第7話 少年と少女と体育祭①
高校に僕らが入学してから1か月が過ぎ、5月が始まった。
6月には、高校の主要イベントの一つである体育祭が開かれるが、その前の5月連休明けに立命高校では実力試験があるのだ。
立命高校の校訓の一つに文武両道がある。
実力試験の時期には、運動部の学生たち、文化部の学生たち、そして部活に入っていない帰宅部の生徒たちも、皆勉強をし始めるのである。
なぜなら、部活生であれば部員の一定数以上の生徒が赤点になると、半月は部活動禁止となり補習授業が待っているのだ。
厳しい対応は帰宅部の生徒でも例外ではなく、赤点をとるとその科目について厳しい補習授業を受け、かつ再試験に受からなければいけないからである。
1年生から3年生までこのテストのおかげで、全ての生徒が勉強に本腰を入れるのだ。
5月が始まり、連休を前にした僕、大城洋一は図書館の自習室でテスト勉強をしていた。ちなみに僕の隣の席には、神子さんが座っており、彼女も真剣に英語の問題集を解いていた。
彼女は英語が得意らしく、中学の頃から成績は良かったそうだ。彼女曰く、目標があれば、そのために必要な勉強をすることは当たり前と話していた。
僕は得意な数学と物理の問題集を解きながら、頭の中でいくつかの解法を組み合わせ、最終的な解答を導き出す練習をしていた。
2時間ほど問題に没頭して大問を5題ほど解き終わり、ふと彼女の方をみると、横顔の控えめながらも、守ってあげたくなる可憐さに少しドキドキしてしまう。
僕は英語が苦手科目なので、神子さんの手が空いた時に、単語の暗記法や文法問題のアプローチ法、そして長文の要約方法などを、教えてもらうことができた。
彼女には数学や物理など、理系分野の基本問題を落とさないコツや、基本問題の解法を組み合わせることで、応用問題に対応していく方法など、お互いに勉強を教えあっていたのだ。
お互いが弱点を補いあい、かつ相手に教えることは自分自身の一番の復習になる。
だからこのテスト準備期間は、今回の神子さんに対する事情がなかったとしても、僕たちにとって本当に有意義な時間を与えてくれたのである。
また、図書館で僕たちが勉強していると、水無月先輩をはじめ、図書委員会の先輩たちが気軽に声をかけてくれるようになった。それも図書館にいく僕たちの楽しみの一つとなっていた。
5月の連休中も図書館は開館していたので、僕と神子さんは途中の駅で待ち合わせをして、学校に向かい二人で勉強を重ねた。
僕と彼女が勉強に力をいれていたのは、お互いに目標を成し遂げるためであった。
この前、2人で話をしたことで、努力を積み重ねて、お互いが成長したいという想いをより強くしたのである。
僕は神子さんを守りぬくことを、神子さんは体育祭で自分の運命について決着をつけたいと誓いをたてたこともあり、毎日真剣に生きていく気持ちが、大きなモチベーションとなっていた。
僕らはお互い、相手のためにできることをやりながら、試験前の期間をかけがえのない仲間として過ごしていった。
そして5月の連休明けに実力試験の期間が始まり、滞りなく終了したのである。
ちなみに立命高校は1学年30人×8クラスの240人編成である。
僕の成績は240人中23位、神子さんの成績は240人中48位で、二人ともまずまずであった。
テスト期間が終わり、体育祭に向けて本格的な準備が始まった。
立命高校の体育祭は、A組からH組まで各クラスごとに、1年から3年までが合同チームを作り、合計8チームによる応援団のエール交換、演武から始まり、100メートル走や綱引き、棒倒しなどに加え、仮装ダンスや学年対抗リレーなど、盛りだくさんの内容だった。
体育祭の企画と運営も、自主性が重んじられており、生徒会と3年生の各クラス代表が協力して行うことになっていた。
だからこそ、生徒会の協力を仰ぐことが、神子さんの状況を変える絶好のチャンスと考えたのだ。
ちなみに運動部は、体育祭に必要なグラウンド整備や、競技に用いる用具の準備に追われており、1Hの陽キャグループ達が僕らに絡んでくることはなかった。
もちろん、先月僕に対して暴力をふるったことや、水無月さんに厳しく注意されたことで、若干の罪悪感を感じているのかもしれないけど。
水無月先輩や図書委員会の先輩たちも、主に体育祭のパンフレット作成や、生徒と保護者に対しての広報活動、構内の掲示レイアウトなどを担当しており、とても忙しそうに仕事をこなしていた。
そんな中、僕らは図書委員会の委員会室に呼ばれたのだ。
水無月先輩が話をする機会を作ってくれ、僕と神子さんにこう告げた。
「生徒会長がお二人とお話をしたいとのことで、明日の放課後はご都合いかがですか?」
僕と神子さんは答えた。
「先輩、本当にありがとうございます。明日の放課後、ぜひ面会をお願いします」
「私も今度の体育祭で、大城くんの覚悟に答えるため、彼らとの関係に決着をつけたいと思います」
先輩は優しく微笑みながら、こう答えた。
「大城君、あなたは神子さんを守りたい気持ちを、会長にそのまま伝えればいいと思うわよ」
「神子さん、思い出したくないこともあるかもしれない。でも勇気を出して会長にできるだけお話しすることを、お薦めするわ」
僕と神子さんは水無月先輩に何度もお礼を言って、委員会室を後にした。
「本当に眩しくて素敵な2人ね。すべてが終わったら、ぜひ一緒に活動をしてみたいわね……」
水無月先輩はそう呟くと、傍らの文学女子風の先輩も、静かに頷いた。
次の日の放課後、指定された時間に僕と神子さんは、生徒会室の前に立っていた。
