第8話 少年と少女と体育祭②
体育祭に向けて、1年C組も盛り上がっていた。
いわゆるクラスカースト上位の同級生たちは、応援団のエール交換や演武の振り付け練習を、そして学年対抗リレーのメンバーに選ばれた生徒は、200メートルダッシュやバトンパスなど、張り切って練習を頑張っていた。
僕や神子さんなど、クラスカースト下位の同級生たちは、仮装ダンスの飾りつけに使うための細かい刺繍や、それ以外にも万国旗やロープなど備品の準備、環境整備のための校舎内清掃や校庭の草むしりなど、下支えの仕事に勤しんでいた。
一緒に仕事をこなしてくれる同級生は、僕と同じでやや内向的な人が多く、正直とても気が楽だった。
担任の木村先生も、体育祭の準備はまだ数回しか経験がなく、急な対応であたふたする場面もあったが、それも含めて頑張っている姿がとても印象的だった。
そして、会長との面会から1週間が過ぎ、僕と神子さんは改めて、生徒会室に向かうことになった。
僕と神子さんは生徒会室のドアをノックすると、聞き覚えのある凛とした声が返ってきた。
「どうぞ、中に入りたまえ」
僕たちは「失礼します」と言って生徒会室に入ると、会長と水無月先輩、そして2人の見慣れない男子生徒がそこにいたのである。
会長は僕たちの姿をみると、さっそく声をかけてきた。
「君たち、1週間ぶりだね。元気そうでなによりだ」
そして2人の見慣れない生徒を前にした僕たちに対して、言葉を続けた。
「突然のことで、驚かせてしまったようですまない」
「実は彼らは、立命高校の野球部とサッカー部のキャプテンたちなんだ」
背が高く、真っ黒に日焼けした2人の先輩たちが、さわやかな笑みを浮かべ、僕たちに声をかけた。
「初めまして、君たちが大城くんと神子さんだね」
「生徒会長である堀川さんから、少しだけ話は聞いているよ」
「俺たちは立命高校で野球部とサッカー部のキャプテンをしているが、ウチの部員が君たちに大変な迷惑をかけていたようで、本当に申し訳ない」
2人は頭を下げようとするのを、僕たちは制止した。
「先輩たち、頭を上げてください」
「会長からどこまでお話を聞かれたかは分かりませんが、僕たちは彼らを責めるつもりはありません」
「ただ、神子さんに関することから身を引いて貰えたらそれで十分なんです」
「だから、僕たちと彼らが話し合える場面を用意して貰えないでしょうか」
2人のキャプテンたちは、僕と神子さんに声をかけた。
「彼らは部活のなかでも実力があり、人間関係もうまくやっていると思っていた」
「けれどその裏で、自らの力を示すため、君たちのように犠牲となる子たちがでるのは、立命高校の生徒として恥ずかしい」
「ただ、体育祭で応援や競技の合間にゆっくり話し合うことは、難しいと俺たちは思ってる」
「その代わりではないが、体育祭が終わった後、立命高校では表彰式と後夜祭が開かれるんだ」
「そこで後夜祭の中盤あたり、俺たちが1年H組の彼らたちを、校庭から体育館に連れてくるので、君たち2人と、生徒会長である堀川さんに生徒会役員たちを交え、話し合いをしてはどうだろうか」
そこまで静かに話を聞いていた、図書委員会の水無月先輩がおもむろに口を開いた。
「私もそのお考えであれば、お互いにしっかりとした話し合いになると思います」
「ただ一つ、図書委員会から提案があります」
「お二人の強い覚悟を知っているのは、私たけではなく図書委員会の仲間たちもです。だからこそ可愛い後輩である大城くんと神子さんのことを、みんな本当に心配しているのです」
「そこで、もし宜しければ、体育館での話し合いに、私だけではなく図書委員会の皆さんを同席させて貰いたいのです」
キャプテンたちは、笑顔でこう答えた。
「それは大歓迎だ。話し合いに関わる人間が多いほど、それに越したことはないと俺たちも思っている」
「ぜひ、水無月さんと図書委員会の皆さんの同席をお願いしたい」
僕たちのために惜しみなく協力してくれる先輩たち、特に水無月先輩の優しさが、僕の心の琴線に触れ、不覚にも泣きそうになってしまった。
それでも、話し合いの本番は1週間後で、神子さんの「ただ普通の高校生の女の子として過ごしていきたい」という目標を何としても叶えてあげるんだと、僕は気を引き締め、生徒会室を後にしたのだった。
隣で歩く神子さんの横顔をみると、少しはにかみながらも、その目には強い光が宿っていた。
そして僕は改めてこう思ったのだ。
「心から護りたい、神子さんのこの笑顔」