン公はそれほど切れ者と言うわけでもない言ってしまえば無害な人物だ。手玉に取るなどわけもない」


「それでも相手は公爵家のご令嬢です。慎重に事を運ばせていただきますよ。父上も女遊びは控えて下さいね」

 この親にしてこの子ありというべきか……。


「それと父上、一つばかりお願いが」

 唐突にヤルミルが言い出す。


「なんだ? 小遣いなら充分やっていると思うがな?」

「いえ、そうではなくて何人か雇いたい者がいるのです。家の護衛を使って足がつくとまずいので、それとは別に人手を短期間雇いたいのですよ」


「また平民の娘を攫ってくる気か? お前の罪状をごまかすのは中々骨が折れるのだがな?」

「いえ、今度は平民ではありませんが……少しばかり懲らしめたい娘がいるのですよ」

「まあいいだろう。あまり無茶なことはするなよ?」

 

 ヤルミルは自分のやろうとしている未来の絵図に思わず口元を釣り上げた。



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