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四話

 少し中途半端に話が切れます。

  夜、三人の少年は、エフィムの屋敷へと足を運ぶ。

 途切れることを知らないと思われるような長い塀沿いに作られた道を歩き、ようやく門へと辿り着く。


 門の高さは三人の少年の身長を足してもなお足りないと言わんばかりにその姿を主張しているようにも思えるほどで、鉄の格子を思わせる作りとなっている。


 門の横には警備の兵がの詰め所のような建物が用意されており、門の傍には何人かの警備兵もいる。


「警備ご苦労様っす」

 アラムその兵の一人に軽く声をかけた。


 当然訝しむ警備兵。

 このような夜の時間帯に公爵家の屋敷に近づく少年達。

 どう考えても怪しいのだが、声を荒げることなく優しく注意する。


「君達、こんな夜に出歩いて親は何も言わないのかい? それにここはヴァフルコフ公爵様のお屋敷だ。下手に近づけば、例え子供と言えども罰を受けることにもなる。さあさあ、厄介なことにならないうちに早く帰りなさい」


 とはいえ、そんな事を言われても素直に言うことを聞くわけには行かない。

 三人の少年はまさに、その人、本人に用件があるのだが、警備兵としてはこのような見慣れない少年が帝国の中でも権勢を誇り、宰相を務める人物その人と直接知り合いなど夢に思っていない。


「あー……そうだな……シードル様は今日はいるのか?」

 灰褐色の髪をした若者が出した名前は、この警備兵の上司でもあり、この屋敷の警備の総責任者でもある。


「……ふむ……お前達は何者だ? シードル様にどのような用件があるのか?」

 警備兵はわずかに目を細めて警戒の色をあらわにしつつ用件を聞く。

 いくら上司の名前を出されても、「知り合いですか? 分かりました」で簡単に心を許してしまえば、警備の役目の意味がなくなってしまうからだ。


 ゆえに用件を聞き、信に足ると判断した場合にのみ取り次ぐと言うわけである。


「三色の子羊が会いに来た。と言えばきっと分かってくれますよ」


 警備兵にとっては意味不明な事柄ではあるが、簡単な符号でもある。

 髪の色を表している。ただそれだけのことだ。

 金色、灰褐色、茶色、そしてその色を持つ子供が来ているといえばいいということなのだろう。


「そのような世迷言のためにシードル様に取り次げと言うのか? 馬鹿も休み休み言え! 貴様らの目的は一体なんだ?」


 じりっと間合いを詰めてくる警備兵。

 まさに警備するのにうってつけの頑固さではあるが、これでは少々困ったことになる。


「あっちゃあ……だから夜にするのは良そうって言っじゃないっすか」

 茶色の少しばかり背の低い少年が困ったような口調でため息を吐く。


「しかしな、やはり手遅れになってはもっと困ることになるかも知れないだろ? ともかく今日のうちに聞けるだけの事を聞いておかなければ」

 金色の長身痩躯の少年が毅然とした態度を崩さずに茶色の少年を宥める。


「つってもなあ、昼と違って夜の警備兵なんてほとんど知らねえし……見ろよやっこさん。もう完全に不審者扱いされちまってるぜ」


 灰褐色の少年が肩をすくめる。

 これが子供でなければ、仲間に合図をしてあっという間に取り囲まれていただろうが、三人の少年の相対した警備兵はそれなりに心に余裕のある人物でもあったので、彼ら三人は取り囲まれることにはならなかった。


