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第8話「淫紋とエロMOD」


―――断崖のアルマート/晴れ/9:32。


 辺境には奴隷売買商人がよくやってくる。


 基本的には人口増加に一役買ってくれる人材派遣業みたいなものである。


 まぁ、買い切りな上に奴隷にも権利が認められているので大きな街では買われた分の金額を主に返納したら開放というのを行政がちゃんと月一で奴隷の所有者に対して監査し、多くの奴隷達は自由民になった後は普通に住人として暮らすというシステムになっている。


 元々は違ったらしいのだが、かなり昔にそのせいで奴隷が増え過ぎて反乱された辺境の街があったらしく。


 以降は奴隷も働く限りは街の一部だと配慮されるようになったらしい。


 市場の一角には人買い場と呼ばれる石製の台座と演台が設営された場所が在るのだが、そこにはそこそこの人間がやって来ているようだ。


「安いよ安いよ!! 本日の奴隷は他の街で食えなくなった職人ギルドで借金のかたとして売り飛ばされた技術者だ!!」


「買った。全員くれ」


「へ? は、馬鹿言っちゃいけねぇ。アンタよそ者か? 技術者は高いんだよ!!」


「オレの目には今にも死に掛けてるよぼよぼのジジイ共が死病を患って、そろそろ天寿を全うしそうなのを無理やり化粧で胡麻化してるように見えるんだがな? 健康確認してもいいのか?」


「ッ―――(こ、こいつ!? この化粧を見破ったのか!!?)」


「勿論、お代はコイツでいいな?」


 金貨を一枚指で弾く。


 思わず受け取った奴隷商がスゴイ顔になるが、周囲の目を見て怖気づいたらしく。


「もってぃけ。けっ……」


 と、不貞腐れて了承した。


「あ、それはそれとして商人ギルドから登録抹消しておきますねぇ~♪」


「は?! な、豚人!? ま、まさか!?」


「ええ、ウチのシマでアコギな商売をしようなんて、マジで二度と商売出来なくしてもいいんですよ? またギルド登録の際はちゃんと支度金払って下さいね?」


「く、くそぉおおおおおおおおおおおおおお!!!?」


 という市場でのやり取りから10分後。


 何か売りに出されていた小汚いボロを着込んだ老人達が虚ろな目で自分達を買ったこちらを見ていた。


 取り合えず、飯でも食えと雑穀を蒸したものに餡かけっぽいものを掛けた飯を場末の食堂で食べさせているのだが、やはり元気がない。


 体力管理MOD【ヘルス・マネジメントBBB】。


 欧州発のヘブンにおける本格的なMOD導入が開始されて以降に現れた新世代のパラメータ制御MODであり、多種類のリソースの管理を行う代物だ。


「それにしてもガラークさん……医療の心得もあるなんて案外何でもできますね?」


「いや、まぁ、うん。はい」


「?」


 元々は独自パラメータの導入を行うMODが増え過ぎて、管理が面倒になり、コンフリクトやクラッシュが多発した頃に出てきた代物で、パラメータの一部を統合し、同じ数値を参照させて統合する代物である。


 つまりはだ。


 今までチートMODで使って来たスタイリッシュ度とHPを統合すれば、スタイリッシュであり続ける限り、加算され続ける数値で死ななくなるという芸当が出来る。


 まぁ、色々と面白いMODではあるのだが、設定が複雑になる部分もあり、上級者以外はデフォルト設定で使うのが多い。


「それにしてもアンタらボロボロだな。マジで死体寸前だぞ?」


 その力が発揮出来るようになったのは殆ど偶然と言っていい。


 昨日、猫達の1人がいきなり血を吐いて倒れたので思わず看病したら、『ヘルス・マネジメントを開始します』とシチュエーションMODによる音声解説が入ったのだ。


 それ以降、ちょっと瞳を細めると見た相手の健康状況が分かるようになった。


 UIのようなものは出ないのだが、脳裏に情報が流れ込んで来たのである。


 ちなみに血を吐いた猫はどうやら伴侶にしそうな猫2人の間で揺れ動く浮気性だったらしく。


 2人の間に挟まれてストレスで胃潰瘍になっていたらしい。


 戦争になりそうだからと辺境中から集められていた怪我を即座に直す為の魔法系MODの治療薬【治癒剤】と魔法の使える治療役のおかげで事なきを得た。


 まぁ、ミスティークなのだが。


「フン。余計なお世話じゃわい」


 老人達はスプーンで雑穀餡かけ飯を食べながらも不機嫌そうであった。


「で、死にたいのか? それとも余生を過ごす? どっちでもいいぞ」


「はっはっは、この体の事が分かって尚そんな事を……お前さん。馬鹿じゃなさそうだが、お人よしじゃろう?」


「死にゆく人間が決意固めてるのに他人の意見なんぞ意味ないだろ?」


 食堂でスプーンが止まった。


 老人達が顔を俯ける。


「まだ、しなきゃならん事があるんだ」


「我々にはその義務がある」


「だが、この体では……」


 3人の老人達は人間のように見えるが、実際には体の一部が機械に置き換わっている様子なのが分かる。


 だが、その部分が問題であった。


「その脊椎のユニット。アンタら何者だ? ソレは……ご老人が使うようなもんじゃねぇだろ?」


「ッ、分かるのか?」


 眼鏡の老人が思わずといった様子でこちらを見やる。


 他の2人も濁った瞳でこちらを見上げた。


「何で人体の神経伝達制御装置なんて付けてるんだ? 確か……」


 名前は人体改造MOD【フューチャー・パトス】。


 その中にある反射速度増強用脊椎置換アイテム【ライトニング・ケーブル】という代物だ。


 基本的に人類の30倍まで反射速度を加速させられる代物である。


 ヒトの反射神経の信号を増幅、機械側で思考をトレースしつつ補助する事でどんな状況でも人間の反射以上の動きで肉体を加減速、精密可動させられるようになる。


 勿論人間の肉体には限界があるのでフルマシンナリー化必須という代物だ。


「【ライトニング・ケーブル】だったか?」


「「「ッッッ」」」


 スゴイ形相で老人達がこちらを見やる。


 眼鏡の男、痩せぎすの男、背の小さい男。


「ピギュ?!」


 彼らは瞳をギョロ付かせて、思わずこちらの背後にミスティークを隠れさせるような威圧感であった。


「このチビはアルタ博士。そっちの痩せぎすはイオタ博士。ワシはメルタ博士。まぁ、全員兄弟じゃがな」


 眼鏡の老人がこちらを睨む。


「嘗て、先進文明勢力の首都で開発陣に名を連ねておったんじゃよ。だが、失敗してな。そのせいで奴隷商人に売り飛ばされ、流れ流れてこの辺境に来た。1週間前くらいの話じゃ。わざわざ空輸して投げ込む辺り、野垂れ死んで欲しかったんじゃろうな……」


