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三話

 ヴァフルコフ公爵家の屋敷で、二人の人物が話し込んでいた。

 一人はその屋敷の当主、エフィム・ヴァフルコフ。

 

 年齢は50代半ばではあるが、髪の色は黒々としており、姿勢も正しくその雰囲気は30代と言っても通用するほどでもある。


 客を迎え入れているためか、服装はそれなりに華美な装いではあるが、むしろ品が良く、見るものの目を楽しませようという意思が現れており、不快には感じない。


 口元にはわずかに髭を蓄えており、髪は長く肩より下に届くくらいに伸ばしている。

 

 そんな彼と相対しているのは、同じく公爵家の当主、ヴァシリー・ドローニンである。

 エフィムと比べると背は頭一つ低く、また40代と言う事もあり歳も一回り違ってくる。

 何か心配事でもあるのか、少し落ち着きがなく、目線が余り定まってはいない。


 本来であれば王宮に勤めているはずの時間帯なのだが、彼らがここにいるということは、それらより重要な要件のためと言っていいだろう。


「こちらで手配のほうは済ませた。何、あの三人であればよほどのことがない限り……いや余程の事があっても切り抜けることの出来る実力者達だ。そう心配することはあるまい」

 

 エフィムが相対している人物を落ち着かせるように声をかけた。

 相対している相手、ヴァシリーがハンカチを取り出し、顔の汗をふき取る。


「でしたら良いのですが……まさかあの事が漏れているとは……知っている人物は限られているはずなのですが」

 同じ公爵家であるにも拘らず、相手に対して敬語を使うと言うことはそれだけエフィムの立場が強いと言うことにもなるだろう。


「ヴァシリー卿の娘を狙っている人物には心当たりはあるが、相手も中々したたかな人物でな尻尾を見せようとはせん」

「やはり、ガラノフ公ですか……」

「であろうな……全く厄介な人物に厄介な事をかぎつけられたものだ……さすがに学校内での襲撃はないとは思うが、権勢欲に取り付かれた人間は手段を選ばぬからな」

 

 苦々しく吐き捨てるように、エフィムは言葉を紡ぎだす。

 ヴァシリーも心配そうな表情を隠そうともしない。

 

「嫌な噂を聞きました……『飛竜の爪』にガラノフ公が接触したと」

 その言葉を聞いてエフィムはますます表情を歪める。


「あ、いえあのような存在は御伽噺のようなものですから、実在などするわけではないでしょうが」

 エフィムの表情を勘違いしたのか慌てて言葉を取り繕うヴァシリー。


「『飛竜の爪』は実在する」

 静かな声が部屋に響き渡る。


「そ、そんな……しかし……まさか……」

「私とて半信半疑であったのだがな……9年前まではな……どうやって接触を図るのか未だに取っ掛かりすらつかめんが……ガラノフめ……どんな手品を使ったのだ……」


「ほ、本当に大丈夫なのですか? あのような若い者達に任せて……」

「心配する必要はないといったぞ」

 威圧するように相手を押し黙らせるエフィム。

 その威圧に対抗できずヴァシリーは押し黙った。

 


               ────────────────

 

「であるからして、魔法と言うものは誰にでも使える物ではなく、魔素マナを感じ取れるものだけが使えるのだが、それらは全て遺伝によって決められている」


 春の日差しがポカポカと窓から降り注ぎ、集められた生徒達の大半は眠気と戦っている。

 今はどうやら魔法の授業のようだ。

 この世界にある魔素マナこれらを使える者は貴族以外にはいなく、また貴族なの中でも使える者と使えない者に分けられている。


 全て遺伝子によって決められているので使えないものはどのように頑張っても使うことは出来ない代物だ。


 基本的には4元素に分けられており、火、風、土、地となっている。

 特殊な例として光や闇、氷や雷、あるいは禁忌の術として邪法と呼ばれるものも存在している。

 魔法の素養があっても使える属性は大抵は一つ、多くても三つから四つとなっているがそれらは、天才、もしくは賢者と呼ばれている人間だけが手にすることの出来る力だ。


 修行により威力なども大きく上がっていくが、修行を怠ればいくら魔法が使えようと、一兵士にさえ負けることもありうる。


 何事も努力が必要と言うわけである。

 そしてこの学校に通う生徒達は皆その素養があり、基本的ことはすでに入学前に済ましているのだ。

 ゆえに初日と言うこともあり、最初の授業はその基本のおさらいと言うわけなのだが、やはり生徒達は実地訓練のほうに興味があるのか、春の日差しもありみな気の抜けた様子で授業を聞いている。


