恋人(但し戦闘力は世界規模)
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連載版始めました。
これの続きみたいな感じなので是非!!
昼下がりの青空は、どこまでも穏やかだった。
夏の終わりを告げるように、陽射しは優しく、けれど確かに眩しい。
蝉の声が途切れ途切れに続き、グラウンドでは野球部の掛け声が響いていた。
教室の窓際で、私はノートをぼんやりと眺めていた。
世界史の小テストは――まあ、壊滅的だった。
後ろの席の美咲が「今回は追試だねー」と笑って言ったとき、私も一緒に笑った。
何も特別なことのない、ただの放課後。
特別じゃないことこそが、私の“日常”だった。
――その“日常”が、唐突に破壊されたのは、ほんの数秒後のことだった。
空が、割れた。
はじめは誰もが、目の錯覚かと思った。
教室中の視線が、窓の外へと集中する。
そして、誰かが叫んだ。
「――なに、あれ……?」
天頂にぽっかりと口を開けた、黒い裂け目。
まるで紙を裂いたように、世界そのものが断ち切られていた。
そこから降ってくるのは――光ではなかった。
闇。圧倒的な、理不尽の塊。
鉄の塊のような“それ”は、ゆっくりと姿を現す。
人型とは言い難い。
腕のようなものは四本。背中には無数の鋼線と刃のような突起が生え、目に相当する場所からは血のような赤い光がきらめいていた。
機械? 生物? それとも――その両方なのか。
正体なんてどうでもよかった。
一つだけ確かなのは、“それ”がこの世界にとって敵であるということ。
「避難! 避難して!!」
教師の声が響いたが、生徒たちは混乱して立ち尽くしていた。
私もそうだった。
逃げなきゃ、そう頭ではわかっていたのに、脚が動かない。
“それ”は、一歩、また一歩と着地しながら前進し、
眼下の都市を見下ろすように、両腕を広げた。
次の瞬間、ビルのひとつが――潰れた。
爆発音。悲鳴。悲鳴。悲鳴。
誰かが泣き叫び、誰かが崩れ落ちる。
スマホで撮影しようとした男子がいたが、それを見た誰かが叫んだ。
「死ぬぞバカ!!」
現実感が、追いついてこなかった。
私の手は震え、心臓は壊れたみたいに暴れた。
こんなのおかしい。
アニメでも、映画でも、ゲームでもない。
これは、“現実”なんかじゃない――そう思いたかった。
けれど、破壊されていく街の風景は、容赦なく私の“現実”を塗り替えていった。
そして、そのときだった。
グラウンドの向こう。
砕けたフェンスの隙間から、ひとりの少年が歩いてきた。
制服のシャツは少し乱れていて、
手にはコンビニのビニール袋をぶら下げている。
まるで散歩帰りのような、その少年――
その彼の姿に、私は息を呑んだ。
「……またか。せっかく唐揚げ弁当買ったのに」
呟きながら、彼は空を見上げる。
その視線の先には、黒い裂け目と、空を覆う異形。
彼が立ち止まったのは、ちょうど怪物の真下だった。
あまりに無防備で、あまりに無謀で――あまりに、非現実的だった。
「君を傷つけるやつは、全部、僕が壊す」
その言葉と共に、風が吹き抜けた。
彼は、跳んだ。
足元が砕け、グラウンドが砂煙に包まれ、
その身体はまるで風そのもののように――空へと駆け上がった。
「――――っ!」
怪物が反応する。
赤い光が集中し、雷のような音が響き――
ドンッ!!!
衝撃。雷鳴。閃光。
だが、それは怪物のものではなかった。
それは、少年の拳だった。
地上数十メートル、空中で彼が繰り出した拳は、
機械の怪物の頭部を真正面から殴り抜いた。
金属が砕ける音がした。
煙が舞い、破片が散り、空に閃光が弾ける。
怪物は、一瞬で沈黙した。
私はその光景を、ただ呆然と見ていた。
理解が追いつかない。
あの怪物を、一撃で。
あの人が――あの彼が――
「……誰……?」
私は、声にならない声で呟いていた。
彼がゆっくりと地面に降り立ち、煙の向こうから姿を現す。
制服の袖が破れていたが、彼は気にも留めず、
手にしたビニール袋をひょいと持ち上げて言った。
「温め直さなきゃな、これ」
あまりにも普通の言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。
そんなの、唐揚げ弁当どころの騒ぎじゃないよ――!