「それで? 死病を患ってもう永くないのにどうしてソレを付けてる?」


「唯一持ち出せた成功例だからじゃ」


 その言葉にチビのアルタ博士とやらが身を乗り出す。


「それよりもお主……古代技術に詳しいようじゃなぁ?」


「まぁ、それなりに」


「その若さで……まさか、噂のこの地に流れ着くとは思わなんだが、お主のような者もいるのか……」


「噂ってなんだ? 賢者の窯とか言うヤツの事か?」


「何だ。知っておるんじゃないか」


 痩せぎすのイオタ博士が繁々とこちらを見やる。


「生身に見えるが、なるほど我らとは技術的には違うわけだな」


「何が言いたい?」


「我々は古代の科学文明の遺産を再開発する立場だったんじゃ……だが、機械式ではどうにも限界がある」


「限界?」


「フルマシンナリーは元々が古代の技術でな。宇宙の連中にとっても解析がかなり難しい代物だと言われておる」


「うちゅーってなんです?」


 首を傾げるミスティークはやはり辺境の人間なのだろう。


 宇宙にも人間というか。


 ゼノ・アニマルの勢力もいるよと教えると「( ゜Д゜)」口をあんぐりさせていた。


「で? その古代遺跡大好き博士が奴隷に身を墜とした理由は?」


「有力者の改造に失敗したのよ。馬鹿馬鹿しい。高齢の人間に試したら失敗するに決まっているじゃろうに……」


「ああ、そういう?」


「そうじゃ。で、このざまじゃよ。我らの脊椎のユニットはそいつが死んだ後に完成していたが、その親族に恨まれてな」


 ご老人達が溜息を吐く。


「なるほどね。で? やらなきゃならない事ってのは?」


「……お前さん。フルマシンナリーの敵と戦った事があるか?」


「先日、バラバラにしたぞ」


「っ、それはまた……だが、な? ソレは本当のフルマシンナリーではない」


「どういう事だ? 全身骨格が機械だったぞ? 有機素材もマシマシで使われてたっぽいが……」


 一刀両断した豹男の事を思い出す。


「アレは元々がセントラルの一勢力から流出したパチモンじゃ。死なないように調整した弱体化版。誰にでも入れられるようにされたデッドコピーなんじゃよ」


「ほう? じゃあ、アンタらのソレはデッドコピーじゃなくて本物だと?」


「ああ、能力的には20倍以上の差があるはずじゃ」


「それで? それを死ぬ前に開発し切る事が望みなのか?」


「違う!!」


 メルタ博士が叫び、すぐに少し罰が悪そうな顔で小さくなった。


「我々は後悔している。この技術を再開発しようとした事を……」


「何でだ? 医療技術の一端には違いないだろ?」


「……多くの赤子にこの技術が使われてもか?」


「何?」


 さすがに思わず顔が渋くなった。


「本国ではワシらの資料を元にして新生児への強化手術が行われ始める頃だ。そうなれば、全てが手遅れになるじゃろう」


「手遅れって何だ? 赤子に使うのはアレだが、問題があるのか?」


「この技術を使われるとな。まさしく、こういう体になるという事だ」


「ッ、完成してないのか? まさか?」


「いや、完成はしておる。しておるが、この技術を入れる対象が問題なんじゃ」


「まさか、現代の人間用じゃないのか?」


「そこまで分かるのか……ならば、そういう事だ。このままでは若い命が10まで生きられずに死んでいくじゃろう。何とか止めたい。止めねばならぬのだ」


 男達、三博士が沈黙して項垂れる。


「アンタら、腫瘍だらけだが、そのユニットを引っこ抜いたら死ぬよな?」


「ああ」


「赤子に埋まったユニットは取り除けるのか?」


「可能だ。新生児の内の埋め込みはユニットの質量自体が小さい。免疫反応抑制の薬を使う以外では針金を抜く程度の作業で事足りる」


「腫瘍の発生は抑えられないのか?」


「無理だ。過去の古代人達と体質や遺伝子の差が大き過ぎて、我らのような脆弱な種族では強化に肉体が負けてしまう」


 溜息一つ。


「魔法で抑制は?」


「出来る。が、根本的な解決にはならない。そして、我々がいた勢力は魔法を禁忌としておる」


 メルタ博士が苦虫を噛み潰したような顔となった。


「は? 滅茶苦茶優秀なんですけど、使わないのか?」


「我々の元所属勢力は【破棄の楽園】と言う。セントラルに8つ存在する大勢力の一つだ。セントラルの9分の1を占める規模のな」


 それでようやくミスティークが驚いた表情になった。


「有名なのか? そこ」


 訊ねるとコクコク頷かれた。


「え、ええ、確か、この辺境に重火器を流してるとこの元締めの元締めの元締めくらいのところです」


「重火器の生産元か……」


「ですです」


 頷きが返される。


「その事実を伝えたのか? 上層部に」


「ああ、伝えた。伝えたとも……だが、技術的な改良を加えればいい。魔法に頼らずとも出来る事はある。と、却下された」


「馬鹿なのか?」


 大きく老人達が失望を隠し切れないように苦虫を噛み潰したような表情で故郷の事を語り始めた。


「馬鹿なのだよ。自分達を古代人の直径子孫として大陸全土の支配を目論む程にな。魔法は元々が異なる世界から伝わった異端技術。それは我々の世界には要らないという教義なのだ。使えるなら使えばいいものを……」


