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完璧な王女に降りかかった悲劇

本編十二話+番外編二話、完結済みです。

よろしくお願いします。

 王宮の窓から差し込む朝日が、柔らかな金の光となって大理石の床を照らしていた。

 重厚な家具が並ぶ広い寝室。部屋の中央には大きな天蓋付きのベッドがあり、その手前の鏡台の前には、一人の美しい女性が座っている。


 王女セリーナ・アルヴァナ・フェルディナ。このフェルディナ王国の第一王女にして、完璧な令嬢。

 銀色に近い、腰まで流れる淡いプラチナブロンド。瞳は透き通るような水色で、冷たくも神秘的な印象を与える。肌は白磁のように滑らかで、そして誰もが憧れる気品。

 さらに学問にも武術にも秀で、感情を表に出さず冷徹に振る舞う姿は、臣下や民から「氷の王女」とまで称されていた。


 そんな彼女が、今日も変わらぬ朝を迎える――はずだった。


「失礼いたします、お嬢様」


 セリーナが産まれた時から仕えている、最も信頼のおける侍女が、そっと櫛を通す。王国で成人とされる十八歳を迎え、周りが『王女様』『王女殿下』と呼ぶ中、彼女だけは幼かった頃のまま『お嬢様』と呼ぶ。それに対して苦笑するのもいつものこと。


 そう、いつもの朝の光景。何も変わらない、いつも通りの――


「んっ……?」


 小さな違和感が走った。


 頭の上に、妙な感触。

 それだけじゃない。腰のあたり、特に尾てい骨のあたりにくすぐったい感覚がある。


(……何かしら? 変な感じ……)


「……お嬢様……!」


 戸惑ったような侍女の声。櫛を握る手が止まっている。


「どうかしたかしら?」


 セリーナがそう問うと、侍女は唇を震わせながら、おそるおそる彼女の頭を指差した。


「お、お嬢様……その、お耳が……!」

「耳?」


 思わず鏡に目をやる。

 そして、息を呑んだ。


「な……っ!?」


 そこには、ふわふわの猫耳を生やした自分の姿が映っていた。


 綺麗に整えられたプラチナブロンドの髪の上に、あり得ないものが生えている。しかも微妙にピコピコと動いているではないか。


「え、えええええ!? な、何これ!? こんな、こんな――」


 思わず『冷徹』の仮面を脱ぎ捨てて、素が出てしまった。


「お、お腰のほうも……」

「腰?」


 背筋に冷たいものが走る。まさか――

 セリーナは震える手で腰を探る。腰というよりも、もう少し下ーーそこにある『異物』を掴んだ。


 ーーもふっ。


 嫌な感触がした。いや、手触りは最高だ。極上のファーのような……柔らかい動物の尻尾(しっぽ)


「~~~~~~っ!?」


 震えが止まらない。

 猫耳と、尻尾。間違いなく自分の身体から生えている。

 侍女は青ざめた顔で後ずさり、今にも倒れそうだ。

 だが、セリーナ自身も冷静でいられるはずがなかった。これが一時的なものなのか、恒久的なものなのか、何が原因なのかーー何もわからない。

 完璧な王女が、突然、猫耳と尻尾を生やすなど、あってはならない事態だった。


「……こんなの、絶対に誰にも見られちゃダメ……!」


 鏡の前で蒼白になりながら、震える声でつぶやく。


(どうしてこんなことに? 何が起こったの?)


 それでも王女である以上、取り乱すわけにはいかない。まずは事態の把握と収拾だ。


「医師を呼びなさい。極秘で、誰にも知られないように。」


 セリーナの命に、侍女は慌てて部屋を飛び出していった。


 ――そして、数分後。


「これは……大変なことに……」


 駆けつけた宮廷医師も、猫耳と尻尾を見て絶句した。

 診察が行われたが、原因不明。


「間違いなく、王女様の身体の一部となっております。神経も、血も通っています。病気、遺伝、どの要因にも思い当たらず……そもそも、こんな症例は初めてです」


 医師の言葉に、セリーナは奥歯を噛んだ。


(つまり……治す方法がわからない、ということね)


 冷静に思考を巡らせながら、セリーナは言った。


「私が病に伏せたことにして、しばらく表舞台には出ないようにします」

「しかし……!」

「これを見られたら、王家の威信に関わるわ。戒厳令を敷きなさい。この事はここにいる者と、お父様とお母様のみに留めます」


 静かだが、決然とした命令だった。

 異常事態に、宮廷内は騒然となった。王女が病に倒れたという報せが広まり、政務は代理の者が務めることになった。

 その間、セリーナは自室に閉じこもったまま、己の異形をどうするべきか思案を巡らせていた。


(……このまま一生、こんな姿なの?)


 ベッドに座り込み、膝を抱える。

 ふわふわの猫耳は、今もピクピクと動いている。

 それが自分のものだという現実が、信じられなかった。


(もしこのままだったら、王位継承も……婚約の話も、無くなるわね)


 未来が見えない。

 だが、それより以前に深刻な問題があった。


「……っ、これ、妙に……」


 耳を指で触れると、ビクンと背筋が跳ねる。


(敏感になってる……!?)


 耳も尻尾も、神経が集中して、まるでーー。

 不意に、腰の奥がざわめいた。


「~~~~っ!」


 セリーナは、すぐに手を離した。


(な、何これ!? おかしいでしょう!?)


 血の気が引く。

 完全に未知の感覚。今まで感じたことのない刺激が、耳や尻尾を起点に身体のあちこちを走っている。


(これは……一体、何なの? どうすれば……元に戻れるの?)


 この絶望の中、唯一の救いは、まだ彼女の婚約者候補ーーカナンには知られていないということだった。

 だが、その希望も長くは続かなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本日もう一話投稿します。


次話『秘密を握られた王女』

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