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第5話 遠く

「随分、たのしそうじゃないか。」

「いいところに来ましたな、宰相。今反逆罪の容疑者を探っていたところだ。その目で見たのでしょう。そやつを。」

言うなと願うミコトマスを見てホミニスは苦い顔をした。

「...ええ、見たとも。そのことか。ちと火力を出し過ぎてな。跡形もなく消し飛んだのだ。というわけで事後調査に手が回らずすまない。」


「呆れたものだ。」

ホミニスの後ろにいる衛兵を指差す。

「衛兵のエンケルに暗殺者の捜索命令が刻まれている。ここからでも読み取れるぞ。」

ホミニスが口をつぐむ。

「がっかりだ。お前はこちら側の人間とばかり思っていた。秩序を重んじる者だと。」

「ディコトムス」

ミコトマスが震える声で秩序の名を呼ぶ。

「彼を逃がしたのは私の責任だ。」

「そんなことは。王子を盾にし逃げる卑劣極まりない者だったのだ。」

ホミニスがミコトマスの意図とは違う説明を加える。


「美の戦士よ、日没まで、いや太陽が悪魔の峰に突き刺さる刻まで、時間をくれないか。必ず暗殺者を見つけ出し真相を突き止めてみせよう。」

ホミニスの自信に満ちた笑顔をディコトムスは睨み返す。

「思い違いをしているようだが。私が恐れているのは暗殺者じゃない。そいつの能力でもない。」

ミコトマスはディコトムスの言葉を察して息が詰まる。


「民の心が、離れることだ。お前たちが得体のしれない暗殺者を逃がしたこと、その暗殺者が街の何処かに潜んでいたことなど既に民の耳には届いている。ましてや魔術の理の外にいる存在だと?我ら王族の信用は地に落ちる。この国は魔術によって栄え魔術によって守られている。」

「だから魔術師である私が捕まえると――」

「半日かけて。どうだった?奴の尻尾を捕まえたか。」

反論に窮しホミニスが歯を食いしばる。

「既に魔術では手に負えない事態だ。それに奴はもう遠くに逃げ去った可能性が高い。派手な凱旋行進が仇となったかな。」

「いや、彼はきっとまだ街にいる。街の人と協力して探せばきっと見つけ出せる。」

ミコトマスが口を開く。


「協力する?見上げたものだ。そこまで王国の失態を晒すおつもりか。」

「民は我らを慕っている。協力共生がこの国の力のはずだ。」

「感情で統治が為せるだろうか。そういえば未だに国民との家族ごっこに興じているんでしたな。なにか成果を得られたのか。」

「ディコトムス。」

ホミニスのなだめる声。


「若君あなたの行動が民の不満を引き出すきっかけになっていると聞いている。魔術も剣術も政も未熟な者がみだりに民と触れ合った結果だ。民は繊細なものだ。性質を学ばぬままうかつに手を出して、お前はその後の責任を取れるのか?」

ミコトマスの視界が濁ってゆく。

「"協力"して暗殺者を探した先で、民に犠牲が出たら。民が命を落とすことになったら。」

ホミニスがディコトムスの肩に手をやる。

「私の記憶は操作できまい。」

ディコトムスの眼光にホミニスは息を止めた。

ミコトマスは声を失い立ち尽くしている。


「――っ。わかった...私の負けだ。今回の件は、私の監督責任だ。」

「無論。」

「反逆者を見過ごした罪を甘んじて受け入れよう。」

ホミニスが両手首を差し出し、ディコトムスがエンケルを巻き付け術をかけた。

ホミニスの魔力は吸われ、力なく頭を垂れる。

衛兵たちが四方を囲みホミニスを押さえた。

「兄上もさぞ悲しむだろう。お前を心から慕っていた。」

ディコトムスは国王の弟、ミコトマスの叔父にあたる存在だった。


「待て、僕も同罪だ。連れてってくれ」

「若君。あなたは唯一の目撃者だ。真相を解明するまで協力してもらうよ。」

「唯一...」

「そうだ。恐らく王族議会の裁量でホミニス宰相は生贄として処されることになる...。」

「ホミニス...!」

ミコトマスが知るホミニスと思えぬほど、魔力を奪われた姿が痛々しかった。


「よきシナリオを思い付いた。昨晩の暗殺者は城に潜伏していたが美の戦士ディコトムスと宰相ホミニスによって討伐された。ホミニスは強力な暗殺者相手に勇敢に戦うも深手を負い国に命を捧げた...と。これなら民の忠誠もさらに高まることだろう。」

