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六話

 また少し中途半端に話が途切れます。

 「だから! レオン達が俺達を逃がすために魔導ゴーレムに襲われているんですよ! 早く助けに行きましょう!」


 教師であるルスラーンに向かって必死な形相で事を説明しているのはレオニードに一年生を任されたヤコフである。

 あの後、彼は授業開始前に教師に言われた印を頼りに最も近い場所を選び、全員を何とか引き連れてこの場まで辿り着いたのだ。

 途中魔獣の群れに見つからなかったのは僥倖とも言えるべきことである。


「先生! 頼む! あんな化け物相手にいくらレオン達でもまともに対抗できるとは思えない。至急救援するべきだ」

 敬語すら忘れヤコフに追従しているのはリーリヤである。

 彼女もレオニード達と付き合いが浅いとは言え、その人柄は好ましく思えていたのだ。


「し、しかしですね……この平原にそのような魔獣が現れるなど……そ、そんなはずはないんですがね……」

 現実が受け入れられないとばかり、どこかしり込みする口調で相手の意見を否定するルスラーン。

 それでも顔はどこか青ざめており、脂汗が額から流れ落ちる。

 彼は今年この学校に配属されたばかりの教師であり、実技よりもどちらかと言うと座学を担当するタイプの教師である。


 しかし、教師と言う役目を負ったからには一通りの授業を経験しなければならない。

 この実地訓練に配属された教師は彼を含めて三人。

 うち二人は今でも現役であり、事が起こればすぐにでも王宮に駆けつけ、皇帝の剣となるべき騎士団の一員で実戦経験も豊富な人物だ。


 新任教師のフォローをするための配属ともいえる。


 二年、三年生が一年生をフォローするように、新任教師をフォローすると言うわけだ。

 大人になっても勉強し、経験しなければならないことは多々ある。

 そういうことだ。


「そんなはずがないも何もこの目で確かめたんだから事実なんですよ! 図鑑でしか見たことないですが……あんな異質なもの……ともかく早く駆けつけましょう!」

 ヤコフが及び腰になっているルスラーンに対して苛立ちを募り始める。いくら新任教師と言えどもあまりにもひどいと感じたのだ。


「と、ともかくですね、近くにいる他の教師にも救援を頼んで……」

「そんな暇はありません! 分かっているんですか? 一刻の猶予もないんですよ!」

「わ、私は座学を担当するために士官学校に呼ばれたのです! そ、そんな魔導ゴーレムだなんて……一個中隊ですら叶わない相手に私一人が駆けつけたところでどうにもなるものではないでしょう?」

 

 ある意味正論とも取れる発言である。

 例えこの場にいた教師がほか二人の実戦経験のある教師だとしても、同じ思いが胸を駆け巡ったと思われる。とはいえ、ここまで逃げ腰になる事はないであろうが、やはり救出は不可能と判断するであろう。


 それでも食って掛かるヤコフとリーリヤ。

 開いているのか開いていないか分からないほどの細い目つきを持っているルスラーンは相手の剣幕にたじたじとなる。


 そこへ騒ぎを聞きつけたもう一人の教師が現れた。


「話は聞いた。ルスラーン先生の言う通りだ。今日、実地訓練に集められたもの全員を集めたとしても全員が全滅するだけだ。残念だがミイラ取りがミイラになるわけにはいかん。全員この場で待機するように。ルスラーン先生、炎の魔法を打ち上げて下さい。実地訓練は終了とします」


「そんな……見捨てるんですか!」

 リーリヤが悲痛な叫びを出し、もう一人の教師を弾劾する。


「オーシブ先生! 貴方は現役の騎士でしょう? 生徒を見殺しにするだなんて……恥ずかしくないのですか!」

 ヤコフの言葉を無視してオーシブはルスラーンに大まかな指示を出す。

 魔導ゴーレムが現れた事により危険区域となったこの場所にいつまでも生徒を残させておくわけには行かない。


 そして魔導ゴーレムが現れたとなると、この区域を封鎖し、一般の人間が入り込まないようにする必要も出てくる。

 さらに、その事を王宮に知らせ騎士団そのものを動かさなければならなくなってくる。 

 そうした事を脳裏に巡らせる。

 

