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第12話 少年と少女と夏休み③

昨日は先輩に相談に乗って貰い、私、神子伊織の陸上に挑戦したいという気持ちは固まっていた。


翌日、放課後に女子陸上部の部室を訪れたのだ。


部室に入ると、上級生と思われる生徒が何人かいて、部活が始まる前の準備をしているようだった。


そのうちの1人の生徒が私に近づき、声をかけてきた。

「こんにちは、陸上部に何か御用でしょうか?」


緊張したけど、事前に言いたいことをまとめていたので、スムーズに話をすることができた。

「はじめまして、私は1年C組の神子伊織と言います」


「陸上に興味があって入部を考えているのですが、部長さんとお話しさせて頂けないでしょうか」


「入部希望の方ですね。ええと部長に相談してきますので、少し待っていてくださいね」

彼女はそう答えると、奥の部屋に入っていった。


5分ほど待っていると、先ほどの先輩が戻ってきて、私にこう声をかけてきた。

「これから練習があるのですが、10分ほどであればお話しできるそうです」


「もし伝えたいことがまとまっていなければ、後日でもよいですが、とのことでした」


私は昨日の夜に、陸上部の面談練習をしており、自分の気持ちをぶつけようと考えていた。


だから、「お時間とって頂き有難うございます。宜しければ今からお話しさせて貰いたいです」と答えたのである。


案内された奥の部屋には、陸上部の部長と副部長とおぼしき先輩がおり、私は部屋に入ると、できるだけ笑顔を心がけ、挨拶をしたのである。


「1年C組の神子伊織と申します。私は今まで陸上経験はありませんが、将来、成し遂げたい目標があり、そのために陸上部で競技経験を積ませて頂きたいと考えました」


「そして、私は子どもの時の事故で右足を失っており、今は義足をつけています」


「だから、私の体力や身体では足を引っ張ることがあるかもしれませんが、ぜひ陸上部に入部させて頂けないでしょうか!」


先輩たちは私にまっすぐ視線を向けると、陸上部の部長先輩が声をかけてきた。

「神子伊織さん、まずは陸上部に興味を持ってくれて、本当にありがとう」


「その上でいくつか確認させて貰いたいことがあるのだが、大丈夫かな」


「何を聞いて貰っても大丈夫です。身体のことも含めて何でもお答えします」、私はそう答えたのだ。


「では神子さん、これまで本格的にスポーツをした経験はありますか?」


「あと、右足は義足とのことだけど、競技用の義足を使った経験がありますか?」


「そして、病院の先生から激しい運動をすることのOKは貰っていますか」


陸上部の先輩たちは、私の健康面や体力面を心配しているのか、とりわけ気になったことを質問してきたのである。


その質問に、私はこう答えたのだ。

「私は今までに本格的にスポーツをしたことはありません。そして体育の授業では義足でできることが限られていました。だから、自分でもどこまで激しい運動ができるのか、はっきりとは分からないのです」


「ただ、病院の先生からは、心臓や肺の機能に問題がないと説明を受けています。そして生活面でも制限をかけられていることは特にありません」


「また、私は今まで競技用の義足に触れたことはありません。ただ今から競技用の義足を経験することで、私は自身の身体を被験者として用いることができます」


「その経験を活かし、将来は日常生活だけではなく陸上競技にも対応できるマルチな機能を持った義足を開発することが、私の叶えたい目標です」


私の言葉を聞いた陸上部の部長と副部長は、お互いに顔を見合わせるとこう話を続けたのだ。

「神子さん、あなたの陸上競技に対する気持ちや、自身で目標を達成したいと思う気持ちはとても素晴らしいと感じています」


「でも、私たちの部活では、あなたの熱意や期待に応えることはできないと思います。女子陸上部ではパラアスリートの指導をして下さる先生は、年に1回臨時コーチで来られるくらいですし、私たちの練習は体力自慢の男子でも音をあげる位、とても厳しいのです」