彼は私を見つけ、そして歩いてきた。
「君、大丈夫だった? 怪我してない?」
「え、あ、うん……たぶん……」
顔を近づけてきた彼は、どこか安心したように笑った。
「よかった。間に合って」
その笑顔に、私は言葉を失った。
優しくて、どこか儚くて、そして何より――強い。
ただの高校生とは思えない、圧倒的な存在感。
このとき、私はまだ知らなかった。
彼の名前が真宮祐真であること。
そして――この出会いが、私の人生を丸ごとひっくり返す“始まり”であることを。
それからの日々は、普通じゃなかった。
デート中に戦闘機が飛んでくるし、
バレンタインには国家機密が絡んでくるし、
彼の親戚は元・神だったりする。
とにかく、規格外の連続。
でも彼は、いつだって笑って言うのだ。
「大丈夫。君を守るためなら、僕は世界とだって戦うよ」
……重すぎるよ、それ。
でも、たぶん。
それでも私は――彼のことが、好きなんだと思う。
〜〜
あの空が裂けた日のことは、今でも夢だったんじゃないかって思う。
だけど、目覚めるたびに隣で寝息を立てている彼を見ると、
「ああ、現実なんだな」って、変な意味で納得する。
だって――
「よっ。朝だよ、つぐみちゃん。朝ごはん、豪華にしておいたからね。あと、庭で戦車壊しちゃった、ごめん」
「……朝から何やってるの?」
今日は日曜日。
本来なら、二度寝してからのんびりパンケーキでも焼いて、
恋人とイチャイチャしながら動画でも観る予定だった。
なのに現実は、玄関前にうずくまっている半壊の戦闘兵器と、
それを手刀で解体したうちの彼氏。
――私の彼氏、真宮祐真は、やっぱり強すぎる。
出会ってから数日後、私はある政府機関から呼び出された。
正確には、「彼と接触した者としての記録確認」とか何とか。
部屋に入ると、スーツ姿の怖そうなおじさんが4人。
そのうちの1人が、名刺を差し出してきた。
「内閣直属・特異災害対策局――通称“黒班”だ」
なんかもう、その名前からして物騒。
私は椅子に座らされ、何度も同じ質問を受けた。
「真宮祐真と、いつどこで会ったか」
「接触後、異常な現象はあったか」
「身体に変化は――」
「実際に彼と交際を?」
最後の質問で思わず噴き出しそうになった。
というか、それ、尋問じゃなくて恋バナでは?
「……一応、彼氏ってことで……」と答えると、
おじさんたちは一斉にメモを取った。
「……“付き合っている女性は極めて重要な観測対象”と……」
「“戦闘時、彼の感情波動が急激に上昇”……これは恋人起因か」
「前例がない……付き合ってみた例なんて……」
もう、勘弁してほしい。
帰り道、彼が待っていてくれた。
「ごめんね。やっぱり呼び出されたか……」
「うん。なんか“観測対象”とか言われた。付き合うだけで監視対象になったの初めて」
祐真は申し訳なさそうに目を伏せて、それでも真っ直ぐに言った。
「でも……僕は、君を巻き込みたくないって思いながらも、君を離せなかった。
あのとき、街に現れたあいつを倒したのは……正直に言えば、街じゃなくて――
君を守りたかったからなんだ」
私の鼓動が、一瞬だけ止まった気がした。
この人、本気なんだ。
この世界で一番強くて、いちばん危険で、いちばん不器用な人が、
こんなにも真剣に、私のことを見てくれてる。
「……じゃあ、ちゃんと責任とってよね?」
「責任……?」
「私、祐真くんの彼女でいるってことは、きっと、普通の女の子でいられなくなるってことだよ?
危険な目に遭うかもしれないし、狙われるかもしれないし、
もしかしたら世界滅亡のスイッチになっちゃうかもしれないよ?」
「……全部、僕が守るよ。世界も、君も。例えどんな敵が来ても、僕が君の盾になる」
「……言ったね?」
「うん。何度でも言うよ」
そう言って、彼は私の手を握った。
大きくて、温かくて、でもときどき砲弾を跳ね返すような、そんな手。
……私の彼氏、やっぱり強すぎる。
でも――
そんな彼を選んだのは、私なんだから。
その夜、祐真のスマホが鳴った。
画面には見たことのない英数字と、「コード・C-999」の文字。
彼は私を見た。
「ごめん。ちょっと、宇宙の裂け目がまた開いたらしい。すぐ戻ってくる」
「うん。いってらっしゃい。夕飯、温めておくね」
キスをひとつだけ交わして、彼は空へと跳び立った。
文字通り、空へ――まるで風のように。
私はその背中を見ながら、ちょっとだけ笑った。
明日、また学校に行くと、きっと誰かがこう言うだろう。
「えー!? つぐみちゃんの彼氏、またニュースに出てたよ!? なんか宇宙で戦ってたけど!」
……だから私は、きっと、こう答えるんだ。
「うん。私の彼氏、ちょっと強すぎるの」
そしてその“ちょっと”は、きっと、世界規模の話。
でも――
この恋だけは、世界でいちばん“普通”に、続けたいと思ってる。
たとえ、どれだけ非日常に囲まれていても。
思い付きで書いたものです。
pv付くんだったら連載考えます(現金)