「お前も何とか言えよ! お前が原因で襲われる事になったんだぞ! 分かっているのかよ!」

 それまで口数少なく、発言をしていなかったヤルミルにヤコフは怒鳴り散らした。


「な、何言ってるのさ! 僕の力を見ていなかったのかい!? あんなのもう2、3発魔法をぶち込めばあっさりと倒せたんだ。それなのに無理やりあの場から連れ出したのは先輩達でしょ? 自業自得だよ!」

 凄まじいまでの責任転嫁である。

 ヤコフは切れた。

 

 瞬時に腰にある剣を抜き放ち、ヤルミルに切りかかった。

 レオン達、三人の腕に及ぶべくもないが、彼とて去年一年間厳しい授業に真面目の取り組んできた生徒の一人である。

 その速さは一年ごときに対抗できるものではないが、リーリヤの剣によってそれは阻まれた。

 剣と剣がぶつかり合う甲高い響きは、近くにいて話し込んでいる教師二人の耳にも届く。

 


 ヤコフは去年、実地訓練で友人を一人なくしている。その思いもあったのだろう。

 あまりにも身勝手な言い分に頭に血が上ってしまったのだ。


「落ち着いて下さい。ヤコフ先輩。気持ちは分かりますが、そんな事をしてしまえば貴方のお立場がなくなります。このような人間のために人生を棒に振る気ですか?」


 リーリヤの言葉と行動によって少しばかり冷静さを取り戻したヤコフ。

 しかし、怒りの表情を隠そうともせずに、ヤルミルを睨みつけている。


「……も、もしその剣が僕に傷一つつけていたら、君の家族ごとこの世からいなくなっていたよ。僕の父上は裁判書記を務めているんだ。い、今の無礼は忘れてあげる。寛大な僕に感謝するんだね」


「いい加減にしろよ? 私とて今すぐお前の首を跳ねたくて仕方ないんだ。命が惜しければそれ以上口を開くな。ここにはお前の大好きなお父上はいないんだ。死んでから『父上助けて』などと叫んでもあの世までは助けに来てくれないぞ?」


 黒髪の少女は冷たい光を目に宿しながらヤルミルを睨む。

 その迫力にヤルミルはつい押し黙ってしまった。


「リーリヤ。貴方も落ち着きなさい。いつもあれだけ大口叩いている彼らよ。そう簡単に死ぬはずがないじゃない。ましてや私の力をまだ見せ付けてないんだから、こんなところで死なれたりしたら困るわよ」

 

 リーリヤの主にして親友がそう言ってリーリヤを宥める。

 彼女とていきなりの展開に未だ思考がついていってないのだ。先程の恐怖がまだ残っているのか、奥歯が振るえ小さくガチガチと音を鳴らし、顔も心なしか青ざめている。


 それでも最後に目に写った三人の姿がしっかりと脳裏に浮かんでいたのだ。


「そうよ……あんな化け物に立ち向かうくらいなんですもの……」

 ポツリと聞こえないような呟きが虚空へと消えていく。


 魔法で打ち上げられた合図によって、今日集められた実地訓練の生徒達が集まり始める。

 中々の大人数で、あちらこちらで「あの魔獣見たか?」とか「あんなの初めて見たよ」などと初めて見た魔獣に興奮が覚めない一年生などがそれぞれ見た魔獣の自慢するようなやり取りが見受けられる。


 つきそった先輩達も似たように「あーもう跳ねっ返りがうるさくて叶わなかった」とか「素直な奴らで大して手間を取られずにすんだよ」などと言い合っている。


 しかしその中に三人の少年達の姿は全く見当たらない。

 ヤコフ、ジーナ、リーリヤは時折、集まる人達の顔を見て三人の少年達の姿を確認するが、当然見つからないのは分かっている。


 わかってはいてもつい目線で確認してしまうのだ。


「全員集まったようだな。本来の時間にはまだ早いが不慮の事故が起きた」

 ざわつきが静まり教師の言葉に注目する生徒達。不慮の事故と言うのが好奇心と不安を煽る。

 

