第8話 力の行方
衝撃音が炸裂する。
大地の裂け目から生まれた竜の産声のようだった。
ナイフはミコトマスに突き刺さる前に、トラキの手から滑り落ちた。
診療所の屋根と壁の一部が頭上を越え木の葉のように飛んでいく。
診療所の跡地には、頑強な褐色の鎧がそびえ立っていた。
「キャシィか?お前が」
獣のような荒々しい声が骨にまで響く。
「力の戦士、このポリトゥスが相手だ。」
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「わっはっは。」
リオストスの手当てを受けるミコトマスの横で、ポリトゥスが笑う。
「悪い奴らが暴れてると聞いて駆けつけてみれば、ミコトお前だったとは。」
「なんか僕が悪い奴みたいや...」
ミコトマスは身体の痛みに耐えながらツッコむ。
「五戦士様と知り合いなんて、ミコトマス、身分が高いのね。」
力の戦士ポリトゥスがリオストスを見て笑う。
「いやいや、ただの召使いさ。こんなちっこいときから知ってる。」
ポリトゥスが足もとで手を振る。
「よくままごと遊びしたもんだよなあ、ミコト」
「ああ...。」
ままごと遊びの覚えはないがミコトマスは否定しなかった。
「僕を連れ戻しに来たんだろ?」
「ん?あー、たしかに。それもいいかもな。」
ミコトマスがうつむく。
「でもそれは、俺の任務じゃないわ。別なやつの担当よ。帰りたいなら、ついてこい。」
「はあ...。」
ポリトゥスの言葉に拍子抜けする。
「それよりよお、ミコト。あのディコトムスを出し抜いたんだって?塔から飛び降りて?すんげーな。」
「いや...。」
「お前に逃げられたディコの焦り顔想像して一晩笑ったぞ。でかしたでかした。」
ディコトムスの顔真似をしながら話すポリトゥスにミコトマスは苦笑いする。
「まあお前も年頃だ。一度好きに生きてみろや。そうすりゃ世界の見え方も変わってくる...」
ポリトゥスの部下が捕まえたトラキたちが向こうでうなだれている。
「村も診療所も、壊れてしまった。」
リオストスが悲しげに呟く。
「ポリトゥス、ザルカという薬がこの村を苦しめている。彼らを救ってくれるよね。」
ポリトゥスの笑みが消える。
「俺にできるのは、暴力を止めることくらいだ。」
薬品の匂いでミコトマスは未だ息苦しい。
「ミコトは知らんだろうがな、こんな村珍しくない。治癒魔術師が派遣されてるだけまだ良い方かもな。」
「人々の苦痛を取り除かないと...」
「それ、どうやるんだろうな。」
ポリトゥスのぼんやりした声にミコトマスは返す言葉がない。
「薬の供給を止めたって、暴動が起きる。ザルカ収穫の仕事がなくなる。俺にはそれくらいしかわからんが、ディコトムスやホミニスは、考えてるかもな。」
ミコトマスは傷だらけの拳を握りしめた。
「まあ、安心しろ。俺の筋トレ仲間の治癒魔術師が、今後ここの担当になった。」
筋骨隆々な男が近づいてきて、一礼する。
「新任の、ダイコクスです。」
白衣が張り裂けそうなほどの、筋肉の仕上がりが異様だ。
「さーあ、治療の時間ダァ!」
ダイコクスは野太い声を上げ、トラキがいるほうに歩いていった。
「え...。」
リオストスがポリトゥスのほうを見る。
「大変だったろ。1年間。お疲れさん。君は任務終了だ。」
トラキたちが筋肉医師にひっぱられ、悲鳴を上げているのが聞こえる。
「私の次の仕事は...?」
「いや、聞いてねえな。」
ポリトゥスがその場を去ろうとする。
「待ってください。私はここにいればいいんでしょうか?」
ポリトゥスが立ち止まる。
「ダメだ。」
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「さっきの音、なんだったんだ?」
振り向くと、ムサシナタスが何食わぬ顔で立っていた。
肩に竹の葉がついている。
「ムサシ、戻ったのか。」
ミコトマスは表情を緩めるが、傷口が痛んだ。
「ひどい顔だな。」
ムサシナタスの口元がわずかに歪む。
「君がいればこうならなかったさ。」
「俺がいたらどさくさにお前も切ってた。」
「はは。いてて」
ムサシナタスが懐に手を入れる。
「これ、回してみろ。」
作ったばかりの竹とんぼは滑らかに磨かれており、素朴な美しさを感じさせた。
「風を誘え。」
ミコトマスが竹とんぼを受け取り、そっと手を放す。
高さを保ち、回り出した。
「練習したか?」
「強めの屁でね。」
ムサシナタスは鼻の前を手で扇ぐ。
「お前か。噂の...」
ポリトゥスがムサシナタスを見ていた。
ムサシナタスが剣の柄に手を置く。
「裏の死体...派手にやったな。」
ミコトマスもポリトゥスを見つめる。
「ままごとのお片付けは、しょうがない、俺がやっておく。」
「恩に着るよ。」
ムサシナタスが不審そうにミコトマスのほうを見る。
「まだ帰る気がないなら、先を急いだほうがいいかもな。情報はどこから漏れてるかわからない。」
ポリトゥスが残照が滲む空を眺める。
「お前らの捜索任務は、ビノダロスの担当だ。気ぃつけろよ。あのじいさん、おっかねえから。」
「知の戦士...」
ミコトマスが呟く。
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夜が迫るなか、リオストスは馬に荷物をくくりつけていた。
もっとも、リオストスの持ち物は両手で持てるほどである。
「リオ、もう行くのかい?」
ミコトマスが声をかける。
「あなたも聞いたでしょ。ここに私の居場所はない。」
これまでの凛とした声をリオストスは失っていた。
「今夜は休んで、明日出発でもいいだろ。僕からポリトゥスに頼んでみるよ。夜は危険だ。」
「放っておいて。」
リオストスは勢いよく馬にまたがった。
「馬を貸せ。」
ムサシナタスが突然声を出す。
リオストスは目を丸くしてムサシナタスを見た。
「俺たちもここを出る。どうやら追っ手が迫っているようだ。ミコトは負傷している。俺たちのほうが、馬が必要だ。」
「...!?」
「...何言ってんだムサシ、僕は歩けるよ!あの馬はリオの仲間だろ。」
馬が進みたそうに、鼻息を鳴らす。
「じゃあ、お前もついてこい。ミコトの怪我が治るまで。丁度いい。」
ミコトマスとリオストスは顔を見合わせた。
「僕も...そうしてくれると嬉しいな。」
リオストスは馬の首をひと撫でし、馬から降りた。
「怪我が治るまで。」
「ありがとうリオ。」
きめ細かい星々が空を飲み込もうとするさなか、三人は目的地を持たず歩み出した。




