レディースの新しいスタート地点
どうしてもレディース達を小説の中でもハッピーエンドにしたくて
ローファンタジー
レディースの新しいスタート地点
午後の光が傾きかける頃、秋月は腕をまくり、誰もいない静かな湯殿へと向かった。
我が家に伝わる鉄の家訓は、体調の良し悪しに関わらず、日々の務めを果たすことを厳格に求めている。
秋月はその教えを内面に深く刻み込み、一切の甘えを捨てて、お道具の束を手に取った。
「よし、今日もみんなが安心して、最高に心地よく寛げる場所を整えよう」
秋月は深く深呼吸をし、冷んやりとしたタイルに膝をついてモップを滑らせた。
浴槽の隅々に残る湯垢や水滴を丁寧に見極め、素材を傷つけないよう、心を込めてキュッキュッと磨き上げていく。
お風呂掃除は、ただ汚れを落とすだけの作業ではない。
そこに集まる家族の健康状態をよしと保ち、一日の疲れを優しく融かすための、神聖な環境づくりなのである。
我が家のお風呂は、街のどこの湯殿よりも一番清潔で、一点の曇りもない。
一日の役目を自分でも驚くほどに見事にやり遂げた秋月にとって、瑞々しく輝く「新湯」を沸かすこの時間は、何よりの誇りだった。
夜の帳が降りる頃、秋月は長年大切に保管してきた特攻服を机の上に静かに広げ、眼鏡の奥の瞳を冷徹に、しかしどこか熱く輝かせていた。
傍らでは、由香里が淹れてくれた温かいジャスミン茶から、爽やかな湯気が一筋、優しく立ち上っている。
「由香里さん、知っていますか。私たちが普段目にする衣服の歴史の中で、独自の美学を貫き通した『特攻服レディース』という存在の、あまりにも熱い系譜を」
秋月は深く深呼吸をすると、その独特な衣服の誕生と変遷、そしてそれが内包する仏教という巨大な精神世界への回帰について、極めてクールに、大人びた口調で熱く語り始めた。
「特攻服そのものは、神風特攻隊の精神に影響を受けた男たちの連帯の象徴として昭和の時代に定着しました。しかし、一九八〇年代から九〇年代にかけて、その男性優位の硬派なヤンキー世界へ、自らの存在を証明するために独自の特攻服を纏って殴り込みをかけた強い女の子たちがいました。彼女たちの特攻服は、単なる男ヤンキーの模倣ではありません。黒や紺といった渋い色合いに反旗を翻すように、純白、あるいは鮮やかな桜色や深紅、紫といった色彩を選んだのです。そして、背中や腕の贅沢なスペースには、気の遠くなるような職人の力技によって、気高き薔薇や乱れ咲く桜、そして美しい文字の漢字の刺繍がこれでもかと細かく刻み込まれました」
秋月は眼鏡のブリッジを人差し指で静かに押し上げ、手元の書物を捲った。ページの上で、豪奢な金糸の刺繍が室内の灯りを鈍く反射する。
「そして、このヤンキーレディースの美学は、必然的に仏教という巨大な精神世界へと回帰していくのです。特攻服の背面を飾る文字の多くは、『天上天下唯我独尊』をはじめとする経典や釈迦の言葉です。レディースのそれは、自己の絶対的な尊厳と、現世の苦難から魂を解き放つための『戒律』に近いものでした。仏教において、現世は『一切皆苦』――すなわち思い通りにならぬ苦しみに満ちた世界とされます。理不尽な家庭環境や社会の闇、思春期の孤独という蟻地獄の中で、彼女たちは己の身一つでその苦界と対峙しなければならなかった。だからこそ、彼女たちは特攻服という名の『法衣』を纏ったのです。背中に刺繍された観音菩薩や不動明王の姿は、自らの内に秘めた不動の心、そして仲間を決して見捨てないという『慈悲』の精神の顕現に他なりません。集団催眠のようなマインドコントロールに陥る凡百の組織とは一線を画し、彼女たちは独自の因果応報を信じていた。特攻服レディースという現象は、最先端の鋭尖を尖らせた、最もエキサイティングで最先端な、信仰に忠実な『現代の尼僧』たちの姿だったと言っても過言ではないでしょう」
