一話
春の風が建物を優しく撫でる。
雪は溶け出し、土からは新芽が顔を出し始める。
そんな日々が始まろうとしているこの時期、ファリス帝国の首都、アルブルグムの一際大きな建物に多くの若者達が集まっていた。
大きさとしてはかなりのものであり、王宮とまでは行かないもののそれに次ぐ広さがあるといっても過言ではない。
そしてその建物の一角に若者達は集められていた。
大ホールと言えばいいのだろうか、天井はかなり高くされており、豪華なシャンデリアがいくつも飾られ、大きな窓からは日の光が存分に注がれ、その日の光に当たって所々に飾られている絵画や彫刻が一層際立っており見るものの目を奪っている。
ホール内の東側は一段高くなっており、そこに立派な衣装を施した人物が集められた若者達を見下ろし、ゆっくりと口を開いた。
「まずはここにいるもの全てのものに祝福を贈ろう」
老成した声がホール内に響き渡る。
「さて、今期の新入生は63人。君達は今後3年間、騎士見習いとして寝食を共にし絆を深め、そしてその絆が帝国の将来の発展へと繋がることを切に願う」
つまりはそういうことだ。
ここに集められた若者達は皆、将来騎士となるべくしてこの建物に集められたのだ。
ファリス帝国士官学校、それがこの建物の正式な名称であり、そして人数からも分かるとおり厳選された若者しか通うことの出来ない学校でもある。
エリートが通う学校という事である。
簡単に言えば貴族達が通うお坊ちゃまお嬢様学校でもある。
といっても授業の内容は中々に厳しく、時には生徒から死者が出ることも多々ある内容の学校であり、大貴族達はこの学校のありようにかなりの不満を抱いていると言うのが実情でもある。
万が一自分の可愛い跡取り息子、または娘が死んでしまっては目も当てられないと言うわけだ。
どんな形であれ士官学校さえ卒業できれば、帝国における重要な役職に就ける。
ましてや、大貴族であればなおさらだ。
帝国の法律の一つに、士官学校を卒業していないものは大貴族と言えど重要な役職につけてはならないというような法律があり、これは帝国を最初に立ち上げた皇帝が自ら作ったものでもあるので、早々に覆すことが出来ないというわけである。
長い間の平和を享受しながら、いまだ最悪のいわゆる貴族達の横暴が蔓延していないのはこのためでもあろう。
しかしそんな横暴も徐々にではあるが表に出始めてきているのも事実である。
「あーあ、新入生だけ集めてりゃいいのにどーして俺達まであのうっとうしい長話を聞かなけりゃなんねえんだよめんどくせーなー」
そうやって悪態をつくのはこの学校に入って2年目のマルクという名前の男性だ。
身長は170程度で体格はやや細身、かなりくすんだ銀色の髪をしており、いわゆる灰褐色と言う色に当たるだろう。
前髪の長さはやや長めで目よりも下に来ている。
紺のジャケットには炎に立ち向かう獅子の紋様をした校章が縫い付けられており、いわゆるこれが制服にあたる。
また襟元には二本のラインの入った紋様も縫い付けられている。二年目というのを表しているのだ。
「そーっすね、早いとこ寮に戻りたいっす。あんな長話聞くだけ無駄っすよ」
どこか敬語っぽいような話し方をしているのはアラムという若者だ。
敬語みたいな話し方をしているが彼も立派な二年生であるが背の高さはマルクと比べると頭二つ低い。
髪の色は茶色で、少し後ろ髪を伸ばしており適当に纏めている。
一目もはばからず欠伸をして眠たげに目を擦っている。
「お前ら、ありがたい学長のお話を何だと思っている! それが騎士を目指すものの態度か」
彼ら二人を注意したのは見事なまでの金髪碧眼の持ち主で、容姿端麗でもあり背も高くそれに合わせて体格も良く、女性の目を引くには充分な存在でもある。
「あーほんとレオニードは優等生っすね。さすが有望株ナンバーワンってとこっすか」
「チャチャを入れるな。騎士たるものどのような時であろうと年長者の言葉をしっかりと受け止め、後輩達の手本にならなければならない。お前達がそのような態度だと騎士のあり方に疑問を持つものが出てきてしまうではないか。ましてや今は新入生の目があるんだもう少し気をは張れ」
「はじまったよレオンの説教が……ほらほらレオンありがたい学長のお話の途中だろ? しっかりと聞こうぜ。アラムお前もしっかりと聞け」
