第6話 少年と少女は計画する③
図書委員会の面談が行われる2日はあっという間に過ぎていった。
昼休みに、神子さんと保健室で過ごす時間に慣れてきて、緊張が解けてきたこともあり、お互いの会話が続くようになった気がしていた。
図書委員会については彼女も知らないようで、面談について対策は難しいが、ネットで他校の委員会活動を調べ、それを参考に模擬面談を繰り返し行ってみた。
例えば、委員会活動のどこに興味を持ったのか、好きな本のジャンルや作者について、また自身で執筆活動を行っているかや、どのような企画展示を行ってみたいかなど、神子さんに委員長役をして貰いながら、僕は自分なりの意見を言えるようになってきたのだ。
そして、面談当日の放課後、図書委員会の委員長と会うため、図書館に向かう僕。
神子さんに「私にできる事は何でも大城くんに協力するから、頑張ってきてね」、そう励まされて僕は歩みを進めた。
図書館に入りカウンターに向かうと、以前見たことのある爽やかメガネ男子の先輩がいたので、僕は声をかけてみた。
「図書委員長に面談をお願いしていました、1年C組の大城洋一です。」
「取次ぎをお願いしても良いでしょうか」
メガネ男子の先輩は「ああ、君が約束していた大城君だね。奥の委員会室に案内するよ」、そう言って僕を図書館の書庫からさらに奥まったところにある、委員会室に案内してくれた。
緊張しながら委員会室に入ると、そこには会議室のようなソファーがあり、柔和なアルカイックスマイルを称えた、まさしく聖母のような女子生徒が座っていたのである。
女子生徒はゆっくりと立ち上がると、自己紹介を始めた。
「はじめまして、あなたが1年C組の大城洋一くんですね。」
「私は3年A組の水無月綺夏といいます」
「先日、図書室に来ていただいて、図書委員会に興味があるとお話をお聞きしました。今日は私といろいろお話をして貰えればと思っています」
僕は緊張しながらも、優しそうな水無月先輩の雰囲気に安心し、言葉を続けた。
「水無月先輩、はじめまして。1年の大城洋一といいます」
「僕は委員会のことをまだ全然わからないので、失礼があるかもしれませんが宜しくお願いします」
そこから面談が始まり、先輩は僕になぜ委員会を志望したのか、そして今までに読んで感銘をうけた本やお気に入りの作家について、色々と質問してきた。
これは僕が本好きである事だけではなく、企画展や委員会運営において、これまでの読書経験が問われてくるからなのだと考え、模擬面談を参考に、できる限り自分の言葉で僕は語ったのだ。
たとえば、僕は父が心理学者であったため、子供のころからフロイトやユング、アドラーといった心理学について書かれた本をよく読んでおり、人の行動原理は、原因論か目的論のどちらに立脚すべきかなどにとても興味があった。
他にも、僕は科学について興味があり、物理学において理論上エネルギーを消費しない運動は存在しないため、永久機関を成立させることは不可能と言われているが、夢追う旅人や異世界転生を願う人々がいるように、永久機関に挑戦する研究者の物語を、愛読していることを告げた。
また、日本文学において、抽象的な表現を多用するが、豊富な知識と語彙で世界観を創り上げていく、夏目漱石の小説を特に愛読していることなど、自分の言葉で委員長に語ったのだ。
僕がひとしきり話を終えると、水無月先輩はこう僕に問いかけてきた。
「大城くん、あなたの本にかける興味や愛情は十分に理解できました。そして図書委員会に入って貰うことについても、私は良いのではないかと考えています」
彼女はそう言った後、僕から目をそらすことなく、こう言ったのだ。
「では、大城くん率直にお聞きしますが、あなたが図書委員会に入ろうとする目的は何ですか?」
僕は驚いて、息をのみすぐに言葉がでなかったが、彼女は言葉を続けた。