「それはまた……」


 事情がようやく分かって来た。


 だが、魔法の大半は元々が古代の科学のはずなのだが、食い違うという事これもMODの影響なのかもしれず。


「取り合えず、魔法で腫瘍直しとけ。それとアンタら科学者、技術者って事なら重火器やマシンナリーの事に詳しいよな?」


「あ、ああ、整備や生産はしていた」


「それなら、ウチにもマシンナリーの連中がいる。重火器の作成もしてる。そいつらの面倒見てやってくれるか?」


「何を……今の話を聞いていなかったのか? 我々を殺しにそのウチに本国の強襲部隊がやってくるぞ。恐らく、急進派の連中が追い掛けて来ているはずだ」


「殺しに来るんだ。殺されても文句は無いよな?」


「ッ―――やり合う気か? その気になれば、1000人規模の部隊を率いてやってくるのだぞ? 人命を惜しむなら、旧世代型マシンナリーが数十人単位で攻めて来る。一個小隊もあれば、こんな辺境……」


「悪いが、100個師団連れて来い。それでようやくトントンだ」


「は?」


 老人達が呆けたような顔になった。


「あ、おじいちゃん達、皆さんの目の前にいるのはこの辺境の街に攻めて来た約1000人以上の四勢力を数日で潰した辺境大英雄。反逆の英雄様ですよ? うふふ」


 いつから、辺境大英雄という装飾が付くようになったんだ?というミスティークへのツッコミを入れたいのは山々だったが、黙っておく。


「ま、まさか!? あの【アバンシア共同体】の航空戦力を要した先遣隊を壊滅させた!?」


「よく知ってるな? ここら辺に来たのは数日前だろ?」


「知らないわけがあるか!? これでも情報は仕入れていた!! この辺境で話題にならない日は無いんだぞ!?」


「え?」


「そりゃそうですよ!! わたしがしっかり宣伝しましたから♪」


 思わず固まっている間にも衝撃の真実が明らかになる。


 何してくれてんのミスティーク=サンとツッコミを入れそうになった。


「そ、そうか。貴様が反逆の英雄……本当にそんなバカげた存在がいるとは……貴様のその叡智……古代人か?」


「古代人?」


「時折、辺境の遺跡で見つかる冷凍睡眠ポットに入った者達だ。我々の直接の先祖はソレなのだ。旧き時代、大いなる技術が蔓延っていた当時を知る貴重な人材だ。技術者ならば、管理されてもかなりの好待遇を約束される存在でもある」


「……そういう事か。技術振興は子孫の国是なわけだな」


「悔しいが、その果てがこんな結果だ。技術の発展に呑まれ……多くの犠牲を出す事になるだろう……」


「オレには関係の無い事だ。だが、二つ忠告してやろう」


「何だ? 何を我々に忠告出来るというのだ。辺境の英雄よ」


 メルタ博士がやり場のない怒りのままにこちらを泣き出しそうな顔で睨む。


「その古代人とやら、きっと何でも使ってたぞ? 魔法も科学も関係はない。必要だから使う。利用する。発展させる。そこに意味は無い。思想は無い。ただ、必要とされたから発展し、使われ、洗練されたはずだ」


「―――」


「善悪すら無かったから、滅んだんだろ? でも、それでいい。一緒に育てなきゃならないのは心だって話だからな。それが無い連中が幾ら万能になっても、ロクな事にならないだろ?」


「………分かったような事を。英雄よ。頼みたい事がある」


 三博士が姿勢を正して立ち上がる。


「難しい事は分かっている。だが、それでもどうにかしたいのだ。出来る限りでいい。マシンナリー装備の者達を徹底的に破壊してくれないか」


「恐らく、本国の連中はマシンナリーさえあれば、世界とて征服出来ると勘違いしている。だが、その野望が単なる幻想だと気付いたならば、恐らくは我に返るはずだ……」


「本国には我々が創った最新鋭の失敗作が30人分有るが、ほぼ全て現役の最強部隊に投入されているはずだ。それを叩き潰して欲しい」


「機能的には我々の脊椎のユニットと大差の無い代物だ。それが勝負にならない程度のものだと知れれば、恐らく上層部も今の意見を再精査するだろう」


 三博士達の言う事はまったく馬鹿げている。


「で? どうやって、それを誘き出す? オレは此処を離れられないぞ?」


「……二つだけ方法がある」


「二つも在れば十分だが?」


 アルタ博士が自分の肌に見せ掛けた樹脂製の首筋を指で割って、後ろから何かを抜き出した。


「一つは我々が持ち出した研究成果の一般開示。情報を電波で拡散すれば、恐らく祖国の部隊が一気に陳腐化する。それを恐れるならば、必ず阻止しに来る」


「もう一つは?」


「最優先確保対象。つまり、古代人の技術者を確保する場合は最精鋭部隊が当てられる。お前さんが実際にはどういう存在かは知らないが、その知識を得ようとするならば、恐らく簡単に釣れるはずだ」


「じゃあ、どっちも使えばいいだろ」


「辺境を巻き込む事になるぞ?」


「いつも巻き込まれてますハイ。後、基本的に誰かのせいで死ぬんじゃない。自分が弱いから死ぬってのが辺境の生死観だ。そもそも、もう此処は変なのに襲われまくってる。今更、他の勢力が来てもその一勢力にしか過ぎないぞ」


「……そうか。本当にいいのか?」


「今、色々と立ち上げてる最中だ。余生分くらい働くなら、交換条件としてその依頼は受けよう。傭兵とハンター家業をしてるんでな」


「「「っ……」」」


 三博士が全員頭を下げた。


 まぁ、そういう事になったのである。


 *


「という事になった」


「なーごなーご?」


「にゃごっごごご♪」


「にゃごらぁ?」


 まぁ、猫に言っても意味は無いだろう。


 大きくなった拠点は今や石製の天井に木製の屋根が付いて、周辺区画の3分の1くらいが造りたてホヤホヤの巨大拠点化して来ていた。


 何か猫達があちこちの辺境の仕事を請け負ったおかげか。


 かなり、技術的なスキルが上がったらしく。


 単純な建築労働や農作業の効率が爆上がりしたせいで捗っているらしい。


 複雑な設計諸々はどうやらミスティークが専門の職人に頼んだとの事。


 建築だって頭は使うはずなのだが、やれと言われた事をやる能力は誰も彼も高いので未だに微妙な出来の場所は見ていなかった。


(こいつら、本当に優秀だな……マニアクス・ニャァンの種族の中でも戦闘職の連中は選抜者だから、妥当な性能と言えば、そうなんだが……)


 今も借り受けられた場所を全て増築に次ぐ増築を繰り返し、150名近い人員が快適に過ごせるようにとあちこちから労務作業の対価で貰った家具や調理器具、生活雑貨などが運び込まれており、もはや最初の拠点とは似ても似つかない。


 何という事でしょう!!


