番外編 イチャイチャ見学チケット、使用申請です!
本日二話目の更新です。
どちらからお読みになっても大丈夫ですが、よろしければ前話『猫耳カナンと甘い朝』もお読みください。
春のやわらかな日差しが、窓から差し込んでいる。
新婚生活が始まって、一ヶ月。
穏やかな午後の陽射しの中、セリーナはサロンのお気に入りのソファに座り、お茶を飲みながらカナンの肩にもたれかかっていた。
「……こうして、誰にも邪魔されない時間が続けばいいのに」
「うん、同感だ。ずっとこうしていたい」
カナンが紅茶のカップを置いて、彼女の髪を優しく撫でる。ふたりだけの静かな時間ーーの、はずだった。
だが次の瞬間。
ーーガサッ……!
バルコニーの鉢植えが揺れ、不穏な気配が忍び寄る。
セリーナが眉をひそめたそのとき。
「……ふ、ふひ……! やっぱり新婚ホヤホヤは破壊力が違うぅぅ……ッ!」
「……」
「……カナン、今の声……」
ふたりの視線がそろってバルコニーの窓に向けられると――カーテンの隙間から、ひときわギラついた目と、震える肩が見えた。
「……はっ、セリーナちんが自然にカナンくんの肩に寄りかかってる……!? あの穏やかな接触から漂う夫婦の信頼感……言葉はいらない、ただそこに愛がある……尊すぎて息が止まるぅぅ!!」
カナンはセリーナとの穏やかなひと時を邪魔されて顔をしかめた。目を閉じて深呼吸をすると、セリーナをソファに預けて、ゆっくりとカーテンに手を伸ばす。
そのままカーテンを引き裂くように開けるとーー現れたのは、バルコニーから覗き込んでいる予想通りの人物。
カナンの顔には、怒りと不満が混じった、世にも恐ろしい笑顔が浮かんでいた。
「……やあ、魔女殿」
その一言に、魔女の背筋がピンと伸びる。カナンの目は冷徹で、「よくも、邪魔をしてくれたな」と言わんばかりに鋭く光っていた。
「キャアア!? 見つかったー!!」
《尊い》《リアル夫婦最高》《#セリカナ》《#推し夫婦》などと書かれた缶バッジがジャラジャラ付いている黒いフードを被り、そして手には『イチャラブ見学チケット:十分間』と書かれた巻物を握りしめていた魔女が、そこにいた。
「やあ! お久しぶり! 来たよ! チケット使いに来たよ! 今すっごくベストタイミングだと思って!」
カナンの冷気にも負けず、魔女はイソイソと二人の部屋に入ってくる。
「帰って!!」
セリーナは速攻で追い返そうと試みるがーー
「いや待って、公式が供給拒否するの!? 新婚熱々ラブラブ編なんて最上級イベントなのに!? この目で見ずにいられると思う!? 無理です!!!」
魔女はそう叫びながら、突然自分の手のひらをぐるっと掲げた。その手には、まるで宝物のように大事そうにチケットが握られている。
「このチケットを見よ! これこそが公式チケット! つまり、カナンくんから『イチャイチャを見学する権利』が付与されている証!! これを無駄にできると思う!? いや、絶対に無理だよね!? ほら、見せろ、見せろぉぉおおお!!!」
セリーナの目の前が真っ白になり、思わず体を反射的に震わせる。魔女の手に掲げられた巻物は、確かに契約魔術が施され、『イチャイチャ見学チケット』と書かれていた。
セリーナの猫耳と尻尾の呪いを解く時に、対価として発行されたものに間違いない。
だが、セリーナはそのチケットを見た瞬間、顔を真っ赤にし、即座にカナンの腕に身を寄せる。
「絶対にダメ!!」
セリーナは声を震わせながら、魔女に向かって断固として拒絶の意を示す。しかしーー
「……セリーナ、落ち着いて。チケットは正式な契約だ」
カナンはすっと立ち上がり、魔女に優雅に手を差し伸べた。
「ようこそ。お好きな席へどうぞ。……ただし、リクエストは節度を守って」
「さっすがカナン様ぁぁぁぁッ! 推しにしか出せない気品……!」
「カナン! なにその慣れた対応!? というかなんでリクエスト前提になってるのよ!!」
こうして、魔女の推し活タイムが、始まるのだったーー。
◆
「じゃあ、まずは……! カナンくん、セリーナちゃんの膝に頭をのせてみて!」
「えっ」
「もちろん、微笑みながらよ? ついでに『幸せだな』とか呟いてくれたら最高……!」
「……演出まで指定するの?」
「プロですので!!!(オタク的な意味で)」
呆れるセリーナをよそに、カナンは素直にごろんと彼女の膝に頭を乗せた。
「……幸せだな」
「わああああああっ!! 尊すぎて目が溶ける!! ちょっと香水の銘柄とシャンプー教えて!! この空気再現したい!!」
メモ帳を取り出し、秒で書き殴る魔女。