マルクが慌ててレオニードの注意をそらす。
「う、うむまあ分かってくれればそれで良い」
あまり騒いでいると色々とまずいことになると感じたのか、レオニードはそう言って沈黙する。
その横でマルクとアラムは目を見合わせて苦笑した。
一通りお偉いさんの話が終わり、集められた若者達が皆、伸びをしながら外へと足を向ける。
今日はいわゆる入学式と言うところなので、あとは割り当てられた寮に戻り明日から厳しい訓練に備えるのだろう。
そうしてマルク、アラム、レオニードの三人も皆と同じように外へと足を向けようとしたところ、彼ら三人は呼び止められた。
呼び止めたのはこの士官学校での一番のお偉いさん、アクセレイ学長であった。
年の割には髪の毛が残っているが大半が白くなっており、腰も少し曲がり気味で杖を突いている。顔には歳相応の皺が刻まれており、瞳は歳を経た経験からかどこか慈愛に満ちている感じがある。
「何用でしょうか?」
学長に対して第一声を発したのは金髪碧眼、容姿端麗のレオニードである。
「ふむ……ここじゃ何だからわしの部屋まで着て欲しいのだが、何か急ぐ用事でもあるかね?」
「ええ、あるっす」
「ありません」
アラムの言葉をさえぎりレオニードが間髪いれず答えた。
「レオンそれじゃあ、俺達はこれで、後でな」
そういってその場からそそくさと離れようとするマルクではあったが、その試みは失敗に終わった。
「マルク42期生、同じくアラム42期生、お前達にも頼みたいことなのじゃがな」
一瞬にして襟首を掴まれるマルク。
掴んだ相手はレオニードである。
アラムもすでに抑えこまれている様だ。
「マルク、アラム、学長は俺達三人に用事があると仰っている。お前達の予定など商店街に繰り出して適当に遊ぶ用事だろ? 騎士たるもの何を優先すべきか、そうした判断はとても重要だと思うのだがな?」
「いやいやレオンよ。学長は『用事でもあるか?』と問いかけた以上、我々には断る権利が発生したと見ていいと思うのだが? 騎士たるもの多少の柔軟さを兼ね備えていなければ生死の境に陥った時とても困ることになると思うのだが?」
クラスメートとでも言うべきだろうか、自分の襟首をつかんでいる相手に説得を試みるマルク。
そしてもう片側で押さえ込まれているアラムもそれに追従する。
「そーっすよ、マルクに賛成っす。腹が減っては戦は出来ないっす」
「あーもうお前達は……学長。この二人は快く了承してくれました。早速部屋へ参りましょう」
事実とは異なる回答を示し、力づくで二人を学長の部屋まで引きずりこむレオニード。さすがは有望株ナンバーワンといったところか。
当然引きずられている間、二人はレオニードに悪態をつくが、レオニード自身その抗議は一切受けつけず、二人はとうとう諦めた。
学長の部屋に入ると、三人は横並びになり、机に座った学長の言葉を待つ。
「君達に頼みたいことがあるのじゃよ。簡単に用件を言ってしまえば護衛と言うところかの」
この言葉を聞いて灰褐色の髪をしたマルクは思わず天を仰ぎ、茶髪のアラムはうなだれ、金髪のレオニードは目を輝かせた。
三者三様の反応である。
そして当然この話題に食いついたのは金髪の若者だ。
「護衛ですか……」
はやる心を抑えるかのように小さくつぶやくレオニード。
護衛、騎士なれば誰もが一度はあこがれる任務。まさに騎士の誉れであり、騎士たる者を証明できるチャンスでもある。
とレオニードは喜びをなんとか心のうちに納める。
それとは対称的なのがマルクとアラムだ。
げんなりとした顔つきを隠そうともしない。
ゆえに当然回避を試みる。
「なーんで俺達が護衛に指名されたんすか? 三年生の中にもそれなりに優秀な先輩達がいるっすよ。というより、何処の誰様だか知らないっすけど、たかが騎士見習いに過ぎない俺達を護衛につけるってすでにおかしくないっすか? やんごとなき身分の方であれば王宮からそれなりの人間が派遣されるはずっしょ」
年上であり学長である人物に対しても態度を変えようとせず、疑問を一気にぶつけるアラム。
少しでも矛盾点があればそこをついて断ろうとする意思の表れでもある。
「アラム! 学長に対して!」