 とか、ナレーションが付きそうなくらいの劇的なビフォーアフターである。


 そのせいで今までは廃墟区域と呼ばれていたのが“猫の城”と周辺では呼ばれ始めているらしい。


 すぐ傍の壁の外ではもう耕作が始まっており、猫達が貰った大量の種が丁寧に撒かれ、色々な野菜の芽が伸び始めている。


 それを護る為に防護柵とコンクリ製の建材があちこちから運び込まれ、戦闘になっても大丈夫なようにと1m程の壁が街からはみ出る形で延伸され、100m近い領域が仮組みの壁で覆われつつあった。


「ごしゅりぃん!! おきゃくー」


 老人達が拠点内に整備された救護所という名の清潔な寝台と医薬品が入った倉庫が隣接する場所でミスティークに治療して貰っている最中。


 さっそく戦闘準備を始めようとした矢先。


 拠点の入り口に誰かが来ているらしいと外に出ると。


「あ、先日の……」


「こ、こんにちわなのだわ~……この間は本当にありがとうございました。こ、これ兄からのお裾分け……ガラーク様///」


「いや、ガラークと呼んでくれ」


「え? あ、はいなのだわ。ガラークさん♪」


 大きなタンクらしいものが少女の両手には持たれていた。


 少なくとも30リットルは入りそうな鋼製の円筒形の代物だ。


 何やら顔を赤くした牛人の少女であった。


 美少女だなぁと思っていたのだが、本日はキャラバンの時の姿とは打って変わって、お淑やかそうな継ぎ接ぎの無いデニム地のドレスで白くて大きい麦わら帽子のようなものまで被っている。


「それとご丁寧にどうも。だが、これからは持って来なくていい。何かが欲しくて助けたわけじゃない。生活が苦しい中で贈り物をされても、こっちが気を揉む」


「え、あ、ぅぅぅ……」


 思わず少女がしょげる。


「でも、こいつらの食事に何か良さそうな品が無いか近頃見繕ってたんだ」


「へ?」


「最初のは試供品として貰おう。次からは金を払わせてくれ。毎日、同じ缶で言い値を払おう。安くする必要はない。こいつらが働いて少しは余裕が出て来たからな」


「あ、あの、あぅ、ええと、それで、いいの?」


「ああ、それでいい」


「あ、ありがとうなのだわ。が、ガラークさん♪」


「アンタの兄にはそう伝えておいてくれ。そう言えば、名前を聞いてなかったな?」


「わ、わたし、エムシティーラ……と言うのだわ」


「エムシティーラ。じゃあ、呼び難いからエーラでいいか?」


「ひぇ?! ははは、はいなのだわ!? も、勿論!! これから、毎日届けに来るのだわ!! お、お代もしっかり貰うのだわ!?」


 エーラの目がキラキラしていた。


「お、おぅ。そうか。ただ、ここら辺は今物騒だからな。ちょっと数日は近付かないでくれるか? 襲撃がありそうなんだ」


「そ、そうなの?」


 エムシティーラ。


 エーラに事情を説明しておく。


「こっちの事情が片付いたら、本格的に商品を収めに来て欲しい。その時は使いを寄越す。それでいいか?」


 コクコク頷かれる。


「じゃあ、今日のところはこれで。他の猫共が一応、護衛する。おーい!!」


 シュタッと部隊の鍛錬中だった猫の数人がやってくる。


「家まで護衛したら戻って来い。いいか?」


「にゃごごごご♪」


「にゃっぐにゃっぐ♪」


 何やら猫達が肘でこちらを突いて来る。


 その顔は良かったじゃないですかボス~~みたいな顔だ。


 どうやら、滅茶苦茶勘違いされているらしい。


「これからお前らの食事を増やしてくれる相手なんだから、丁重にな?」


 ビシッと敬礼する辺り、まだ軍人だった頃の記憶がちょっとは残っているに違いなかった。


 こうして笑顔で手を振ったエーラは数名の猫達に護衛されて帰っていった。


「ふぅ。さてと」


 振り返ると老人達が化粧も落とされて、綺麗に水で清めた体に猫用の貫頭衣を着込んでやってくるところだった。


「顔色が良く成ったな。魔法の使い心地は?」


「「「最高……」」」


 何か恍惚とした老人達はまるで付き物が落ちたようなホクホク顔で肌の艶もちょっと戻っている。


「あ、そう。で? 電波飛ばしたら、どれくらいで本国の部隊はやってくるんだ?」


「【アバンシア共同体】のような大規模なレールガン式ポット射出装置を我々の陣営は持っていなかった。主に技術不足でな。空輸するとすれば、3日は掛かる計算だ。セントラルからの高速空輸出来る輸送機は数に限りがある」


「分かった。じゃあ、明日の朝に喧嘩を売ってくれ」


「……勝てるのか? 英雄殿」


「ジジイが若者の心配してるな。自分の寿命の方を気にしろ」


「生い先短いと若者の方が気に為るのさ」


「左様」


「そうだな。まだ我らの共同体が大きくなかった頃は……先人達もまた夢に満ち溢れていた。だが、何処で道を間違ったか……今では単なる技術の狂信者に為り下がってしまった……」