「……貴様らずいぶんとのんきにしているみたいだが、お前達にはしばらく時間を取らせてもらうことになる。悪いが詰め所にまで付き合ってもらおうか」


 取り囲まれはしなかったものの完全に不審者扱いである。

 三人の少年は致し方なしにと警備兵の言葉通り詰め所まで付き合うことになった。



 詰め所はかなり広く作られており、そこらの民家よりもよっぽど立派な作りとなっている。

 全体的には木で出来ており、二階もちゃんと用意されている。所々に武器などが立てかけられており、有事に備えているのだろう。


 簡易なベットがいくつも見受けられ、仮眠用に用意されている。


 そうした詰め所の一室に三人の少年は警備兵に連れられていた。


「さて、君達の目的は? 誰にどのような事を頼まれてこの屋敷に近づいたか正直に話すんだ」 

 何人かの警備兵に見張られながら、問い詰められる少年達。

 こういった武装した兵に取り囲まれると言うのは、普通の人にとってはとてつもないプレッシャーとなるのだが当の本人達は、けろっとしている。


 そんなおり、警備兵達に緊張が走った。


「シ、シードル様! わざわざこちらに来るとは!」

 敬礼の姿勢をとる警備兵に対して特に興味を示す事もなく、三人の少年へと歩を進めた。


「全くお前達なら、わざわざ正面からバカ正直に来なくてもいくらでも忍び込めるだろうに……」

 これが三人の少年にかけた第一声でもある。


「いやいやさすがにそれは、ここの警備がざるだといっているようなもんじゃないか……それでいいのか警備総責任者よ……」

 灰褐色の少年にわずかに苦笑しつつ、他の二人の少年を見やるシードル。


「エフィム様にはすでに取り次ぎ済みだ。来るがよい」

「さっすが仕事が早いっすねー。イヤー楽なもんっす」

 そうして三人の少年を連れだそうとしたのだが、疑問を持ったのは彼らを取り囲んでいた警備兵達である。


「あ、あのその三人は……」

「ああ、お前達が知らないのも無理はあるまい。滅多なことじゃこの屋敷に来るような人物ではないからな。ましてやこんな時間帯に訪ねてくるなど、今までに一度もなかったしな」


 そこで何かを考えるような仕草を取り、再び言葉を発する。


「ちょうどいいお前達に紹介しておこう。灰褐色の少年がマルク、茶髪の少年がアラム、金髪の少年がレオニードだ。彼らはエフィム様にとって最重要な客人と言ってもいい。今後この屋敷をこの者らが尋ねることがあればどのような時間帯であろうと必ず私か、もしくはエフィム様に直接でもいい。知らせるようにな」

 ポカンとしたままの警備兵に特に気にする必要もなく、三人の少年達を引き連れ主の下へとシードルは歩を進めた。


               ─────────────


 屋敷に通された三人を迎えたのは主のエフィムその人である。

 服装は昼間ほど華美な内容にはなっておらず、ずっと砕けた印象を持つ。

 夜具と言うほどではないにしろ、部屋着のような誂えだ。


「存外来るのが早かったな。もう少し時間がかかると思ったのだがな」

 悪戯めいた笑みを見せながら、片手にあるグラスに口をつけるエフィム。

 中身は恐らく酒の類ではあるが、この際それについてはどうでもいい。



「って事は俺達を試したんですか?」

 マルクが困ったような表情をする。

 それを見て、少しばかり思案顔になるエフィム。


「試した……というわけではないがな……ましてや人の命が懸かっているのでな。こちらも詳しい情報を手に入れたのは今朝方だ」

「まあ、それならいいっすけどね。って事は、あのお姫様やっぱ命が狙われているって事っすか?」

 彼ら三人がこの屋敷に来たわけは、やはりより詳しい情報が必要だと判断したからだ。

 もちろん知ってはならない情報などもあるだろうが、それでも憶測で動くのは危険だと思い、訪ねたと言うわけだ。


「ああ、そうだ」

 静かにうなずくエフィム。


「分かりました。んじゃまあ、警戒レベルを引き上げて護衛するとしますか」


「ジーナ様やリーリヤ様自身は命が狙われている事に気付いているのでしょうか?」

 レオニードがふとした疑問を投げかけた。


「いや、彼女達は気付いてはおらんよ……下手に心配をかけることもなかろうと先方の頼みでな」

 ふむ、これは問題だと三人は思考する。

 命を狙われているのが確定したと言う情報を彼女達に伝えるかどうかと言う問題だ。

 慎重な人間相手であれば伝えることによって我が身を護るため無茶な行動に出る事はないだろうが、ああいったタイプに伝えた場合、余計ムキになるのではないかと言う懸念があるのだ。


