第2話 少年は少女と出会った(前編)
立命大学付属高校の入学式は、見事な桜が咲き誇る中、晴れやかに行われた。
校長先生の長い式辞、生徒会会長の言葉、そして新入生代表の挨拶と滞りなく進んでいった。
僕は校長先生の長い式辞を聞きながら、少しばかりの眠気を感じながらではあるが、新たなる高校生活に胸を弾ませながら、入学式の時間を過ごした。
その後、各教室でオリエンテーションがあるとのことで、僕は自分のクラスを掲示板で確認すると……「1C」か、僕は高鳴る胸の鼓動を感じながら、教室に向かって廊下を歩いていった。
教室のプレートを確認し、中に入ると僕の席は、一番手前のドア寄りの列で、前から5番目の席だった。どうやら最初は、出席番号順に並んでいるようだ。
自分の席につき、ふと周りに目を配ると、クラス内の数人の生徒がお互いに話をしており、何かしらの知り合いであることに気が付く。
そういえば、入学式で生徒会会長が「私たちの3人に1人は付属中学校からの学生、そして残りは高校からの入学生、だが同じ高校生として垣根なく仲良くやっていこう!」と言っていたのを思い出す。
少し遅れて教室に入ってきたクラスの担任は20代後半の女性で、木村先生という眼鏡の似合う大人びた素敵な先生だった。
初めての顔合わせということで、まずはお互いの自己紹介をすることとなった。
僕は、いきなり右目の義眼のことを言うのは抵抗があったので、そこには触れないこととした。
緊張しながらも、昨日読んだ「これであなたも高校デビュー」にのっていた、これであなたも人気者、自己紹介の完璧マニュアルにそって、僕は自己紹介をはじめた。
まず大切なのは「力まずに挑む」こと。
次に大事なのは、自己紹介に「起承転結」を取り入れることであった。
まずは「起」である自分の名前や出身校を紹介し、「承」はこの学校を目指した理由などを説明、「転」でそこからのサイドストーリーを展開し、可能であれば自虐や苦手なものについてのネタを入れ込み、「結」でネタに一オチを加えて笑いをとった後、最後に自分らしさをアピール。
この通りに自己紹介をすればよいのだが……頭では分かっていても、緊張しすぎていた僕にはそれができなかった。
自己紹介のオチで、見事なネタ滑りをしてしまい、落ち込む僕に、隣の席の男子がフォローを入れてくれた。「俺は付属中の出身だけど、あんまり頑張らなくていいぜ。最初からハードル上げると大変だしな」
ありがとう……そう思っていたのもつかの間
出席番号が後ろの方で、窓側に座っていた小柄な女子が、ゆっくり立ち上がると、自己紹介でぶっきらぼうにこう言った。
「私の名前は神子伊織、付属中出身、皆さん私に関わらないで下さい」
少しの静寂とざわつく教室内。
彼女はとても長い黒髪をしており、あまり表情は分からなかった。
ただその自己紹介には、どこか哀しさが込められているように僕は感じてしまった。僕はその子が気になったので、隣の席の男子に声をかけてみる。
「あの子は付属中出身と言っていたけど、どういう子なの?」
彼は少しだけ顔を曇らせると、「詳しいことは分からないけど、彼女とはあまり関わらない方がいいと思う……」と言われてしまった。
ホントに何だろうか、釈然としない思いを抱えつつ、微妙な空気でオリエンテーションは終わりを迎え、僕は母さんと待ち合わせをして、一緒に家に帰った。
家に帰ると制服をハンガーに掛け、ベッドの上に寝転がると、今日一日のことが思い出される。僕は緊張から解放されたのか、そのまま深い眠りについていた。
それからの2週間はあっという間に過ぎていった。
初めての高校生活、当たり障りのない雑談をお互いに披露し、相手に気を遣うばかりに、爆笑したり派手なリアクションをとってみたり、クラスの同じカースト仲間とグループを作っていた。
そんな生活に耐えられず、あいさつ程度はするけれど、僕はたった1週間で、自分からぼっちになっていた。そして彼女-神子伊織もまた、彼女が宣言した通り、クラスでいつも一人きりだった。
最初の数日は、昼ごはんの時間になると、決まったグループで食べていた。
しかし今はぼっちなので、弁当は傷みやすいからと母さんを説得し、毎日ビタビタゼリー(ゼリー状飲料)を、図書館のそばにある隠れ家ポイントで飲むようにしていた。
そしてある日の夕方、掃除当番であった僕と数名の同級生、それから神子さんは、手分けして教室とベランダの掃除を行い、ゴミ捨てまで行くこととなった。しかし、ゴミ捨てに行っていた神子さんの帰りが遅く、同級生たちは自分たちの仕事を終わらせると、そそくさと下校してしまった。
僕は神子さんのことが心配になり、校舎裏のゴミステーションに向かうと、そこで数人の学生が大きな声を挙げているのが聞こえてきた。
「神子ちゃんさー、あれだけ誰とも話すなって言ったのに外部生と話してたよね」「そのノロノロした歩きかた、本当にムカつくんだよね」
物陰から声のした方向をうかがうと、陽キャ風の学生たちが神子さんに絡んでいるのが、僕の目に留まった。なんか悪口を本人の目の前で言っているやつだ。
彼女は必死に感情を抑えて、それに耐えているようだ。
僕はいたたまれない気持ちになった。なぜこんなことをしているんだ。
自分が小中学生のころに味わったあの悲しさと寂しさ、それに彼女は一人で耐えているのではないか。
でも、その時の僕は臆病者で、自分の平和な高校生活のことしか考えていなかった。だから、彼女が何か言われる様を、見て見ぬふりをしていたんだ……