 好奇心は何が起きたのか気になるというもの。

 不安は何が起きたのか分からないといった事だ。


「詳しくは話せないが、この区域は危険指定区域となる。よって速やかに学校へと帰還する事となった」

 『危険指定区域』と言う言葉に生徒達はわずかながら緊張し始めた。

 それをさす言葉は、文字通り、教師達の力量を超え、危険な区域となったと言うことである。


「質問などは後で受け付ける。今は速やかに移動する事を諸君らに望む。それぞれの教師の言うことを聞き、決して勝手な行動を取らぬようにな」

 そうしてすぐさま移動が開始された。


「先生! せめてもう少しだけ待つことは出来ないのですか?」

 生徒達への語りかけが終わったオーシブに対してヤコフが近づき、せめてもう少し待ってくださいと願い出る。


「移動が遅れればそれだけ危険となる。これ以上の問答は無用だ。三人の生徒のためにここにいる生徒の命をむやみに危険に晒すわけにいかない。それくらい二年目のお前なら分かると思うのだが?」


「……」

 さすがに言い返すことが出来ないのか無言のまま、それでも何かを言いたそうに教師を睨みつけるヤコフ。


 そんな時、誰かの声が聞こえた。


「あれ? あいつらマルク達じゃね? なんだよ、まだ合流していなかったのかよ」

 笑い声と共に聞こえたその言葉にヤコフ、ジーナ、リーリヤの三人はその方向に視線を向けた。

 目に写ったのは間違いなく灰褐色の少年、茶色の少年、そして金髪の少年の三人であった。


 教師のほうも驚きに目を見張る。

 冷たいようだが、すでに死んだものと思っていたのだから当たり前だ。


 そして駆け出したのはリーリヤとヤコフである。

 ジーナはどういう顔をすればいいか分からず、その場に留まった。


「レオン! アラム! マルク」

 リーリヤが駆け寄り三人の名前を呼ぶ。


「何だよ、ひでえな置いていくつもりだったのかよ先生方は」

 苦笑しながら灰褐色の少年がリーリヤとヤコフに挨拶をする。


「無事で何よりだ……本当に良かった。それとありがとな」

 ヤコフが安堵の表情を浮かべて、お礼を言う。

 

「明日の昼食代をおごるっすよ。それでチャラっす」

 こちらも冗談めかして相手の言葉に答えた。 

 しかし、金髪の少年だけはどこか様子が普段とは違ったのだ。


「……レオン? 大丈夫なのか?」

 リーリヤが心配そうに声をかけた。

 衣服は避けており、体にもあちこちの傷があるがそれは二人の少年も同じであるが、二人の少年はそれでもいつもと雰囲気は余り変わっていない。多少顔に疲れが見え隠れしているが、魔導ゴーレムとの戦闘のあとだそのくらいであれば多少の誤差は出てくるだろう。

 

 しかし、レオニードだけはいつもと様子が違っていたのだ。

 何処がと言うわけではない。顔色が悪いのは他の二人も一緒だ。激しい戦闘の後であるならそれくらいは仕方ない。

 それでもレオニードだけが、ほか二人の少年と違い、わずかながら違和感を持っているのだ。

 ヤコフも、そして付き合いの短いリーリヤでさえそう感じるほどだった。


「……ああ、大丈夫ですよ。ほら二本の足で立てていますし、そう心配することはありません。ジーナ様や一年生達は皆無事ですか?」

 この問いかけはリーリヤに対してだが、ヤコフがお前のおかげで全員が無事に合流できたと説明したとたん、わずかながら顔色がよくなった。


「それよりもおまえ自身は本当に平気なのか?」

「心配ないよヤコフ。少し疲れただけだ。それよりも良く皆を誘導してくれたな。礼を言うよ」

 力の無い笑みを見せるレオニード。

 