 リーリヤであればそれほど問題があるわけではないだろうが、ジーナの場合リーリヤが手綱をうまく握れるかと……。


「いくら隠しててもいずれ危険が降りかかったときにばれるっすよ」

「その時はその時であろう。大抵の危険であればお前達が何とかしてくれるだろうしな」


「思い切り信用してくれちゃって……全く、裏切れないじゃないですか」

「裏切る気があったのか?」

 ここにいる四人が笑い声を上げる。

 エフィムとて彼らと直接会話するのは久しぶりなのだ。

 人一人が暗殺されかけていると言う状況で、多少不謹慎にも思えなくもないが、それでもエフィムにとって、そして彼らにとってこの夜は楽しいものであった。



「『飛竜の爪』っすか?」

 開示していい情報とそうでない情報をより分け、話を進めていくエフィム。

 その中に『飛竜の爪』と言う単語が出てきた。


「ああ、もしかしたら奴らが動いている可能性もある」


「あんまり聞きたい名前じゃないですね」

 レオニードにとって珍しく表情をゆがめて苦々しげに吐き捨てる。

 そしてそれは他の二人も同様だ。


「まあ依頼内容の規模にもよると思うっすけど、一本や二本レベルなら大したことないっす」

「問題は三本から五本レベルだな……」


「五本レベルならやばいっす。俺達三人がかりで抑えきれるかどうかのレベルっす」


 少年達の意見に耳を傾けながら思案するエフィム。

 この少年達で抑えきれない相手とあれば、帝国の中枢をになう部隊を動かさなければならないのだが、それをしてしまえば、ある事が明るみになってしまう恐れがある。

 といってもいい考えがすぐに浮かぶわけでもない。


「ともかく君達の話は良く分かった。厄介な事柄に巻き込んですまないと思っている」

 そういって三人の少年に感謝の意を示すエフィム。


「よして下さい。我々の方がエフィム様に救われているんです。もし我々の命が役に立つのならいくらでもお使いください。元々9年前に死んでいた身なのですから」

 

 レオニードが三人を代表して、今の自分達が誰のおかげであるのか、しっかりと言葉にした。

 ほか二人も特に口を挟むことなく、静かにしている。


 そうしてわずかな時間ではあったが、学校の様子などの一通りの会話を楽しんだ後、三人は屋敷を後にした。



                ────────────────


 入学式から一週間ほど立ち、ようやく新生活に慣れてきた新入生達。

 そんな新入生達の今日の授業は実地訓練である。


 街の外へと繰り出し、モンスター、魔獣などと呼ばれる危険な生き物に対しての実戦訓練だ。

 といっても首都の周りにいる魔獣は実際のところあまり大したことはない。

 というのは、本当に危険な魔獣が現れた場合、帝国の兵が動き早々に退治しているからである。


 ゆえに彼らが相手をするのは、いわばそれほど害のない相手でもあるのだが、相手は魔獣である。

 油断すれば命さえ落としかねない。


「いいこと? いままで散々世間知らずだの箱入り娘だのバカにしていたようですけど、今日こそ私の力を見せてあげるわ。謝るのなら今のうちよ」

 見事なまでの金色の髪を優雅にたなびかせて胸を張り、自信に満ちた態度を隠そうともしないのは公爵家の娘であるジーナだ。


 そして彼女が相対している相手は彼女にとって一つ年上の三人の少年達だ。


「なんで一年生の実地訓練に付き添わなければならないんだよ」

 やる気のない態度をかけらも隠そうとしないのは灰褐色の髪の色を持つ少年である。

 

「凄い楽しみっす。一体どんな力を示してくれるか今からワクワクっす」

 言葉とは裏腹に全く興味のない口調で眠たげな目を擦るアラム。


「後輩を導き、彼らの手本となる。うむうむ、やはり騎士足るものはそうでなくてはな」

 一人だけ満足そうに悦に浸っているレオニード。

 彼らが一年生の実地訓練に付き添うことになったのは、学長から頼まれたこともあるが、やはり護衛の件も絡んでいるのだろう。


 三人のうち二人は余りやる気がないようにも見えるが、それでもやはり警戒している。

 この学校において実地訓練は教師だけでなく、成績の優秀な二年、三年生が後輩にアドバイスするために何人か付き従うこととなっている。

 他人に物を教えるのも教育の一環というわけだ。

 

 ゆえにこの三人もそういった慣例に習って選ばれたと言うわけである。

 もちろんこの場にいる二年、三年は彼らだけではない。それぞれが担当する班に分かれてめいめい話し込んでいる。


 教師はこの場において三人。

 そのうちの一人は今年派遣されたばかりの教師でもある。


「このライン平原はそれほど危険な魔獣が出るわけではありませんが、それでも一般の方から見れば充分危険と言える魔獣も存在します。一年生の皆様は先輩の言うことを良く聞いて行動して下さい。二年、三年生の方は一年生に決して無理をさせずに何かあればすぐに私達に知らせてください。我々はすぐに対処できるようにこの三箇所で待機しています」