「言葉足らずで失礼に感じたのであればごめんなさい。ただいくつか疑問に感じた事があるのです」
「1つ目は、部活や委員会の勧誘が終わったこの時期に、わざわざ声をかけ委員会に入ろうとすることがとても不思議でした」
「2つ目は、私は図書館の蔵書管理をしている事から、生徒の貸し出し書籍数について把握しています。4月にあなたの名前で借りられた本が1冊もないことから、あまりにも今回の話が早急すぎて、この面談に何かしらの意図を感じたのです」
「3つ目は、先日あなたの案内をしてくれた後輩にあなたの印象をお聞きしました。声のかけ方や口調、立ち振る舞いから、あなたは少し内向的な性格では。そのあなたが、意を決して委員会活動に応募してきたのは、私は2つの理由しかないと考えています。一つは自分の生き方を変えたいと思い挑戦してきた、そしてもう一つは誰か他人のために役に立ちたいと感じ挑戦してきた」
「その上で、これは私の推測にすぎませんが、そこには何か理由がなければ説明がつかないだろう。私はそう思ったのです」
おっとりした先ほどの雰囲気は全く変わっていない。ただこの人はなんでも見透かしている。その宝石のように深い琥珀色の瞳に吸い込まれそうになってしまう。
でも僕は委員長から目をそらすことなく、こう答えた。
「先輩の言われた通り、僕には本が好きなこと以外に別の目的があります。でも今は詳しくお話しすることはできません」
「ただ中途半端な気持ちで委員会に応募したわけではないことだけは理解して貰いたいです」
水無月先輩はやはり僕の方をしっかりと見据えて、口を開いた。
「大城くん、あなたのお話しは理解できました。けれど、私はあなたの覚悟をみせて貰いたいのです」
「あなた自身の行動で覚悟をみせて貰えた時に、あなたの目的のため必要なことは助力しましょう」
僕はもともと隻眼だから、右目は先輩から逸らすことはない、そして左目を先輩から逸らすことなくこう言った。
「僕の覚悟を見ていて下さい。その覚悟、示したいと思います」
そのまま面談は終了し、図書館の出口で水無月先輩とメガネ男子の先輩に見送られ、図書館を後にした。
彼女は口元をすこし緩めこう呟いた「大城くん……なかなか面白い1年生ね」
僕は教室に戻ると、僕の隣の席の男子が話しかけてきた。
1H の陽キャグループが君をよんでいたと、言伝を預かっていたそうだ。
そして、運動部の部室棟がある方向に神子さんと一緒に、出ていったらしい。
僕は教室から飛び出していこうとしたが、自分自身に問いただす。
これは明らかに彼らが仕掛けた罠で、その場所にいけば僕は制裁をうけることは明らかだ。
そして神子さんはおそらく別のところにいて、僕だけを誘き出そうとしているのだろう。
怖かった。でもそこから逃げていては覚悟を示せない。
僕は部室棟に向かう前に図書館にいき、カウンターにいたメガネ男子の先輩にこう伝えたのだ。
「水無月先輩に伝言をお願いします。僕の覚悟を示したいので、運動部の部室棟まで来て欲しいとお伝えください」
それから僕は部室棟に向かうと、見覚えのある顔が僕を出迎える。
「大城くんだっけ、よく一人で来たねー」
「神子ちゃんはここには居ないんだ。連れ出したと聞いたら、君は必ずここに来そうだもんね」
そして彼らは僕を取り囲んできたので、僕は彼らにこう叫んだ。
「暴力を選ぶなんて君たちは本当に浅はかだ。騒動で大会に出れなくなってもいいのか!」
陰キャグループの5人は笑いながらこう返してきた。
「俺たちは証拠が残るようなことはしないし、陰キャのお前と陽キャの俺たち、後で何か言っても世間はどちらを信じるかねー」
そういって僕を押さえつけ腹パンを繰り返してきた。見えないところを殴るなんて手慣れている……
僕は正直殴られるままで、怖いし痛かったし、本当に泣きそうだった。
時間が過ぎるのがとても遅く感じ、体感で10分は過ぎたであろうか。
