第7話 視界
脳を揺らすけたたましい音が村の外から近づいてくる。
音の正体は6人の男が吹き鳴らす角笛であった。
男たちは不敵な笑みを浮かべ、身体を左右に揺らしながら、まっすぐ村に向かってきている。
「ヴェスパ組だ」
人々がその名を口にし次第に村中がざわつきはじめる。
ミコトマスはただならぬ空気を察し村長のところに歩み寄った。
男たちのリーダーと思しき人物が上機嫌に口を開く。
「村長殿ぉ、ザルカの受け取りに参ったぞ。」
「おお、キャシィ、少々早すぎんかね、前回の回収も三日前じゃった...」
村長が歩み出て引きつった笑顔で応える。
「毎回約束通りの収穫がないから来てんだが?」
キャシィの顔から笑みが消え、村長を見下ろす。
「...何度も、言ってるじゃろう、今年は、不作なんじゃ...。本来収穫時期じゃない木にも、手を付けてしまっとる...。」
「こっちだって前々から...言ってるよな?」
笑いを含んだような声でキャシィが続ける。
「収穫が足りなければ、こっちの加工部門に若者をよこす。そういう決まりだ。」
「わかっとる、わかっとる。当てはあるんだ。だがまず加工部門にいった者たちの近況を教えてくれる約束じゃろう。」
話しながらキャシィの足元がじりじりと村長に迫り、村長が下がる。
「当て...?いるだろうよ。あんたの息子が。どちらにせよここの若者はザルカがないと生きられない。まさか交渉の余地があると思ってないだろうな。」
村長が顔中に汗を溜め目を見開いているのを見て、ミコトマスはしびれを切らす。
「キャシィさん、一度部屋に入ってゆっくり話しませんか。村長今日は体調が優れないようでして。」
場の視線がミコトマスに集まる。
「誰だ、おめえ。」
「ミコトマスと申します。」
「...その名、王族の名だな。」
キャシィが村長をちらと見る。
「なるほど。」
キャシィが勢いよく剣を抜いたのを合図に、他の5人も武器を構えた。
「待ってください...!私はただの旅人。昨日村長に助けてもらっただけです!」
ミコトマスが手を広げる。
「小細工しやがってよぉ。舐められたもんだなぁ、おい。」
突きつけられた刃にミコトマスと村長の顔が反射する。
「村長ぉ、息子たちがザルカ余計に隠し持ってたときも組長に黙ってやってただろうが。長年守ってやったのにそりゃあないぜ。」
村長はもう言葉を発せないようだった。
「最初からこの村とあんたの生き死には俺が握ってんだ。あんたが死ねば、村ごと加工部門送りだぜ。そんなに組長を喜ばせたいか?」
「キャシィさん!」
キャシィが村長の頭上に剣を掲げる。
「気安く呼ぶんじゃねえ!王族かなんだか知らねえがな、ここの村はヴェスパ組の持ちもんだ。自分のもん捨てるのに、あんたは関係ねえんだ...よ!」
「ジュッ」
剣が振り下ろされた。
ムサシナタスだった。
「オメ...」
キャシィの首が落ちる。
反撃に出んとした5人の中心に立ち、一払いで全員の息の根を止めた。
一瞬血の匂いがしてから、風がそれをかき消した。
「おい...」
ミコトマスが血の気の引いた顔でムサシナタスを呼ぶ。
「村を出るぞ。」
ムサシナタスは平然と応えた。
「なんということじゃ...」
村長が震えている。
「ふおぉぉぉぉお!」
後方から歓喜の声が聞こえる。トラキだった。
「えっぐいわい!キャシィの野郎死におった!」
トラキの叫びを皮切りに、声を殺していた村の者たちが騒ぎはじめる。
人だかりをかきわけ、リオストスが倒れた男たちの傷を診る。
「なんてこと...。」
「軍に知らせる。」
ミコトマスが行こうとするのをリオストスが制止する。
「この男たちはヴェスパ組の手先。ここ一帯はヴェスパ組の土地で、軍は手出しできない。それに」
リオストスが声のトーンを下げる。
「王族から逃げて来たんでしょ。あなたも捕まる。」
「しかし。」
ミコトマスは厳しい表情をしていた。
「なにしてる。行かないのか。ミコトマス。」
「このまま去るわけには行かない。」
「行かないなら、置いていく。」
ムサシナタスが剣についた血を拭っている。
「なぜ、殺した。これでは、なにも話し合えない。」
「話し合ってたのか?脅されてたんじゃなく?」
「君が話し合いに同席してくれれば、殺す必要は、なかったはずだ。」
ムサシナタスの剣を見つめミコトマスは訴えた。
「俺で奴らを脅すのか。あのな、お前が救おうとした村はお前を騙そうとしてた。協力してやる程の村か?」
「そんなことは...。」
村長が目を逸らす。
「俺はお前の用心棒をやるつもりはない。そして判断次第ではいつでもお前を殺る。勘違いするな。」
ミコトマスが歯を食いしばる。
「...もういい。」
冷たい風が、うつむくミコトマスの前髪を揺らす。
「行きたいなら、行け。剣を汚させてすまなかったよ。」
「ああ。」
ムサシナタスが背を向け、森に消えていった。
トラキたちが顔を見合わせている。
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リオストスと協力し診療所の裏に死体を運んだミコトマスは、ムサシナタスの言葉を思い出していた。
「協力してやる程の村か?」
協力してやろうと思ったわけでも、村を立て直そうと意気込んでいたわけでもない。