 三博士が過去を思い出してか。


 拳を握り締める。


「我らに出来る事は?」


「二つだ。今、ウチで重火器を使えるのはオレとそこの大尉だけだ。他は近接格闘


 以外は出来ない。それも【スチューデント・スーツ】は合計8着で全然足りなくてな。先進文明勢力の火器に耐える防護用の衣服と装甲や盾が欲しい」


 ビローンと大尉が持って来たスーツや装備を老人達を前にして広げる。


「ッ、これはマニアクス・ニャァン共の?! もう完成していたのか!? この装備相手では……幾ら再開発した古代のマシンナリーと言えども……」


「こ、この銃はプラズマボムの発射形態か!? それにこっちはキメラティック・アームド!? 奴ら、此処まで太古の時代の技術を……」


「このスーツの背中の部分、これは……無限機関か。【パラダイム・コンポーズ機関】……一定量の電力を延々と吐き出し続け、溜め込むと言う……」


 老人達がマニアクス・ニャァン脅威の技術力に戦慄していた。


「この様子では早晩、故郷も落ちるかもしれん。それなのに我々は……」


「止めておくか?」


 その言葉に覚悟は決まったように老人達が顔を上げる。


「老人の心配はするな。生い先短いのでな。いいだろう!! 我らの寿命をくれてやる!! 我ら三兄弟、三博士……辺境の大英雄殿にお仕えしよう!!」


 三人が膝を折って頭を下げる。


「オレは大英雄でも何でもない。ただの傭兵。ガラークだ」


 手を差し出す。


「……ガラーク。ガラークか。そうだな。貴方にはそれを名乗るだけの力がきっとあるのだろう。マニアクス・ニャァンを百名以上、無力化し、従わせる貴方にならば、きっと……」


 こうして、技術職を拠点にゲットしたのだった。


 *


 さっそく働き始めて貰うに辺り、彼らの寝室と研究部屋を現在猫達が掘っている地下空間に創る事が決定。


 土木工事中の猫達の周辺には立て札が立てられ、交通整理し始める者まで出る始末であった。


 やたら、複雑な事は出来ないと言いつつも、何か覚えないといけない事が多そうな肉体労働に順応している辺り、猫達の逞しさと背後の勢力の強大さが見え隠れしていたが、今は放っておく事にして、結局暗殺でしか使ってないオーバーシャットは戦争終了という事で一端お蔵入り。


 先進文明勢力相手に必要な攻撃力を得るべく。


 再び親方の元へと向かう事にした翌日。


 工房の外は一族の男達が何やら忙しそうに働いていた。


「おう。来たか!! 英雄殿」


「ガラークでいいと言ってるだろう。親方」


 店先で出迎えてくれた親方が順調に商人達から武器の修繕以来と部品の大量購入が来ているとホクホク顔で教えてくれる。


 中に入ると既にいつもの一室には大きな袋が一つ。


「そいつが例の代物だ。新作を次から次に要求されるのは鍛冶師としては嬉しいところだが、永く使って欲しいってのが本音なんだがな」


「敵によって武器や戦術は変わる。そういう事だ。アレは基本暗殺向きで四勢力の部隊長をやったから、十分役目は果たしてくれた」


「それなら良かった。それにしても俄かに近頃はお客が多いな。今まで辺境に来るなんぞ単なる夜盗。レイダー紛いばかりだったってのに……いきなり、ポットやら複数勢力が出店を構えようとしやがるなんてな」


「変な噂があるからだろう」


「賢者の窯、か?」


「親方は知ってるのか?」


「ああ、何処から出回ったんだか。そんなもんはねぇよ。ウチの周囲にあるのは大昔の廃墟だけだ」


 リントラはどうやら街の住民からすれば、もう随分と前に消え失せた街の残骸でしかなく。


 殆ど行く事も無い場所らしい。


「それで仕様で困った事はあったか?」


「そっちは問題無い。設計図に関してだが、ありゃ設計というよりは発想の図だろ? 殆どオレが描き起こしたもんに代えたからな?」


「ああ、それでいい。基本的に下手だからな。オレもこういうのは」


「だが、それにしても……アンタが考えたアレは大昔のヤツか?」


「ああ、見た事があるんだ。一度だけ」


「左様か。見た事がある、ねぇ……ふぅ、まぁいいけどよ。そういや、お前のとこの猫でウチで働いてるのが数人いるぞ。あいつらになら、武器の保全、補修諸々は出来るはずだ。ウチに来る時は新しい武装関連か仕事の話だけでいいぞ」


「複雑な事が出来るのか? あいつら」


「簡単なところだけだ。部品交換やら摩耗具合を見て、補修するもんをペタペタ塗ったりする程度だ。一から作るんでなきゃ、どうにでもなる」


「そういう事か。分かった。そいつらに武装関連の保管は任せよう」


「で、だ。その袋の中身についてだが……まぁ、試作品だ。さすがに1から組み立てたんじゃ使い心地を試して改良してってところが抜けてるからな」


「分かった。後で要求は持ってくる。まぁ、そうそう使わない事を祈るがな。暇が出来たら試験はするから安心しろ」


「ああ、そうしてくれ」


「じゃあ、貰っていくぞ」


 袋を抱えて店舗を後にする。


 路地裏から表通りに出ると走り回っていた子供達が何やら集まって来た。


「あ、ガラークだー」


「ガラーク!! 何かやべー話しろよー」


「猫ちゃんとけっ、結婚を前提にお付き合いしていいでしょうか!! ガラークさん」


 何か変なのが子供達に一定数混じっていたが、好きにしろと言って通り過ぎる。


 此処最近は猫達による労働力が加わったおかげで産業がちょっとだけ上向いているらしく。


 食糧事情は左程変わらないが、活気が出ているようだ。


 まぁ、戦争を吹っ掛けて来た襲撃者達をやっつけたという事で幾らか高揚しているのは間違いない。


 街並みは変わらず。


 しかし、3mの壁が街を完全に覆うまで1週間ほどとの事で住民に安心感が出ているのは間違いないだろう。


 更に最近は此処に辺境のあちこちから居住者が増えているらしく。


 ヒトが集まる事で物の移動、サーヴィスの増加が見込まれ、辺境中の商人達が滞在するか、あるいは商業ギルド……つまり、マイザス商会が仕切っている業界への参入登録と店舗出店が相次いでいるらしい。


「あら、英雄殿。猫ちゃん達に荷車運んでもらったのよ。ちょっと野菜持ってって?」


「おぉ、英雄殿。アンタんとこの猫のおかげで店の営業が安定して来てね。今度安くするから、寄っていきなよ」


 あちこちで声を掛けられて、猫にお願いすると全て猫達の仕事として押し付けつつ、最初に来た時とはすっかり変わった獣人達の態度に『これもミスティークが裏で宣伝してるからなんだろうなぁ』と溜息一つ。