秋月の言葉は熱を帯び、彼女たちが命を燃やした、あの伝説の特効(集会・決戦)の夜の情景へと移り変わっていく。
「その特効シーンは、まさに圧巻でした。闇夜を切り裂く、狂おしいほどの爆音が地響きとなって街を震わせます。純白や深紅の特攻服を風になびかせたレディース達は、数百台の単車を完璧な統率のもとで従え、漆黒の公道を完全に制圧するのです。先頭を走る総長の背中には、金糸で刻まれた観音菩薩がヘッドライトの光を浴びて神々しく浮かび上がります。激しい火花と排気ガスの煙が立ち込める中、彼女たちは現世の理不尽なすべてを蹴散らすように、ただ真っ直ぐに、叫ぶような爆音と共に夜の果てへと突き進んでいきました。それは、傷つきやすい青春の嵐の中で、お互いを一番に労り合い、誰の手も決して離さないという強い信念が縫い込まれた、命がけの儀式だったのです。その圧倒的な姿は、衣服の歴史における一種の強者たちの記録として、今でも語り継がれています。このヤンキーグループの人々たちの世界、いえ、この不良たちのコミュニティ(集団)において、彼女たちの名はまさに不滅の伝説でした」
語り終えた秋月の横顔は、一切の無駄な感情を削ぎ落とした仏像のように静かだった。
由香里が深く感嘆の息を漏らしたその瞬間、庭の闇から
「相変わらず秋月の考察は、ぐうの音も出ないほど全問大正解のクールさだな。わっはっはっ」
という健二たちの豪快な笑い声が、夜風と共に厳かに響き渡った。
――しかし、物語はそこでは終わらない。
どんなに激しく燃え上がった夜も、朝陽が昇れば静かに明けていく。
レディース達はやがて、激しい嵐の季節を乗り越え、一人、また一人と単車を降り、特攻服をクローゼットの奥へと大切に仕舞い込んだ。
彼女たちは暗闇の霧から完全に抜け出し、堅気(カタギ←鋸名ではないからね!たまにボケてると突っ込まれそうなのでM1グランプリではないからね)の、普通の健やかな健常者としての生活へと戻っていったのである。
過去の涙の苦労を胸の引き出しに仕舞い、ルールを守って真面目に一歩ずつ進む、正しい光の道へと。
そして数年後の春、最高のハッピーエンドが訪れる。
美しく磨き上げられた街の大きくて白いチャペル(結婚式場)で、かつてのレディースの総長、そして最愛のパートナーとなった秋月との「結婚式」が、厳かに、そして最高の笑顔の中で執り行われていた。
かつて背中に不動明王を背負っていた彼女は、今、純白のウェディングドレスに身を包み、まるで世界一綺麗な大輪の桜のように優しく微笑んでいる。
「秋月さん、私を暗闇から連れ出して、こんなに温かい世界を見せてくれて、本当にありがとう」
「いいえ、あなたのその真っ直ぐな心の強さが、僕たちをここに導いてくれたんですよ」
式場には、お友達の健二や清子、そしてかつての仲間たちが一斉に集まり、
「二人とも、世界一お似合いの強者夫婦だな! おめでとう! わっはっはっ!」
と、割れんばかりの拍手と豪快で大きな笑い声が響き渡った。
それは、誰の心をもストレスなくぽかぽかと温める、祝福の嵐だった。
夜になり、窓の外には驚くほど大きくて綺麗な満月がぽっかりと浮かび上がり、お互いを深く尊重し、礼儀正しく堅気として結ばれたふたりの未来を、いつまでもぽかぽかと温かく、優しく照らし続けるのでした ←作者の特徴に築く使途はいつになるのだろう?(文章の終わりに丸を付けるのは粋ではないので、これからも幸せで生きていける意味を込めて哲学)
おしまい
どうしてもレディース達を小説の中でもハッピーエンドにしたくて
ローファンタジー