レオニードがたしなめようとするが、その前に学長がそれを制した。
「よいよい、アラム42期生はそうでなくてはな」
笑みを深め、優しげにアラムの態度を許容する学長。
「さて、アラム42期生の疑問に答えよう。まず一つに君達が平民出身であると言うこと」
そうこの士官学校は貴族御用達の士官学校の一つでもある。
にも拘らず、何故彼らがこの士官学校にいるのか、それはひとまずおいておこう。
「そういうことっすか……」
その一言である程度事情を察したのはアラムだけではなく、他の二人も同様だ。
「つまり貴族の息がかかっていちゃまずいって事ですね」
マルクが簡潔に答えを纏めた。
それが意味することとは、貴族がらみの何らかの厄介ごとという事になる。
「でもそれなら俺達が関わるのはなおさらまずいのではありませんか?」
レオニードが思考しながら言葉を紡ぐ。
「先方が言うには、その辺はどうやら問題はないとの事だ」
「なーんかめんどくさそーな感じっすねー」
「ともかく話を聞くだけ聞きましょう。続きをお願いします」
レオニードが先を促す。
「さすがに9年前の虐殺を乗り切ったもの達だな理解が早くて助かるわい」
沈黙が降りる。
誰も声を発しようとはしない。
普段軽薄な態度を見せていたアラムでさえ顔から笑みを消して冷徹な瞳で学長を睨みつけている。
学長は息苦しくなるのを感じて、自分が失言したことに気付く。
「いや……すまん今のは失言であった」
罰の悪そうな顔をして孫ほどに若い三人の人物に詫びを入れる学長。
とたんに空気が緩む。
「そーですね。言葉には気をつけてください。その辺はとてもデリケートな問題ですので。それで後の理由は何ですか?」
マルクがこの話題は終了したと意を示す。
「そうだな、あとは君達のその力。それがあれば大抵の事は切り抜けられるじゃろ?」
先程の事を引きずっているのか、歯切れが悪い学長。
「あんまり使いたくねーっすけどね……こんなの」
アラムが口を尖らせて不満そうに吐き捨てる。
「それともう一つ。ヴァフルコフ公爵たっての願いでもある」
「うえ……マジかよ……あーもう断れないって事じゃねえか……」
完全に諦めたのか、大きく息を吐くマルク。
「エフィム様じきじきにですか……まあ、ある程度の事は把握しました。それで肝心の護衛対象は?」
マルクの発言を無視して、レオニードが先を促す。
「それなのだがな、入ってきたまえ」
学長が合図すると、廊下に通じる入り口とは別のドアが開かれ、そこにはこの学校の制服を着た少女が二人現れた。
「初めまして、君達が私達の護衛をしてくれる者かよろしく頼む。私の名はリーリヤ・ゴルトフ。爵位は子爵位だ」
そういって右手を差し出してきた少女は黒い髪を短く切りそろえており、一見すると少年に見えなくもないような雰囲気を漂わせている。
笑顔からは悪意などは全く感じられず、好ましい人柄というのが第一印象でもある。
「子爵位ですか……?」
握手を交わしながら、わずかに疑問を持ったのはレオニードだ。
子爵位と言うのは貴族の中でも決して位が高いほうではない。護衛がいるような身分とも思えないのだ。
とはいっても相手は貴族でもある。何かしらの事情があるのだろう。
そんなレオニードの考えを読んだのかはたまた別の理由からかリーリヤは軽く苦笑して先を続ける。
「ほらジーナ、挨拶をなさい」
リーリヤに促された女性は淡い金色の髪をしており、白い肌にライトグリーンの瞳でこちらの少女もまず美人、美少女といった類に入る人物だが、その顔は先程の少女と違って不機嫌そのものでもある。
何かに八つ当たりするように三人を睨みつけており敵意を隠そうともしない。
「ふん」
その女性が発した最初の一言がこれである。
「ジーナ! いい加減にしなさい」
リーリヤがジーナと呼ばれた女性をたしなめる。
「うるさいわね。この人達があたしの護衛? ずいぶんと頼りないわね。まだ見習いの人間を護衛に当てるって……全くお父様も何を考えているのかしらね」
初対面の相手に対してずいぶんと失礼な言い草だが、彼女はそれを隠そうともせずにはっきりと言葉を口にする。
「大体なんで公爵家のあたしが、学校に行かなければならないのよ。帝国の法律もそろそろ見直すべきなんじゃないかしらね」
ある意味自己紹介とも思えなくもないこの発言である。
