七話
昼の休みが終わり、ジーナ達のクラスは外の広々としたグランドに足を伸ばしている。
午後からは魔法の授業と言うことで集められたのだ。
すでに基礎は終えており、今まではそのおさらいの座学ということもあり、皆余りやる気がなかったのだが、ようやく魔法が使えると言う事で生き生きとしている。
天気は雲ひとつない晴天で、心地よく風が春の香りを運んでおり、とても気持ちが良い。
集められた生徒達は、そのグラウンドの一箇所に固まっており、その風と春の暖かさを体一杯に感じている。
「この中には魔法の素養があっても不得意とする生徒もいるでしょうが、余り気にすることはありません。それぞれに得て不得手というものがあり、特に魔法の分野は未だ未知の分野の一つです。昨日出来なかった事がいつの間にか明日出来るようになっている。10年間必死で修行しても成果を見せなかった魔法が忘れた頃に出来るようになっている。そういうものだと思ってください。皆様はここに来る前にそれぞれの家で、恐らく自分で色々と試されていると思います。自分の属性を伸ばしていってください。こちらからは特にああしろこうしろとはいいません。ただし決して人に対して魔法をはなってはなりませんよ?」
教師が集められた生徒に向かって授業の進め方と共に注意を動かす。
魔法の授業に関しては座学や剣技とは違い、生徒一人一人の個性が出てくるのだ。
その一人一人に合わせて授業を進めるというのは大変な作業となってくる。また、水の属性をもつ教師が、炎の属性を持つ生徒にアドバイスといっても早々に出来るはずがない。
出来ることと言えば、魔素の感じ取り方など基本的なことだけだ。
ゆえに少し言葉は悪いが、放置授業となる。
教師の役目は生徒達が遊び半分で魔法をぶつけ合ったりしないように見張るだけである。
そうしてそれぞれ生徒達がお互い安全な距離をとり、自分達の魔法を放っていく。
「それで……なんで俺達が呼び出されたんですか? オーシブ先生?」
呆れた声を出しながら教師を睨みつけるマルク。
マルクがいると言うことは当然……。
「こら、そこ! もっと距離をとらなければ危ないだろう! 怪我をしたらどうする!」
張り切って声を出している人物の名は言わなくても分かるだろう。
これ幸いにと教師の目を盗んで仰向けになっている茶色の髪を持った少年もいる。
「まあそういうな。教師も人手不足なんだ。お前達が見ていてくれれば俺達もそれだけ楽が出来ると言うものだよ」
豪快に笑いながらマルクの背中を叩くオーシブ。
「げほっ! げほっ! 力入れすぎだろうが! もう少し手加減しやがれ!」
「はは、すまんな! まあでもそう不機嫌な顔をするな。冗談はさておき一年の監督を任せられると言うことは将来的にも損にはならん」
「先日、実地訓練の監督生として指名されたばかりなんですけどねえ……おかしいですね。この学校の慣例だと監督生は何人かの優秀な生徒での持ち回りと決められていると思ったのですが? 先日に続いて今日もだなんていくらなんでも早すぎません?」
すこしばかり目をそらすオーシブ。
なにかしら言いづらい事があるのか、それとも後ろめたいことがあるのか。
「俺もさすがに不思議に思ったのだがな……学長からお前達三人に出来るだけ監督生を努めてもらうようにって通達があってな……」
「なんだよそりゃ……大体俺達自身の授業はどうなるんです?」
「いいじゃねえか、こうやって面倒見ているだけで良い成績がある程度保障されるんだからよ。大体お前は実技以外寝てるじゃねえか。お前達のクラスは午後からは政治学と歴史学だ。そんなに受けたいならお前だけでも戻してもいいぞ?」
それはマルクにとっては苦痛以外何者でもない。
この教師の言葉は脅迫にしか聞こえなかった。
「い、いやあ、そうだよな。やっぱ後輩を導くのは先輩の役目だよな! よーし張り切っちゃうぞー」
そう言って逃げるようにその場から放れた。
「学長もようわからんな……あいつら三人揃って魔法は苦手なはずなのに、何でわざわざ監督生としてこの授業に指名するように言ってきたんだ?」
オーシブの疑問は晴天の空へと消えていった。
「ふふん。やっと私の力を見せ付けるときが来たわね」
「んな、ない胸を張ってわざわざアピールせんでもよかろう」
マルクとジーナの会話である。
得意満面な笑みを誇るジーナに対して、いつものごとく余りやる気のないマルク。