僕は緊張していたが、立命高校の試験を受けた時の緊張と比べれば、大したことはなかった。
生徒会室のドアをノックすると、中から「どうぞ、中にはいりたまえ」とよく通る声が返ってきた。
僕と神子さんは緊張しながら、中に入るとそこにはやはり立派なソファーがあった。
そこに座っていたのは、まさに容姿端麗かつ凛々しさを兼ね備えたような、オーラあふれる一人の女子生徒であった。
思っていたより小柄ではあるが、水無月先輩の話によると、文武両道、成績は学年トップクラスで、剣道は全国でも上位レベルの実力者とのことであった。
彼女はソファーから立ち上がると、僕たちに挨拶をしてきた。
「初めまして、いや入学式の時からだから2回目か」
「私は立命高校生徒会長の堀川桜子だ」
僕と神子さんは会長に続けて自己紹介をした。
「僕は1年C組の大城洋一と言います。今日はよろしくお願いします」
「私は1年C組の神子伊織と言います。お忙しいところ、面会の時間をありがとうございます」
会長は僕らをソファーに案内すると、穏やかな表情で話を続けた。
「まあ気にせず掛けてくれ。私は生徒会長という肩書ではあるが、立場にとらわれず、君たちの話を素直に、かつ公正公平に聞きたいと思っている」
「水無月は私のことをよく理解している。事前の情報は先入観を生み出してしまうことから、私は君たちの名前ぐらいしか知らされていない。だから私に今までのことについて、詳しく教えて貰えないだろうか」
僕と神子さんは会長に対して、今までの経緯を素直な気持ちで伝えたのである。
神子さんは義足となって中学に入学後、運動部の同級生に目をつけられたこと。そんな自分を変えたくて風紀委員に応募したこと。
そして活動に力をいれて取り締まりを行うことで、彼らの感情を刺激することになってしまい、苛めに繋がってしまったことを、包み隠さず話したのだ。
僕は右目の義眼を外し、ありのままの姿で生徒会長に話をした。最初に神子さんが虐められていた場面から、逃げてしまった自分が嫌いになったこと。そして彼女を守ることで、自分の価値を実感できる様になったこと。
その後、陽キャグループに殴られたりもあったが、今は彼女が普通の女子高生として過ごしていけることが、僕の大切な目標であると告げたのである。
会長は僕たちの話をしっかりと聞いてくれた後、こう問いかけた。
「それでは君たちは彼らとのことを、どうしたいのか教えて欲しい」
「これまで起こったことを公にして、彼らを断罪したいのか。それとも彼らと和解をするため、その仲介を頼みたいのか。もしくは彼らの苛めをこのまま受け入れ、3年間耐えていくのか」
会長の問いかけに、僕はこう答えた。
「彼らに対して、感情的になってしまうことは確かにありました」
「ただ僕はこうも考えました。彼らと僕たちのどちらが正しいか、勝ち負けを決めることでは問題は解決しない」
「彼らの想いや考え方、それを少しでも理解して話し合いをすることで、自ら身を引いてもらえることが一番望ましいと、僕は思っています」
そして、神子さんは次のように回答した。
「私は中学の頃から、彼らに苛められてきました。気持ちの面ではまだ彼らを許すことは難しいです」
「でも、大城くんに出会い、私の中学時代を冷静に思い出してみれば、風紀委員として周りが見えていない面があったことは、間違いないと思います」
「また、彼らからしてみれば風紀委員から一方的に厳しく指摘を受けるのは面白くなかったと思います」
「だからこそ、彼らと話し合いをして、私の至らなかった点について謝罪することで、彼らが自ら身をひいてもらえることを私も望んでいます」
会長は僕たちの回答を聞くと、満足げに口を開いた。
「2人は、なかなかに面白いね」
「君たちから聞いた話を私自身の問題として想像してみたが、私に彼らを許すことは難しかった。やはり感情が先にきてしまうようだ」
「しかし、君たちはあくまで話し合いでの解決を望んだ」
「もし、彼らを断罪すると答えていれば、私は協力はできないというつもりだった。なぜなら、彼らは素行に問題はあっても、この学校の大切な生徒であることは間違いないからだ」
「ただ、君たちが勝ち負けではなく和解を望むのであれば、われわれ生徒会も協力しようではないか」
そして、会長は凛とした表情でこう宣言した。
「それでは、君たちと彼らが公平公正に話し合いができる機会を設けることを、立命高校生徒会長の名のもとに、堀川桜子が約束しよう」
「ただし、それが皆の目の前で行われるということであれば、君たちにも何かしらのペナルティーが課される可能性もある。それも覚悟の上かな」
僕と神子さんは、顔を見合わせて答えた。
「何があっても受け入れる覚悟はあります。だから、僕たちは彼らとの話し合いに全力を尽くします」
会長は静かにうなずくと、僕たちをこう励ましてくれた。
「とはいえ、君たちにとっては最初の体育祭だ。学年を超えてクラスごとにチームを作り、お互いに全力で競争する、とても楽しいイベントでもある」
「話し合いの機会については心配するな。今は体育祭の準備と競技を楽しむことに集中したまえ」
生徒会との詳しい打ち合わせは、1週間後に行われることになった。
クラス内で、肩身の狭さを感じることもあるけれど、保健室の先生や水無月先輩、他の図書委員会の先輩たち、生徒会長など、僕たちに温かく接してくれる人たちがいる。
だからこそ、世界は敵ではないと感じることができた。
僕たちはそれを支えに、体育祭に向けて準備をすすめていくこととした。
ー体育祭まで、あと2週間ー