 やはり違和感はぬぐえないが、今、それを追及しても仕方ないと判断したのか、皆に合流させる。


「お前達……魔導ゴーレム相手に生還だと? 帝国の一個中隊を率いても勝てるかどうかわからない相手に?」

 いつの間にか傍によってきたオーシブが周りの生徒に聞こえないように小声で、それでも驚きの感情を隠せずに問いかけた。

 教師が魔導ゴーレムの存在を生徒に隠す理由はただ一つ。余計な不安を煽って混乱させないためだ。

 ゆえにこうして小声で話しているのだ。


「ほーんと運が良かったっす。何とか防御に集中して隙を見て逃げ出そうと思ったっすけど、強いの何の……死にかけたっすよ」

 嘘ではない。


「でもよ変だったよな。いきなり動きが止まったかと思いきや明後日の方角に向かって走り出しやがってよ。ありゃ逃走って言うのかな?」

 嘘だ。


「不思議っすよねー。俺なんてそれがなきゃ死んでいたっすからね。何考えていたんすかね」

「魔導ゴーレムは魔獣の中でも謎が多い存在って言われているしな。良くわかんねえや」

 命拾いして助かったなどと会話する二人の少年。


「……ま、まあ話はある程度聞いていたからな……ともかくお前達には詳しい話を後で聞く事になる」

「うひゃーめんどくせーっすねえ……レポート提出は一年生の仕事っすよ」


「そういうな、魔導ゴーレムを放置するわけにはいかんだろう? 逃走方向などを聞いて早々に退治しなければならない。当然の事だ。それになめんどくさいことばかりではないぞ。場合によっては国のお偉いさん……もしかしたら騎士団長直々に話を聞くことになる可能性だってあるんだ。騎士を志すお前達にとってそういった方々と直接話す機会と言うのは良い経験になると思うがな」


