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第9話 少年と少女と体育祭③

ーいよいよ、体育祭の前日となった。


僕と神子さんは、1年から3年までのC組チームが、合同で行った結団式に出たあと、2人で下校をしていた。


そこで、神子さんは少し不安な気持ちであることを、僕に吐露したのだ。

「決心はしているけど、私は彼らと向き合うのが、まだ怖い気持ちがあるの」


「少し前までの私は、すべて自分自身で耐えることに決めていた」

「だから、嫌なことがあっても、私だけが耐えればよかった」


「でも今は、水無月先輩や図書委員会の先輩たち、生徒会長の堀川先輩、1年E組の高橋くん、そして、いつも私を守ってくれる……大城くん」

「みんなが居てくれるから勇気をもらえるけど、同時にみんなのことが大切だから、私のせいで傷ついて欲しくないの」


僕は、クループラインで良介に連絡をとってみることにした。

良介は、僕たちがいつも使っている乗換駅から2つ過ぎた駅にある、ボクシングジムに通っているとのことだった。


練習中で悪いと思ったけど、本人からジムまで来てくれたら、話ができると言われたので、僕と神子さんは帰りがけにジムによることとした。


ジムにつくと、良介は汗びっしょりになって、基本練習を重ねていた。

良介がトレーニングに集中しているときの顔は、まるで学校の時とは想像できない位、真剣そのものだ。


練習がキリのよい所になるまで、僕と神子さんはジムの片隅で待たせて貰うこととした。

サンドバックやミット打ちをしている良介は、歯を食いしばり顔を真っ赤にして、まさに戦う男そのものだった。


ストレッチが終わり、練習がひと段落すると、良介から声をかけてきた。


「2人とも久しぶり。最近調子はどうだい」

「例の陽キャグループたちは、まだ神子さんに絡んでくるのか」


僕と神子さんは、体育祭が近く準備が忙しいのか、大丈夫だと答えた。

そして、神子さんが体育祭で彼らと話し合いをする決意であると伝えたのだ。


良介は穏やかな表情で、僕たちに声をかける。

「お前たちは俺と同じぐらい、毎日真剣に生きているだろう。だからそんな俺からみて、明日2人はしっかりと話し合いをできると信じている」


「もし、話し合いがうまくいかなかったとしても、俺のできる範囲でお前たちを守ってやるから、肩の力をぬいていけよ」


良介は本当にいいやつだ。神子さんも良介の励ましで表情が少し緩んだようだ。



ーそして体育祭当日を迎えることとなった。


天気はまさに快晴で、穏やかな気候のなか、絶好の体育祭日和となった。


応援団のエール交換、そして演武から始まった体育祭は、滞りなく進んでいった。

クラス全員参加の100メートル走では、僕も神子さんもできるだけ頑張った。

順位はまあ、想像におまかせしたいところだ。


そして棒倒しは、1年から3年までのクラス別チームによる総当たり戦で、とても競技は盛り上がった。特にC組とH組の戦いでは、陽キャグループがいることでやりにくさもあったが、周囲の目もあるため、アンフェアなプレイは特になく、H組の勝利で終わることとなった。


午後の競技では仮装ダンスや学年対抗リレーが行われ、最終的にA組の総合優勝で体育祭の幕は閉じたのだった。

全生徒が出席する中で表彰式と閉会式が行われ、その後に器具や備品の片付けが行われた。


そしていよいよ、後夜祭を迎えることとなったのだ。


辺りが少しづつ暗くなってくる頃、校庭の真ん中にステージが備え付けられた。

また、立命高校の後夜祭名物である打ち上げ花火も、地元の花火師の方による協力のもと、準備が進み、ここにすべての用意は整ったのである。



ー生徒会長の挨拶と掛け声とともに、後夜祭は開始された。


色々なイベントや出し物が、校庭に設置されたステージの上で繰り広げられた。

まずは、文化部の花形である軽音部の演奏にあわせ、流行りの楽曲のうたコンが始まった。


生徒たちは用意されたお菓子や飲み物を手に、ステージをみたり歓談したり、リラックスモードで後夜祭は進んでいった。


そして、漫才研究会の有志によるお笑いライブが行われ、その後にビンゴゲームが実施され、各々が本当に楽しい時間を過ごしていった。


後夜祭が中盤に差し掛かったところで、いよいよ打ち上げ花火の時間になった。


校庭に備え付けられたスピーカーから、最新の音楽チャートが流されると、20分ほど打ち上げ花火の時間が続くことになっていた。


校庭にいた生徒たちは、いつ花火が始まるかと注目している間、体育館では生徒会により開錠と照明点灯が行われ、僕と神子さんも体育館に移動していた。


そして良介も心配だからと僕らと一緒に、体育館の舞台袖にきてくれたのである。


花火が上がる音を聞きながら、僕ら3人が舞台袖で緊張して待っていると、程なくして野球部とサッカー部のキャプテンが、1Hの陽キャグループたちを、体育館に連れてきてくれた。


