第3話 明くる日
朝を迎えてからどれくらい経ったろうか。
休息を求める身体に反して、連鎖する思考はミコトマスに眠りを与えなかった。
いつになく動揺したホミニスの顔が思い出される。
『ミコトマス、奴と何か話したか?』
『どうやってここに?』
答えられないミコトマスの脳内で、記憶の曖昧さと起きたことの衝撃が同居していた。
「誰にも話すんじゃないぞ。」
そう言い部屋を後にしたホミニスは一晩中城を駆け回っていたらしい。
街を見下ろすとホミニス直属の衛兵たちが至る所に散らばっている。
昨夜の暗殺者は見つかったら殺されるだろう。
もしくは既に遠くに逃げ延びただろうか。
ミコトマスは大きく息を吐き、ムサシナタスから感じた痛みを思った。
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「屋根にピンクの...」
ムサシナタスは預かったペンダントを眺めながら、昨夜の出来事に思いを馳せていた。
確かに王子を暗殺しに、あの場所に降り立ったはずだった。
どうしてか今、名もなき庶民の家を探している。
今は行動の理由について考える余裕はない。
ペンダントを置いて去るだけ。
ドアの前に置いて去るだけだ。
思考を振り払うように歩き続け、屋根に小さな花が点々とそよぐ民家にたどり着いた。
特段目に留まることもないありふれた家だった。
玄関前でペンダントを落とそうとした矢先、ドアがぎこちなく開いた。
「あれ、あなた、どちら様」
この家の家主シロテだった。驚いてはいるがムサシナタスを恐れる様子はない。
「...」
ムサシナタスはペンダントを握りなおした。
沈黙の中、シロテの横から少女が飛び出す。
「ペンダント!直ったのかな!」
嬉々として叫ぶハナムの声に、ムサシナタスは身体をビクッと震わせた。
「ペンダント?」
シロテがムサシナタスの手のひらを覗き込む。
ムサシナタスは二人に恐る恐るペンダントを見せた。
「ちょっと壊れちゃって...ミコトマスに直してもらってたんだ...」
ハナムがバツの悪そうな顔で告白する。
「え、そうなの?ほんとだ、前よりすごく綺麗になってる。」
ピンクの石の輝きは、ミコトマスによって丁寧に磨かれたものらしい。
ムサシナタスは美しいものをじっと眺めたことがなかったことに気づいた。
「わざわざこれだけのために来てくれたのね、ぜんぜん、いつでもいいのに。」
シロテが機嫌を損ねなかったのでハナムの表情が再び明るくなった。
ムサシナタスは目を合わせられず少しうつむく。
「ミコトマスの付き人も大変ね。お忙しいでしょうに。この後もすぐお仕事なの?」
「......や...」
ムサシナタスが声にならない声を漏らす。
「少し時間あるなら、サボって行きなさい!あなただいぶ臭いよ!今朝沸かしたお風呂まだ冷めてないから、ほら、入って入って」
シロテが強引にムサシナタスを家に引き入れる姿を見て、ハナムが笑っている。
気づけばムサシナタスは意志もなく脱衣所に押し込まれていた。
雨風に晒されない、獣も入り込まない安全な場所にいる感覚が不思議だった。
同時に自分の身体が限界を迎えていることに気づく。
ムサシナタスはその場に座りこんだ。
「...たしかに、臭いな。」
ムサシナタスは力を振り絞り風呂に入ることにした。
服を脱ぎ湯に浸かってみると、長旅でついた傷跡が染みた。
やはり頭の中には昨夜の出来事が浮かんでくる。
ミコトマスの瞳に映る光を思った。
自分が目的を遂げられなかったことに戸惑いつつも、えも言われぬ高揚感が残っていた。
一体これから、どこに向かえばよいのか。ムサシナタスは答えを出せないまま風呂を出た。
シロテが用意した深緑色の服が柔らかい。
「お、男前じゃないの」
シロテがテーブルに料理を並べながら言う。
ムサシナタスは目を逸らし少し頭を低くした。
「無口ねえお城のかたは。」
ハナムが飛んできて、ムサシナタスを椅子に座らせる。
「ごはんだよ!」
ムサシナタスは空腹の概念を思い出し、料理に見とれた。
「おにいちゃん、目がよだれ垂らしてる。」
シロテが言ったが、ムサシナタスは"おにいちゃん"が自分のことだとは思わなかった。
ハナムが薄いパン生地に野菜ソースを乗せて食べているのを真似て、ムサシナタスもそれを口にした。
手際の悪さと反対に、食べるのはひと口だった。
「私が作ってあげる!」
ハナムが手早く用意し、ムサシナタスに渡した。
「ありがとうは!」
「...」
「ありがとう!」
「...ありがとぅ」