 やがて授業が終わり、皆教室から出て行く。

 お昼休みなのだろう。


 そんな中に金髪の少女と黒髪の少女も混ざっていた。


 二人は公爵家と言うこともあり、また二人ともタイプは違えど人目を引く容姿を持っているので、周りの生徒から好奇の視線を注がれている。


 二人は、そんな視線を無視して食堂に向かう。

 お昼時と言うこともあり、一年生から三年生まで多くの人で賑わっている。

 食堂とはいえ、大貴族のご子息、ご令嬢が通う学校の食堂でもあり、その見栄え、中身はちょっとした高級レストランを感じさせる作りになっている。


 それぞれ好みの食事を注文して席に着く二人。


「はぁ、ようやく一息つけるわ」

 今までの疲れを吐き出すかのようにため息を吐くジーナ。

 

「ずいぶんとお疲れみたいだな」

 リーリヤが苦笑しながら目の前の少女に対しての感想を述べる。


「当たり前よ。今更基礎だなんて、眠くて嫌になっちゃうわ。それにさっきからチラチラと視線がうっとうしいし。ほんとこんな学校来るべきじゃなかったわね」

 未だに不満を持っているのか、ジーナは悪態をつく。 

 リーリヤとしては何とか馴染んでもらわねばと思い、何か対策を考えてはいるのだが、未だに良い案が思いつかない。


 まだ初日と言うこともあり、それほど慌てる必要もないのであろうが、このままでは間違いなく彼女は浮いた存在となってしまう。

 


「ジーナ、そのなんだ……もう少し態度を柔らかくすることはできないのか?」

「あら、充分柔らかいと思うけれど?」

 自分がどんな態度をとているのか自覚がないのか、澄ました表情のまま答えるジーナ。

 


「はぁ、まあ徐々に慣れていくしかないか……」

「大丈夫よ。リーリヤ。私は公爵家の血を引く高貴な人間よ。うまくいくに決まっているじゃない」

 まったくなんの根拠もなく、どこから来る自信なのか定かではないが胸を張ってリーリヤに笑みを見せる。

 全く何の悪意もない純粋な笑みだけに、リーリヤとしてはある意味余計に頭を抱えたくなる。

 こういった部分がかわいく思うと同時に、心配になってくるのだ。


「ほらほらあれが、レオニード様よ」

「噂どおり素敵な方よね」

「実技、座学成績トップ。去年までの歴代の記録をあっという間に塗り替えたのよ。キャーこっち向いたわ」

 などとジーナが思考していると黄色い歓声が沸き上がってきた。

 そして当の本人はその歓声を無視して、二人の下に歩み寄ってきた。


「やあ、調子はいかがですか?」

 優雅に挨拶をしてリーリヤに話しかけるレオニード。



「調子も何もまだ初日だからなんとも言えんな。それよりも凄い人気だな。ジーナ様も少しは見習ったらどうだ?」

「中身のない人達にいくら騒がれてもうっとうしいだけよ。今日はあのチンピラと山猿はいないのかしら? だとすればずいぶんと精神的に楽ですわ」


「だーれが山猿っすか? 世間知らずのネンネ姫の癖にずいぶんないいようっすね」

「まったくだ。ちったあ護られなきゃ何も出来ない無力な自分って奴を省みたらどうだ?」

 いつの間に来ていたのか、ジーナの悪態に対して更なる毒舌で返すアラムとマルク。


「誰が無力ですって! いいこと? この私は大貴族ドローニン公爵家の一人娘なのよ! その気になれば貴方達をその日のうちに揃って処刑する事だって可能なのよ! いい加減高貴な人物に対しての振る舞いというのを覚えたらいかがです? 犬でさえしつければしっかりと言うことを聞くと言うのに貴方達は犬以下ですか?」