舞台の上では生徒会長である堀川先輩が立っており、入ってきた彼らに声をかけた。

「1Hの君たち、今日は体育祭、本当にご苦労だった」

「立命高校生徒会長、堀川桜子だ」


「今日は君たち、キャプテンに呼ばれてこの場所に来ていると思うが、呼ばれた理由に何か心当たりはあるかな」


彼らは部活のキャプテンと生徒会長がいることで、流石に何かを察したのか、表情が硬くなった。


彼らは生徒会長に向けて話を切り出した。

「堀川会長、俺たちが呼ばれた理由は、1年C組の神子と大城のことですか」

「彼らからどんな話を聞いたかは知りませんが、まず言わせて欲しいのが、俺たちがきっかけを作ったわけではないんです」


会長は「ほぅ……」とつぶやくと、彼らにこう問うたのである。

「まず大前提として、私は君たちを責めるため、ここに呼んだのではない」

「君たちから詳しい話を聴きたくて、この場に呼んだのだ。ぜひ事の経緯を教えてくれないだろうか」


彼らはそれに答えて、話を続けた。

「俺たちは中学に入学してから、野球部やサッカー部に入り、練習を積み重ねていました」

「そして、体育の時間も無駄には出来ないと思い、トレーニングとして真剣に取り組んでいたんです」


「その時、俺たちは神子の足が義足なんて知りませんでした」

「だから神子が体育の授業で一人だけ、何でも遅くて周りのペースを乱しているのを見た時に、俺たちは真剣に取り組んでいないと考えました」


「あいつがサボっていると思い、無性に腹がたったんです」

「俺たちは神子に話を聴くことにしたけど、あいつは俺たちが質問しても、何も答えなかった」


『そう、あいつが俺たちとの関係を閉ざしたんだ』



ーそして俺たちとの関係がギクシャクしたまま、あいつは風紀委員になった。


「神子は俺たちにだけ、特に厳しく取り締まっていたと思います」


「朝、校門前で行われていた持ち物検査と服装検査で、俺たちは色々なものを没収されました」

「その中には、小学生でサッカーを始めた時から着けていた、母さんが作ってくれたミサンガまで入っていました」


「ここにいる俺たちのグループは、神子にいろいろなものを没収されたし、大切なものを奪われる悲しみは、あいつには理解できなかったんだと思います」


「そして俺たちは、神子に対して恨みをもつようになりました」

「ただ誓いますが、本当にきっかけは俺たちではないんです。あいつが最初の原因を作ったんです」


堀川会長は黙って話を聞くと、彼らにこう問いだした。

「それでは、君たちは神子さんと大城くんに対し、どうしたいと思っているのか」


「今まで通り神子さんを苛めて、3年間鬱憤を晴らして生活していくのか。それとも、彼らとしっかり話をすることでお互いに歩み寄り、彼女の苛めから自ら身を引こうとするのか」