 そしてそれに食いついたのは顔色が悪いくせに、喜色をあらわにした金髪の少年だ。

「是非! お願いします! ええ事細かにお話いたしますとも!」

 二人の少年は揃ってため息を吐いた。



               ──────────────


 王宮の宮殿内の廊下を急ぎ足で歩いているのはヴァシリー・ドローニン公爵である。

 ジーナの父親でもあるこの人物は、額に汗をかきながら、急いでいた。

 理由は呼び出されたからである。

 公爵である彼を呼び出せる人物など王宮内では限られており、その限られている人物に呼び出されたのだ。


 そして呼び出された相手の部屋の入り口で立ち止まり、入り口で待機している、あるいは入り口の門番とも言える執事に自分が来た事を取り次ぐよう頼んだ。


 しばらくドアの前で待機していると、ガチャリと言う音ともに扉が開かれ中に入るように促される。

 部屋の中は静寂に包まれており、騒がしさとは無縁であった。

 壁には高名な画家が書いたと思われる絵画がいくつも並べ立てられ、広い部屋の壁を彩っている。


 絨毯にもそれ相応のものが敷かれており、寝転べばその柔らかさ加減が確認できるであろうが、さすがにそのようなはしたない真似は出来ない。


 彫刻も部屋の中に飾られており、この部屋の中の物を商人に売りつけるだけで、三回生まれ変わっても遊んで暮らせるほどの財産ができるほどだ。


 部屋に入り、その部屋の主に一礼をするドローニン公爵。


「お待たせいたしました。いささか遅れてしまい、申し訳ありません。陛下」 

「何、気にするほどのことではない。それに急に呼び出したのはこちらのほうだ。余計な苦労をかけてすまぬな」

 ドローニン公爵を呼び出したのはこの国において全ての権力を掌握している皇帝その人である。


 クラウジー・キリル・イサイ・ローレンス。

 それがこの国の皇帝の名前である。

 この国の慣習として、父と祖父の名前の一部を受け継ぐのが慣わしとなっているので、このような長い名前となっているのだ。


 机での政務を取りやめドローニン公爵に目線を向けた。

 今年62歳を迎える皇帝はそう言って机から立ち上がり、窓のほうへと体を動かす。

 顔立ちは歳相応で、いくつも皺が刻まれている。

 しかし、腰は曲がっておらずピンと伸びたまっすぐな姿勢からは、それほど歳を感じさせるものはない。

 髪の毛は薄く禿げ上がっており、残る髪の毛もすでに白くなっている。


「余計な言葉は不要か……」

 誰にでもなくわずかにつぶやく皇帝。


「娘の様子はどうだ?」

 ドローニン公爵を呼び出したのはそれを聞くためである。

 何故皇帝が、公爵とは言え一貴族の娘を気にするのかという不可思議な問いかけでもあるが、ドローニン公爵は首を傾げることなく、慎重に口を開く。


「はい、現在士官学校に通わせております。まだ一週間程度の期間しか過ごしては降りませんからなんともいえませんが、馴染んできてはいるようです」

「そうか……それならばそれほど心配する必要もないか……」

 声色にはどこか力が無いように感じさせる皇帝の言葉。

 それを感じ取ったドローニン公爵はわずかな不安を胸によぎらる。

 ここ最近宮廷内で噂されている事柄が脳裏によぎったのだ。


「お体のほうはよろしいので?」


 ドローニン公爵に向き直る皇帝、無言のまま何も言わない。

 わずかな沈黙が部屋を包み込む。


「ふふ、若い頃が懐かしいな……」

 ドローニン公爵の問いかけに答えず微笑を見せ、別の事柄を口にした。

 やはり、あの噂は真実であったかと、ドローニン公爵は不安が的中したことに対して神々に呪いの言葉を心のうちに吐く。


「そう心配するな……まだ時間はある。娘の晴れ姿を見る程度の時間くらいはな……無事卒業して欲しいものだ」

「必ず無事に卒業させて見せます」

 すでに涙声になりつつあるのを自覚しながらも、強い意志の元、彼は誓いを立てた。


        

               ─────────────


 日はまだ高く、相も変わらず、ポカポカとした暖かな春の日差しが窓から降り注ぐ。

 座学を進める教師の声は良い睡眠の材料となって生徒達に容赦なく襲い掛かってくる。

 その威力は絶大であり、教室にいる全ての生徒が必死になって対抗を試みようと抗うが、すでに何人かの生徒達はやられているようだ。


「と、このようにかつてあった古代文明は滅びは今ですら、その原因がつかめておりません。あちらこちらで見かける遺跡にはその名残が良く見え隠れしており、国を挙げて研究しているほどの技術すら残されていると言われております。なぜ古代文明が滅びたか、すでに世を去っている古代文明の研究者でありその第一人者とも言われているトロフィムは次のように述べており」 

 教師のほうも諦めているのか、睡魔に誘われていく生徒達に特に注意をしようとはしない。

 

 そんな中熱心に、その授業に聞き入っているのは黒髪を短く切り、ボーイッシュな雰囲気をかもし出している少女である。

 何故それほどまでに古代文明について熱心なのか、それは先日起きた事件に関与する。


 古代遺跡に置いてもたまにしか見かけないはずの魔導ゴーレムが、なぜあの平原に現れたのか……やはり気になっているのだ。

 

 ふと横を見るとうつらうつらとしている金髪の少女・

 それを見て苦笑するも慣れない生活で疲れているのだろうと思い、そっとしてあげた。


「あー眠いわ……なんでこんな眠いのかしらね」

 授業が終わり開口一番にこの言葉である。


「ジーナ。先程思い切り寝ていたのに、まだ眠いのか……まったく」

 そんな事を言いながらも微笑を絶やさないリーリヤ。先日の件もあり、今は余りうるさく言うのを控えている。

 それが優しさになるのか、甘さになるのか人それぞれであるが、リーリヤ自身は甘いと感じている。

 

「今日はあの三人はいないみたいね」

 視線を巡らせてアラム、マルク、レオンの三人を探すジーナ。

 先日の件からここ最近は、食事時になると必ずあの三人の姿を確認しようと目線を動かしているのだ。

 

 それを意識してやっているのか、無意識に行っているのか……。


「最近食事時になると、良くあの三人の姿を探すな。ジーナは」

 少しばかり、からかいめいた口調でその事を指摘するリーリヤ。

 表情にもどこか悪戯めいた笑みが見受けられる。


「な、何を言っているのよ! この公爵家である私がどうしてあんな下級貴族を意識しなければならないのよ。ほ、ほら、あれよあれ……そ、そう彼らは私の護衛なんだからそれなりに働いてもらわないと困るのよ。ただ働きなんて許せないんだから」

 金を出しているの厳密に言えばジーナではなく、さらにジーナの父親ですらないのだが、その事実は彼女達は知らない。

 

 とはいえ彼女の父のヴァシリー・ドローニンが金を出していたとしても、ジーナ自身が出しているわけではないので、このような言葉を言う資格があるのかどうか。

 

