『母さん』の条件
・・・朝。
静子が銀行に出かける準備をしている。
恋三は新商品のファイルをテーブルに広げ、悩んでいた。
「じゃ、ちょっと行って来ますから」
「うん? あ、気を付けてね。忘れ物は無いな」
「アンタとは違うわよ」
「ハハハ。そうだな」
静子が事務所を出て行く。
恋三は事務所で防犯カメラを観ている。
すると『中年の女』が店に入って来る。
店内には客は誰も居ない。
暫くして、石田さんがバックルームからカウンターに現れた。
石田さんはその女と何か話しをしている。
売り場のカウンターで。
「来るなって言っただろう。帰れよ! オマエの顔、見るとむかつくンだよ。ッたく」
女は石田さんに何かを渡そうとしている。
石田さんは受け取らない。
女はカウンターの上に渡そうとした物を置いた。
石田さんは置かれた物をフロアーに投げつけた。
そして、
「オマエなんか親でもないくせに母親ズラすんな。早くウセロ! クソババー」
女は黙って俯いている。
暫くすると、女はフロアーに投げ付けられた物を拾って、淋しそうに店を出て行く。
恋三はモニターに映った光景を見て、石田さんの母親だと直感した。
恋三は売り場に出て行き雑誌の整理を始めた。
石田さんはレジカウンターの中からフロアーの一点を見詰めている。
恋三は週刊誌を見ながら石田さんにさりげなく、
「どうした? ・・・今の人、石田さんの母さんだろう」
石田さんは恋三の呼びかけに驚いて、
「えッ? 違いますよー」
「そうか?・・・でも石田さんは嘘が下手だなあ。顔に書いてあるぞ」
「え~? 違・い・ま・すッ! オーナーには関係ないっス」
「・・・あの人、時々店に来てるだろう。僕は何回か見た事があるぞ」
石田さんは黙ってしまう。
恋三は、
「優しそうな人じゃないか」
石田さんは何も答えない。
「あの人、石田さんの事を心配してるんじゃないのか?」
「心配? 大きなお世話です。あんなヤツ」
「あんなヤツ? あッ、やっぱり母さんだな」
石田さんはきっぱりと、
「チ・ガ・イ・マ・スッ! アタシには母親なンて居ません。高校ン時、オトコを作って家を出て行っちゃいました。だからあの女は母親なんかじゃ、ナ・イ・ン・デ・スッ!」
「そうじゃない。僕が石田さんと面接した時に言ったじゃないか。覚えているかなあ」
「え?」
「母さんは母さんだ、許せるものなら許してやれって」
石田さんは顔を赤くして怒り始める。
「だって、アタシ達家族を捨てたんですよ。そんなヤツ、母親なんかじゃ無いじゃないですか」
「そうかな。僕はそうは思わないぞ。きっと石田さんの母さんは、家族を捨てて始めて本当の母さんに目覚めたんじゃないのか? 石田さんだって高校を中退して、この店で始めて働いて、いろんな事を経験して、大人に成ったんじゃないか。人間は子供を生んで、直ぐに母親に成れる人と成れない人が居るんだよ。親だって、すべて完璧で完全な親なんて居ないよ。母さんだって自分の人生を歩いてるんだ。いろんな事が有るさ。いろんな事を経験して、本当の親に成って行く人も居るんだよ。父さんじゃない人を好きに成る事もあるさ。それは母さんの人生だ。でもね、それでようやく自分の置かれた立場が判ったんじゃないのか? だから石田さんの母さんは許される人だよ。石田さんの方こそ、もっとオトナに成らなくちゃ。石田さんもその内に結婚して子供が生まれ、母親に成ったら分かるさ」
石田さんは黙って聞いている。
と、石田さんが、
「オーナー。オーナーって子供、居るんスか?」
「子供? 僕は・・・子供・・・居たのかなあ」
「ナニ、それー」
「あッ、いま言った事は絶対、店長に言うなよ」
「何だか分からないけど言いませんよ。オーナーって凄く頭が良さそうだけど、やっぱり普通の人と違いますね。アタシ、オーナーみたいな人、初めて見ました。でも、ソンケイして良いのかなあ」
「尊敬? ソンケイなんかするなよ。石田さんにはもっと尊敬出来る人が必ず出て来る。だから、今度あの人が店に来たら『母さん』と呼びながら喧嘩してあげなさい。あの人きっと泣いて喜ぶぞ。それがあの人に対しての石田さんの本当の親孝行だ。・・・な」
石田さんは俯いてカウンターを見ている。
と、
「ピンポーン」
ドアーチャイムが鳴り、店に客が入って来る。
「いらっしゃいませー」
石田さんも少し遅れて、
「ませ~」
つづく




