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婚約破棄は承りましたが、そこの娘との婚姻は不可能です。

作者: 衛朱
掲載日:2026/06/10

「イディス・デイリア、私はお前との婚約を破棄する!」


 ああ、やはりわたくしの忠言は聞いていただけなかったのですね殿下。

 心に拡がる虚無感は如何とも仕様がない。

 わたくしとの婚約を破棄したとて、貴方様が抱き寄せているその可憐な少女との婚姻は誰も認めないと言うのに。



 わたくしの名はイディス。デイリア侯爵家の長女です。

 わたくしに婚約破棄を突き付けた方はエディリオ第一王子殿下、ここギレイシム王国の次期国王第一候補ですが…それもあと僅かの事でしょう。


 貴族学園の卒業式が終わり、簡易ながら卒業生を成人した貴族としてお披露目する場であるこのパーティーで、今わたくしは婚約破棄を告げられました。

 おそらく国王陛下には話が通されているでしょう。国王陛下はエディリオ様に甘いですし、状況を考えればおそらく二つ返事だった事は想像に難くないのです。

 その事自体に不満はございません。

 王妃陛下に話を持っていかなかった時点で、お二人の先行きはもう決まっているでしょうから。


 こうなれば、わたくしにできる事はもうございません。


「婚約の破棄、承りました」


 大人しく首を垂れたわたくしに満足したのでしょう、エディリオ…いえ、第一王子殿下は笑みを深め、隣で身を寄せる少女を抱く力を強めました。

 少女は顔に浮かべていた不安を少し和らげました。

 爵位にも学園での成績にも問題のない少女、彼女に罪はないのです。

 ただ、彼女は、決して王子殿下方とは結ばれぬ身の上。

 それを知らぬままこの場に来てしまった事が、咎と言えばそうなのかもしれませんが。

 それを(つまび)らかにするのはわたくしの役目ではございませんので、この場では口を噤みます。


「そして、私はここにいるリジェンヌ・イルガルドと新たに婚約を結びたいと思う!彼女こそ私の『真実の愛』の相手!」


 会場内でまばらな拍手が起きます。しかし多くの人間は無感動な顔で第一王子殿下を眺めるに留めているご様子。


 国王、王妃両陛下は階上の王族席で座したままこちらをご覧になっておられます。

 国王陛下の満足そうな笑顔に失笑してしまいそうになるのは堪えました。

 王妃陛下の澄んだ笑みからは感情が読み取れません。わたくしにもいつかあの笑顔を習得できるのか…定かではありませんが、精一杯努めたい所存です。


「また、イディスはリジェンヌに嫉妬し、彼女に陰湿ないじめをしていた」


 会場内の冷えた空気にも気付かず、主張を続ける第一王子殿下。

 やってもいない事で罰せられるのは御免なので、こちらについては反論いたします。


「そのような事実はございません」

「証拠がある!」

「その証拠が捏造であるという証拠をこちらに用意してございます」


 わたくしの友人が、第一王子殿下の側近候補の用意していた証言とやらをひっくり返す書類を手渡してくれます。

 物証とされているものが、いつ、誰によって入手されたのかについての書類は別の友人から。

 こんな些末事に使う時間はないので、さっさと終わらせましょう。


「そもそも、わたくしがイルガルド嬢に嫉妬する必要はございません」

「またそのような強がりを!」

「強がるも何も、彼女は決して王子殿下と婚姻する事はございませんもの、どこに嫉妬する要素がございまして?」


 嘲るように申したわたくしの言葉に、周囲の方々が静かに同意の気配を滲ませます。

 困惑するのは、先程第一王子殿下に拍手をした一部の生徒と、第一王子殿下およびイルガルド嬢。

 あぁ、国王陛下もですね。


「それが陰湿だと言うのだ!彼女のどこに不足がある?辺境伯家の令嬢であり、成績だって上位だ、何よりお前のように私を蔑ろにしない!素晴らしい女性だ!」

「そうでございますね、彼女には不足はございません」

「……は?」


 わたくしが彼女に対しての悪口雑言でもぶちまけるとでも思われていたのでしょうか、第一王子殿下は間抜けな声を上げて止まりました。