 そんなやり取りをしている中、一組のグループの雑談が耳に入ってきた。


「ヤコフの奴停学になったんだって?」

「ああ、教師の前で一年に切りかかったんだとよ。おまけに相手は伯爵家のご子息だ。退学にならなかっただけでも幸運だったんじゃねえの」

「つーかよ、あいつそんな気が短いやつだっけ? 一年に切りかかるって、何考えてんだ?」

「さあな、教師だって詳しいことを一々説明なんざしないし、よー分からんよ」


 食事を待っているリーリヤが、何か悲しげな顔をしている。


「別に貴方の責任ではないでしょう? リーリヤ。一々そんな事に気をとらわれていては駄目よ」

 リーリヤを元気付けるつもりであったのだろう。

 冷たいような言葉だが、ジーナとしては元気のないリーリヤは余り見たくないのだ。


「確かにそうなんだが……やはりヤルミルが許せなくてな……ジーナを命の危険に晒した挙句、自分には何の責任も無いとよく言えたものだ……」

「そうね、貴方を馬鹿にしてくれて私もさすがに許せなかったわね」

 お互いがお互いをかばいあうような会話である。

 愚痴をこぼしても仕方ないと思ったのかこの話題は早々に切り上げた。

 

 そのヤルミル自身には学校からは何のお咎めもなく、日常に戻っていた。

 また先日の件関しては、まるで先輩達が意気地なしと言うように吹聴しており、事実を捻じ曲げて、自分が皆を素早く避難させたおかげで大事には至らなかったと大きな顔をしていたのだ。


 そして肝心の三人は現在食事を取れず、別の場所に呼び出されていた。


「なるほどな……ふむ……いや貴重な情報をありがたく思うよ」

 青年と言うよりは少しばかり年が言っているその人物はそう言って三人の少年に感謝の意を示した。

 三人の少年とはアラム、マルク、レオニードの三人である。


 彼らは現在、アレクセイ学著室の部屋で騎士中隊長クラスの人物と話し込んでいたのだ。

 話の内容はもちろん魔導ゴーレム出現の内容である。


「さすがに図鑑でしか見たことがありませんでしたからね。まあ何を考えていたのかさっぱりですよ」

 そういって軽く肩をすくめたのは灰褐色の髪をした少年のマルクである。

 

「ほーんと変な声と言うか音しか出さないんすからね。こっちの攻撃が効いているのか効いていないのかそれすらわかんなかったっすよ」

 どこか眠たげな目をしている茶色い髪を持つ少年があんなのはもうごめんだとばかりに大げさな身振り手振りで状況を説明している。


 レオニードだけは特に何も言わず黙ってはいたが、何かしらむずがゆい思いをしているのか何かを言いたそうな表情をしながらも言わないように耐えているようだ。

 そうして一通りの話が終わった後に、中隊長は三人の少年とアレクセイ学長に挨拶し席を立つ。

 そのさいに最後に三人の少年に言葉を向けた。


「この学校に通っていると言うことは、君達は将来騎士……になりたいのかな?」

 少しばかり、遠慮するような問いかけである。

 なぜわずかながらに口ごもったのか、また表情をわずかながら罰が悪そうでもある。


「ええ! 弱きものの盾となり、皇帝陛下の剣となってこの国を護るのが私達の目標ですから!」

 今まで黙っていたレオニードが満面の笑みと共に表情を輝かせた。

 それに対して中隊長はどこか安堵した表情を浮かべた。


「そうか。それは嬉しいことだな。ここ数年は騎士になりたがるような者は余りいなくてな……この学校を卒業し資格だけ得て、あとは安全なところで権利をむさぼる。そうした人間が多くて……」

 途中で言葉を詰まらせた。

 理由はこのような若者にそのような事を言ってはいけないと自重したのだ。

 すでに平民にすら広まっている事実ではあるが、王宮に仕えているそれなりの立場にある騎士がそのような批判めいた事を口にするのは良くないと思ったのだ。

 

 そうした事情を飲み込んだのか、レオニードは何も言わず苦笑だけする。

 昔に比べると、騎士という者にあこがれる者達が余りいないのが現状である。


 一昔前であるなら、国を支え、剣を取り、盾を持って敵を討つ。民を守る。

 そうした事に憧れる者達は多々いたのだが、現状においてはそれほど多くはないのだ。

 長い間の平和を享受してきた結果、他国との間に政治的な暗躍はあるものの表立っての戦争などがなく、英雄などといった者は御伽噺だけの存在と成り果てており、騎士の役目は危険な魔獣退治だけの存在になってしまったのだ。


 平和を享受してきたという感覚が多くの人々や貴族に蔓延した結果、なぜわざわざ自分が危険を冒してまで魔獣退治をせにゃならんのだ? そんなものは冒険者など奇特な人物に依頼すりゃ良い話だろ?