 あまり宣伝なんてされると逃げ出す時に大変困るのが、仕方なく受け入れる事にした……少なからず拠点がある街が友好的なのは良い話だ。


 そんな事を思いながらあまり人気の無い路地から帰ろうと脇道に逸れた時だった。


「魔法の店か」


 路地に看板が出ていた。


 “淫紋”が描かれた看板は一目で分る。


 ピンク色の体に各種刻むソレは自分もまた昔は色々と研究していたからだ。


 MODは複数存在していたのだが、此処最近忙しかったせいですっかり自分に入れるのを忘れていた。


(ずっと建築方面の会計に掛かり切りだったからな)


 毎日、猫達関連の諸々の書類を書いたり、契約書類を見直したり、全体的な会計業務に忙殺されていたのだ。


 そこを現在、ミスティークに有料で引き受けて貰って、ようやく安定した生活の維持に忙殺されなくなって来た。


 のだが、拠点が一気に拡張され過ぎたせいで何が何処にあってどんな風に使われているのかを確認するのにまた忙殺されていた。


 現在の拠点は二階建ての建物12棟をぶち抜いて全て繋げて補修して石材もコンクリートで補強して、壁もコンクリに代えて、近辺にトイレを増設してと現代建築張りになって来ており、アスファルトまで周辺道路には敷く有様なのだ。


(もしもの時の為に地下拠点化も進めてるし、マンパワーは偉大だが、マンパワーの維持のせいで内政出来る人材が切実に欲しいな)


 今までは単価の問題からまったくそういうものに再辺境の街は需要が無かったわけだが、拠点拡張と維持、拠点での諸々の物資生産を始めようとするならば、絶対必要だからと猫達が稼ぎ出した費用は建材に次ぎ込んでいた。


 食事他は全て生活雑貨と拠点建築用の建材に費用は消えている為、此処最近は建築資材業者のお得意様で顔見知りである。


 そこに務めている猫達もいるわけで業者の方では資材の切り出しや採掘をしてくれるのならば、安くしても構わないとの話で助かっている。


 俄かに活気付いた界隈では建築業者も大賑わいだ。


(内政人材としてご老人が増えたが、技術開発はともかく。実際のエンジニアリングには普通に腕力が必要だしなぁ……)


 武器や兵装、防具、車両、そういったものを実際に創る時にはマンパワーが必須であり、メカマン、技術者、エンジニアと呼ばれるガチムチの人が絶対いる。


 ヘブンの基本的な部分では手に入れた殆どのアイテムは通常のゲームと同じように出し入れしたりするような事が殆ど無く。


 実際に装備重量制限や諸々の開発、技術的な進展後の設備の開発設置には人手……とにかく腕力が要ったのである。


「入れるか。淫紋……」


 腕力強化用のものを入れれば、幾らレベル1だろうとも倍率補正が掛かって、少しは持てるものが増えるだろうとイソイソと玄関を潜った。


 チリンとベルが鳴る。


 ついでに怪しいピンク色のスモークが漂う木製のお香に塗れた場所には怪し気な笑みを浮かべるハイレグのババアが1人。


「……ハイレグ?」


 思わずゲッソリした顔になったら、ババアがジロリと睨んで来た。


「おや? アンタだね? 運命の人って言うのは……」


 昔は金髪だったのだろう頭の頂点がちょっと剥げた白髪のババアがハイレグ水着に黒いローブ姿でやってくる。


「ひっひっひっ、アンタ……今、ババアの水着なんて見ても嬉しくねぇよと思ってるね?」


「おう。心を読まれたぜ。で? 此処は何の店か聞いてもいいかな? マダム」


「はっはっはっ、正直でよろしい。だが、大昔はこれでも繁盛してたんだよ? ピチピチのアタシがこの黒き水着姿でカウンターに寝そべってたら、そこらのジジイ共は紋章を入れまくりでアタシとの熱い一夜を熱望してたもんさ♪」


「いや、説明」


「はいはい。まったく、融通の利かない英雄殿だねぇ」


 肩が竦められる。


「後、運命の人は止めてくれ。誤解を招く」


「かかかっ、そうかい。じゃ、さっそく説明を……ウチはクレスト・モジュールの店さね」


「クレスト・モジュール?」


「初めてかい?」


「魔法の淫紋の店じゃないのか?」


 そういうMODは実際に入っており、店舗で紋章の売買が出来るのだ。


 触媒を売ってくれるのも一般的な店よりも高品質だったと記憶していた。


「ほう? 今は廃れた旧き技の事を知っているのかい? ああ、アンタも古代人なのかい?」


「アンタも?」


「ウチのじいさんが始めた店でね。此処は……じいさんも古代人だったのさ。で、実際に淫紋淫紋煩かったんだよ」


「ほうほう?」


「でも、ねぇ。その技術廃れてるんだよねぇ」


「は? 紋章を触媒の金属粉で針で肌に入れるだけだぞ? 綺麗に入れるのに肌に貼り付けられる型を使う程度じゃないのか?」


「おや? それは知ってるのか。ふむふむ。じゃあ、それで入れたら実際効果が出ると思うかい?」


「出ないのか?」


「出ないよ。何故だかは知らんけどね」


「ま、マジかぁ……」


 本当なのだろうかという顔になる。


「疑ってるね? じゃ、ほら、アタシの背中を見てごらんよ?」


 ババアがヒョイと骨と皮ばかりになった背中を見せる。


 そこには皺くちゃで分かり難かったがミリ単位で調整されたと思しき複雑精緻な淫紋が掘られていた。


 だが、目を細めて見てもMODで確認出来る情報に淫紋による効果が出ていない。


「……本当に効果が無いのか」


「じいさんは滅茶苦茶ガッカリしててね。コレは誕生日プレゼントにじいさんが入れてくれたもんなんだが、そこからがじいさんのスゴイところさ」


「おう。惚気られるのか? 今から?」


「手短にしとくよ。じいさんは絶望しなかった。で、クレスト・モジュールを開発した」


「そのクレスト・モジュールとやらは淫紋みたいに効果があるのか?」


「あるね。魔法は分かるよね?」


「ああ」


「魔法にも色々ある。大昔はかなり大量だったみたいだけど、今は10系統くらいかい? 他は色々な理由で廃絶したりしたらしい。【魔法】、【魔術】、【魔導】、【錬金術】、【召喚術】、【仙術】、【瞳術】、【呪術】、【占星術】、【権能】の10系統以外は基本的には魔法の範囲外だね」