 学園に在籍していた頃も、わたくしは彼女自身に不足があるなどという話は一度たりともしておりませんのにね。

 あまりにも滑稽で、思わず笑みをこぼしてしまいました。


「わたくしはずっと申し上げておりましたでしょう?彼女は王子殿下と婚姻する事はできません、ただそれだけです」

「だから、それは、お前が、嫉妬から…」

「いいえ?わたくしが認める認めないという話ではございません、例えわたくしが認めたとしても、議会も神殿もお認めになりませんわ」

「なぜそこまで彼女を侮辱する!」


 困惑するお二人がそろそろ気の毒になってきましたわね。

 本当に何一つ、お互いの事について調べもしなかったんですのね。いっそ感心してしまいます。

 素晴らしい『真実の愛』ですこと。愛があればなんとでもなるなどと思っていたのでしょうか。


 さすがにそろそろ引導を渡して差し上げた方が良いのでは…と王妃陛下を見上げた所、陛下は広げた扇の向こうで顔を伏せておられました。

 あぁ、流石に耐えきれなくなってしまわれたのですね…とわたくしは目を伏せました。


 第一王子殿下と国王陛下の最後の一幕が始まります。



「ふふ…あはははははは、あぁおかしい…!なんてごりっぱなシンジツノアイ!」


 王妃陛下の笑い声が冷えきった会場に響きました。


「はは…いえ、王妃陛下…?」


 王妃陛下の笑い声に、ようやくお許しが出たか、と会場内の空気が緩み、ひそやかな笑い声があちこちで上がります。

 笑い声は主に卒業生の親達。笑いを堪えるのも大変だった事でしょう、何せこの滑稽な茶番劇は再上演にしか見えないのだから。


 出来の悪い『真実の愛』劇場の再上演。


「イディスの言う通りよエディリオ、貴方とその娘は決して婚姻できないわ」

「王妃、なぜそのような非情な事を言う」

「いやだ、本当に何もわからないなんて…」


 第一王子殿下が声を上げるより早く、国王陛下が的外れな苦言を呈しますが……

 あまりにも状況が見えてない言葉に、王妃陛下の笑いが止まらなくなってしまいました。

 

「あんなに彼女にそっくりなのに、声高らかに真実の愛と謳った相手との関連もわからない」

「は…?」

「髪型だってあの頃の彼女に良く似てる…ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 笑顔で言葉を重ねる王妃陛下に、蒼白になってゆく国王陛下。

 第一王子殿下はここに至ってもまだどういう事か察しがついていないようで実に滑稽ですね。イルガルド嬢もまた同様に。


 笑いの収まった皆様は、再度冷ややかな目で見守る観衆に戻っておられます。

 自分のやらかしも覚えていない国王陛下の行く末を確認し、その対処を確認する心算なのは言わずもがな。


「かつて貫いた『真実の愛』が、いかに刹那的なモノだったのか、実によくわかりますわね」

「まさ、か」

「容貌でわからぬにしても、彼女が嫁いだ家くらい覚えておれば良かったものを…何せ、彼女が貴方との最後の逢瀬を果たして彼女を孕んだの日は、イルガルド家との婚姻式の前日だったのですから」


 たった20年にも満たない期間で何もかも忘れてしまうなんてね、と王妃陛下はより笑みを深めました。

 そのお心は察して余りあります。


 かつて、国王陛下は学園卒業のその日、婚約者であった王妃陛下に婚約破棄を突き付けるという愚行を犯しました。

 王妃陛下に冤罪を被せようとして覆され、条件付きで王太子の座に残る事を許されたのは多くの国民の知る所です。

 先王陛下の直系が彼しかいなかったのも加味はされているのでしょうが、王妃陛下がそれを望んだと言う事が大きかったと伝え聞きます。

 その後の国王陛下はほとんど王妃陛下の傀儡のような状態でしたが、国としてはそれで問題は何もありませんでした。


 それを不満と感じたのか、それとも傲慢にも許されたと考えたのかはわかりませんが、国王陛下は『真実の愛』と宣った相手の婚姻式前夜に、彼女と閨を共にするという暴挙に出たそうです。お相手も望んでの事だったと聞きましたが、当人が儚くなっている以上、真偽のほどは定かではありません。