ムサシナタスはかすれた声で感謝を述べさせられた。
ハナムが満足そうに微笑んでいる。
「お城のお勤めは本当に大変なのね。」
「...」
「ミコトマスの付き人は特にそうか。ほんと自由だよね、あの子。」
「自由...」
ムサシナタスは決して自由には見えなかったミコトマスの姿を思い出す。
「びっくりしたわ、王子だって聞いたときは。泥だらけになりながら収穫を手伝ってて。」
「ねえねえ、これ、なにー?」
ハナムがムサシナタスの持ち物を指差していた。
「...それは、竹とんぼだ」
「タケトンボ?」
「どうやって使うの?」
シロテとハナムの視線を受け、ムサシナタスは竹とんぼを手に取って指先で回し手から離した。
「おぉ!」
竹とんぼが飛びあがり、やがて勢いを失って落ちてくる。
ムサシナタスはその真下に手をかざし、滞空させた。小さな風の渦を発生させている。
「静かな魔術だね。」
「いや、これは魔術じゃない。風だ。」
ムサシナタスは反射的に語っていた。
「ハナムもやる!」
「...ああ」
風をしまい、ハナムに竹とんぼを受け渡す。
竹とんぼを握りしめ、ハナムはムサシナタスをじっと見ている。
「...どうやってやるの!!」
ムサシナタスがしぶしぶ口を開く。
「最初は、両手で挟んで、回すんだ。」
ハナムが両手を擦り合わせると竹とんぼが天井まで飛び上がった。
「すごい!」
「わー!」
シロテが手を叩いたときには竹とんぼは床に落ちていた。
「風だ!」
「これは、風じゃない。」
「でも楽しい!もう1回!」
ハナムは何度も竹とんぼを飛ばし、拾ってはまた飛ばして喜んでいる。
「すごいじゃない。あんなおもちゃ見たことないわ。」
「おもちゃか」
ムサシナタスは呼吸を整えたり、怒りを鎮めるときに、竹とんぼを回していた。
剣と同時に与えられたこれを、楽しいと思ったことはなかった。
「ミコトマスも珍しいおもちゃを持ってきて、子供たちと遊んでくれてたな。自分も子供みたいな顔して。」
シロテの言葉で、またミコトマスの瞳を思い出す。
「きっとあの子は、王様は向いていないわ。」
「...?」
「私たちもミコトマスに期待をかけすぎちゃってるのよね。ミコトマスは他の王様や五戦士様とは違う。私たちに寄り添ってくれるから。」
「...そうか。」
一定の間隔で竹とんぼが床に落ちる音がする。
「ミコトマスがいれば、なにかが変わる、って思いたくてさ、甘えちゃってるのかも。」
「なにかが変わる...」
ムサシナタスの中で、ミコトマスの声がこだまする。
「ミコトマスが私たちに会いに来てくれなくても、王様たちがこの生活を守ってくれてるのはわかってるはずなのにね。」
ムサシナタスはシロテがペンダントを握りしめていることに気づいた。
「...ありがとう。」
静かな部屋にムサシナタスの声が響いた。
持ち物を手に取り、部屋を出ようとする。
「タケトンボ!」
ハナムがムサシナタスに返そうと手を伸ばす。
「...持っておけ。」
シロテがクスッと笑う。
「よかったねー!」
「よしゃー!」
ハナムは大喜びしながらムサシナタスに声をかける。
「おにいちゃん、名前はなに?」
「...」
「ミコトマスが、友達には名前を聞くんだって言ってた!」
シロテがムサシナタスを見て微笑む。
「...ムサシナタスだ。」
「ムサシナスまたね!」
「またいつでもおいでね。」
二人に見送られ、ムサシナタスは家を後にした。
なにやら、外が騒がしい。
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夜明け前から続いていた捜索だが、正午を過ぎても一切の手がかりを得られていないようだ。
ミコトマスは相変わらず思考の沼にはまり、出された食事にも手をつけられなかった。
ミコトマスがなにも知らないことを察して、昨夜のことをあれ以上追及してこないホミニスを聡明に感じた。
昨夜握った剣はバルコニーの端で転がされたまま、布をかけられている。
あの剣をもう一度手に取ればなにかが起きるような予感がしていた。
「タッタッ」
階段の先からホミニスの足音がする。
普段より余裕のない音だった。
「ミコトマス...!」
「どうだ、ホミニス、」
「ディコトムスが戻る。もうすぐだ。」
ディコトムスは五戦士のひとり。
美を司る。
投稿初日、見届けていただきありがとうございました。
明日も複数話投稿していくので、お付き合いいただけると嬉しいです。
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