 全てに心当たりがあった。


 入れても適応していなかったMODもあるが、基本的にはその時々の流行りのMOD……つまり、アニメとか漫画で持て囃された設定を導入した代物である。


「じゃあ、淫紋はどの系統だろうか?」


「……どれでもない、か?」


 ババアが頷く。


「そういう事だね。どれでもないんだよ。だから、廃れたんじゃないかとじいさんは言ってた。で、クレスト・モジュールはじいさんが淫紋を再現する為に他の魔法の範囲の系統から技術を丸パク……ごほん、導入したもんだよ」


「今、丸パクリって言おうとしたか?」


「いいんだよ!! 使えれば何でも!! で、刻むだけで力や能力が使えるもんを目指したが不可能だった」


「ダメじゃねぇか」


「で、詳しく調べたら、魔法関連で魔力が無い、あるいは殆ど無い人間が増えた事も原因らしいね」


「魔力が無い?」


「ああ、大昔は誰もが魔力を持っててエムピーってのが在ったらしいんだが、今の時代には殆どの連中が肉体的に持ってないんだよ」


「そうなのか?」


「ああ、そのせいで結局、じいさんはエムピーの代わりになる淫紋の動力源を探したわけだ」


「ほうほう?」


「で、見つからなかった……」


「マスマス、ダメだろ……」


 思わずジト目になる。


「此処からがじいさんのスゴイところさ。じゃあ、どうするか? で、じいさんがどっかから見付けて来た機械でね。エムピーの代わりに血統の力を消費する方向性で力を強める方向性に舵を切ったんだ」


「血統の力?」


「ああ、辺境でね。もう80年くらい前かい? モジュール・クレストと言って、じいさんが血に淫紋を刻んだんだ」


「血に?」


「ああ、アタシにはさっぱりだったけど、じいさんが言うには血液に今でいう遺伝子だっけ? アレの中の要らない情報を“壊して”削るんだと。すると、力として取り出せたらしい」


 思わず額に汗が浮く。


 その理論は知っている。


 偽遺伝子と呼ばれる嘗て使われて今は活用されていない遺伝子は言わば遺伝子の欠陥や太古の残滓だ。


 それを破壊しても人間には然して影響がないらしいが、実際には遺伝子による環境への適応性が下がる事例が現実で報告されていた。


 そう、ソレはつまり遺伝子の眠っている予備の部分を削る事に他ならない。


 それがエネルギーとして取り出せるという理論は現実でも一部言われていた事だが、その殆どは遺伝情報の破壊による僅かな熱量の発生、電圧の発生によってナノマシンのような超極小規模分子塊の運用エネルギーとして期待されていたという学会論文が発表されていたくらいで創作物的な能力は無かったはずであった。


「ゼノ・アニマルの力を最大限に引き出せるように表向きの紋章を刻んで、実際には機械で血にその力を取り出す紋章を刻む事で力を強めたらしい」


「―――」


「でも、じいさんしかソレが出来なくてね。使った分の情報も血統から消える。でも、使われない部分だから、子供に遺伝してもちょっと風邪に為り易いとか、新しい病気が治り難いくらいの負利益しかないんだと。機械も壊れちまって、今やガラクタも売り払った後だ」


「ああ、そうかい。で?」


「でも、爺さんが最後に言ってたんだよ」


「何を?」


 ババアが肩を竦める。


「運命の人がいつか来る。もし、運命の人に出会ったら、オレの話をしろ。そして、そいつにこの紋章を託せってね」


 ババアが小さな細長い水晶のペンダントのようなものを取り出した。


 何故か胸元からであった。


「これは……」


「じいさんの形見だ。英雄殿……アタシの勘は言ってる。アンタが運命の人だ」


「ッ」


 老婆の瞳が僅かに黄金の燐光を涙のように零していた。


 もう見えていないだろう濁った瞳の奥から瞳孔が輝いて見える。


「アタシの能力はどうやら占星術の類らしい。淫紋を刻んだ血は今もこの辺一体のゼノ・アニマルに刻まれてるし、何ならきっと辺境中がソレだ。そして、ソレが刻んだ者以外に発現する時は最初に刻まれた者の資質と似通った者に発現するみたいだね」


 ババアが瞳を閉じる。


「貰っていいのか?」


「ああ、アンタにやったもんだ。捨てるなり、売るなり、利用するなりすればいいさ……ふふ」


「で、モジュール・クレスト業は廃業してるはずなのに魔法屋をやってると」


「そういう事♪ お客さん買ってかないかい? あたしでもいいけれど、ふふふ……じいさんみたいに良い男だね。アンタ♪」


 ババアに偽装していた“魔法使い”の老婆がニンマリした。


「遠慮させて貰おう。だが、魔法に関する書物や情報の類は幾らでも買っていい。今の持ち合わせ全額でどうだ?」


「はいよ!! 毎度あり~~~」


 こうして交渉している途中だった。


 店舗の裏手に続く扉から誰かが飛び出して来る。


「ひいばあちゃん!? 何してるの!? まぁた、若い頃の衣装持ち出して?! ああもうまたボケちゃって……あ、お客さんですか!? どうもすみません。ウチのひいばあちゃんが……」


 人間に見えた老婆だったが、いつの間にか蛙の獣人になっていた。


「ッ―――」


「ふぇっふぇっふぇっ、今丁度有り金全部巻き上げたところだよ♪ お孫殿」


 老婆がクスクス笑いながら掌をヒラヒラさせて、ゲコゲコと裏手に消えていく。


「すみませんすみません!! ウチのひいばあちゃんが」


「いや、接客してもらってたんだ」


 謝って来るのはまだ10代後半くらいだろう蛙成分がほぼ0に見える瞳だけ何か瞳孔が十字で蛙っぽい色合いのスラリとした体形の美少女だった。


 顔立ちがまったく老婆と似ていない事は間違いない。


 体付きも違えば、肉体にも蛙らしいところが無く。


 恐らくは舌が見えた時にちょっと長かったくらいのものだろう。


 その彼女がふんわりとした白と紺の外套に金色の蛙の刺繍と淫紋を象ったローブと小さなスカートに制服のようなポケットが多い衣装を着込んでいるので、此処に来る人間は100%少女目当てだろう。


