呪い、解除
本日二話目の更新です。
先に前話『魔女の観察、カナンの実践』をお読みください。
魔女がセリーナの前に立ち、両手を翳す。
「さぁて、解除の時間だよーん♪」
軽やかな声とは裏腹に、彼女の周囲には神秘的な魔力の波動が広がる。ふわりと指先を動かすと、彼女の手から無数の光の粒がこぼれ落ちた。
「ん……っ!」
光の粒はセリーナの体を包み込む。心地よい温かさが全身に染み渡り、ふわりと体が浮き上がるような感覚がした。
そしてーー
「……!」
一瞬の眩しさの後、セリーナの身体が軽くなった。
気が付けば、頭や腰の違和感が消えていた。
「戻った……! 戻ったのね……!」
思わず自分の頭と腰を触る。猫耳も尻尾もなくなっている。ーー間違いない。
「やった……!」
喜びが込み上げ、パァッと笑みがこぼれる。
「セリーナ……」
カナンが微笑みながら、ゆっくりと近づいてきた。
「よかったな」
「ええ、本当に……!」
彼の言葉に大きく頷く。しかし、彼の表情はどこか複雑そうだった。
「カナン?」
セリーナが不思議に思って見上げると、彼はふっと苦笑を浮かべた。
「いや……喜んでいる君を見て、俺も嬉しい。でも……ちょっとだけ、寂しい気もする」
「え?」
「君の猫耳と尻尾、可愛かったからな」
セリーナの顔が一気に赤くなる。
「な、なに言って……!」
恥ずかしさに身をよじるセリーナを、魔女がニヤリと眺めていた。
「ふふっ、そんなカナンくんのために、ちょっとしたオマケをつけといたよ?」
「……オマケ?」
嫌な予感がした。だが、魔女はそれ以上の説明をせず、くるりと踵を返すと、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。
「いいものを見せてもらったお礼よ〜♪ じゃあねー!」
魔女は意気揚々と扉から出ていった。後を追いかけるが、部屋から出た途端にその姿はあっという間に消え去ってしまった。
彼女が姿を消すと、部屋には静寂が戻る。
「ふふっ、嵐みたいな魔女さんだったわね」
思わず笑いがこぼれた。
「人騒がせな魔女だったな。もう二度と関わりたくない。……セリーナ、俺の子どもの頃の無責任な発言で、本当にごめん」
セリーナは首を横に振り、カナンの手をそっと取った。
「いいえ、むしろ……ありがとう」
ふっと微笑み、カナンを見上げる。
「カナンのおかげよ。ずっとそばにいてくれたから……ここまで頑張れた」
「……俺は、何もしてないよ」
「そんなことないわ。私に猫耳が生えてから、ずっと支えてくれたでしょう?」
優しい手つきで撫でてくれた。
困った時は助けてくれた。
寂しい時は、そっとそばにいてくれた。
「私が猫の姿の間、カナンがいなかったら、きっとすごく心細かったと思う。だから……本当に、ありがとう」
真っ直ぐな言葉。
カナンは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから、ふっと柔らかく笑った。
「そうか……」
「ええ」
二人の距離が、少しだけ縮まる。
静かに流れる時間。
カナンの瞳が、優しく、けれどどこか切なげにセリーナを映していた。
「……セリーナ」
彼の目が真剣な色を帯びる。彼の手に添えられたセリーナの手を優しく握り直し、息を呑むと、ずっと心に留めていた言葉をゆっくりと告げた。
「俺はね、子どもの頃から、本気でセリーナが好きだったんだ」
「……え?」
セリーナの心臓が大きく跳ねる。
「最初はただの幼馴染だった。けど、君はいつも一生懸命で、どんなことでも手を抜かない。冷静で、しっかりしていて……けど、本当は誰よりも優しくて、誰かのために全力で頑張る。そんな君を、気が付いたら好きになってた」
カナンの言葉が、真っ直ぐに胸に届く。
「だから、王配に……君の夫になれるように努力した。婚約者候補になれた時は、本当に嬉しかった」
彼の目に宿るのは、紛れもない誠実な想い。
「急に猫耳が現れた時は驚いたけど……」
ふっと微笑む。
「そのおかげで、いつも冷静だった君の、今まで見られなかった姿が見られた。無防備な顔や、甘えた声……どれも新鮮で、可愛かった。今まで以上に、君に近づけた気がした」
「カナン……」
「だからーー前よりも、もっと好きになった」
彼はセリーナの手を引き寄せ、そっと彼女を抱きしめた。
「俺と、この先の未来も一緒に歩んでほしい」
セリーナの視界が滲む。
気づけば、涙が零れていた。
「……っ」
何も言葉が出てこなかった。ただ、強くカナンの胸に縋り付く。
「セリーナ……」
カナンがそっと、セリーナの髪を手に取る。そして、その柔らかなプラチナブロンドの髪に、そっと唇を落とした。
「君がどんな姿でも、俺は君を愛してるよ」
「……っ!」
胸がいっぱいになり、思わず声を詰まらせる。
「わ、私も……カナンのことが……」
その時ーー頭にムズムズとした違和感が走った。
「……え?」
違和感の正体がわからず、思わず手を伸ばす。
その途端ーー
ピョコッ
ーー耳が生えた。
「ま、まさか……」
恐る恐る腰下に手を当てる。
ふわりーー柔らかい感触。
「……尻尾!?!?」
セリーナの絶叫が響き渡った。
◆
一方その頃、魔女はどこかでご機嫌に鼻歌を歌っていた。
「そろそろ気づいたかなぁ〜♪」
彼女の『オマケ』ーーそれは、普段はない猫耳と尻尾が、感極まった時だけ出てくるというもの。
「だってカナンくん、セリーナちゃんの猫耳と尻尾がなくなった時、ちょっと寂しそうだったしねぇ?」
セリーナたちの様子を想像してながら、くすくすと笑う。
「今頃、『さすが魔女様!』って、感謝感激雨霰よね! 呪いを解きながら、もっとイイ感じに改良しちゃうなんて、やっぱあたしって天才♡」
悲鳴が王宮に響く中、どこかの空の下で魔女はケラケラと笑い続けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次で本編最終話となります。
次話『エピローグ 舞踏会の抱擁』




