第6話 村の匂い
「...ん」
目覚めると知らない天井。
ムサシナタスは顔をまさぐり意識を正そうとする。
壁際に細長い箱が整然と敷き詰められている。
人の気配がするほうに目をやると、白く小綺麗な服の女がなにやら手作業をしている。
「起きたの。」
女がムサシナタスに声をかける。
「よかった。あなたも元気そう。」
女の言葉を聞き、だんだんと記憶が戻っていく。
落下していたミコトマスを抱えて、かなりの距離を飛び続けたのだった。
王都までの道中もほぼ休まず来ただけあって、さすがのムサシナタスも体力の限界を迎えていた。
不時着のような形でそのまま気を失ったのだ。
「あなたの彼氏さんは出かけてったよ。なにか手伝うって。」
「...あ?」
「恋人でしょ、彼。寄り添って倒れてたもの」
「ふざけるな。」
初対面から不快な印象の女。
斬り殺したい気持ちをこらえるために必要なものをムサシナタスは持っていなかった。
「おい、近くに竹林はあるか。」
_______
「ミコっちゃん、もっと強くだよ。」
「むずか...しいな...」
ミコトマスが樹皮にナイフを立てている。
それより少し上、縄で木に身体を固定した若者がミコトマスにしきりに助言を投げかけていた。
短髪が黄色と黒でシマ模様を成しており、裸の上半身にもシマ模様の入れ墨が目立つ。
「もう一回お手本頼むトラキ。」
「あぁん?しょうがねえなぁ...」
トラキが縄を緩めミコトマスの目線に降りてくる。
サングラスを頭につけなおし、鋭い目つきで樹表を睨む。
「ミコっちゃんはさぁ、お行儀がよすぎんのよな。」
トラキがナイフを走らせると樹皮が綺麗に裂け、液体が溢れた。それを手際よく容器に回収していく。
「さすがです先輩。ッゴホゴホ...」
ミコトマスが感心しつつ、独特な甘酸っぱい匂いに咳き込む。
「大丈夫かぃ。まぁ慣れねえうちはな。そうなるわな。ここのザルカは濃いぃんじゃ。下手に触らんと気ぃつけぇよ。」
「これがザルカ薬になるんだね。」
「...薬っちゅーよりは、麻酔だっけか。ここから国中に送られよる。」
「もう一回、やってみるよ。」
ミコトマスがもう一度ナイフを受け取る。
「いいかミコっちゃん。思い切りよく。でも削り過ぎても、木が死んでまうからな。長ーくザルカば採るにゃ、少しの傷で、少しずつ、じゃ。」
「少しの傷、少しずつ。」
ミコトマスが呟きながらナイフを当てる。
素早く引き裂くと黄金に輝く樹液がねっとりと溢れる。
「えーじゃんえーじゃん。」
トラキがミコトマスの背中を叩き、湧き出る樹液を余すことなく回収していく。
ちょっと叩く力が強すぎる、とミコトマスは思った。
「こんなに傷つけても大丈夫なんだね...」
林の木々にはびっしりと削り跡がついている。
「死なん程度に、やっとるんじゃて。」
トラキの声色にミコトマスはどこか冷たさを感じた。
「おーい!休憩じゃー!メシ食えー。」
ガランガランと錆びた金太鼓を鳴らし中年の男が声を上げる。
「は。ミコっちゃんいるけ、親父張り切っちょる。普段はろくなメシ食っとらんのによ。」
「ああ、村長さん。」
「ミコっちゃん食わしてもらいー。俺はいいから。」
トラキは父親に目もくれず、そそくさと住居のあるほうへ戻っていった。
ミコトマスはトラキの父である村長に連れられ、食事が用意された小屋に入った。
「あ、君!起きたんだね。」
ミコトマスが難しい顔をしたムサシナタスに話しかける。
「本当に助かった。必ずまた会えると思っていたよ。僕はミコトマス。君は?」
「ムサシナタス。」
ムサシナタスが一瞬ミコトマスを見てまた視線を外す。
「よろしくムサシ。僕のことはミコトと呼んでくれよ。」
「...」
ムサシナタスは居心地が悪そうだった。
「ムサシ、この子はリオストス。倒れてた僕らを看病してくれたんだよ。もう聞いてたかな?ありがとうリオストス。」
「用心がないな。」
ムサシナタスはぶっきらぼうに話す。
「ここらじゃ行き倒れは日常茶飯事。村長の厚意で助けてあげたのよ。」
「村長、本当に感謝します。」
ミコトマスが村長に深々と頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ、ザルカの収穫を手伝ってもろてのう。大助かりだで。ほら、腹が減ったじゃろう。食べなさい。」