レオニードはあちこちの一年生の面倒を張り切って見ており、アラムはいつの間にか姿を消してどこかで寝ている。
それがばれないと言うのはある意味凄いことだが、マルクにとっては迷惑極まりない。
よってこのお嬢様の相手をしていると言うわけである。
「だ、誰が小さい胸ですって! これでも同年代の方に比べると成長しているほうなのよ!」
「ほう? どれどれ?」
「ジロジロ見るな! 変態! スケベ!」
「んじゃあ確認のしようがないな。んな悲しくなる自慢をしている暇があったらさっさとその力を見せろよ」
あーもうこの男は! 心の中で悪態をつきつつも力を集中させていくジーナ。
彼女の前で魔方陣が浮かび上がり、そこから氷の槍が射出された。
そしてその氷の槍は見事なスピードで飛んでいった。
まともに受け止めれば人一人は串刺しになるほどの威力である。
この歳でこれだけの魔素を練り、操るのはかなり優秀な部類に入るだろう。
とはいえ、学生レベルであることには変わりはない。
ベテランになれば地を凍りつかせ、辺り一帯を冬景色に変えることも出来るし、操る氷の槍ももっと多くなるだろう。
ついでに言えば、ただ飛ばすだけではなく自由に操ることも可能だ。
それを現段階でこの少女に求めるのは酷な話であるし、わざわざ口にする必要もない。
「おーたいしたもんだ。ちゃんと魔素を練れているみたいだし、狙った方向にしっかりと飛ばしているし、これは少々意外だな」
パチパチパチと手を叩いて拍手するマルク。
彼なりに賞賛を贈っているのだ。
「意外とは何よ。意外とは」
賞賛を贈られているものの、言い方が気に入らなかったのか言葉尻を捉え、不機嫌な顔になる。
「いやいや口だけのお嬢ちゃんじゃなかったんだなあと、少しばかり評価を改めただけだ」
「ふ、ふん今頃気付くなんて遅いわよ。私は」
「由緒ある公爵家の家柄出身なのはもう分かったから」
言いたい事を先に言われて言葉を無くすジーナ。
どうにも自分のペースに持ち込めない。
彼女の予想としては、自分の力を見せつけ、マルク、もしくはアラムが「今まで馬鹿にしてごめんなさい」と謝ってくると言う未来を想像していたのだが、思ったよりも反応が薄く肩透かしを食らっている。
二年、三年の中にも魔法が苦手な先輩達は数多くいる。
それに比べると、ジーナの魔法はまず優秀と言って良いレベルなのだ。
そしてそれはジーナにとっても家柄意外にも自慢できることの一つとなっている。
「うー」
事がうまくいかず地団駄を踏むジーナ。
「なんだよ? 素直に褒めたつもりなんだがな? いやほんとに、二年、三年の中でもああも綺麗に魔素を練ることのできるやつはそうはいないぞ?」
ポンポンと頭を撫でる。
「こ、子供扱いはやめて! もうアラムといい、あんたといい、調子が狂うわね全く……」
やはり自分のペースに持ち込めない。
とはいえ不快な気分になるかと問われれば、以前に比べるとそれほど不快ではなく、むしろ当たり前のような感覚となっている。
それを本人が自覚しているかどうかは別である。
「いやあ、ほんと素晴らしい出来栄えですよ。さすがはジーナ様ですね」
そこへ青い髪をした少年が、微笑と共に近づいてきた。
貴族の礼式にのっとり優雅に一礼をして、ジーナに挨拶をする。
マルクをチラリと見る目には侮蔑の色が現れていたがその光はすぐに消え、先輩であるマルクにも同じように挨拶をする。
ジーナの前では出来るだけ良い印象を与えたいと言うところなのだろう。
貴族教育の賜物なのか、こうして挨拶をされたからには、ある程度の礼儀を持って対応しなければならない。例え自分の親友に侮蔑の言葉を吐いた人間が相手でもだ。
ましてや相手は伯爵家のご子息である。
自分の父と何かしらの縁がある相手である可能性も視野に入れなければならない。
下手に対応して父の立場が悪くなってしまうのはジーナの望むところではないのだ。
「お褒め頂いて何よりね。でも魔法と言うことに関しては貴方の方が優れているようにも思えるわ」
先日の件で魔導ゴーレムに三つの岩の塊をぶつけたことをジーナはまだ覚えている。ジーナは氷の槍一本を出すのが現状では限界だが、ヤルミルは三つの物質を同時に操ったのだ。
ゆえに魔法の力は彼が上だと素直に認めた。
これがマルク達であれば、「納得いかない!」などと憎まれ口を叩いたかも知れないが、相手が相手だけにそのような口を叩くわけにも行かない。
とはいえ嫌いな事には全く変わりないのだ。ジーナにとってリーリヤを馬鹿にされるという事はそれだけの出来事だったのだ。