 

 大き目の地図を開き三つの印を付けていく。

 各生徒たちも手渡された簡易な地図を開き、教師が広げた地図と照らし合わせる。

 そうして集合時間などを確認して、実地訓練が開始された。


 ジーナやリーリヤ達も行動を開始しようと動き出そうとしたが、そこへ別グループの班の子供達が声をかけてきた。


「こうして声をかけるのは初めてになりますね。いきなりで、多少礼を逸しているかも知れませんがどうかお許しを。僕の名前はヤルミル・バジャント。父は伯爵の称号を受けている家柄です。ドローニン公爵家のご令嬢に一言挨拶をと思いましてこうして声をかけさせていただきました」

 さすがに一定以上の教育を受けているのか、優雅な仕草で一礼をして、ジーナに挨拶をする少年。

 

 淡い青色の髪の毛をしており、顔立ちは中々良い部類に入ると思われる。藍色の瞳からは、柔らかい印象をかもし出す光をたたえており、好ましいと思える人物でもある。


 後ろには何人かの生徒を引き連れており、恐らくこの班の、付き添いの先輩を覗いた場合のリーダ格でもあるのだろう。 


「あら、これはご丁寧に、バジャント伯爵といえば中々歴史のある家柄と聞いておりますわ。父からも良く名前を聞いております。貴方が、そこのご子息というわけですね。こちらこそお見知りおきを」

 挨拶を受けたジーナのほうも優雅に微笑み、丁寧に挨拶を返す。

 この微笑だけであるならば、恐らくは10人が10人見惚れると思えるような可愛らしい微笑でもある。


「いえいえ、噂にたがわずにお美しい方ですね。実は入学の時から気になってはいたのですが中々声をかける機会がなく歯がゆく思っておりました」

「あら、お上手なのですね。悪い気がしませんわ」


 本来学校内で、身分をひけらかすことは良しとはしていないのが、この学校の方針でもあるのだが、どうやらそのルールはあってないようなものだ。

 生徒間の間で家柄を盾にしたパワーゲームが水面下で行われていると言うのが実情でもある。


 この年頃の少年少女であれば仕方ないとも言える。

 与えられた空間で自分の力を誇示したいと言うわけだ。


「どうでもいいっすけど早く行動を開始しなきゃ得るものが何もなく集合時間になるっすよ」

 貴族同士の挨拶のやり取りに焦れてきたのか、アラムがさっさとやるべきことをやってしまおうと促した。


「君達がジーナ様の付き添いに当たる先輩ですか……ふむ僕達の班の先輩にも言いましたが、たかが一、二年早く生まれたくらいで、あまり偉そうに指図はして欲しくないものですね。見たところそれほど高い家柄の出身とは思えませんが一応何処の家のものか聞いておきましょうか?」

 先程、ジーナに見せた表情とは打って変わって侮蔑の色が顔に表れる。

 なんという分かりやすい人間だと三人の少年は心のうちで苦笑したが、表情には出さない。


 何処の家柄出身かと聞かれてもしがない平民の出である彼らがそれを正直に言うことはありえない。

 よって後見人の名前を出すことにした。


 とたんに侮蔑の表情から、慌てた表情が顔に出るヤルミル。

 いろんな表情を良くするなあと三人は感心したが、咳払いを一つ立て、精神を立て直したヤルミルは三人に向かってきっぱりと言葉を放つ。


「この学校では身分をひけらかすことは良しとしません。例え貴方がたがヴァフルコフ公爵家に連なるものだとしても、やはり指図するのは好ましくありません。それにこれは我々の授業ですので先輩方は余り口を出さないで下さい」

 先程の自分の態度を省みろこのクソガキ! とマルクは思ったが、ここで揉めていては授業が進まない。


 そんなわけで三人はジーナ達を促したのだが、ヤルミルが一緒にやろうと提案して、二つの班は合同と言うことで授業を進めることにした。


 二つの班の人数を合わせると、7人ほど。

 これに対して付き添いの先輩は5人。うち三人がおなじみの顔ぶれだ。


 合計12人と言う少し多めの人数となっている。

 初めての実地訓練と言うこともあり、他の班もそれぞれ合流して授業を進めるようだ。

 授業内容としては、魔獣の確認。ただそれだけである。


 皆貴族の出身と言うこともあり、じかに魔獣を近くで見たものなどほとんどいない。

 この授業の目的は魔獣がどのようなものなのか軽く確認させ、徐々に慣らしていくと言った事が目的である。


 ゆえに剣や魔法を駆使して魔獣退治と言う事はしなくていいのだが、例年通り一部の跳ねっ返りが腕に自信を持っているのか、「魔獣が出たら誰が一番早く倒せるか競争しようぜ」などと言って煽ったりもしている。