「ジーナ!」

「マルク! アラム!」

 黒髪の少女と、金髪の少年の叫びがそれぞれ食堂内にこだまする。

 当然その声は周りの注意を引くことになるのだが、当人達は火花を散らしあい角を突き合わせている。

 

 どうにもウマが合わないようだ。


「そういえば君達は寮に住んでいるのだったな?」

 リーリヤがふと問いかける。


「そーっすよ。衣住食タダっす楽なもんっすよ」


 その答えに、リーリヤは何かを考え始めた。 


「そうか……その寮に我々が住むことは可能なのだろうか?」

「いや、無理じゃねーのかな。一応女子禁制ってことになってるし」

 若い男女を一緒にしてしまうと色々と問題が出てきてしまう。 

 生徒同士の恋愛に関しては特に口出しをする気はないが、妊娠などの騒ぎが起こってしまえば学校側としても非常にまずいことになるのだ。 


 ゆえに男女別にして寮に住まわせていると言うのが現状でもある。

 貴族とはいえ年頃の少女達が通っているのだ。嫁入り前に傷物にでもされたら目も当てられないと言うことなのだろう。


 とはいえその程度で、恋愛に対する情熱をとめられるはずもない。

 中には寮の中で使われてない部屋を利用して、お互いどちらかの寮に呼び出し、事に及んでいる生徒達もちらほら見受けられる。


「そうか……」

 リーリヤは静かにつぶやき、再び思考の世界へと没頭する。


「何か心配事でもあるのですか?」

「いやなに、昨日言われたことが気になってな。学校内の授業に関してはそれほど心配することもないとは思うのだが……やはりそれ以外のことで色々と考えることが出来てしまってな」


 そこでレオニードは彼女が何を言おうとしているのか気付く。


「外からの敵対者による襲撃……その可能性を考慮していると言うわけですか」

 確かにエフィムからは護衛を申し付けられているが、内容までは聞いていない。

 何から護ればいいのか、どういうふうに護衛すればいいのか指示の内容が一切来ていないのだ。


 ましてやわざわざ自分達が護衛につくということはその可能性が充分考えられる。

 となればそういった事は自分達が真っ先に気付くべきではあったのだが、エフィムの手落ちともいえる。

 もしくは信頼されているため、その程度の事は考え付くと思われていたのか……。

「そういうことだ」

「お二人は寮を利用されていないのですか?」

 

 その話題に食いついたのはジーナである。


「どうしてわざわざプライベートを良く知らない人間と共有しなければならないの? 少し考えれば分かることじゃない。私達はお父様が用意してくれた屋敷から通っているわ」

 

 やれやれと肩をすくめるマルク。

 アラムは興味なさそうに食事を口に運んでいる。

 何も必ずしも寮から通わなければならないと言う規則はない。住居を用意できる者はそこから通っているが、親が別の街で働いているのが大半である。

 

 大貴族の執事であったり、侍女であったり、そして大貴族と呼ばれるものの大半は領地持ちでもある。

 

 ゆえに親元から離れているのがほとんどだ。当然中には王宮で働いている親を持っている子供達もいるのでそういった子達は実家から通ったりしている。


「そういうわけでな、君達も私達と住むほうが護衛しやすかろうと思うのだが、どうかな?」

 リーリヤの提案に声を荒げて反対するのはもちろんジーナだ。

 しかし、結局はリーリヤの一喝で口を閉ざすことになる。

 

「私達は構いませんが、屋敷には別の護衛を用意されているのではないですか? 私達の役目は学校内における不慮の事故に対する護衛だと思っておりましたが?」

 

 レオニードがそう思っていた理由として、校内以外では、彼女らの家から派遣されたはずの護衛がついているはずなのだ。

 ゆえに自分達の役目は校内においての突発的な出来事に対しての護衛だと思っていた部分が大半を占めていたのだ。

 もちろん先日、心に引っかかったようにわざわざ自分達を指名して護衛に当たらせると言う部分が気になっていたものの、情報がない以上、勝手な答えを出すわけにも行かなかった。


「まあ……確かにヴァシリー様から派遣された護衛はついているが……何というか皆、年輩の方でな……少々やりづらいというのが本音なのだよ。そこへいくと君達は一つ年上とはいえ同じ年頃だろ? 我々としてはそっちのほうが幾分かやりやすいのだ。特に買い物などに行く時などあのような年輩の方をぞろぞろと引き連れて歩くのはさすがにな……」