「いえいえ、ジーナ様にそう言われると恐縮してしまいますね。では、その僕がよろしければ貴方のご指導をしようかと思いますがいかがですか?」
「あら、それは大変ありがたいことだけど、貴方も自分の授業があるでしょ? 私のために時間をとらせるのはさすがに気が引けるわ。指導なら二年の先輩がついておりますから結構よ」
微笑を維持したまま、優雅にそれでもきっぱりと断るジーナ。
たいした狸だなこのお嬢は、とマルクは心の内でさらに評価を改める。
ヤルミルのほうもそれで引き下がるほど繊細ではない。
どうにかして公爵家のご令嬢と仲良くなりたいのだ。
チラリと目線をマルクにやる。
「ライン平原で余計な横槍を入れて僕達の命を危険に晒した先輩がジーナ様を指導するだなんて、少々危険な気がするのですが? ええと? 確かマルク先輩でしたよね。二年生や三年生の中にも魔法をろくに使えない者がいると聞きます。貴方は監督生になるくらいなのですから相当優秀な方なのでしょうね。よろしければ貴方の魔法を見本として見せてもらいたいのですが?」
悪意のある笑みをジーナには見えないようにマルクに見せ、さらには事実を捏造して先日の件はお前達のせいだといわんばかりに、弾劾して挑発するヤルミル。
ジーナもこれに対しては口を挟まなかった。
先日の件の捏造に関してはともかく、魔導ゴーレムを相手に命を拾った三人の力が以前から気になってはいたのだ。
ジーナ自身もそれまで魔導ゴーレムの存在など、全く気にしておらず、あれから学校の図書館でリーリヤと共に調べたのだ。
そしてそこに書かれていた内容を詳しく知り、魔導ゴーレムの恐ろしさをようやく実感したと言うわけだ。
魔導ゴーレムには様々な種類があり、それによって特性も違ってくるのだが、共通して書かれていることがいくつかあった。
もし見かけた場合は速やかに逃げろ、そして役人に報告しろ。一個中隊を持ってしても倒せる相手かわからない。遺跡などでしか見かけない。と書かれていたのだ。
最後の部分はともかく、それほどの強さを持った魔導ゴーレムを相手にどうやって生き残ったのか、三人に聞いても煮え切らない答えではぐらかされてばかりで、余計気になっていたのだ。
ゆえにヤルミルのこの提案はジーナにとってはある意味渡り舟ともいえる提案である。
「あのなクソガキ。手本も何も俺とお前達じゃ属性が違うんだ。俺がここで一発放ったとしても、んなもん何の参考にもならん。馬鹿な事言ってねえで自分の事に集中しろ」
これはある意味逃げ口上だ。
彼の……いやマルクを含めた三人の少年の魔法はあまり他人の目に晒すのはよろしくない魔法である。
あれを、魔法と分類して良いものかどうか、わずかに自問自答しつつ、心の内で苦笑するマルク。
ゆえに魔法学においては、総合成績一位のレオニードですら、他の人間に一歩も二歩も譲っていると言うのが現状である。
しかし、その程度の言葉で諦めるヤルミルではなくさらにに挑発を続ける。
「どうやら自信がないようなのですね。これではヴァフルコフ公爵様の顔にも泥を塗りかねないのではないですか? あのヴァフルコフ公爵様の関係者が魔法一つろくに扱えないなど良い笑いものになりますよ?」
「エフィム様はその程度の事を気にするような器の小さい方じゃないんでな。助かっているよ。それよりもお前ちゃんと下着を履き替えているのか? またお漏らしなんてことになったら目も当てられないぞ」
相手の挑発に乗らず、さらに毒舌で返すマルク。
「お漏らしとはどういう意味でしょうか? うまく把握できないのですが? もう少し言葉を正しく使って欲しいものですね」
笑みは浮かべているが目は笑ってはいない。
しかし、冷静ではないようだ。
話題をそらされたことに全く気づいていないのがその証拠である。
「いやなに、先日お前の襟首を掴んだ時に下半身が濡れていたのが気になってな。ちゃんとあのあと風呂に入ったのか?」
かっと頭に血が上る。
そのような話は事実無根であるのだ。
確かにあの時自分は立ちすくんでしまった。外に向かって事実を捻じ曲げ吹聴しているがそれは認める。あるいは認めつつも認めたくないと言うプライドが事実を捻じ曲げると言う事柄になったのかも知れないが、それは仕方ない。
しかし失禁したなどと、これは根も葉もない事柄だ。
そのような嘘を、よりにもよってジーナの前で言われると言う事はヤルミルにとっては許しがたい屈辱である。