その時、静かではあるが力のこもった声が鳴り響く。
「そこの皆さん、もうお止めになりませんか」
その方向には水無月先輩とメガネ男子の先輩がいた。
「学校内でこれ以上の乱暴を行えば、あなた方もただでは済まなくなりますよ」
「委員会としても、現場を見ている以上、見過ごすわけにはいきません」
彼らは一通り僕を殴ったことで、気持ちも落ち着いたようで、「これに懲りたら生意気な真似するなよ」と捨て台詞をはいてその場を後にした。
先輩は僕にこういった。
「大城くん、本当にひどい目にあいましたね。でもあなたが対策を考えないなんてことはないでしょう」
僕は「そうですが……痛かったし、本当に怖かったです」、そう言ってお腹に忍ばせておいた超薄型の衝撃吸収パットを取り出した。
水無月先輩はなぜこんなことをしているのかと、改めて僕に聞いてきた。
僕は「ある女の子を、彼らから守りたいだけなんです」、そう答えた。
先輩は、これってラブストーリーなのかしら、そう呟いたが僕は否定しておいた。
そして先輩に「僕の覚悟が見れましたか。あと僕のことを認めて貰えましたか」と問いかけた。それから、僕は緊張の糸が切れたのか、世界が暗転した。
1時間後、保健室のベッドで寝ていた僕が目を覚ました。
保健の先生曰く、衝撃パットのおかげでけがは軽症だが、お腹を打っているので、大事をとってもう少し休みなさい、とのことだった。
確かに、まだお腹の違和感が残っていたので、僕はもう少し休むこととした。
傍らには神子さんと水無月先輩が座っていた。
神子さんは、陽キャグループの女子たちに用具倉庫に連れ出されそうになったが、下校中の良介とはち合わせしたため、彼女たちは神子さんをその場に置いて、部室棟に向かったそうである。
この状況で、水無月先輩に事情を隠し通すことは無理だと悟った僕は、率直にお願いをした。
「先輩、僕や神子さんの力だけで今の状況を変えることは難しいので、生徒会に力を貸して貰えるよう、お話して貰えないでしょうか」
水無月先輩はふふっと笑い、答えた。
「私と生徒会長は幼馴染なんです。生徒会長には私からお話ししておきますね」
「ただ体育祭で何かするようであれば、大城くんもお咎めなしとはいきませんよ。それでもやりたいのですか」
僕は先輩の目をしっかりと見て、こう宣言した。
「僕は逃げたくない。一人の女の子を守り抜きたいんです」
先輩は穏やかに微笑み「その覚悟、確かに本物みたいね」、そう答えてくれた。
そして30分ほど休んでから、僕は誰もいない教室に戻り、自分の机から荷物を出し、しわだらけになった制服を少しでも整えて家路につこうとすると、神子さんが一緒に帰ろうと声をかけてきた。
僕は静かにうなずき、二人でゆっくりと校舎をでて、共に家路についた。
彼女と二人でいることで、周りからどう見られているかはもう気にならなった。
家に帰るまでに彼女と色々な話をした。
彼女は大学に進学して、スポーツ医学に関する資格をとり、母親に親孝行をしたいと言っていた。
そして義足について研究を行い、より快適に日常生活を送ったりスポーツができるような装具を開発していきたいと語ってくれた。
そして、僕は神子さんに自分のことについて話をした。
小中学で辛い思いもしたけれど、父のように僕も大学で心理学を修め、心理系や教育関係の仕事をしていきたいことを彼女に伝えた。
今は立命大学への内部進学を考えているが、より自分の求める学問が見つかれば、僕はその道を目指して懸命に日々を過ごしていきたいと、彼女に語ったのだ。
その後、途中の駅で乗り換えのために別れたが、彼女は別れ際に決意を込めて力強くこう言った。
「大城くんが覚悟を示したように様に、私も運命から逃げない。体育祭で必ず彼らとの関係に、決着をつけることを誓います」
4月はいつの間にか終わりを迎え、5月に移り変わろうとしていた。