 そしてそれは、レオニード達が見守る班も例外ではない。


「いいですか? 先輩方は例え魔獣が出たとしても手を出さないようにお願いします。これは僕達の授業でもありますので横から出しゃばらないで下さい」

 全く持ってよく出来たお子様だ。

 先輩に対する敬意のかけらもない態度に、さすがに彼らの付き添いについた先輩が不快な表情をする。


「おい貴様! いいか魔獣を甘く見るんじゃない! 先程先生が仰っていたように確かにこの区域の魔獣はそれほど脅威ではないが実戦経験の一年が相手取って何とかなるような奴らじゃないんだ! 去年だってお前のような奴が調子に乗って……そのおかげで付き添いが一人、死んだ。お前みたいな馬鹿を守ってな」

 

「それはそれは、ご愁傷様です。ですが言わせて貰えばただの力不足と言うことにもなりませんか? 先輩でありながら、その程度で命を落とすなんて、結局その方は、ここに来るのにふさわしくなかった人材と言うことですよ」

 そんな先輩の言葉を鼻で笑い飛ばすヤルミル。

 まるで自分はそんなバカとは無縁の存在だと言わんばかりだ。


 ヤルミル・バジャントはその言葉からも分かるとおり、他者を見下す性格だ。

 甘やかされた貴族の典型的な例とも言えるだろう。

 その点に関しては公爵家令嬢のジーナも全く同じだ。

 

 彼は入学してからの一週間、自分の家柄を盾に学年内で次々と派閥を作っていた。

 同じ学年に彼と同レベルの身分を持つものがいなかったのも幸いしたのかも知れない。その試みはある程度うまくいっていたのだが、気になる人物が同じ学年にいたことに対して興味を示していた。


 その人物がジーナである。

 もし、ジーナが男であれば、ヤルミルは対抗意識を燃やし自分の優位性を示すために、様々な手段を講じたであろうが、彼女は女性であった。

 しかも容姿は人目を引くほどの美少女である。となればそうした人物は自分の傍にいることこそふさわしいと考えていたのだが、先の言葉にもあったように中々話すためのきっかけがつかめずいたのだ。


 この一週間彼女を観察していたのだが、一つ上の先輩が三人ジーナに対してなれなれしくしているのを見て歯がゆく思ったりもしていた。


 ゆえに今回の機会を利用し、お近づきになろうと画策していたのだが、やはり目の上のたんこぶが彼女の付き添いについた三人の少年である。


 聞けばヴァフルコフ公爵家の関係者であるみたいだ。

 常に自分が上でないと気がすまないヤルミルは、やはり我慢が出来ないが、先輩であり、ヴァフルコフ公爵の関係者と言うこともあり表に出して彼らを淘汰するわけには行かない。


 特に金髪の先輩は成績優秀で今までの歴代の記録を塗り替えたと言われているほどの人物でもある。

 せっかく自分をアピールする機会にこんな先輩に出しゃばられてはたまったものではないのだ。


「粋がるのはいいが、お前が死にそうな目にあっても放って置くぜ? お前みたいなクソガキのために身を挺してまで護る理由はないからな」

 

 やはりいくらか気分を害したのか、灰褐色の少年がそう告げてきた。


「マルク! それでは付き添いの意味がなくなるだろ! 後輩を導くのは先輩の役目だ! 私的な感情でそのような発言は問題になるぞ」

「つってもよ、そっちから出しゃばるなって言ってきたんだぜ? だったらお望みどおりにしてあげるのも先輩の役目なんじゃねえの?」


 二人の先輩の言い争いを耳にしつつそれでも自分が一番だとアピールするかのように歩を進めるヤルミル。


「あのようなものに付きまとわれて貴方も大変ですね」

 隣にいる少女に優しく話しかける。ヴァフルコフ公爵家の者にしては品が無いと感じたのだ。

 それでも聞こえたらまずいと感じたのか、幾分か声を抑えている。


「ええ、本当よ。全くお父様の命令でなければ、誰があのような人を近づけるもんですか」

 