ただ流れ着いたこの村の人々に救われ、自分にできることを考えていただけだった。
しかし村の問題は深刻だった。
目の前で村長が犠牲になろうとしたとき、動いたのはムサシナタスだ。ミコトマスはただ見ていた。
村長が自分を利用しようとしていることなどつゆ知らず、笑い合っていた。
ムサシナタスだけが、真実を見ていたのだ。
そのムサシナタスに失望された。
思えば、城から飛び立ったときもミコトマスを助けたのはムサシナタスだった。
ひとりでは何も守れない事実。それがミコトマスに深く突き刺さる。
「追いかければ?」
リオストスが言う。
「彼は竹林に行くと言ってた。夕方までかかる距離よ。急げば追いつける。」
「...ありがとうリオストス。いいんだ。ムサシを行かせたのは僕だ。」
「...そう。」
リオストスは軽く返事をし作業に戻った。
ムサシナタスがどういう理由でミコトマスを暗殺しに来たかすら、ミコトマスにはわからない。
二人の間に吹いた風が、ムサシナタスは敵ではないと信じさせた。それだけだった。
「リオ、頼む。」
玄関のほうから数人の声が重なって聞こえてくる。
ミコトマスが建物の影から様子を覗くと、トラキら若い男衆がリオストスを囲んでいた。
「リオ、ここに来てもう1年じゃろ。村のもんはお前を家族として認めとる。」
「キャシィが死んで喜んだのは俺らだけじゃねえはずじゃ。」
5人。皆、目がらんらんとしている。朝一緒に働いたトラキとは別人の目だった。
手にはそれぞれ違った長さの棒を持っている。
「ついに俺らの時代が来たんじゃ。」
「わかるよな?なにが欲しいか。」
顔をこわばらせたリオストスに、男たちが詰め寄る。
「ここのザルカは、治療用よ。それに緊急時に使うためのもの。多くはない。村のための、薬なの。」
「あのよそ者に使う分はあるってか!」
ひとりがリオストスの側にある花瓶を棒で叩き、音を立てて破片が飛び散る。男たちの呼吸が荒くなっていく。
「あの殺し屋、もう出てったろ。ミコっちゃんも元気そうだ。使い所はねえだろうが...。」
「ここのザルカは、渡せません。キャシィが死んで、次の供給もいつかわからない...」
「次の供給がないって!!?」
異様に震えていた小柄な男が突然叫び出し、リオストスに飛びかかった。
リオストスは身をひるがえし診療所に入り扉を閉める。男は扉に勢いよくぶつかりその場に倒れ悶えた。
「トラキ!」
ミコトマスが駆け出すが、トラキたちは扉をこじ開け中に入る。
トラキの仲間の棒が顔をかすめる。
すれ違いざまに棒を奪い、倒れている小男の服に絡めて入り口を封鎖する。
トラキたち3人は既に奥に進んでいた。
外側から見るとこじんまりした診療所だが、中は迷路のように感じた。リオストスが隠れられるように設計されているのかもしれない。
ミコトマスは物音を頼りに進んでいった。
3人は手分けして各部屋を荒らしているようだった。
「リオちゃーん、ザルカちゃーん、どこさいるー」
ミコトマスの目の前の一室からひとりの影が漏れている。薬の箱や物入れをひとつひとつ確認しているようだった。
今は時間を稼げればいいと、ミコトマスは腹を決めた。
「リオ!ここにいろ!ここは安全だ!」
叫びながら部屋の中の男に襲いかかった。
「うおお!」
男ともみくちゃになり、薬の箱を潰す。
中身の粉が床に散らばり足元を滑らせた。
ミコトマスは打撃を受けながらも押さえつけられるのをなんとかかわし、薬の箱を次々に壊していく。
「強、めの、屁!」
箱を壊すたびにミコトマスは風を起こし、粉を舞わせる。
「おい、どうなってる!?」
トラキともうひとりがその部屋にたどり着いたときには部屋中視界が真っ白になっていた。
粉まみれのミコトマスがトラキたちを部屋に引きずり込む。
(へ、へ、へ、へ、)
小刻みに風を送り、薬の粉を混ぜていく。
「ミコっちゃんなあ!ええ加減にせえよお!ッゴフェ!」
部屋にいる者皆、呼吸が苦しくなってくる。
「なんか、めっちゃクセえぞお」
「ここにリオはおらん!外出るぞ!」
トラキが長い棒を横に回し仲間に当てた。
棒を掴み合い進むべき方向を把握する。
「壁をぶち破れ!」
3人が一斉に壁に突っ込み、外に飛び出した。
外の風で粉が四方に飛ばされていく。
ミコトマスは這いつくばり目をこすった。
「ミコっちゃんんん、」
トラキが粉まみれのミコトマスに歩み寄る。
「ただのぼっちゃんかと思たら、楽しませてくれよるなあ。」
平手打ちを浴びるミコトマス。
「トラキどうするこいつ。」
「使い道はいろいろあるわ。」
男たちがニヤつく。
「ひとまず粉もんはよーく叩いて空気を抜こか!」
「おおお!」
男たちが嬉々とし代わる代わるミコトマスを殴った。
歯を食いしばり耐えるだけのミコトマスに、トラキが声をかける。
「どうした。さっきの粉かけはよかったど?」
「んなに...」
「ああ?なんじゃ?はっきり言うてみい!」
「こんなに耐えて来たのか。トラキ。」
ミコトマスが声を絞り出す。
「気が済んだらでいい、気が済んだら、君の痛みを、教えてくれ。」
男たちの呼吸が一瞬止まる。
「な...」
「なに抜かしよるぁ!!そうか痛えよなあ、おかしくなっちまうよなあ。」
思い出したように、男たちが笑う。
「今、楽にしてやるき。」
トラキが懐からナイフを抜き、大きく振りかざした。