衛兵の中には涙ぐむ者もいた。

「お見届けました...!」

「誇りに思います。」

衛兵たちが思い思いの言葉をかけていく。


「ホミニス!」

ミコトマスが甲高い声を上げた。

皆の視線が一点に集まる。

「私は嘘で守られるつもりはない!なあディコ、真実なら今くれてやる。」

ディコトムスが呆気に取られている間にミコトマスはバルコニーに走り出した。

突然の素早い動きに、埃が舞う。


「ホミニスの魔術を消したのはこの私だディコトムス!すべては...僕の反逆だ。」

振り返り、空を背にミコトマスは叫んだ。

バルコニーに掲げられた旗がひらりと裏地を見せる。

「王位を捨てるか。お前が、どうやって消したというんだ。」

ミコトマスはムサシナタスの剣を拾い上げた。

「ミコトマス。それを捨てろ。お前いったい、何なんだ?」


ミコトマスは答えるしかなかった。

掌から、あの夜の感触が滲む。


「風だ――」


剣で空を裂くと風が大きく流れた。

ディコトムスがホミニスのエンケルを外しミコトマスに投げつける。


(風になれ)

ミコトマスは念じ、刃を空に向けて振るった。

風はミコトマスを抱き、ミコトマスは天高く舞い上がる。

ディコトムスのエンケルはミコトマスに触れられず階下に落下していった。

上空から生気を取り戻したホミニスの顔が見え、またたく間に小さくなってゆく。


ホミニスは唯一の目撃者として生かされる。ミコトマスはそう思い安心したが、この後のことは勘定に入れていなかった。

呼吸もままならない突風のなかで、ミコトマスの意識が遠のいてゆく――


_______



目まぐるしい凱旋行進の余韻に包まれた街の人々は浮き足立っていた。

幸い人混みに紛れて移動しやすい。

ムサシナタスは街を出るためにそろそろと歩みを進めた。


王子をこの手で殺すことが、人生の目的だった。

しかし今となっては、殺してなにも得られないことのほうを恐れていた。

王子を生かすことで、変わるなにかがあるのかもしれないという思いを胸に秘め、ムサシナタスはこの地を後にするのだ。


そんな思考を削ぐために、手に取ろうとした竹とんぼが、今はない。

まずは竹林を目指そうとムサシナタスが風の匂いを伺うと、不自然な流れを感じた。


城のほうから、新しい風が吹いている。

大きな風だった。

見上げると、若者が風に拐われている。

(あれは...)

ムサシナタスはそれが自分の標的だった男だと気づいた。


あの風は完全に制御を失い、すぐに消え去る。

あの男は落下して死ぬだろう。

それならば、あの夜殺してもよかったはずだ


上昇気流を架ける。


ムサシナタスが、飛び立った。

命を救われたからでも、なにかを願うからでもない。

ただ、あの夜の感覚を覚えている。


勢いよく、ミコトマスの身体を抱き止めた。

もう一度、上昇気流。飛行を安定させる。

「...君は」

ミコトマスが虚ろな目で語りかける。

ムサシナタスはただ進行方向を見据えていた。


「...ありがとう」

そのひとことを絞り出しミコトマスは目を閉じる。

風の音と圧力が二人をただ守っていた。


「どこへいく。」

少し間を置いてミコトマスが答える。

「...遠くへ。ずっとずっと遠くへ。行ってくれ。」

「...遠く。」

ムサシナタスはミコトマスを抱え、風を迎え続けた。

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