「もしかすれば彼らから反撃され、君たちが傷つく可能性もあると思うのだが」

「君たちはどのようにしていきたいのか、教えて貰いたい」


会長に問いただされて、彼らは思わず黙り込んだ。

その時を見計らい、僕と神子さんは舞台袖から彼らの前に姿を現した。


突然の登場に驚く彼らに対し、神子さんははっきりした声でこう告げたのである。

「体育の時間のあと、初めてあなた方に質問されたとき、私は頭が真っ白になり、何も答えることができませんでした。正直とても怖かったんです」


「だから、そんな自分を変えたくて風紀委員になりましたが、活動に力を入れて取り締まりをすることに没頭してしまいました」


「そのせいで、あなた方にとても厳しく取り締まりをしていたことは、間違いありません」

「悲しい思いや、悔しい思いをさせてしまい、本当に……ごめんなさい」


神子さんは彼らに対して、つらい思いをさせていたことを、涙ながらに謝罪したのである。


そして、僕は彼らに自ら身を引いて欲しいとお願いをした。


しかし、彼らは謝罪されても、俺たちの気持ちはどうしても収まらない。

生徒会長や部活のキャプテンに言われたとしても、俺たちは自ら身を引くことはできないと告げられた。



ー僕は今こそ、自らの覚悟を示すときだと思った。


僕は彼らにこう告げたのである。

「この前の僕に対する暴行、それが大きな騒動になることは、君たちのためにもならないよ」


何も証拠がないだろうと、彼らは反論してきた。


僕が自分のスマホを、体育館に備え付けられたプロジェクターに接続すると、そこには彼らが僕を殴っている動画が5分ほど映し出されたのである。


彼らは思わず「どういうことだ……」と呟いた。


僕はおもむろに右目の義眼を外してこう述べたのである。

「新しい義眼を作ろうとした時に、義眼工房の職人さんから、いくつかの義眼を薦められたんだ」

「1つは漆黒色の義眼、これは僕が気に入って着けているもの。いつもの義眼だ」


「そして君たちが、僕に制裁を加えるだろうと思っていたあの時、僕の右目に入っていたのは、眼球内に最軽量かつ最小のCCDカメラが組み込まれた高機能の義眼だったのさ」


「義眼工房の職人さんは僕にこう教えてくれた」

「きみが大人になれば、トラブルに巻き込まれることが必ず出てくる。自分のためではなく、大切な人を守りたいと思った時、物事には確かな証拠が必要になることがある」


「その時だけ、この義眼を使うようにしなさい。なぜなら目的なく使えば、君は盗撮犯になってしまう。だから、繰り返しになるが大切な人を守る時だけ、この義眼を使うようにしなさい」と。

「スマホと連動して自動録画が始まり、君たちの行動が全てここに記録されているんだ」


そして、水無月先輩や図書委員会の先輩たちも舞台袖から登場し、彼らにこう説いたのである。

「2人は君たちと違い、どちらが正しいのか、そして間違っているのかを決めようとはしていない」

「君たちが自らの力を示すべき相手は、部活で乗り越えるべき全国の猛者たちではないのか」


メガネ男子の先輩はこう述べたのだ。


そして水無月先輩もこう続けた。

「あなた方は、自分たちの現在の状況を、中学時代の神子さんの行動が原因であると、原因論に囚われて物事をみているのではないかしら」


「少なくても2人はあなた方に何かされたことを理由に、行動を止めるようなことはありませんでした」

「そして、あなた方との勝負から彼らは降りている。もうこれ以上はやめた方がいいと思いますよ」


彼らは悩んでいたが、まだ決心がつかないようだった。



ー僕は彼らに最後の覚悟を示そうと思い、行動に移った。


僕は彼らに対し、次のように諭したのだ。

「もし君たちが、神子さんから手を引かなければ、暴行に関する問題を明らかにしようと思う」

「ただ、君たちだけに懲罰が加わるのは、あまりに公平ではないと思う」


「だから僕も盗撮の罪を犯しているため、君たちと一緒に懲罰を受ける覚悟はできている」

「謹慎でも停学でも、退学でも受ける覚悟がある。君たちにその覚悟はあるのか」



僕は彼らの前で土下座をして、改めてお願いをしたのである。

「神子さんは君たちに謝罪をして、自身の反省すべき点はしっかりと理解している。だから……どうか彼女を自由にしてくれないか」


彼らの中の野球部マネージャーが、青ざめながら他の仲間にこう言ったのだ。

「も、もう良いんじゃないかな。ねえ、神子ちゃんも反省しているし……」


サッカー部のマネージャーもそれに同調する。

「私も停学とか、退学とか……さすがにそれは厳しいって」


2人に影響されたのか、残る3人の男子たちも、同意してくれた。

「仕方ない……神子とは一切関わらないことを約束する。ただしお前たちも、今後俺たちに関わらないで欲しい」


ことの成り行きを見守っていた生徒会長が、ここで口を開いた。

「今の話し合い、生徒会長である、堀川桜子が確かに聞きとげた」

「体育館にいる皆も、間違いなくこの話し合いの証人になってくれたと思う」


水無月先輩も、それに続けてこう述べた。

「図書委員会の委員長である水無月綺夏、私も今の話し合いを確かに聞き遂げました。今後何かあれば、私は進んで証人となりましょう」


後夜祭の打ち上げ花火は、終わりの時間が近づき、最後に特大の3尺玉が打ち上げられると、校庭にひときわ大きな歓声が響きわたった。


校庭に響き渡る歓声の中、部活のキャプテンに付き添われながら、1年H組の彼らは体育館を後にした。

僕と神子さんは、2人のキャプテンに深々と頭をさげ、彼らを見送ったのである。


そして、僕は隣の神子さんを見ると、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

彼女が嫌でなければと思いながら、僕は自分の胸を貸そうとすると、その中で彼女は大きな声をあげ感涙したのである。


彼女はひとしきり僕の胸の中で泣くと、恥ずかしそうに目をこすりながら、僕に会心の笑顔をみせてくれた。


彼女は僕の耳元に顔を寄せると、照れながら小さな声でこう囁いた。

「大城くん、この気持ちの責任、取ってくださいねっ……」

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