ムサシナタスは村長の笑顔を不信の眼で見ている。
「ああ!では!お言葉に甘えます...!」
ミコトマスはムサシナタスの失礼な目線を遮るように村長の前に躍り出た。
席につき、4人で食事をとる。
城で食べる料理の味には及ばないが、ひさしぶりのまとまった食事にミコトマスは夢中になった。
「リオストスは、僕らと同じくらいの歳だろ。」
「16よ。」
「えっすごいな。僕のひとつ下だ。」
「年上なのに道端で寝転んでたんだ。」
リオストスが淡々と毒を吐くのをミコトマスは気に留めなかった。
「その歳でこの村の健康を支えてるなんて立派だ。」
「もっとも。国から派遣される治癒魔術師なんて信用してなかったが、リオストスが出す薬は面白いほどに痛みを消してくれる。」
村長が腕を上げて健康を強調する仕草を見せる。
「治癒魔術は一番大事な魔術だと思います。」
「ごちそうさまです。」
話題の中心になり気まずくなったのか、食事を終えたリオストスが席を立つ。
「ところで君たちはどこを目指して旅してるんだい?」
村長がミコトマスとムサシナタスに問いかける。
「えっと...それは...」
「どこでもいいだろ。」
ムサシナタスが席を立ち部屋を出る。
「おいムサシっ、すみません村長!ごちそうさまでした。また後ほど来ます!」
「おやおや、こちらこそすまんよ。」
村長に一礼しミコトマスはムサシナタスを追いかける。
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外の空気はいくらかましだった。
想定外の出来事の連続でムサシナタスの精神は限界が近かった。
「ムサシ、せっかくもてなしてもらってるのに失礼じゃないか。」
ミコトマスが追いかけてくる。
「関係ない。」
ザルカ林のほうを見てムサシナタスが呟く。
「俺はもう行かせてもらう。」
ミコトマスが歩き出そうとするムサシナタスの肩を掴む。
「まだ!...あの風がなんなのか、聞いてない。使い方を教えてほしい。」
ムサシナタスはミコトマスの目を見る。出会った夜と同じ真っすぐな瞳。
「...起こしてみろ。いま。」
「え、わかった...。いくぞ...」
ミコトマスが少し腰を低く構える。
「はっ...!」
「ブォっ」
一瞬風が吹いたようだった。
「...どうだ...?」
「...」
ムサシナタスは表情を変えない。
「強めの屁ってとこだな。」
「え、クサかった...?」
「そういうことじゃない。」
ミコトマスが両手を突き出し深呼吸をする。
「力を入れるな。」
「はいっ。」
「ボフっ」
風が芝を揺らす。
「今のはクサかった。」
「え?...え?」
ムサシナタスが冗談を言うと、皆 真に受ける。
「これじゃ練習にならん。」
「ちょっとっ!」
立ち去ろうとするムサシナタスをミコトマスはまた呼び止める。
「戻るよ。たぶんな。」
「絶対。」
ミコトマスの真剣な視線を振り払いムサシナタスは歩き出した。
成り行きでここまで来てしまったが、いつまでもいてやる義理はない。ミコトマスにムサシナタスを引き留める力もない。
いつでも離れることはできるのだと言い聞かせてムサシナタスは気持ちを落ち着けた。
冷静を保つのに必要なのは、竹とんぼ。
今すぐ竹林に行き竹とんぼをこさえなければ、誰かを殺してしまいそうだ。
「......あの2人なんなんだ?道で拾ったらしいぜ」
ムサシナタスがそばを通りかかったとある住居から、気になる会話が聞こえてくる。
「村長がメシ用意しとった。」
ムサシナタスは壁に身を潜め、呼吸を小さくした。
喉に張り付くような嫌な匂いがする。
「収穫を手伝わせた礼らしいが。」
「手伝わせたって組の要求には届かんに。」
扉の隙間から濃い煙が漂う。
「だからさ。そろそろ未達分の補填に人間が必要になる。」
「村のもんが犠牲にならなくて済むってこと!」
「そうじゃ。さすが親父の考えることじゃ。」
開かれた扉から煙があふれ出す。
ムサシナタスは素早い身のこなしで死角に隠れ、来た道を戻りはじめた。
ここまで読んでいただき大変感謝です。
明日から、毎晩1話ずつ更新してまいります。
ぜひ、ミコトマスの冒険を見届けてください。
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