 ヤルミルの言葉にここぞとばかりに不満をぶつけるジーナ。彼女にとってもようやくお仲間ができたと言ったところなのだろう。


「ドローニン公爵様の命令ですか……?」

 はて? それはどういうことだろうとヤルミルは首をかしげた。

 なぜヴァフルコフ公爵の関係者がこの授業だけではなく、プライベートすらも彼女と一緒にいるのか好奇心が沸いたのだ。


 そしてその好奇心を心のうちに納めるヤルミルではない。


「どういうことでしょうか?」

「護衛よ。護衛。お父様も心配性なのはいいけどもう少し人を選んで欲しいわね。レオンはさすがに礼儀をわきまえているけどあの二人ときたら……」 


「ああ、なるほど護衛ですか……しかしヴァフルコフ公爵家の者にしてはずいぶんと品がないですね……何でしたらこれからは僕が貴方をお守りしますよ? よろしけれドローニン公爵様に提案してみてはいかがです?」


 そうなれば公爵家との繋がりも出来るし、この少女ともお近づきになれる。

 まさに一石二鳥だ。


 そしてジーナのほうもそれは願ったりと言うものでもある。

 あのような無礼な人間が傍にいると言うのは彼女にとって多大なストレスになっているのだ。

 それに比べると、伯爵という家柄、また自分に対する扱いも丁寧であり、不満などあるはずがないのである。


「あら、それは素晴らしい提案ですわ。そうですね今日のうちに父に提案することにします」

 あっさりと了承するジーナだが、それに異を唱えたのがリーリヤである。


「ジーナ。それはさすがに彼らに対して失礼に当たるのではないのか? それにヴァフルコフ公爵の顔に泥を塗ることにもなりかねん。もう少し慎重に考えたほうがいいと思うが?」


「僕達の会話に口を挟むとはどういうつもりなのかな? いいか? 今僕は彼女と話しているんだ。たかが子爵ごときが許可もなしに口を開くな。おまけに公爵家令嬢であるジーナ様を呼び捨てにするとは良い度胸ですね」

 

 お近づきになりたい相手と話せて良い気分を害された……と言う事なのだろう。

 口調も表情も怒りをそのままにリーリヤを弾劾する。しかし、それとは逆に、ジーナがヤルミルに不満の顔をあらわにした。


「私の友達に対してずいぶんと偉そうな口を聞くのね。たかが子爵ですって? そっちこそたかが伯爵に過ぎない分際であまり偉そうにするのはよくないんじゃないの? もういいわ護衛の件はなかったことにします」


 この言葉にさすがにあせるヤルミル。

 せっかく良い雰囲気であったのに、あっという間に水の泡になったのだ。

 ヤルミルとしてはこの女性の存在などジーナにとって、ただの御付きのもの程度にしか認識していなかったのであるが、まさかこのような事態になるとは思ってもいなかった。

 

「こ、これは失礼しました。いえ、決して貴方のお友達を馬鹿にしたわけではなく……その……」

 修正を試みようとするがいい言葉がとっさに浮かばずに尻すぼみになる。


 ジーナはもはや、ヤルミルに興味をなくして授業に集中した。


 やがて彼らの目に魔獣の群れが現れた。

 といっても、かなりの距離があるので襲われる……というほどでもない。

 それでも慎重に風下からゆっくりとそれを確認する。


 ウェアウルフ。

 魔獣のレベルとしてはそれほど驚異になる存在ではない。

 大きさは大型犬よりも一回り大きいくらいで、口元からは天に向かって牙が生えている。

 ちょっとした猪のようにも思えるが、猪に比べると体自体は細身であり、犬のような感じだ。


 クリーム色を思わせる毛皮に覆われており、群れをなして行動する魔獣でもある。

 一匹一匹は大したことはないのだが、群れをなして襲い掛かってこられるとかなり厄介な生き物だ。


 当然肉食であり、街道などに出没して人を襲うことでよく知られている。


 性格は凶暴で、もし今この場にいる少年達の存在に気付けばあっという間に襲い掛かってくるだろうが、その辺をわきまえている先輩がしっかりと指示を出して、気付かれないギリギリの距離を保ち観察させている。


「あ、あれが魔獣……?」

 初めて見る魔獣に対してさすがに緊張のを隠せないのかごくりと唾を飲み込むリーリヤ。

 

