第1話 王子
風が世界を渡る物語のはじまりです。
楽しんでいただけますように。
雲を突き抜ける山の頂に、街は張り付くように築かれていた。
長旅の末この天空都市にたどり着いたムサシナタスは、中心にそびえる荘厳な城を睨みつけていた。
腰に携えた剣の感触を確かめ、色彩を失った眼を見開く。
ムサシナタスは今夜、王子を暗殺しにやって来たのだった。
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「君の痛みを教えてくれ。」
ミコトマスが真っ直ぐな瞳で、道の片隅でうずくまる男の子に声をかけた。
「ミコトマス...!道に迷っちゃって、うちに帰れないんだ。」
「それは大変だ。君のうちならどこかわかるよハビロ。さあ行こう。」
「さすが王子様!」
ミコトマスはこの天空都市を都とするラーフィール王国の王子である。
しかし不用心にも足しげく街へ繰り出し、人々と触れ合うのが日課だった。
街の構造を把握し、住人の名前もほとんど覚えていた。
「ミコトマスぅ!今日も来たのか!」
「街の平和を頼むよ王子。」
すれ違う人々はミコトマスに気兼ねなく声をかけた。ミコトマスも笑顔でそれに答える。
温かな声たちがラーフィール王国の平和を物語っていた。
やがて男の子の家にたどりつき、ミコトマスは次の痛みを尋ねゆく。
「ミコトマスー!ばあさんが出先で腰をやってしまって。ここまでおぶってこれたんじゃけどそろそろわしが限界じゃ。少しだけおぶってやってもらえないか。」
「ケシ爺、しょうがないなぁ。」
ミコトマスはゆっくりと老婆を背負い歩き始めた。
「すまないねぇ王子。たくましいものじゃ」
「なにを言うとる。ミコトマスはたくましいなんてものじゃないぞ。この前なんて診療所の壁に使う大岩をひとりで運んどった。」
老夫婦の言い合いが微笑ましい。
「これくらい、戦士実習に比べれば楽ちんさ。」
「さすが未来の王様じゃ。なんの五戦士様になるのか楽しみじゃ。」
五戦士は国を守る戦士であり、国民の信仰の拠り所。
五戦士の掲げる5つの正義に従い、人々は日々真っ当に生きようと努めていた。
「ありがとうねぇ。ミコトマス王子。五戦士様になっても、こうして会いに来てくれたらいいのに。」
五戦士は統制が難しい辺境の地へ遠征していることが多いのである。
ミコトマスも、できることならこの街の人々と共に生きたいと願っていた。
そんなことを考えながら歩いていると、目に涙を浮かべた少女を見かけた。
「ハナム、どうしたんだ?」
「ミコトマス...お父様から預かったペンダントを壊しちゃったの...。」
ピンク色の石が丁寧に守られた美しいペンダントだった。留め具が壊れてしまっている。
「どれどれ、これくらいなら、すぐに魔術で直せるよ。」
魔術は支配階級の者が持つ特別な力。王族であるミコトマスも例外なく魔術の心得があった。
ミコトマスはペンダントを握り、力を込めた。一瞬、指の隙間から光が溢れたようだった。
「......あれ。」
ピンクの石は細かい紐でミコトマスの指に絡みついていた。
「...直ってない。」
魔術の失敗を目の当たりにした少女はいたたまれない表情をしている。
近くにいた人々もとっさに目を逸らした。
「ごめんもう一度...!」
ミコトマスは視線を泳がせ、ぐちゃぐちゃに絡まった紐をなんとかほどこうとした。
「お父様、お仕事でしばらく留守にするから、必ず取りに戻るからって言っておうちを出たの。家族の宝物なのに。それを壊しちゃった。」
肩を震わせうつむく少女の声を聞き、ミコトマスはペンダントを見つめ直した。
「大丈夫。少し時間はかかるけど、必ず直すから一度僕に預けてくれないか。魔術は下手くそだけど、手先は器用だからさ。」
ミコトマスの自信に満ちた笑顔を見て、少女の不安は少し軽くなったようだった。
一抹の安堵を得たミコトマスの耳に人々のささやき声が届く。
「あの子の父親の配属、スパイダーフォレストの探索隊じゃなかったか?」
「だよな...。そこの配属じゃあ、生きては帰れないだろうよ。俺は道路整備任務だったからなんとか帰ってこれたけどよ。」
「いくら五戦士様の指揮でもな。俺達は使い捨てだ。」
「おい、五戦士様を悪く言うと危険だぞ。」
「さて!お母さんが心配して待ってるよ!うちへ帰ろう。」
隣人の冷たい会話が少女に聞こえないよう、ミコトマスは空元気に歩き始めた。
少女の家の前で、母親が待っていた。
母親はミコトマスを一瞬だけ見て娘に声をかける。
「ハナム、やっと帰ってきた。おかえりなさい。お母さん王子様に話があるから、先に入ってなさい。」
少女が不安そうな顔をしてミコトマスに手を振る。
ミコトマスは少女に見えるよう、ペンダントを握っていた手を開いて微笑んだ。
パタンとドアが閉じられる。
「ミコトマスあなた、また娘に父親の話をしたんじゃないでしょうね。」
母親は見るからに不機嫌な顔をしていた。