 リーリヤの口から出たヴァシリーというのはドローニン公爵家、現当主である。

 興味なさそうに食事に集中していたアラムが、疑問をぶつける。


「おかしいっすね。大貴族のお姫様がわざわざ買い物っすか? 普通は侍女なり執事なり使いの者をやるんじゃないっすか? もっと言えば公爵家相手なら向こうから伺いに来るのが普通だと思うんすけどね」


「普通はそうなんだが、私達はこの街に来てまだ間もなくてな。それで仕立てからアクセサリーまでどこか良い店がないか自分の目で確かめなければ気がすまないのだよ。ああもちろんヴァシリー様から派遣された護衛と一緒になのだがな……どうにも居心地が悪くてな」


 苦笑混じりに理由を説明するリーリヤ。


「公爵家の人間なのに人を引き連れて歩くことになれてないってわけか……今までどんな生活を送っていたんだ?」


「そういうな、マルク。そういうものは人それぞれだろ」

「ま、それもそうか」

 と言って、この件に関しては追求することなくあっさりと放棄した。




 とはいえ、もし外からの襲撃が関わってくるとなると、さらに厄介なことになる。

 何らかの理由でジーナの命が狙われている可能性を考慮するとなると、警戒レベルをさらに上げなければならないのだ。


「エフィム様ももう少し詳しい情報を送ってくれりゃいいのに……」

 ぼやくマルク。


「あるいは、あまり詳しいことを知ってはならない。知る必要が無いと判断されたのか……」

 自問自答するようにつぶやくレオニード。


「まあ、言われたからには護衛はするっすよ。生意気な世間知らずのお姫様相手だろうと」

 悪態をつきながら食事を口に運ぶアラム。


「ふん。例え命が狙われていようと賊の類なんて、私とリーリヤで撃退できるわ。特にそこの山猿とチンピラ。良い機会よね。襲撃者が現れたら私の魔法の力を存分に見せ付けてあげるわ」

 この発言に頭を抱えたのはリーリヤであり、レオニードである。

 残りの少年二人はげんなりとした顔つきを隠そうともしない。


 大人が雇うプロの暗殺者がどういうものかまるで分かっていないのだ。

 たかが魔法を使える程度で撃退できる程度のものであればこの件はとうにかたがついている。

 

 さらにいえば襲撃してきた暗殺者を撃退して、はい終わりと言うわけには行かないのだ。

 その背後関係をつぶしてこそようやく枕を高くして眠れるのだ。

 例えジーナの言うように一度目の襲撃を撃退したとしても二度目、三度目が必ず出てくる。それも最初の襲撃よりもより狡猾になってだ。

  

 背後の人物が諦めない限り何度でもだ。

 ましてや貴族が絡んでいると言うことは間違いなく権力がらみである。

 怨恨の線は薄いだろうと三人は結論を出していたのだ。

 となれば容易に終わるはずがない。

 


「あーまあ、何というか……自信家っすねえ……」

「これはこれで予想通りの性格と言うべきなのか……」

「ともかく今後は軽々しく出歩かないようにお願いします。どうしても出歩く場合は必ず護衛を付けて下さい。我々でもいいですし、屋敷に配備された護衛の方でもよろしいので」

 

 それぞれの少年からひどい言われようだ。 

 目を釣り上げて、怒りを発する金髪の少女ジーナ。


「ふむ……では住居の件。了承してもらえるだろうか? そういわれると全く外にいけなくなってしまうし、それではいささか健康に悪いのでな」


「ええ、私は構いませんが……」

「レオン一人だけなら了承するわ。貴方は礼儀をわきまえているようですし、けどこの山猿とチンピラが私の屋敷に住むなんてぞっとしないわ」


「訂正を求めるっす。お姫様の屋敷じゃないっす。お姫様の父上の屋敷っす」

「まったく権力に毒された人間ってのはそこらのチンピラよりたちが悪いぜ」


 そしてはじまる罵りあいの応酬。

 そんな三人を尻目に黒髪の少女と金髪の少年は引越しに関して話を進め始めた。



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