 いずれにせよ、辺境伯家に嫁いだ彼女が娘を産んだ時、王妃陛下がその娘と国王陛下の親子鑑定をした事は事実。


 そして、それ故に、多くの貴族家は彼女を国王のご落胤だと認識しました。

 ですから、私達の世代に「イルガルド嬢と関わる際には細心の注意を払う様に」と伝えた親が多かったはずです。

 しかし、明確な証拠があるわけではないので、理由まで正しく伝える事はしない親も多かったはず。


 その結果、調査せぬ者達は知らぬまま今日を迎えてしまったのでしょう。


「彼女が貴方の実子である事は、誕生の際に確認致しました」


 王妃陛下の言葉に、ようやく状況を理解したのか、第一王子殿下とイルガルド嬢の顔からも血の気が引いてゆきます。


「公式の記録には残していませんが、それとわかる情報は各所に置いておいたのですが」


 扇を閉じ、笑みを引いた王妃陛下の顔は、既に為政者の顔。

 これを機に、不要な者を切り捨てる事を決められたお顔です。


「まさか、当人達が知らぬまま本日を迎えるとは……これもまた愛の成せる業という事なのでしょうね」


 王妃陛下から視線で合図をいただいたわたくしは、控えさせていた王宮騎士達を呼びました。

 国王陛下、第一王子殿下を王宮まで護送するよう王妃陛下から指示があり、騎士達は速やかにその命を果たします。


「国王と第一王子は、法に逆らって血縁者同士の婚姻を進めようとした罪を問うため、議会の日まで軟禁」


 議会ではおそらく満場一致で王族の地位剥奪と、幽閉または断種して放逐でしょうか。


「イルガルド嬢は純潔の確認、必要に応じて堕胎薬の投与、子を産めぬよう処置した後は平民として放逐」

「お…お待ちください!王妃陛下!」


 イルガルド嬢が王妃陛下に物申します。マナーの成績は悪くなかったはずですのに、なぜそんな事をしたのかは理解に苦しみますが。

 王妃陛下は興味深そうに目を細められて、動こうとした騎士達をお止めになりました。


「発言の許可は出していないが?」

「も…申し訳ない事でございます……ですが」

「……まあよい、続きを聞こう」

「わ…わたくしは辺境伯家の嫡子ですので…」

「嫡子ではない」

「…は?」


 なんという事でしょう、イルガルド嬢は自分の家の嫡子が誰かもご存じなかったようです。

 現在の辺境伯閣下は、夭折なさった弟君のお子を嫡子とし、その子に後を継がせる手続きをすでに済ませておいでなのに。


「そもそも辺境伯がお前の母を娶ったのは、子が要らぬからだ、万が一にも子が生まれた場合は辺境伯家で育成はするが、将来的にどこかに出すか平民にするという約束だった」

「そ…んな…」


 お勉強ができても、情報を得て生かす事ができなかったイルガルド嬢は、茫然自失と言った体におなりです。

 今にも崩れ落ちそうな体を支えて、学園付の小間使い達が彼女を別室へと運んでゆきました。

 あのまま検査と必要な処置をされる事でしょう。


 こうして、卒業パーティーで不要な騒ぎを起こした方々は撤去されました。

 その後は予定通りにパーティーが開催されて、予定通りつつがなく終了したので、この話はここでおしまいです。



 そうそう、王位に関しては一時王妃陛下預かりとなりました。元国王が担っていた仕事はほぼありませんでしたので、大きな変更はなかったと言うべきかも知れません。

 第二王子殿下が成人されるまではそのままの体制になるそうです。

 第二王子殿下は王妃陛下によく似ておられるので、きっと王国も安泰でしょう。


 皆様も、どうか重要な情報の取りこぼし等ないようお気をつけなされませ。


王妃は先王を慕ってたとかそういう話は、この一人称ではねじこみきれませんでした。

まあ都合よく色々あったんだなくらいで読んでいただければ幸い。

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― 新着の感想 ―
で、第一王子は国王と誰の子やねん?やらかした国王に側妃がすぐつくとも思えないから、王妃の子と違うの?
なんでかなりの”ワケあり娘”(王の隠し子で庶子扱い)を領地の外に出しちゃうかな〈辺境伯家
リジェンヌ、大きな問題なく過ごせていれば、王妃様の調整はあれど、それなりの家に嫁げて平和な余生送れたんだろうに残念でしたね。リジェンヌも自分が嫡子だと思ってるなら、第一王子に嫁ぐのは難しいのでは?何、…
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