「いえ、お父上の話はなにも...」
「あなたがいらぬ希望を持たせるから、あの子が父様父様ってわめくのよ。五戦士様ここのところしばらく戻ってないし。父親がどうしてるかなんて、あなたにわからないのは知ってる。なによりあの人が生きて帰らないことなんて大人たちには明白でしょ。」
「シロテさん娘さんに聞こえま」
「名前で呼ばないでって言ってるでしょ!王族なのに、しらじらしい。私だってあの人がここを発って、もう限界なのよ...!」
少女のように泣き崩れる母親の姿を見て立ち尽くすミコトマス。
「どうしたシロテ、大丈夫か」
近所の住民が数人集まってくる。
「ミコトマス、勘弁してくれよ。ここ数日シロテも落ち着いてたのに。落ち込むたびに俺達が慰めてんだぜ。」
ミコトマスはなにも言い出せない。
「助けてくれるのはありがたいけどよ、正直現実は残酷なままさ。」
「王様にも、五戦士様にも、健気に従ってきたつもりさ。生活を王族に守ってもらってる自覚もある。でもよ、痛みは完全に取り除けないんだ。」
重い労働義務が国民を苦しめていることはミコトマスもよく知っている。
いつのまにか周囲に人が増えていた。
「またミコトマスか。毎日毎日やってきてお偉いもんだ。」
「立派な衣装だな、仕立てるのにいくらかかってんだか。」
返す言葉が見つからず、反対に聴覚が研ぎ澄まされる。
「あいつがいるとなんだか監視されてるようで居心地悪いんだよな。」
「五戦士の正義に反した兵士が生贄にされたって。」
「俺らの苦しみを興味本位で覗きに来てるんだ。」
「ヒーローごっこのつもりかよ。」
「いい人アピール」
「あいつにこの国を任せるなんて不安だ。」
「ちょっとした魔術も満足にできない王子」
「失敗しても王様が守ってくれるもんな。」
実際に口に出されたかもわからない言葉がミコトマスの脳内を駆け巡っていた。
「さっさと城に帰れよぉ。」
言葉の影に埋め尽くされ、視界が閉ざされていくようだった。
ミコトマスは拳を握り、足元を見つめ歯を食いしばった。
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ふと気づくと声は止んでいた。
住民たちが皆唖然とした顔でミコトマスを見ている。
何度も味わった惨めな感覚をかみしめ、ミコトマスは振り返る。
「ホミニス。」
品格漂う重厚な羽織を身に着けた老人が、少し離れて立っていた。
王国の宰相ホミニスである。
穏やかな笑みを浮かべミコトマスを見つめる。
「見つけましたぞ王子。さあ、帰りましょう。」
ミコトマスは静かに頷く。
「宰相様!今日ものどかで良い日でございますね!」
「ホミニス宰相、先日の配給前倒しありがとうございました!」
「うむ、ご苦労ご苦労。」
ホミニスは国民思いの政策を度々実行し慕われていた。
「ミコトマスもホミニス宰相も、もう少しゆっくりしていけばいいのに。」
「ミコトマス王子は魔術の課題が残ってるんだ。今日はこのへんで連れ帰らせてもらうよ。」
ホミニスはミコトマスの肩に手を回した。
「また来てねミコトマス。」
「今度はバーベキューやるからな」
「これこれ、本来王子が城を出ることは禁止されているんだからね。」
ホミニスが穏やかに釘を差す。
さっきまでの雑言が嘘のように、皆ミコトマスとの別れを惜しんだ。
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「すまない、ホミニス。また助けてもらった。」
城内に入りミコトマスが口を開く。
「本当に懲りないな。世話が焼ける王子だよ。」
「ごめん。でもホミニスも言ってただろ。忘却魔術で消せる感情は、意識に深く根差してないものだって。」
最近ミコトマスが街に出ると、人々の不満をぶつけられることが増えていた。ミコトマスが心ない言葉に追い詰められたとき、ホミニスが人々の記憶を消してその場を収めることが多くなった。
「だとしても、ミコトマス。お前を見て日頃の不満が一気に湧き上がる者がいる。国民の心をひとつに保つのは簡単なことじゃないんだ。今後は勝手に街に出るのを控えてほしい。」
「しかし、みんな助けを求めてるんだ。そっちが彼らの本心だろ。それをわかっていて、城で訓練ばかりしていても、なんにもならない。」
ホミニスはミコトマスの両肩を掴み、向かい合う。
「ミコトマス。民の一時の感情は消せても、お前の心の傷は治せないんだ。これはお前の育ての親としての言葉だ。頼むよ。」
城に連れ戻されるとき、ホミニスは毎回こう言ってミコトマスを諭す。
ミコトマスはホミニスの視線を振り払い、自室へと続く螺旋階段を登り始めた。
「部屋を一階にしてくれホミニス。」
「最上階がもっとも安全なのです。」
ホミニスは力なく息を漏らす。
お見届けありがとうございました。
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