しかし頭に血は上がったものの短気に身を任せたりはしない。
どこかの馬鹿な先輩のように教師の目の前で剣を抜き切りかかると言う愚行を伯爵家である自分が真似をするなど目も当てられないのだ。
「……事実を捏造するのは感心しませんよ先輩。僕が失禁するなどとそんなすぐばれる嘘をつくなど貴方の人間性を疑いますね」
お前が言うな! といろいろな方面から突込みがきそうな言葉であるが、ヤルミルは全く気にしていない。
「そうかいクソガキ。お前がそういうならそういう事にしておいてやるさ。お前のちっぽけなプライドのためにな」
ニヤニヤといやらしい笑みを、そしてどこか馬鹿にした目を思い切り相手にも分かるように見せるマルク。おまけに声も心なしか大きい。
その声に気付いた何人かの生徒がチラチラとこちらに注目している。
「マルク……そのなんだ……こ、こういう事は余り大きな声で言わないほうが……相手がかわいそうになるんじゃないかなと思うのだけど……?」
こういった言葉が更なる追い討ちになるのだが、その事実に気付けないジーナがポツリと漏らす。
おまけに同情する目である。
さらにに言葉から分かるようにマルクの言葉を信じ込んでいると言った様子だ。
かわいそうにという目でジーナに見られる。
屈辱を通り越して言葉にすら出来ないほどの激しい感情がヤルミルの心のうちを襲う。表情からは笑みが消えて、憎憎しげに一つ年上の灰褐色の少年を睨みつけ、彼はその場から立ち去った。
「さて、小うるさいクソガキがいなくなったところで授業に集中しろ」
こちらを気にしていた生徒と、ジーナに向かって大声で注意するマルク。この件はこれで終わりと全く気にしていないのであった。
とても良い性格である……。
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レオニードとマルクが一年生を監督している間、もう一人の少年は木陰に横たわっており、春の香りを体全体で堪能していた。
遠くからは時折レオニードの大声や、一年生達の騒ぎ声などが聞こえてきて、それらの声が逆に心地良いとばかりに目を閉じている。
まったくもってやる気のかけらもない態度であるが、教師達は彼の態度に気付かずに授業に集中している。
アラムの体を木陰から降り注ぐわずかな日の光がポカポカと暖めている。
とても気持ちがよさそうだ。
「こんなところにいたのか……探したぞ。よくまあ教師の目を盗んで堂々と寝ていられるものだな」
そんなアラムに声をかけたのは黒髪を短く切りそろえた少女であるリーリヤだ。
呆れた声と呆れた表情。
すこしばかりアラムを批判しているようにも思える。
閉じていた目をわずかに薄めに開けて相手の姿を確認するアラム。
最初に目に写ったのは健康的な肌を持つ綺麗な足であった。
動きやすい服装に変えているのだろう。
上は半袖の制服であるジャケットに身を包んでいるが、下は膝までしか裾が延びていないズボンを履いている。
ハーフパンツと言うところか。
アラムの体勢から見るそれは、ある意味良いアングルでもある。
「見つかるとは思わなかったっすよ。というかわざわざ探しに来るなんてどういうつもりっすか? 教師ならまだわかるっすけどリーリヤさんには授業があるはずっすよ?」
上半身だけをむくりと起こし軽く伸びをするアラム。
見つかったことに対して特に後ろめたさは感じていないようだ。
眠たげな声をそのままに欠伸すらしている。
真面目な黒髪の少女にとっては色々と言いたいこともあるのだろうが、恐らくは言っても無駄だと思い言葉にするのを自重する。
さらに少しばかりアラムから違和感を感じたのだ。
なんと言えば良いのか、存在感と言うのが無い様に思えてならないのだ。三人でいる時とはまた違った感覚でもある。
目の前にその姿は確認できるものの少し目を離してしまえば消えてしまいそうな、そんな不思議な感覚に捕われたのだ。まるで蜃気楼を見ているようなそこにいるはずなのに、いないと思わせるそんな感覚だ。
少しばかり瞬きをして、改めてその姿を確認してしまう。
「何をパチクリしてるんすか? そんなにジロジロと見られると照れるんすけどね」
不思議そうに問いかけてくる声に我に返るリーリヤ。
とても照れてるとは思えない。
「あ……いや、すまない……」
自分でも不思議に思いながら謝罪の言葉を口にする。
アラムは目の前にいるのになぜ?