「どのくらい厳しいかと言えば、4月に陸上経験のある子が5人入部しましたが、練習の厳しさについてくることができず、すでに3人退部されました。私たちはあなたが義足であることを理由に特別扱いすることはできません」


「だから、私たちと同じ練習をして頂く必要があり、あなたは入部後に課題として最低1日75分間走とインターバル走300メートル×30本を、3年間欠かすことなく継続することができますか」


「そして私たちは勝負に貪欲です。勝負をする以上必ず勝ち負けを伴い、そこから目を背けることはできません。私たちは立命高校の陸上部であることに誇りを持っており、お互いに競いあい研鑽を重ねることで実力をつけ、県大会でも上位の成績をおさめているのです」


「神子さん、私たちはあなたに競争や勝ち負けの世界で生きて欲しくはないのです。あなたの理想とする陸上競技生活をここで送ることは、難しいでしょう」


陸上部の先輩たちは、私から目を逸らすことなく、厳しい言葉を伝えたのである。


先輩たちの真っすぐな視線と、話しにくかったはずなのに正面から厳しい現実を伝えてくれた、その言葉に、何も返すことができなかった。端的に言えば、私は入部を断られてしまったのだ。


私は自分自身が義足であること、そして県大会でも上位の成績を修めている名門陸上部に、素人である私が入部できないかもと、予防線を張っていたはずなのに。


陸上部の部長、副部長先輩に面談のお礼を伝えて部室をでると、やはり哀しさと悔しさは抑えられず、思わず涙ぐんでしまう自分が、また少し嫌いになってしまった。


でも、私は水無月先輩に相談した時の気持ちを思い出し、ひとしきり落ち込んだ後、また一から頑張ってみようと自分の気持ちを奮い立たせたのだ。


そして教室に戻ると、大城くんがまた残っていたので、彼に陸上部は難しかったことを話し、また自分で頑張っていきたいと伝えたのである。


その日は大城くんと二人で下校したけれど、私のとりとめのない話をなんでも穏やかに聞いてくれる。

『だから彼と一緒にいると、私の心が温かくなって、幸せに思えるんだ』


彼は私の話を聴いてくれたあと、ゆっくりと優しい口調でこう告げてくれた。

「まずは学校の部活が難しいのであれば、陸上同好会を作れないか先生方に相談してみよう」


「あと同時並行でまずは県のスポーツ課にも連絡して、パラアスリートのトレーニングができる陸上競技のチームを探すことも進めていかないか」


義足についても、工房に相談してみるところからだね。一人でくじけそうなときも、僕は君を支えてあげるからと言ってくれたのだ。


大城くんはなんでこんなに優しいのだろうか。

彼に頼りすぎるのは良くないのに……頼りになる彼の横顔を見ていると、もっと好きになってしまう。


県のスポーツ課に連絡をすると、県内には20の陸上チームがあることがわかり、その中でパラアスリートも一緒に練習できるチームは、2つだけあったのである。


そのうちの1つは県境にあり、高校から2時間近くかかるため、練習に通うことは難しそうだった。


そしてもう1チームは、年齢や性別、ハンデのある無しに関わらず、受け入れてくれる市民チームで立命高校から1時間くらいで通えるところに練習場所があったのである。


早速市民チームに連絡をいれると、土日が練習日とのことで一度見学にこないかと誘ってくれた。


大城くんは、僕もぜひ一緒に見学させて欲しい。高校に入って部活はしていないので、身体がなまっているんだ、そう言ってくれたのだ。


そして土曜日に見学の予約をとり、私と大城くんは市民チームの見学にいくこととなったのである。


別れ際に、今日のお礼ではないけれど、最高の笑顔を見せてあげたかった。


私は微笑みながら、彼の眼をじっと見つめ「ありがとう、大城くんとの見学すごく楽しみっ!」と伝え、高鳴る鼓動を感じながら、駅のプラットフォームを小走りにかけていったのである。

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