「そうっすよ。余り近づいたら群れ単位で襲ってくるっす。見るだけにしてくださいっすね」

 のんきな声でアラムが後輩に軽く注意を促しつつ、周囲を警戒している。

 なんだかんだいいながら、自分の役目をしっかりと果たしているのだ。


「べ、別に大した事ないわね。ちょっとした犬みたいなものでしょう?」

 どもりながらも強がって見せるジーナ。

 分かりやすくこちらも緊張の色を隠せないようだ。


「ふん……何が魔獣だ。あんなのただの野生動物と大して変わりないんだろ? 僕のおじい様なんて、コカトリスやオーガを相手に戦ったこともあるんだ。それに比べたらあんなのなんて」

 先程の件もあり相当に不機嫌なようだ。

 危機感がないのかヤルミルだけは強がりとは違う口調でもある。


「それで? あ、あれを退治すればいいのでしょう?」

 それでもジーナは勇気を振り縛ったのか、はたまた三人の前で無様な姿は見せられないと思ったのか、持っている杖を握り締める。


「別に無理して退治する必要はありませんよ。今回の授業の目的はあくまで魔獣に慣れると言う一環の元に進めていくというのが主な目的です。ある程度確認したらあとは集合場所に戻り、レポート提出して終わりです。まあ時にはそのレポートを頼りに国の兵士が動くこともありますが、どっちにしろ我々が危険を冒す必要はありません」


 レオニードが優しく説明する。その顔には満面の笑みが込められている。

 後輩を指導すると言うことによほど浮かれているようだ。


「わざわざここまで来て魔獣を見て『はい終わり』? ずいぶんと実入りのない授業ですね。つまんないにもほどがあります。それとも先輩達はもしかして怖いんですか?」

 悪意のある笑みで挑発をするヤルミル。

 その程度の挑発に乗っかるものはさすがにいなかったが、気分を害した人物がいるのも事実である。


「だったらお前さんが率先して仕掛けりゃいいだろ? はっきりいうとだな、お前の実力……いやお前ら全員がかかっていっても奴らの餌になるのが目に見えているぜ。まあお前らが食われりゃそれだけ他の人間が食われることがなくなるから、それはそれでいいんじゃねえの? いやはや身を挺して生贄になってくれるなんてな。教会の神父様もびっくりだよ」


 食われたいなら勝手に食われろといわんばかりに、生意気な後輩に向かって更なる挑発を返すマルク。

 ジーナとのやり取りに失敗したヤルミルとしてはここで自分のいいところをアピールして何とか関係を修復したいのだ。


 そのために挑発をしたのだが、逆に挑発され返して頭に血が上る。

 

「マルク! それで本当に大事になったらどう責任を取るんだ? エフィム様に追求が行くことになるかも知れないんだぞ?」

 エフィムの名前を出されてさすがに罰の悪そうな表情をするマルク。

 特に言い返すことなく勝手にしろと言わんばかりに周囲の警戒に当たる。


「くそ、僕の事を馬鹿にしやがって……」


 ああ気に食わない。

 ジーナとの良い雰囲気をあんな下等貴族の出の女に壊された上に、たかが一、二年早く生まれただけの奴らに偉そうに指示されるのも全部気に入らない。

 何故、僕の思ったとおりに事が運ばないんだ。


 そんな気持ちを胸に秘めつつも、さすがに初めて見る魔獣相手に二の足を踏むヤルミル。


 そんな折、遠くから観察していたウェアウルフがにわかに騒がしくなる。


「な、なによ……き、気付かれたの?」

 不安な声色のままジーナが独り言のように誰ともなく問いかける。

 ごくりと唾を飲み込み、いつでも魔法が使えるように集中する。

 他の一年生達もそれに習って各々の武器を構えた。


「……どういうことだよ? なんでこの場所に……」

 マルクの言葉が終わらないうちに、それは起きた。

 

 ウェアウルフの群れが一気に跳ね飛ばされたのだ。

 もちろん全てがと言うわけではないが、群れとして固まっていたので、『それ』にとっては格好の的であったのだろう。


 数匹が宙に舞い上がり、悲痛な叫びと共にそのまま大地に叩きつけられた。

 群れは一気に混乱に陥り、いきなり現れた『それ』に対してなすすべもなく蹂躙されていく。


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