「あ、あのまさかとは思いますが、そのぉ……東の一角にお家を構えてたりしませんか? お客さん」


「ああ、傭兵のガラークと名乗ってる」


「ッ~~~、街を救って下さった英雄様じゃない!? ひいばあちゃん!!?」


『ふぇっふぇっふぇっ♪ 上客上客ぅ~~♪』


 少女が金髪を三つ編みを揺らして怒鳴ると老婆の愉快そうな声が裏手の奥から返って来た。


「本当に申し訳ありません。大昔は店を切り盛りしてて、今も時々ボケて接客しようとするんです」


「いや、大事にしてあげて欲しい。本当の賢者の類は貴重だからな」


「え?」


「何でもない。君が今の店の店主か?」


「い、いえ、単なる店員です。今、ウチの店主をしてる母が辺境を回ってるので……今の家業は殆ど薬売りなんです。実は……」


「そうか。それで魔法に付いての諸々の書物の類、有り金で全部欲しいんだが、大丈夫か?」


 持ち歩いていた全額の入った革袋を差し出す。


「あ、ありがね全部……そ、そのぉ、ウチの店の品って全部辺境の拙い魔法が使える連中が創ったものばっかりですけど、いいんですか?」


「ああ、それで構わない。セントラルからの品はセントラル関連の商人に頼む」


「そ、そうですか。それで如何程?」


「金額は数えてないな。出来れば、全て別の品であるだけ情報が欲しい。触媒の類は今度にしよう」


「わ、分かりました!! すぐに見繕いま―――」


 袋の中を見た少女の顔が蒼褪めた。


「こ、ここ、この革袋に入ってるのって……」


「金貨だが、足りるか?」


「いえ!? 足り過ぎです!? 今、店の展示品にあるの全部足してもこの額に達しません!!?」


「じゃあ、その分取ってくれ」


「あ、は、はいぃ……うぅ、お客様は神様ってホントなんだ……こ、これで新しい魔法書とか魔導の指南書とか権能の目覚め方とか色々買えそう……」


 少女がプルプルと感激で涙目になり、金貨に目を煌めかせている様子を見て、どうやら辺境だと魔法はあんまり儲からないらしいと実感した。


 どうやらミスティークのように魔法がかなり使えるのは一部だけらしい。


 有用な魔法の類が全部アイテムとして出回っているのも使える人数が少ないせいでアイテムの形で魔法を流通させているからなのだろうと今更に気付いたのだった。


「あ、ありがとうございました!!」


 大量の書物とスクロールと諸々の指南書の類を大きな革袋に詰めた少女がニコニコしながら手渡してくれる。


「また来させて貰う。ええと……此処の店の名前と君の名前は?」


「あ、はい!! ウート魔法雑貨店。わたしはスミヤナ・ウートと申します」


「分かった。今度、頼む時はウチの猫が来るかもしれない。その時は紙なんかを持参させるから、それで取引をお願いする」


「は、はい!! ガラーク様!!」


「様は要らない。オレはただの傭兵だ」


 店を出るとありがとうございました~という元気の良い声だけが耳に残った。


『ふぇっふぇっふぇ、孫娘殿……良い御人と出会ったね』


『な、何言ってるのひいばあちゃん!!?』


『いいんだよ。いいんだよ。ウチの家系は良い男に目が無いからね♪』


『それはおばあちゃんだけでしょ!? というか、1人目のひいおじいさん以外にも7人も結婚してるでしょ!?』


『美しいって、つ・み♪』


『こ、このババア、まったく反省してやがらねぇ……そのせいでウチの相続争い大変な事になってるじゃない!?』


『アンタに残してやれるものはもう何も無いよ。でも、面白い縁を拾ったね。ああ、そうだったそうだった。他にもアンタにやって貰いたい仕事があるんだよ』


『え?』


『ほら、お得意様のミスティークちゃんいるじゃない?』


『また、お客様をちゃん付けして!?』


『いいからいいから♪ あの子が会計業務を任せられる人材が欲しいそうなんだよ』


『会計業務?』


『ああ、この街を救った英雄様の猫共の給金だの諸々の生活用の支出入の計算をしてくれる人が必要なんだって、金庫番だよ。金庫番。推薦しといたから』


『な?! か、勝手な事を!?』


『あ、あの御人の家に住み込みらしいよ? 個人用の部屋も作ってくれる上に給金は一月金貨20枚。ん~~ウチで青春を店番で過ごすよりは良さそうじゃないかい?』


『え? あ、に、にじゅうまい……』


『行くのかい? 行かないのかい? 行かないんだったら、あたしが行って……』


『行く!? 行きます!? ひいばあちゃんは余生を椅子の上で過ごしてて!!』


『ふぇっふぇっふぇっ♪ 結納金が幾ら入って来るか愉しみじゃないか♪』


『嫁がないわよ!?』


『……さて、どうかねぇ?』


―――何やら寒気がしたので少しだけ指を弾く。


「……魔力が無い、か」


 火がポッと指先に灯る。


 思い出したように使った“魔法”はスナップとか、インスタントとか、名前は色々ある魔法MODの一つで使える簡易的な代物であった。


 小さな炎でちゃっかり市場で買っておいた葉巻へ火を付ける。


「ふぅぅぅぅ(|ω|)y-゜゜゜一番使い勝手が良くて汎用性の高い淫紋が使えないとか。ヤバ過ぎる」


 ヤニはそれほど好きではないが、近頃はストレスがマッハなのでこっそり買ってちょっとだけ1人の時に愉しんでいる。


「試験的に確認しないとダメだな。他にも魔力が無いヤツがどれくらいいるのかの確認も必須。それとMODの設備が消滅した理由が分かるとか……」


 吸い終わってから手の中で灰にして捨てる。


「ああ、鼠怖い……ホント、どうするかな……マジで即死しかねない……何か連中、オレが知ってるのとちょっと違うんだよなぁ……病原菌として更に進化してそうな予感……そういや、進化MOD入ってたかなぁ?」


 溜息一つ。


 自分の傍に近寄って来る黒い真菌の塊を指を弾いた際に出した炎で燃やしながら帰路を急いだ。


 殆ど威力が出ないジッポ程度の火力。


 それで結局20回も使ったせいか。


 帰ったら魔力が切れてグッタリする。


 レベル1の代償は思っていたよりも大きく。


 恐らく、淫紋以外にまともな魔法の類は頼れない体の為、色々と考えなければならないようであった。

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