「うっわー公爵様っすか……めんどくせーのが来たっすねー」
ジーナはその発言相手を思い切り睨みつける。
公爵家の人間に対して「めんどくせー」などと気が短い人間ならその場で剣を抜いてもおかしくはない発言だ。
そしてジーナは剣こそ抜くことはなかったが、充分に気が短い人間とも言える。
「そこの貴方、このあたしに向かってずいぶんと無礼な口を聞くのですね。この学校の教育はどうなっているのですか? アレクセイ学長? 事と次第によっては貴方の今の役職をお父様に言って罷免することも出来るのですよ」
前半はアラムに対して、後半はアレクセイ学長に対していきなり権力の刃を抜くジーナ。
「我が学校内においては、身分に捕われず皆平等と言うのが規則の一つでもある。それゆえこの学校内においては家柄を持ち出すことを禁じておるゆえ、ジーナ嬢の意見は少々無茶が過ぎるものと思うのじゃがな?」
「ならばその規則は今すぐ変えなさい。これは命令よ。そしてこの無礼な口を聞いた者に対してそれ相応の罰を望みます」
どうやらこのジーナという少女は権力の毒に犯されている貴族らしい貴族のようだ。
自分のわがままは当たり前の事で、自分の意見は全て通ると思っている。そんな考えの持ち主と、この場にいる三人の生徒は把握した。
「いやはやここまで見本どおりの貴族様ってのも珍しいよな」
灰褐色の髪の色を持つマルクが軽く肩をすくめる。
「お姫様っすよ。お姫様。レオンの憧れのお姫様の護衛っすよ。あとはレオンに任せるっす」
気の抜けたようにすでに他人事のような態度をとるアラム。
「お前達。やんごとなき身分の方の前でそのような態度は好まれないといつも言っているだろ! 例えどのような人物が相手であろうとそれなりに敬意を払うのが騎士としての務めだ」
一見するとレオンのお堅い発言のようだが、「どのような人物」と言う部分が彼の心情を表していると言ってもいいだろう。
「ジーナ! いい加減にしなさい! ここでは貴方のわがままはもう通用しないのよ! それにこの学校の授業はとても厳しく、内容によっては死者が出るとまで言われているほどなのよ? いい? ここで護衛を断られて見なさい。今後一年間あなたの命は補償できなくなるわ」
黒髪の少女リーリヤが、公爵家であるジーナを叱る姿はこの二人の関係を表していると言ってもいいだろう。
恐らくは子爵位のリーリヤはジーナの昔からの遊び相手、侍女、そんなところである。また護衛も兼ね備えているのだろう。
そんなリーリヤの一喝に対してジーナは複雑な表情をあらわにしつつ言葉を無くす。
「……ドローニン公爵家、ジーナ・ドローニンよ。護衛なら護衛らしくしっかりと振舞うことね。無礼な口を叩くことは許しません。従順にしていればじきじきに褒美を取らせてもいいわよ。公爵家なんて貴方達みたいな下等貴族には一生縁がないでしょうし。あたしを護衛できることをありがたく思うのね」
多少は受け入れたのか、護衛を了承するジーナだが、やはり言葉には隠そうともしない棘がしっかりと見て取れる。
「んで報酬は? いくらエフィム様の頼みでも世間知らずのお嬢さん相手にただで護衛だなんてさすがにきついですよ」
「無礼な口を叩くな」と言われたばかりなのにも拘らずしっかりと無礼な口を叩くマルク。
わざとなのかそうでないのかは当の本人以外知る良しもないが、マルク自身は特にはばかる様子もないようだ。
当然、「世間知らずのお嬢さん」などと言われた本人はその言葉を発した人物をきつく睨み、口を開こうとしたが、その前に学長がマルクの問いに答える。
「そうじゃな準備金と言うことでいくらか預かっておるわい」
そうして麻袋を取り出し、その中身を机の上に乗せる。
中身は金貨120枚。ちょうど一人40枚と言うところだ。
「うっひゃーずいぶんと太っ腹っすねー。いやーありがたいっす。しばらくは日雇いで稼ぐ必要もなくなるっすよ」
喜びをあらわにするのはアラムだ。
「報酬の高さが頼まれた仕事の辛さを物語ってるよな」
ぼやくマルク。
「護衛。騎士たるものの誉れ。ご安心くださいこのレオニード一命をかけてリーリヤ様、ジーナ様をお守りすることを誓います」
どこか遠い目をしながら目を輝かせるレオニード。
またもや三者三様の反応である。
