保護観察中だった
その日を境に有賀は店に来なくなった。
一週間して・・・。
恋三はいやな予感がして履歴書に書いてある町屋の有賀のアパートに行ってみた。
そこは日陰の古めかしいアパートだった。
101号のドアーをノックする。
「コンコン・・・」
返事が無い。
アパートの住人(男)がコンビニの袋をぶら提げて戻って来た。
男はドアーの前に佇む恋三を見て、
「・・・有賀さんは居ませんよ」
「え? そうですか。どこに行ったかご存じ有ませんか」
「さあ・・・」
通路を塞ぐ恋三を見て、
「すいません・・・」
「あッ」
恋三は通路をあけた。
有賀の部屋の奥隣りの住人であった。
恋三は有賀の部屋のドアーの周囲を見た。
小さく折りたたんだ「紙」が差してある。
紙を抜いて広げると、
『至急連絡する事。10月20日AM8時 蓮見』
「ハスミ? 誰だろう・・・」
恋三は急いで店に戻り、保証人の有賀の父親に連絡を取った。
「もしもし、有賀さんのお宅ですか。アミーゴスの百地と申します」
「誰?」
「あッ、アミーゴスと云う『お店』です。博さんがアルバイトをしていた店の責任者です。お父さんでしょうか?」
「そうだ。・・・アルバイト?」
「はい」
「ヒロシがまた何かやらかしたか?」
「いや、博さんが急に行方不明に成りまして。給料も預かっているし」
「ユクエフメイ? ・・・ああ、それは『収監』されたんだろう。警察に聞いてみな」
「シュウカン? ケイサツ? ・・・と、言いますと」
「アイツは、クスリをやってだんだ」
「クスリ?」
「覚せい剤! 二回目だから捕まる前に階段から飛び降りて逃げようとしたんだ。そん時、足にケガしてな。・・・治るまで『保護観察中』だ」
恋三は聞きなれない言葉に、
「ホ・ゴ・カンサツ?」
「そう。仕事なんかしてたんで収監されちまったんだろう。今度はそうカンタンには出られねえだろうな」
恋三は有賀と面接した時の事を思い出す。
三ヶ月前。
「アリガ・ヒロシと云います。宜しくお願いします」
有賀は履歴書の入った封筒を恋三に差し出した。
「ジャ、ちょっと失礼して・・・」
恋三は封筒を開けて履歴書を取り出し開く。
「えーと、有賀博君・・・二六歳。出身は、福岡県柳川市。柳川高校卒。柳川高校? え! 野球部で甲子園に出場? キミ、出たの? こりゃあすげえ」
「いや~、まあ・・・」
静子も履歴書を覗き込む。
「・・・。へえ~、でどこを守ってたの?」
「あ、ピッチャーです」
恋三は驚いて有賀を見た。
「ピッチャー! エースかよ~。 スッゲ~~な」
静子も驚いて、
「 格好良い~!モテたでしょう」
「いや~あ、そんあ~・・・」
恋三はまた履歴書に目を移す。
「・・・で、卒業して、青田信用組合に就職」
「はい」
「野球は?」
「はい。そこで野球やってました」
「社会人野球?」
「そうです」
「へーえ・・・そう。で、何でそこを辞めたの?」
「怪我をしたんです」
「ケガ? どこで」
「球場です。全治三ヵ月です」
有賀はズボンの裾を上げて恋三に傷を見せる。
かなりの傷である。
「まだ、クギで三箇所止めてあるンです」
静子は心配そうに、
「大丈夫? コンビニって立ち仕事よ」
「大丈夫です。それに医者も少しはリハビリを兼ねて動かした方が良いだろうって」
「本当~?・・・大丈夫かなあ」
「ハイ!この通り」
有賀は座りながら怪我をした方の足を軽く屈伸して見せた。
恋三と静子は不安そうに有賀の足を見た。
恋三はまた履歴書に目を移す。
「で、家族構成は・・・お父さんとお姉さん。あれ? お母さんは居ないの?」
「はい。高校の時、事故で亡くなりました」
静子は有賀を見て、
「え? そうだったの・・・可哀想に。で、お姉さんは?」
「あ、板橋の大学病院で看護士をしています」
静子は少し驚いて、
「板橋の大学病院? もしかして日大病院?」
「そうです」
「あら、アタシの居た病院だわ。なんか有賀サンと縁が有りそうね」
「え! 奥様は看護士だったんですか?」
「そうなの。若い頃ね」
恋三は思った。
「と云う事は、あの履歴書はみんな嘘、『大ウソ』。有賀と云うヤツは、そういう男だったのか。なんてオトコなんだ・・・」
恋三はため息を吐いて机を見詰めた。
有賀が早朝に一生懸命品出している姿や、客の応対をしていた姿が机に浮かんで来る。
恋三は我に返って有賀の父に、
「そうでしたか。・・・で、博さんのお給料はどうしましょう」
「そんなのいらないよ。どうせ迷惑掛けたんだろう」
「え? いや。でも、十五万近く有りますよ」
有賀の父は驚いて、
「十五万ッ! いま、振込み先言うからちょっと書いてくれ」
「え? あ、ハイ。どうぞ」
静子が売り場から戻って来る。
「で、何ですって?」
「有賀は収監されたんだって」
「シュウカン? って何」
「アイツ、『覚せい剤』やってそうだ」
静子は驚いて、
「えッ! うッそお~。そんなの信じられない。あの有賀さんが?」
「うん。アイツの足のケガは、警察に追われて階段から飛び降りた時に、やってしまったんだって。で、治るまで保護観察中!」
静子は信じない。
「それって本当なの?」
「お父さんが言ってるんだから本当だろう。と云う事はこの店は有賀の最後の娑婆での職場って事だな。バカだねえ。アイツ二回目だから、もうとうぶん出て来られないだろうって」
「そう云えば、有賀さんってどこと無く淋しそうな所が有ったわ。・・・そうだったの。あッ、そうだ! そこのケースの上の『封筒』。この間、林くんが有賀さんに渡してくれって、女の人から預かったらしいわよ」
恋三は封筒を手に取った。
「どら? 有賀良子か。・・・これ、有賀の姉さんじゃないのか? アイツ、家族構成だけは嘘じゃ無かったんだ」
「どうしましょう」
「あとで、給料明細と一緒に自宅に送ってやろう」
「そうね」
「バカだよ。本当にバカなヤツだ。僕みたいな男を騙したりして。・・・でも良いヤツだったなあ。アイツ・・・」
書類ケースの上に有賀が忘れていった『マルボロのタバコ』が置いてある。
つづく