魔女の周りでは紙とペンが踊り、精緻にあらゆる角度でセリーナとカナンが自動描画されていた。
「は、恥ずかしいからやめて……! 本当にもうっ……」
「セリーナ、ほら。笑って」
「……もう、カナンのばか……」
小さな声で呟くセリーナの横顔を、魔女はうっとりと見つめる。
「……ああ……推しの供給が……生きててよかった……!」
「魔女殿、他には?」
「あります! 次は、後ろからハグして、耳元で『可愛い』って囁いてください!」
「お安い御用」
「ちょっとぉ!!」
その後、魔女のリクエストは止まらず。
「次は手を取って額にキスしてください! あと、肩抱いて歩くシーンも! お姫様抱っこはもちろんありますよね!? ありますよね!!?」
「……あのね、そろそろ、帰ってくれない?」
「もうちょっとだけ! あと十カット! 十カットだけだから!!」
「いや、どんだけ描くのよ!?」
◆
数時間後――。
「……ごちそうさまでした……尊み過剰摂取で寿命が延びました……」
魔女はうっとりとした顔で、二人のイチャイチャを描き記した紙束を大事そうに抱えて玄関から帰っていった。
残されたのは、セリーナとカナン。
「はあ……なんなの、ほんとに……」
「まあ、セリーナが可愛かったから、結果オーライだ。それに、延長料金でいい条件も引き出せたし」
カナンの手元には、新たな契約書の束があった。
《十五分延長 対価:バルド地方に雨を降らせる(日付、雨量指定)》
《三十分延長 対価:エルカ山脈の坑道と山道整備(王国の仕様書に従うこと)》
《六十分延長 対価:流行病の特効薬開発(王国に権利譲渡、百名分のサンプルと材料の生育レシピ付き)》
《九十分延長 ……
猫耳と尻尾の呪いのことを反省して、こちらで要求をコントロールできるように契約文を工夫し、かつ確実に契約を守らせるように魔術契約にしている。
魔女にとってはセリーナのほっぺチューを撮影したり、カナンにセリーナをお姫様抱っこさせることの方が大事だったらしく、ホイホイと契約書にサインしていた。
「……とても恐ろしいけれど、喫緊の大きな課題がほとんど解決できたわね」
「うん。でも、これの使い方はまた明日考えるとしてーー今度はちゃんと二人きりでイチャイチャしようか?」
「えっ……あの……まだ、そんな気分じゃ……」
「寝室、行こう?」
「ちょっ、ちょっと待って、心の準備が――!」
慌てるセリーナを、カナンはやさしく抱き寄せて、そっと耳元で囁く。
「セリーナも、あんな魔女のリクエスト程度のイチャイチャでは物足りない……だろう?」
「……もう……カナンってば……」
セリーナが顔を赤くして俯くと、カナンはあっという間にセリーナを横抱きにしてサロンを後にしたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
よろしければ、評価、リアクション、ブクマいただけると幸いです。
この話に入れようと書いたものの、ちょっと冗長になったのでカットしたシーン。せっかくなので後書きにおまけで置いておきます。
寝室に移動した後の二人のシーンです。よろしければお読みください。
(おまけ)
静かに、ベッドサイドのランプの光が揺れる。
セリーナはカナンの胸にもたれたまま、ふいに顔を上げた。
「ねえ、カナン」
「ん?」
「……あの」
彼女の頬が、またほんのり赤くなる。
「今回のチケットを発行する時、魔女が『最後にゴニョゴニョもお願いしていい?』って言ってたじゃない? ……あれって、結局なんだったの?」
カナンは少しだけ口元を緩めた。
そして、耳元で囁くように、低くやさしい声で言う。
「……知りたい?」
「……ちょ、ちょっとね」
「ふふ……じゃあ、今からやってみる?」
「えっ、い、今から!?」
セリーナが思わず身を引きかけたが、すぐにカナンの腕がそっと彼女の背に回される。
「安心して。びっくりするようなことじゃない。……むしろ、すごく、君に似合うと思ったから」
「……なにそれ。言い方ずるい」
彼の言葉に、セリーナはたまらず顔をうずめた。
胸の奥が、くすぐったくて甘くなる。
「……じゃあ、その『ゴニョゴニョ』、ちょっとだけなら……いいかも」
「ちょっとだけ? ほんとに?」
「……様子見ってことで!」
ふっと笑うカナンの目が、やさしく細められる。
「了解。じゃあ、ちょっとだけ」
――『ゴニョゴニョ』が何だったかは、ふたりだけの秘密。
やがてランプの灯りがそっと消え、静かな夜が深まっていった。
甘く、幸せな新婚の夜。
それは、まるで魔法みたいなひとときだった。