「それで? 貴方達の爵位を一応聞いておこうかしら?」
ジーナのこの発言に三人は顔を見合わせる。
彼ら三人は平民であり、爵位などもってはいないのだ。
しかしそれを知っているのは、この場においてはアレクセイ学長ただ一人だけである。
さて、どうしたものかとわずかに沈黙していたが、アレクセイ学長が、助け舟を出した。
「この者達はヴァフルコフ公爵家に連なるものでな、まあ爵位は今のところないものの後見人はヴァフルコフ公爵となっておる」
その言葉にジーナは目を丸くし、リーリヤは口をぽかんと開けたまま三人を見つめている。
「……ヴァフルコフ公爵家ですって……?」
「ジ、ジーナ様……」
リーリヤがすがるような目つきでジーナをみやる。
ジーナもどうしていいか分からず、目を泳がせてしまう。
ヴァフルコフ公爵家、当然公爵家を名乗るのであるからして、皇帝の外戚ということになる。
その辺はジーナの出身の家のドローニン公爵家も同じではあるが、簡単に言えば格が違うのである。
皇家からの信頼は絶大なものであり、ヴァフルコフ公爵領は経済流通が盛んでその羽振りは帝国のどの貴族も足元には及ばず、毎年皇家に納める税金は莫大なもので、一族の中からは王宮でその辣腕を振るっている人間が何人もいる帝国貴族最大派閥の筆頭でもある。
現、当主エフィムは、帝国宰相を務めており、皇帝に対する影響力は絶大なもので、宰相を務めているからには当然この帝国首都アルブルグムに居を構えており、彼の領地は現在、その息子が治めている。
そしてその事はジーナもリーリヤも当然知っている。
「あ、あの先程は知らずとはいえ無礼な振る舞いをして大変申し訳ありません」
リーリヤがいきなり詫びを入れてくる。
ジーナもどこか罰の悪そうな顔をしており、どうしたらいいかわからないと言ったところだ。
「気にしなくていいっすよ。別に俺達がヴァフルコフ公爵家そのものってわけじゃないっす」
アラムが金貨を数えながらどうでもいいような口調で言い放つ。
「そーそー別にエフィム様の権力を使えるわけじゃないし、そういった意味ではあんたの言う下級貴族以下って事になるんじゃねえの」
それに追従するのはマルクだ。
「先程学長が仰っていたようにこの学校内に限っては、身分をひけらかすことを良しとしません。出来ればその辺を考慮して仲良くやっていきたいですね」
満面の笑みを見せ、少女二人を赤らめさせているのはレオニードだ。
そうしていくつかの雑談を終え、5人は学長室から退室する。
学長室から退室して外へと向かう間、ずっと黙っていたジーナが突然口を開く。
「いいですこと? いくらヴァフルコフ公爵が後見人であろうと貴方達は私の護衛であることには変わりありません。つまり私が主導権を持っているということです。なのでやはり無礼な口を聞くことは許しませんからね」
どうやらこのお姫様は他人に主導権を握られるのが余り好きではないようだ。
そういって三人に対して自分が一番なのだとアピールする。
「ジーナ、この期に及んで貴方はどうしてそういう態度を取るの?」
「納得いかないのよ! 大貴族である私がこんな下等貴族と一緒に生活するなんて! 大体護衛ですって? 私だって魔法をいくつか使えるのですよ」
そう魔法の素養を持つものがこの士官学校に入るための資格のひとつと言っても良い。
もちろん他にもいくつかの条件はあるものの、この学校に通う生徒達はその力を使いこなせるようにこの学校に通っているのだ。
「あーまあ授業じゃ学年は違うし、そこまで自信があるなら付きっ切りにならなくても何とかなるだろ」
マルクがやる気のかけらもないような態度を取る。
咎めるのは堅物のレオニードだ。
「一度任務を受けておきながらそのような態度は問題あると思うぞ」
「しっかし気が強いお嬢様っすねー……なんか疲れそうっす」
すでに疲れているような声を出し、腹を抑えるアラム。お腹がすいているようだ。
「ほんと貴方達は……もういいですわ。ともかくお父様の命令ですから護衛させて上げますけど余りなれなれしくしないで下さいね。今日のところはこれで失礼するわ。いくわよリーリヤ」
そういって足早に去っていくジーナを慌てて追いかけるリーリヤ。
そんな後姿を三人の少年はポカンと見送った。