その思いを口にすることなく押し止め、彼女は本題に入った。
「私は魔法が余り得意でなくてな……それでレオンから聞いたのだが、実戦においては剣技はお前のほうが上と聞いたのだ。それで……その、手ほどきをしてもらいたくて探していたのだよ」
「今は魔法の授業っす。剣技の授業は別の時間っすよ。そんな事で貴重な睡眠時間を邪魔して欲しくなかったんすけどね。それにレオンがなんて言ったのか知らないっすけど、レオンより上って事はないっすよ」
監督生に指名されておきながら堂々と睡眠の時間とのたまうアラム。リーリヤが思っているレオンの剣の評価を修正することは忘れない。
それが謙遜なのか、本当のことなのか、アラムの口調と表情からは窺い知れないが、リーリヤはこれが友情なのかな? と思わず疑問に思った。
とはいえこのままでは埒が明かない。せっかく教師の目を盗んでアラムを探しにきたのだ。貴重な時間をこのまま浪費するわけには行かないのだ。
「あのな? レオンはもとよりあのマルクでさえちゃんと監督をしているのに、少しは見習おうと言う気持ちがないのか?」
言葉が少々きつくなるのは仕方ないだろう。
この場合は間違いなくアラムが悪くて、ジーナのほうが正しいのだ。
「マルクもなんだかんだいいながらお人良しっすからね。普段は……」
最後は聞こえないようにポツリと小声でつぶやく。
そうしてもう一度伸びをしてようやく立ち上がった。
「ま、いいっすけどね。魔法と違って剣技は万人に教えられる代物っすから。ところでなんで俺なんすか? 基本と言う意味合いにおいてはレオンのほうが上っすよ。まあ今は一年の監督に張り切っているみたいっすから今は無理でも、レオンから教えてもらうほうが上達する気がするっすけどね」
「そのな、レオンは体格的に私とは違ったスタイルだと思うんだ。マルクにしてもやはりな……その……体格的にアラムが私に一番近いと思って……その……あの」
言葉がだんだんと小さくなる。
理由は、アラムの表情が言葉と共に明らかに不機嫌になっていったのが分かったからだ。
「つまり、俺がチビで体格的には女であるリーリヤさんとそっくりだから、おのずと剣のスタイルも似ている。もしくは教わりやすいと思ったわけっすね」
「そ、そこまでは言っていないじゃないか! そ、それにほら君は私より背が高いぞ! ほらほら!」
必死で頭の上に手の平を乗せ相手の頭の高さと比較するリーリヤ。
確かにほんのわずかではあるが、アラムのほうが背が高いのだが、それが彼にとって慰めになるかどうかはまた別である。
「もういいっすよ。手ほどきをするっす。模擬剣は持ってきているっすか?」
「あ、ああ、持ってきているぞ。いやありがたい。じゃあ早速型から見てくれ」
「何言ってるっすか? こういうのは実戦あるのみっす。女の子相手だからって手加減する気はないっすよ。痣の一つや二つ……いや、それ以上覚悟してくださいっすね」
ニタリと酷薄な笑みがアラムに浮かぶ。
この笑みの意味はリーリヤ以外の人間が見ていたとしても分かるだろう。絶対にこういう笑みをした人間には近づきたくないというほどの恐ろしさを持った笑みである。
全く体を動かしていないにも拘らず、額から汗が頬を伝って地面に落ちる。
「あのな……その……や、やはりき、今日のところは日を改めて……それにほら今は魔法の授業だし……」
「同じ体格である後輩に指導するのは先輩冥利に尽きるっすよ。さあいくっすよ」
とたんにアラムの顔がリーリヤの視界一杯に広がり、いつの間にかリーリヤは空を見上げていた。腹部の痛みを感じながら……。
魔法の授業において奇怪な女性の叫び声が時々聞こえるという士官学校七不思議の一つ。それはこの後も語られたとか語られなかったとか。