 となっているわけである。


 それなりの領土を持つ帝国だ。警戒の範囲もそれだけあり、その分人手を必要としているのだが、そうした事情もあり人手不足は否めないというのが現状だ。


 また現在この学校に通っている貴族の子息たちも騎士になって王宮に仕えたいという生徒達はほとんどいないといって言い。

 むしろ騎士を目指すといえば笑われるのがオチである。


「いえ、他の者は分かりませんが、少なくても私達は立派な騎士になるべく日々精進しているつもりです」

「そうか。ならば、いずれ諸君らと肩を並べる日が来るのを心待ちにしていよう」

 そうして中隊長は退室した。


「……私達?」

 ポツリとマルクがつぶやく。


「レオンはともかくいつの間に俺達も騎士を目指す事になったんすか?」

 アラムが不思議そうに問いかける。


「なんだ? 一緒に目指してくれているものだと思ったんだが……?」

 どこか自信なさげに思わず二人を見やるレオニード。


「まあ、良いけどな」

 苦笑するマルク。この件は後でネタにしてからかってやろうと画策した。


「ヤコフが停学の分、今日の昼飯はレオンのおごりっすね」

 ニタリと笑みをこれ見よがしに見せ付けるアラム。


「待て! 何故そうなる!」

 そうして三人のやり取りが、学長室から退室した後も騒がしく廊下を響かせた。


 三人はそのまま食堂のあるテラスへと足を運ぶ。

 すでに皆昼食を終えているので、それほど混んではいない。


 三人が席を探していると、不機嫌な声がかかった。


「どこ行っていたのよ。遅いじゃない!」

 腰に手を当てて、三人の少年に詰め寄ったのは金髪の少女であるジーナだ。

 顔だけであるならば美少女と言う部類に入るこの少女だが、今はその顔には不機嫌な表情しか浮かんでいない。


「申し訳ありません。先日の件で呼び出されていましたので」

 そんな少女を前に優しく宥めるレオニード。

 容姿端麗の少年を前にわずかながらに顔を赤らめながらも、それでも遅いと詰め寄る。


「……何怒っているんすか?」

 いつもうっとうしい。馴れ馴れしくするなと口を開けば言ってくるジーナに少しばかり違和感を持ち、アラムは問いかけた。


 レオニードに対して顔を赤らめているのはご愛嬌としても、彼女はレオニードを含めた、三人に対して怒っているのだと感じたのだ。


 最近、少しばかり態度が柔らかくなりつつあったが、この微妙な変化は一体難なんだ? と首をかしげたのだ。


「あなた達が来るのが遅いから料理が冷めちゃったじゃない! 全く公爵家の私に冷めた料理を食べさせるなんて良い度胸ね」


「……? なんだ? つまり俺らが来るのを待ってたってわけか?」

「ば、馬鹿いわないでよ! 別にあんた達を待っていたわけじゃないわ。あまり食欲がなかったからそのついでよ」

「でもさっき料理が冷めたって文句いっていたっすよ?」


 二人の追及にだんだんとボロを出していくジーナ。

 自分自身でもなぜわざわざ食事を待っていたのか、明確に気づく事が出来ていないのだ。


 だからこそ、言葉をどんどん無くしていく。


「まあまあ、ともかく私達はまだ食事をしていないんだ。仲良く相席してもらえると嬉しいのだが?」

 

 苦笑しつつそんなジーナに助け舟を出すリーリヤ。

 すこしばかり?マークを浮かべつつも、断る理由などないので三人は了承する。


「リーリヤ! 別に仲良くする必要などないわ。この三人はただの護衛なんだから」

「はいはい。そうだな。なら護衛には出来るだけ傍にいてもらわないとな」


 人が少なくなった食堂がにわかに騒がしくなる。

 そんな5人の若者を遠くから睨みつける視線で眺めている者がいた。


 ────くそ……あいつら……下級貴族の出でジーナ様に馴れ馴れしくしやがって! 大体そこには本来僕がいるのがふさわしいんだ。いいさ、教えてやるよ。高貴な人間に気安く近づくとどうなるか思い知らせてやる─────


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